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USM1さんComments
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処で仏陀の対に在るらしい、神(deva。その語源は輝く。漢訳では天と表す。女神 devataa)。この、神(deva→god。輝かしい・bright。輝く資質・brightnessを意味)。
漢字「神」とは「示」す編に「申」。この「申」とは稲妻の光が天から申びるを表すとか。
つまり漢字の民も亦、
神(deva。天の・天宮にある者の意)。宇宙の力、空からの某かの働き、今日的にはエネルギーを想像していたはず。
其処で、仏陀(buddha。 目覚めた人)表現するとすれば、宇宙の顕現、個々の生命、それを全うするには如何に生きる。その追求者こそ仏陀と云い、云うべきだと思う。
其処で瑜伽(yoga。身心統一)。此処に云う「身」とは即ち「色」(ruupa。形。存在を認識できる物)。
「心」とは云う処の精神ではなく、仏教に云う心とは梵語では(hridaya)。
hridayaとは真髄と表されるよう。つまり肉体の機らきであり、その機らきを機能させるエネルギーというべきでしょうか。
因みに、精神を表す、心(citta・ cetas・ maanasa)と表されるよう。末那識(mano vinnaana。)
機能とは、泳ぐ魚に対する、水の存在に例えられるよう。
個々の生命は其れが機能するに必要な構造に構成され、まずその構造に則った姿勢を保つ坐禅での結跏趺坐で「調身」、身を整え。「調息」生命生きるに欠くことが出来ない「調息」に取り掛かる。呼吸の基本は陸上脊椎動物としての人間、腹式呼吸を基本とする。腹式呼吸とは横隔膜の上下動で、肺を圧迫し海綿状の肺に在る空気を絞り出す。その後横隔膜の緊張を緩める事で、自然に肺の圧迫は解かれ大気は吸入される。鰓呼吸と横隔膜が在る陸上脊椎動物の呼吸の違いはここに顕著で在る筈。常に遊動し酸素を取り込むか、静止しながらも酸素を取り込み廃棄可能かという。此処に横隔膜呼吸で「調息」は為る。つまり脊椎動物の基本的呼吸法。
そして「調心」。
調身、調息という生命の基本を行じることで、心(hridaya)は正常となる。宇宙に法則に則った生命を生きる。
白隠禅師は云われる。
「歌うも舞うも法の声」。
生命の真理(satya。実在)に目覚めれば、その立ち位置で行動する時、それは生命の則からは外れはしない。