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時は2025年、皆さんのこの一年が実りあるものになりますように。
前回の投稿の続きです。
1970年代はまだ年齢が低く大きなニュースなども記憶にありません。
人々は子供から大人まで、ドラマや歌番組にアニメなどテレビに釘付け
(今思えば洗脳されていたとも気づかずに)
1980年代は特に印象に残っていることとして・・
当時は1985年の日航機123便墜落事故やチェルノブイリ原発事故、
プラザ合意が世間を賑わせました。
特に123便の飛行機事故はお盆で部活動が休みになったところで
起こり、テレビ報道は全て事故関連になってしまったことを覚えています。
ただ、時代はまだ好景気でバブル崩壊の予兆はまだ感じることなく
高校・短大を卒業しました。
1991年に看護師資格を取得。
看護師は新卒後に就職した病院で経験を積めば
求人には困らない職種なので転職も簡単に出来て
世の中がバブル崩壊後の不景気になった時も逆風は受けませんでした。
新卒後に就職した大学病院から地元の病院に転職して数年立った頃
大学病院の同期だった看護師仲間から
「三交代が二交代制になってお給料が減ったからよその病院で
休みの日はバイトをしている」と聞きました。
1990年後半から多少医療職も影響は受けていたように思います。
その友人はバイトしていた病院で看護の手技や技術を磨き
最後まで生き残って現在は看護師長になっています。
三交代勤務の激務で世の中の流れにはかなり疎くなっていました。
それでも、医療に関してだけですが、
時折感じる社会に対しての疑問がありました。
それは、
「医学は年々進歩していると言われているのに何故病気になる人は
減らないどころか増えているのか?このままだと病院はパンクしてしまうし
患者さんの家族は疲弊してしまう。」
この疑問は解決することはありませんでした。
90年代の印象に残るニュース事件事故としては
従軍慰安婦問題
薬害エイズ問題
地下鉄サリン事件
阪神淡路大震災
東海村の臨界事故
こうしてみると重大事件がいくつも並びます。
これらのニュースを見たときに感じていたことは、
「何を今更言っているのか?私達は原爆を落とされて、大空襲で大都市は壊滅しあなたたちより
ひどい目に遭っている。結局お金が欲しいだけではないのか?」
「エイズなど原因不明の感染症や臨界事故、災害地震時にもし医療従事者として遭遇していたら
自分は患者さんのために逃げられないし最後は命を落とすかもしれない」
などと考えていました。
例えば東海村の臨界事故で運び込まれた患者さんから被爆して
治療が必要になった医療従事者の方がいたと新聞で知りました。
あとは針刺事故等でで、エイズ感染になってしまう危険も一般の方より
高いのです。
その後、
私自身は、地元の病院に30歳まで勤務したところで職の人間関係や
仕事に対しての意欲の減退、燃え尽き症候群のようになって10年目で
退職。
2000年春のことです。
看護師時代の事はまたいつか投稿しようと思います。
当時は「一度きりの人生だから看護師以外のこともやってみたい」と
化粧品会社の美容部員に転職しました。
続きは次回の投稿で。
時が止まった家 その3 2026.07.25
時が止まった家 その2 2026.07.24
時が止まった家 その1 2026.07.23