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2008.10.09
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カテゴリ: RADIO
TITLE-1

はい!

今日はとても天気がよく、
ビルの6Fから見る西の街はなんとなくのどかで、
日常のつらい事もなんとなく中和されるような気がするわけで。

今週も明日は金曜日です。(当たり前ですが)
今週はエナロック直前生放送なわけで、

エナロックまだいった事ない人!
それはとてももったいないコト。
最高に楽しいフェスです。

DSCF0307.jpg

今年は明明後日!10/12(日)岐阜県中津川馬籠宿にて!
私もメインMCで喋っていますので、
3連休の予定がない人は是非くるべし。
チケットは明後日までは3500円。当日は4000円で。
チケットが欲しい方は僕の方でもいいし、
最寄りのエナロックスタッフに連絡してくださいね。

DSCF0513.jpg

そんなわけですから、今週は当然エナロック特集です。

エナロックの歴史などなど、
9年間僕自身が現場で見て来たエナロック。
そして喋り続けて来たエナロック。
スタッフそれぞれの歴史と同じように、
僕にも僕の中の年表ができている。
音楽は自分の歴史の物差しです。

はい。今週のテーマは!?

★★【あなたにとって音楽とはなんですか?】★★



メールはこちら!
785@fm-watchドット・ジェイピー!!  までっ。
よろしく!


==================================

さて、そんなエナロックに至るまでの、自分の年表を少し。

…16年前、名古屋から訳あって(聞かないで。)
岐阜県の中津川市に移住。
まだ知り合いも少なかった20代後半、
僕を支えてくれたのは紛れも無く地元の【音楽仲間】だった。

名古屋という大いなる田舎で育った僕にとって、
岐阜の片田舎の音楽シーンがとても新鮮だったのを覚えている。

新鮮だったのは何よりも余計な娯楽がない街、
いや「町」だったこと。

当時の僕は名古屋でいろいろな仕事をし、
大いに街で遊んだ。
学生の頃はサークルを作りマリンスポーツのチームで遊び、
冬はスキーツアーを主催し雪山三昧。

夜はマハラジャで働いた。
いわゆる【キング&クイーン】卒。
マハラジャ本店、ラジャコート、キング&クイーン。

今思うと、とんでもないミーハー野郎だった。
いわゆるトレンドの世界、
若者に生活には言うまでもなく必須項目。

でも、僕はそんな仲間の中で唯一バンドをやっていた変わりモノ。
回りはトレンド100%。僕はその30%をバンド活動に充てていた。
そもそも、僕には2種類の仲間が居た。
遊び仲間とバンド仲間。

バンド歴は結構長い。
ドラムは12歳からはじめた。
音楽が好きだから、吹奏楽にも入り、生意気に部長。
担当は【ユーフォニウム】という管楽器。

コンクールにも出て、映画にも出演した。


大学をやめて錦でアルバイトをしながら、
21歳で起業。

屋号は【ドゥーニア・クリエイティブ・カンパニー】

名前だけはイッチョマエにかっこいいが、
中身は空っぽだった(キッパリ。)
これまた今考えるとまったく裏付けの無い起業。

それでも大須の商店街のイベントを企画したり、
「たまに」思い切り頑張っていた。

そんなこんなで、大いなる田舎を拠点にぐるぐる回りながらも、
バンドだけはやめなかったんだな。

そのときのバンドは「名前」はない。
イーグルスのカバーと、僕の好きな『Char』をちょっぴり。
年に1回年末にライブ、というスケール。

いろんな事に手を出しては失敗し、言葉も頭も生意気になって行ったけど、 名東区にあるスタジオに入ると、一瞬にしてガキに戻る瞬間を覚えている。 ガキになってしまうんです、スタジオでは。

ガキというのは純粋に熱中してしまう、ということなわけで、
幼児プレイではありません・・・。


そんなバンドも、僕の中津川移住と、
ギタリストのドイツ移住(同じ移住でも差がありますが)
によって終了。そのバンドは約6年。
結局最後まで名前の無いバンドだった。



……さて、そんな俗な世界でたっぷりエキスを充満した僕は、
中津川の夜の寂しさに耐えられるわけもなく、当時駅前にあったライブハウスを覗いたのです。…サラ金のビルの2F 廊下のいちばん奥にそのライブハウスはあった。

一ヶ月後、僕はそこのスタッフ兼内装大工となり、
約一ヶ月かけてそのきたないライブハウスを可能な限り蘇らせた
(つもり。)

そして、そこで運命的な出会い。
今のバンドのギタリストの二人に出逢ったのです。

僕はそのころ結構いろんなものを失っていて、
それまでの人生の一番底にいた時かな。

でもこの二人にであった事で、僕の人生は変わって行った。
音楽がまた僕の生活に戻って来た。ほんと嬉しかった。

このバンドには名前があります。 【THE PEACE MAKERS】
リーダーと考えた名前。意味は・・・ (リーダーに聞いてください。)
結成日は1998年4月1日(エイプリルフール)

このPMは約5年間の某リゾート温泉ホテルのレギュラーバンドとなり、僕も含めみんな鍛えられました。そのおかげで地元のミュージシャンとの関係も活発になり、
名古屋時代なんかとは比べ物にならないくらい、
バンド活動を楽しんでいた。

ある日、中津川の町でライブがあるというので
メンバーと一緒に出かける。
いやいやすごいバンドでした。
アマチュアとは思えない迫力。
そしてなによりも、突然【SMOKY】をやりやがった。

Char大好き僕は大反応。

それが、また巧い!

「すっげー!すっげー!すっげーー!」

とのたうち回っていた推定30歳の僕、
まだ40歳前だったリーダーからなだめられた事を
今でもしっかり覚えています。

バンドの名は【Ashtray】  
あのドラムの衝撃は忘れられん。


・・・・・しばらくしてのある日、
へんてこりんなミッキーマウスがキャラクターで、
その名も「ミッキー」という絶対ディズニーに訴えられそうな
ホームセンターの中でそのドラマーとバッタリ出逢った。

彼はミッキーでお買い物中だった・・・。



◎僕がとった行動。



僕      【握手してください!】


  彼      【  ・・・嫌 。】



              ・・・・・・。



何を隠そう、
これがエナロックのBonzo加藤とDJ☆shinの
ファーストコンタクトだったわけで。





     嗚呼、今年もエナロックが始まる。





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Last updated  2008.10.10 06:48:34
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