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春になると、今まで伸びをとどめていた芝が急激に成長し始めるのだ。
当然今からの季節には2、3週間に1回の割合で芝刈り機で芝を刈らなければならない。これが、平坦な土地なら毎週やってもいいのだが、如何せん我家の庭は土地が傾斜している部分が多い為、大仕事なのだ。冬場は雨が多い為、サボってプロの業者に頼むこともあるが、彼らも終わった後は息を切らしている。
はっきりいって苦痛以外の何ものでもなかった。(なぜ過去形なのかは後でわかります)
家の建坪と家屋は小さいくせに、土地だけは広い。おまけに傾斜がきついところもあるので、上側約4分の1の土地は諦めて、雑草を育てている状態になっている。
これが、もし全てフラットな土地なら最近の地価の高騰も手伝って、資産が倍増するのであろうが、世の中そんなに甘くはない。(苦笑)
さて、今から数年前になるが、私はこの芝刈りをしている最中にある重要なことに気づいた。
それは、芝刈りを黙々としている時に発想する事や、思い出す事が、あまりハッピーなことではなかったり、どちらかといえばネガティブな考えに近いということだった。
また、終わった後の身体の筋肉痛も激しいように感じた。
最初は芝刈り機のエンジン音のノイズや振動が脳内に影響しているのかと思ったが、どうやら違っていたようだ。
ノイズや振動は不快にさえ思わなければ、悪影響はないと悟ったからだ。
それは、ちょっとした事がきっかけで思考と動作や行動の関係に気づいた。
私はそれまでしゃがんで物を拾い上げる動作が、異様なくらい嫌いだった。特に机の下に落ちたペン等を拾い上げること等に嫌悪感を抱いていたのである。また身体が触れてはならない狭い場所を通る時も同じだった。
だから、当然無理な体勢で物を拾い上げたり、拾い上げる途中で頭をぶつけたり、筋を痛めたりすることもあった。狭いところを通る場合も身体に余分な力が入るため、逆にスムーズに通り抜けできないこともしばしばだった。(今はそんなことはないが)
普通の人は上記のような事はないと思うのであるが、私は埃っぽい所が苦手なのだ。軽いとはいえ、ハウスダストのアレルギーを持っていたからなのかもしれない。
ある日、物を机の下から拾い上げる時にいつもとは違う体勢で拾った。身体の筋が伸びて、心地よかった。『あれっ?』と思った。
その日以来不思議な事に今まで嫌でたまらなかった動作が嫌でなくなったのだ。
これを、芝刈りに適用してみようと思った。
芝刈りをする事で得るメリットを挙げて、芝刈り自体を好きになろうと思ってみた。普通は嫌いなものは簡単には好きにはなれないが、思考の仮説を証明する為には全く苦ではなかった。
すると、顕著に結果が現れた。
芝を刈っている最中に発想する内容が楽しい事に変わった。
そして、終わった後に筋肉痛も残らなかったのだ。
一つの結論に達した。
人は嫌な事、嫌だと思っている事、または苦手と思っている事をやっている時はネガティブな発想が思考の大半をしめ、その逆はポジティブな思考が脳内を占めるのだ。
これは、対人関係にもいえることだ。
嫌々何かをやる事ほど、ナンセンスな事はないのだ。
どうせやるなら好きになってやれば能率も上がる
のだ。
このようにして、ここ数年で私の思考実験を行動を伴うことで、一つずつ証明してきた。
故に、 プラスに思考する事ほど素晴らしいものはないと考える
ことが、楽しくてしょうがなくなったのだ。
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