しあわせって?



自分のしあわせは自分が好きであると思えるときだと思う。

過去は帰らない、悔やんでも、憤っても、もう戻らないという事実でしょ。過去のしあわせは思い出としてそれはそれなりにありがたいが、今どうなの?

しあわせは今が大切だ。

幸せな人だという表現は誉め言葉ではないよね。

でも何も考えない事がしあわせだというのはかなり当たっている。

好きなことをやっているとき、何も考えず熱中できる。好きな人といるときはどうか?

知らないほうがしあわせだったというのもある。

人生はなかなかうまくできているみたいだ。わからないから成長するのかもしれない。

思うようにならないから努力するのか?!

話しは単純なんだ。なるようになるし、自分は在るようにあるだけのことさ。

わからないことはわからないんだと、そのままそうだと認めてしまうしかない。一種の覚悟というか、ちょっとの勇気というか。事実をありのまま納得することしかないでしょ。

しあわせではないときがわかりやすい。畏れ、怖れ、恐れ、不安とか未来に起こり得る悲観的予測?を今考えることだと思う。こころがしあわせとは程遠い状態を不幸という。当たり前だけど大切。

これをプラス思考でオブラートに包んで飲みこむか逆の発想に努力して180度替えることは頭の理解としては可能ではあるが、どこかになにかが引っかかる。こころとして

結論とかまとめとか書くつもりはないし、第一書けない。笑

今、自分はこう思う。明日又変わると思うけれど...

自分や自分の周りで起こっている事を自分がどうこうできるものではないから、あるがまま受け止める。自分には自分に用意された何かが必ずある。役割と言えば大袈裟ですが、それに近いものがあると思う。それは自分のできることを今、自分らしくやることに尽きるのではないかな。自分は自分のありのままの気持ちとして今を認めて満足することができれば、かなりしあわせだ。ついでにそんな自分が結構好きだというのがあればほとんどしあわせ。自分らしい自分が精一杯やることでそれは大きい小さい関係なく、結果もどうでも良いかもしれない。今、自分がそうして頑張っている、疲れたたときは一生懸命休んでいる?、やる気のないときはふてくされている。そんな自分を全部ひっくるめて精一杯心にまかせて生きていること。これ、しあわせだ。




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