不倫日記

不倫日記

2008.05.12
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 その酒を飲んでるのは自分の意思やん! と心に思いながら、薬を塗ってた。
(まあ、せやけど、漢方とこの塗り薬でとりあえずは大丈夫やろ)
 医者に聞いたわけでも、処方箋もらったわけでもなくただ、自分の判断で薬を使うてるだけや。そんなもんで治るわけない。いや、そもそも、何を治そうとしてるんやろ。足は塗り薬でわかったけど、漢方は? 今考えると不思議や。それも足に効くと思ってたんやろか?それとも何か別の病気があったんやろか。結局、足も治らんかったし、最後は食道がんで死んでしもうたけど、それは俺が二十歳のころやから、十年近く後や。
(その膿な。汚いやろ。昔、喋ってんで)
 喋った? また酔っ払ってわけわからんことゆうてるわ、と思ったけど、相手するの面倒くさいから、なんもゆわんと薬を塗ってやった。
(お父ちゃんの実家は宮崎や)
 それは知っとった。
(産まれたときから足が悪くてなぁ、物心ついたときには、友達だけやなく兄弟にも虐められとった)
 お父ちゃんの子供時代の話を聞くのは後にも先にもこの時だけやった。

 土地も山も持ってる地主やった。
 宮崎の小林市っていうところなんやけどな。
 俺が虐められる理由は足のせいだけやなかったんや。
 俺と妹のお母ちゃんだけ、他の兄弟のお母ちゃんとは違ってたんや。後妻やな。
 前妻が八人以上産んで、まあ、戦争で死んだ兄弟もいるらしいから、十人くらいは産んだんとちゃうかな。その頃は、流産もようあったみたいやけど、それもいれたら、ようさん子供作ったわな。おじいちゃんがそんな豪傑っちゅうんかな。色事には目のないやつやった。
 前のお母ちゃんが病気かなんかで死んだ後、家のお手伝いさんやった俺の母ちゃんを後妻にもらったんや。
 歳は二十以上は離れてたやろ。もう、親父ってゆうより、おじいちゃんやったからな。俺にとっては。
 噂によるとその結婚も半ば無理矢理、母ちゃんを犯して、妊娠させたみたいや。それも兄弟から聞かされた。聞きたくない事まで、お兄ちゃんらは教えてくれた。それで俺を虐めて優越感に浸ってたみたいや。
 戦後すぐに産まれた子やったからな、俺は。ちゅうことは戦争で日本が大変な時も親父は子作りに励んでたっちゅうことや。そんなからかいの言葉も、全部、兄弟に教えられたんや。
 最初に母ちゃんを犯して妊娠させてできた子が俺っちゅうわけやなかった。
 結婚してしもうてから、流産したみたいやった。それからすぐに俺ができたんや。妹は二歳歳下や。

 せやから母ちゃんの顔も形も温もりも、一つも覚えてへん。特に兄弟に世話してもろうたわけでもあらへん。親父が何かしてくれたわけでもあらへん。その後は妾はおったみたいやけど、結婚はせえへんかったから、新しい母ちゃんができたわけでもない。
 ただ、ほおったらかしで、牛小屋の牛や、鶏とかとおんなじ風な扱いやった。妹と二人して、肩身狭い思いで、ただ、生きとっただけや。
 母ちゃんのことは何も覚えてないんやけど、不思議なことに、産まれた時のことは覚えてるんや。
 なんか、こう……暗い、生臭い、洞窟の中を……
 洞窟っちゅうか、肉の道っちゅうか、生き物みたいにくねくね蠢く産道を肉を掻き分けて、息ができんで、暗くて、辛くて、これから産まれてくるっちゅうのに、このままここにおったら死んでしまう気持ちになって、必死にこう……腸かなんか知らんけど、肉を掻き分けて、血なまぐさい臭いと、血の塊みたいなもんが鼻から入ってきて、それを取りながら、やっと光が見えて、母ちゃんのお腹から出てきたんや。

 普通、そんなこと覚えてへんで。
 大人になってからは妄想かと思ったけどな。やっぱり妄想やない。小学校行く前からこのことは意識してたからな。
 確かに、教育も遊びも何にもない。学校は行かせてもらったけど、ほったらかしか、兄弟に虐められるか、妹とひっそり遊ぶかの生活やった。字もあまり読めんから、本なんか読まんし、一人でいる時間は妄想ばかりしてた。
 それも、自分を虐める兄弟を殺す妄想とか、はよう大人になって、親父らを見返すことのできるようになってる妄想とかや。
 そんな子供時代やったかた、大人になってから、産まれた時のことを覚えてる気でおるんは、もしかしたら妄想と入れ替わってるんか?とも思うたけど、やっぱり、あれはほんまに覚えてるんやと思う。
 記憶違いとは思われへんくらい、生々しかったからな。
 けど、一つだけおかしな記憶があるんや。
 産まれてきたけど、母ちゃんの顔はわからへん。せやけど、一番最初に目にしたんは、母ちゃんでも親父でもなく、赤ちゃんやった。
 赤ちゃんなんかみんな一緒やから誰がだれかわからへんけど、俺は何でかそれは、妹やと思ってた。
 いや、妹でしかありえへんかった。
 けど、そんなはずはないんや。
 妹が生まれたんは俺が産まれた二年後やからな。
 ほんでも、俺はその時産まれて、妹も見てるんや。
 どの記憶が間違いなんかはようわからへんけど、俺が怖いもんとか好きなんは、そういう経験してるからかもしらへん。
 お前も好きやろ?俺の息子やからな。怖がりですぐ逃げるけど、怖いもんは見たいはずや。
 小さい頃からこの足には悩まされとった。
 何度、鎌でこの足を切り取ってやろうか、何度、死のうと思ったか。
 悔しくて、悔しくてたまらんかった。何で、俺だけが虐められんといかんのや、何で、俺や妹の食う飯が、他の兄弟と違うんや。
 全部、この足のせいや!
 そう思って生きとった。
 この膿が初めて喋ったんは、ほんま、物心ついた時や。何を喋ったんか、はっきり覚えてへんし、いつ、どんな場面で喋ったんか、今では何もわからへん。ただ、何か……妹もおらへんで、虐められて、一人で寂しくおるときに、慰めてくれたんや。
 一人でおるときやから、もしかしたら妄想かもしらへんな。
 せやけど、はっきりと、この膿に小さい顔ができてな。
 目も鼻も口もあるんや。
 虐められてる俺に、慰めの言葉をかけてくれたんや。
 慰めっちゅうてもそんな生易しいもんやないけどな。はよ、殺したれ!とか物騒なもんや。せやけど、妹を除いた唯一の理解者みたいに思えて、俺は、頼りきってたよ。
 小学校に行く頃にはもう、喋らんようになったけどな。
 喋らんっちゅうか、出てこんようになった。
 それもおかしな記憶で、その膿と喋ってた時っちゅうのが、どうやら産まれる前のような気がするんや。
 まあ、記憶違いなんやろうけどな。
 産まれた時の、赤々とした血の印象の前に、そういう時代があったような気がしてどうしようもないんや。
結局、それからは足も何でか膿まんようになったからか、そいつは出てこんかった。
俺は十五までを自分では駆け足で駆け抜けた気分で、ろくに勉強もせんと、隠れてアルバイトして、わずかな金を貯めて、高校には行かんとすぐに大阪に出た。
 親父にも兄弟にも何とも言わんと、ただ、着の身着のまま出てきたんや。
 探されたりとかはせえへんかったみたいや。
 食い扶持が一人減ったくらいにしか思われへんかったんとちゃうかな。
 妹だけにはゆうといたよ。連絡先は教えといて、あとから妹も俺を頼って出てきよった。
 せやけど、もう、その頃は足も悪いし、自分一人生きてくだけで精一杯やったからな。妹の面倒までは見きれんかった。
 妹は妹で自分で何とか生きて、今は結婚して東大阪に住んでるよ。
 一緒に宮崎を出てきた兄ちゃんがおることは旦那には内緒なんやって。足も悪いし、見かけも悪い。最初にゆえんかったら、ずるずるしてしもうて、結局、ゆえんようになったみたいや。
 せやから、俺は妹とは大っぴらにはあわれへんのや。
 お前のお母ちゃんと知り合ったのは、百貨店で働いてる時や。
 向いの総菜屋で働いてたんや。話してみたら同じ宮崎県出身やった。俺は、お母ちゃんの気を引こうと思うて、店の残りもんとかを帰りにあげたりして、自分のもんにしたんや。
 足が悪い俺は、本当に人並みの事をしたかったんや。一生、結婚なんかでけへんと思ってたからな。
 この女やったらもしかしたら結婚できる、って思うたんや。
 すぐに妊娠したけど、どうやら俺が酔った勢いで階段から突き落としたみたいなんや。全然、記憶にないんやけどな。ほんま悪い事したと思うて、その時はまだ籍入れてへんかったけど、それを機会に、ちゃんと結婚しようってゆうて、籍を入れたんや。





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Last updated  2008.05.12 13:23:58
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