カナダ田舎暮らし ~ビクトリア~

カナダ田舎暮らし ~ビクトリア~

2011年03月31日
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今や、いろいろな思いや考えが たくさんの人にあります。



そしてそれを 他人が聞いて受け止める時に、

いろいろな反応もまた起こります。




こころから共鳴するものもあれば、

反共鳴的な情報もあるとおもいます。





その反応は すべて その反応する人の中にあるものだとおもいます。

反応している、自分の中にあるものだと思います。



だから、



ということより、

自分の中にあるのだ、ということの鏡であるだけだと思います。




発言者 本人に どんな動機や思いや見方があったとしても

そこのところを本当に判断できるのは その人だけだと思います。

なので そこはその人に お任せな範疇。



わたしが受け止めたいのは

人の発言や、周囲の姿が

わたしにどんな風に映って見えているか、ということ。



そういう風に わたしに見させてくれている、その役目を果たしてくれている

その人の言動や行動、世界の姿は そんな鏡として 一時的に わたしの前に現れている、

そう思います。






自分の中にあったなにかを知った時に


その鏡は 消えてなくなってしまいます。




鏡、つまりそれを見せてくれた 相手、他人、情報、周囲、など


それが 消えるのです。


消えるといっても、実際に本当に消えることもあれば



消えずにいるけれども 見えていた部分がもう感じられなくなる、など

いろいろな変化として 現れると思います。






わたしは 相手に何を見ますか?

わたしは 世界に何を見ますか?



それが 大切だと思います。



相手や世界は 鏡として ある時のある場所に

わたしのために姿を現してくれます。



自分にどんなものが集まってくるのか、

どうして同じことをなんども 受け取るのか、

自分がどんなところで引っかかる心を抱くのか、



そこを映し出してくれているだけだと思います。



自分の中に在るものしか 見えません。




自分の中に在るものを 見せてもらい、気づかせてもらった時、


感謝と愛が産まれます。





すると 鏡の役目をしてくれた存在は 


役目を終えて、姿を変えて行きます。




ということは、

鏡の役目だったその存在に対し、

その役目からその存在を解放してあげれるのも、

わたし次第かもしれません。





やっぱり 感謝と愛であるように こころがけたいですね。




そんな風に わたしは思いました。


ありがとうございます。





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最終更新日  2011年04月01日 01時24分25秒
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