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2009.11.17
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カテゴリ: なぜなにすっぱん
どうも~。タイトル怖っ!?って思わせてしまうかもしれないが気にしない シムカ です。

MW2 はオフ終わっちゃいました。面白かったけどやっぱ英語だとサッパリだわ( ´_ゝ`)

そうそう、 オンゲのFPSやらんの? とかよく聞かれる或いは一緒にやらない?って

誘われるんですが、グラフィック的な意味で私はあまりやりません。

まぁ、グラが良くてもやらないと思いますけどね。

話を戻しますが、結構プレイキャラ殺されますね……燃やされるのとか惨すぎる。

それにしても CoD4

それに似た感じのが今回も雪山であって、先導は プライス なんですが、

指示に従って敵を撃ち殺した時、なんて言ったと思います?

「びゅーてぃふぉー」

マクミランwww と吹き出してしまった。絶妙な感じで似ていたからね(ノ∀`)

なんか今作ではOPSモードとかいう協力プレイが出来るらしいので、今度はそっちやってます。







































さて、以下はカテゴリに沿った内容になるので RS erg 目的の方は回れ右ですよ^-^

私はよく本日の内容のような哲学的・倫理的な話を良くしますが、これには理由があり、

私が教職を目指してるのは何度か話しましたが、その過程で必要だからです。

哲学・倫理学の分野でね。まぁそれだけだとなれないので政治経済や歴史なんて方も。



普段のブログを飽きもせずよくご覧になって下さってる方々には忍びないが容赦頂きたい。








































さて、本日はフリペにもある善悪に関する考察の追記的なものを断片的に記し、

その後、それがまとまったらフリペの方にも肉付けしていきたいと思う。

以前は『善とは悪なくしては認識できず、悪は善の欠如である』とした。

加えて人の定義する善悪とは曖昧であるとも何度も繰り返したのだが、それに関する追記。





陳腐な問いではあるが、大半の人が「悪である」と答えるというのは想像に難くない。

では自分達の食料として「牛や豚などを殺すことは善か悪か」と問われれば、

“善”と大々的に言わずとも“悪”であるとは考えないだろうし、或いは

もとよりそのような事自体を考えないかもしれない。

注意として、私がベジタリアンで動物を食う為に殺してはならないとかそういう話ではない。

この両者の違いと共通点はなんだろうか。

まず言うまでもなく対象が違う点、いわば同種か他種かという事。

また、両者においては“殺害”という行為が共通しているといえるだろう。
















前述した社会の一般常識をわざわざ定義化するならば、

『“殺害”という行為に善悪はないが、対象が同種である場合に限り悪である』

だが、これにしても曖昧であると皆さんは考えるのではないだろうか。

例えば他種であっても、身近な例でいえば犬を無闇に殺害すれば悪とされ罪を問われるが、

対象が人間に害を及ぼす者であるならば殺そうとも悪どころか罪にすらならない。

再び注意として、これは“殺害”における善悪の事なので、自衛ならば良いだとか、

そういった事ではなく、もっと根本的な話である。

では、これを踏まえて改めて定義付けするとこのようにならないだろうか。

『“殺害”という行為に善悪はないが、対象が同種或いは結果が無益であるなら悪である』

なるほど、これであえて定義付けするとなればこうなるのかもしれない。















だが、これでも尚、疑問に思う人がいるのではないだろうか。

思慮深い人が真面目に考えれば「何故、人間基準なのか」とすら思うかもしれない。

その点に関しては、私が思うに動物などは私然り、人間のように善悪を考えるのかと思えば、

恐らくそんな考えなどもたないだろう。

例えば人は獲物を殺す為の鋭い牙は無いし、高いところの草を食べるための長い首もない。

いつでも自由に飛べる翼は無いし、水中で一生を暮らせるなんて事も出来ない。

何故なら我々人類が進化の過程で特化させたものは頭脳であるからだ。

故、挙げた例に近しい物を頭脳の力により擬似的に作り出す事が出来たのだし、

単純に殺すというのであればもう人に殺せぬ動物などいないだろう。

言うなれば我々人類が牙を特化させた生き物に進化していたなら物の善悪など考えなかった。

これが正しいとするならば、人間の善悪の定義といえど、その実、善悪の定義は

人間特有のもの、人間しか持ち得ないものであるとすることが出来るのである。















それならば、前述した“人を基準”としたこの定義は正しいという事になるのだろうか。

ならば善悪の定義が合間であるというのはそも間違いであるといえるだろう。

だが、私は“殺害”という行為、それ自体が悪であると考えるし、同意する人もいるだろう。

何故か、『それは善悪の定義とは人の倫理を土台として成り立っている』からである。

私は倫理という土台を取り払えば“真の善悪”というものが見えてくるのではないか。

そう考えもしたが、それを取り払えば私個人の価値観などが大きく介在してしまう。

それは正しいとはいえないが、やはり善悪の定義が曖昧であるならば、

いくら私が考えようとも私自身は人間それ以外ではないのだから答えは得られないかもしれない。

無論、私もその程度で考える事を止めようとは思わない。

その答えは何かの本にあるのかもしれないし、何気ない日常の中にあるのかもしれない。

いや、もしかしたら宗教という超越的な存在に頼ることで得られるのかもしれない。















宗教云々に関する私の考えは別項で論じているためにここで始めるつもりは無いが、

人によっては宗教など考えたら答えが曖昧になり、信憑性も薄れると糾弾するだろう。

だが、それは真実だろうか。

どういう事かと言えば、宗教然り、信仰とは古代から現代に至るまで存在し、

希求されているのは言うまでもない。

人間とは必要なものを残し、不必要なものを排斥する事を歴史の上で行なってきた。

つまり、古代から残っている人間にとって関わりの深い信仰とは必要なものなのである。

故に善悪のみならず宗教に答えを求めるのは自然なことであるのだ。

我々は確かに宗教を信仰する自由がある。

真実、私も無神論者ではないが特定の宗教を信仰しているわけではない。

ともかく、我々は答えを得るための手段の選択として認める価値があると私は思う。

少々話が逸れたが現時点で私も答えを得ていない一人である。

この雑記も考えれば誰もが書ける、知れている事をわざわざ記しただけなのだ。

では本日はこの辺りで。





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Last updated  2009.11.17 14:14:57


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