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世間では普通に当たり前のことかもしれないのであるが、それでも気づかないことは山ほどある。
私も、自分ではただ当たり前だと思っていたことについて、改めて 何かを発見する
ことがよくある。(どうでもいい発見ばかりであるがw)
あの20世紀最高の天才物理学者とも言われているアインシュタインも、相対性理論を閃いてから、世界的に更に有名になったが、その偉大な相対性理論も、我々の脳では当たり前と思っていた事を理論的に説明したに過ぎない。
つまり、厳密に表現すると、なぜそれが当たり前と思うのかという理由は、当時他の人にはどうでも良かったか、あるいはかなり専門的な物理学に興味がなければ、そんなこと考えようとしなかっただけのことである。
ただ、アインシュタインにとっては、かなり重要だったということである。
余談であるが、アルバート・アインシュタインがノーベル賞をとったのは、当時相対性理論が彼の論文から世界中に発表されていたにもかかわらず、『光電効果の法則の発見及び他の物理研究の成果』という名目で受賞した。
そうなのだ、ノーベル賞の審査委員からの観点でも、当時の政治的な部分を除けば、結果的には相対性理論の発見はあまり重要ではなく、少なくとも、ノーベル賞受賞には値しなかったということになるのだ。
ちなみに、ノーベル賞の定義なるものは、
『人類に大きな利用価値をもたらすような、新たな発見に対して授与する』なので、そういう理由にもなるが、逆に考えると、「いま利用価値がないものを発見することが良いことなのか」という疑問も生まれる。(笑)
だから、他人には全く興味がない発見でも、 自分には物凄く重要な発見
があってもいいのではないだろうか、と考えたのだ。
私が生まれてから現在までの、 自分にとっての最大の発見
は、なんといっても、脳や身体を含めた自分という存在にとって、それらの各部、各機能が肉体的にも精神的にも過度のストレスを受け、各限界を超える事を経験すると、自分を傷つける、ということを知ったことである。
この様に書けば、もっともらしいように思えるが、実際は超基本的なことなのだ。
要は、生まれた瞬間から、誰でも 最初に自分の脳が発見する、自分自身にとって一番重要なこと
、と思うのである。
「これは本能で、誰もが認識することだよ」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、そうなのだ、これはある意味本能なのかもしれない。
だが良く考えていただきたい、近年、とはいってもおそらく数千年くらい前から、本来人間が持っている(いた)本能が部分的に失われているという事実も忘れてはならない。
ということは、私が考えた、一見、本来人間にとっての当たり前のことが、意外にも当たり前でなく、わかり分かり難くなっていることもあるのだ。
この発見に一番関連が深い例が、『 癌細胞ができる前に脳が何を知った(認識した)か、脳内で何が起こっていたか
』ということ、である。
癌細胞はご存知の通り、自分の細胞が傷ついて再生する際、そのDNAが突然変異を起こし、ミスコピーされたときに発生(発症)するものである。
特殊な例を除いては、外部から侵入してきたヴァイルスでもバクテリアでもない、自分自身が生み出しているのだ。
人間が普段生活していく中で、心理的に自己嫌悪や自己欺瞞(ぎまん)に陥ると、自分を保護する為のセキュリティーが自動で解除される。
心理学でいう自傷行為などはその典型で、癌を作り出すプロセスとなんら変わりはないのだ。
当たり前のはずの発見がこんな事まで飛躍してイメージさせる。
世の中には、 当たり前の事に様々な発見事項が隠されている
のだ。
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