みんな大切


実際過去の経験でこころから嬉しかった事ってなんだろう。これも人それぞれ異なると思うが、共通して、自分が自分らしく頑張った時だと思う。結果だけではなくその課程においてもよくやったな~という経験。それは何が嬉しいのかというと、そこに本来の結構大好きな自分を見出せたからだと思う。それで、結果はどうあれ、自分らしい本音の自分を見て満足できたという事ではないだろうか。マラソンの有森さんのように...
大切なのはそこに他との比較も勝負も損得も無く、それらを超越した爽やかな気分の良さ、清清しさがある。
これなんだと僕は思う。美しいと思うこと(形ではなく、こころが)が感動を与える。目に見えない精神的な美しさもある。形よりこころで、こころが形となって表れるというのもあるが、本質的な根っこの部分はこころなのだと思う。“気”とも言うが、
その本質の部分が喜ぶことをすれば良い。他に気がかりなことがあるとそちらに気をとられて目の前の大切な今を楽しめない。そういうしがらみから開放されて、自由にこころから現実を、今を楽しめるとすごく幸せを感じる。性格にもよるが、そのへんの気がかりの部分には鈍感でもいいのかなと思う。
単なる鈍感という意味ではなく、大切にする気持ちとかやさしさを持つこと、発することで、結果として鈍感になれるという事です。全てを大切に過ごしたい。人生は長いようで短い、つらいようで楽しい。難しいようで単純だ。ものは考えよう、とか言って、鈍感を頭でテクニックとして意識したり、自己弁護したり、言い訳に使ったりしているから、そこで終わってしまうのです。同じ事でも捉え方でどうにでも変化するというのは、確かに当たっているとは思う。しかし、そう簡単に出来たら悩まないよと言う。
それもそのはず、頭で考えた理論と個々人の心での納得度=実感が伴わないから実際にはそうは行動として変化出来ないのです。
全てを大切にすることです。もちろん自分のために、(但し自分だけが良ければ良いというのでは本心から喜べないと前段で述べたとおりです)自分を大切にする。自分の周りで直接・間接的に起こること全て、周りにあるものも全て、自分に関わる全てを大切にする気持ちでスタートしてみませんか。


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