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2024.12.31
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カテゴリ: 生活







2024年ももうすぐ終わりますね。

クリスマスはどうしていましたか?

クリスマスは欧米の宗教圏の押し付けだし
ほとんどがクリスチャンでない日本人にとっては
ただ、やめればいいだけ。

うちはクリスマスをやらない代わりに
すき焼きやお刺身など和食でちょっとお高い物を
年末年始にいただきました。

さて今回は、「失われた30年」から「失われた40年」と年数が
増えて、

私自身も今年アラカンに入る節目にあるので
アラカンにとっての「失われた40年」とは何だったのかを
振り返ってみたいと思います。


私は、1970年生まれ70年代から80年代初めが子供時代でした。
テレビと黒電話しかない時代、
田舎の娯楽はテレビとたまに行く映画や子供なら漫画

そして地域ではお祭りや運動会などの行事が盛んでした。

どこのうちも兄弟が二人三人いて一人っ子はまだ少数派。
近所には子供がたくさんいて空き地でよく遊びました。
大人が知らない秘密基地ももちろんありました。

うちは比較的貧乏な専業農家で欲しいものは
買ってもらえませんでしたが

近所の母の実家の従兄弟がいろいろ買ってもらっていたので
よく遊びに行っては漫画などを読み漁っていました。

今のようにスマホやスイッチのような高額な
デバイスやおもちゃがマストアイテムではなかったので

両親にお金がないのはうすうす理解していましたが、
家でも学校でも、地域でも楽しく過ごしていました。

現在と比較すると、お金がなくても子供も大人も「希望」
や「将来への期待」はいつも感じながら暮らしていました。

ただ、それも高校卒業後の進路を決める時に破綻が生じました。

経済格差は確実に当時からありました。

偏差値が高い子供の家庭は塾または公文や進研ゼミなど
教育にはお金をちゃんとかけていたし

私立の大学に進学可能な家庭は一人っ子かある程度の収入がある
お父さんがお勤めの家庭です。


でも、普通親って子供が小さい時期から貯金とか
積み立てとかするじゃないですか?


実家の両親は女の私にかける学費は貯金してくれていなかったんです。

その事を父は高校3年の9月ごろに蚊の鳴くような声で私に告げました。

「進学はお金のかからない国公立にしてくれ」と。


私には国立の大学にいけるような偏差値はなく、
勉強自体は嫌いではなかったので、国公立の短大狙いで
受験勉強を頑張りました。


小さい頃からお金がない生活をしていましたが、この時は
「自分自身で働いてお腹いっぱい好きなものが食べたい」

そんな気持ちでいたことを記憶しています。

作戦としては、

「文系で食べていけるほどの大学には受からないから理系でいけそうなところ」

として看護学科を選択しました。

そして「手に職」と思って看護師資格取得を目指しました。


とっても不純な動機ですね💧
でも子供ながらに立てたその戦略は当時としても今も
効果的だったと思います。






以下次回投稿に続きます。













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最終更新日  2025.01.03 15:33:55
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