「禿 禺儒」 の 徒然

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2013.01.02
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カテゴリ: 徒然の日々

処で本来の神道も亦、自然の中に自然に育まれ在る生命の確認を説くものでは無かったでしょうか。

其れが何時しか権力者の権力の拠り所として標榜されるらしいことになり、権力の象徴にすり替えられる。

バラモン教がその代表でしょう。

婆羅門(braahmana。司祭者)。

ブラフマン(brafman。梵。大我。世界の根本原理。ベーダに於ける神秘力)

アーリア人がインドに侵攻後、少数勢力で多数の征服民族を支配するため創造した神話によれば、梵我一如(brahmaatmabhaava)に云う大気が人の肉体に分散し入り「我」としての個人の生命は為る。梵・ブラフマン(brafman。梵。大我。世界の根本原理。ベーダに於ける神秘力)が世界を支配、其れを原人(purisa。バラモン教での宇宙観での主神。 元は真理の意も)に例え、この託を伝えるとして神官・婆羅門(braahmana。司祭者)は最上位に立つ。何やら今日の仏教行事での僧職の行為に似る。時代の今昔に関わらず、ものの言い出しっぺはその己が利にかなうよう図るらし。所謂外道とは其れに従い、仏陀は法(dhamma)に則る。

例えば死者供養と称して行われる僧の読経。仏典では比喩して曰く、「水の底に沈んだ石を浮かびあがれ浮かびあがれと念じた処で浮かぶものではない。人は生きている内に善業を積むべきだ」と。






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Last updated  2013.01.02 17:31:48 コメントを書く


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