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2009年08月01日

吉田晴風先生指導満州開拓青年義勇隊用尺八讀本昭和１５年

カテゴリ：カテゴリ未分類

サァ、皆さん、これから尺八を始めませう。
皆さんはわれわれ日本の楽器「尺八」をけいこして見やうと決心されたのだから、途中で止めたら何にもなりません。
やり出したらやり遂げるまで止めないのが日本男兒のエライところです。
學校のごべんきやうでもイロハから習ひ出して、今ではこんな本はらくにめるやうになつて居るではありまえんか。むつかしいと云って途中で止めては居ないでせう。
富士山に登るにしても、ふもとの一歩から始めて、てっぺんまで登れるではありませんか。
男兒志を立てたら何でもやれるものです。昔から「精神一統何事か成らざらん」といふ格言があります。
私は皆さんに尺八のイロハから教へます。わからぬところは一つもないやうに導いてゆきます。もし私の教へて居ることがどう考へてもわからぬ時はいつでも質問して下さい。わかるまで答へます。

誰でも必ず鳴るものですが、口にあてたらすぐ鳴る人と、何日も鳴らない人がある。しかし鳴らぬ人は一人もないのです。私が直接に教えた人で、半月も鳴らぬ少年が居ましたが、決してやめないで、手のあけ方だけは完全に覺えて居たので、鳴り出したらすぐ何でも吹けるやうになりました。
ハーモニカやピアノのやうにすぐ鳴るやうに出来て居る樂器とちがひ、音を自分で吹き出し、音を作ってゆくところに愉快なところがあるのです。
よい音が出だしたら、それはそれは愉快なものです。自分の知つてゐる歌や知らなかった曲が、朗々と吹けるやうになつた時は、非常にうれしいものです。
尺八をけいこするといふことは精神の修養にもなります。美しい音色は皆さんの心をきよめてくれることでせう。
尺八は皆さんが大きくなっても一生のお伴となって、きっといろいろとしあはせをもたらすことゝ思ひます。
私は一生けんめいで皆さんに教へます。皆さんも私にまけぬやう上達して下さい。

尺八では音のでる所がタッタ一つあるのです。そこからすこしでもずれたら音が出ません。
地圖を見たことのひない人に地圖を見せて東京がどこにあるかとたづねるやうなものです。はじめはなかなか見つかりませんが一度みつかればもうわすれません。

尺八のけいこの仕方はおもしろいからと言って一度に一時間も二時間も勉強そッちのけに吹くのは関心しません。毎日三十分づゝほどチヨットしたひまを見つけて練習した方がはやく上手になれます。

追分は我々祖先がいつともなく唄ひ出した民謡であつて、思想や感情を同じくする民族生活の冗長を流露した郷土詩でもあり國民詩でもあります。全く飾りのない純眞な野の聲、自然の叫びでもある民族藝術であります。私共が祖先からうけついだ尊いものであります。
然るに文句や旋律が野性であり、卑俗であると言ふ理由で、これを唄つたり尺八で吹くことを蔑んだりするのは餘りにもせまい考へ方だと思ひます。
徳川時代の浮世繪が兒戯に等しいものとして軽視されて居たものがひとたび國外に出て偉大な藝術として眞価を認められ、日本藝術のため萬丈の氣焔をあげるに至つて俄かに尊重しだしたやうなものです。
日本人自ら卑んで居る民謡の中にこそ國民性によつて生れた貴重な藝術が見出されるものであります。

尺八といふ樂器から見れば、いはゞ借物である筝・三絃の曲である外曲（※「げきょく」と振り仮名）や、宗教音樂として用ひられた尺八本曲だけが尺八の全部とすれば尺八の天地はあまりにもせまいと思ひます。尺八はもつともつと廣く用ひらるべきです。

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