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奈良に引越しをしてきて早いもので1ヶ月が経ちました。今年の夏は海水浴に山登り、キャンプにバーベキューと自然を満喫する事ができました~!!長かった夏休みも終わり、私も旦那様も勇翔もいつも通りの毎日を過ごしています。昨日、しばらく接続出来ていなかったインターネットをやっと開通する事ができました。1階にモデムがあり、2階のパソコンまで無線で飛ばしたかったので張り切ってルーターを購入したにも関わらず、家の構造上の問題なのかルーターの問題なのか、私の設定が悪いのかうまく電波を拾う事が出来ない様で、結局2階のパソコンを1階に持って下り無事ネットを接続する事ができました。やはり機械に弱い私だからなのか、3時間程かかってしまい・・・。とりあえずホッっとしています。奈良に来てからどんなに遅くベットに入っても何故か5時55分に目覚めてしまう私・・・。私の朝は旦那様のお弁当作りから始まります。とはいえ、前の日の晩御飯の残りを最大限活用しているのですが。お弁当と朝食を作って旦那様と勇翔を起しにいきます。どちらかというと朝が苦手な二人・・・。朝は爽やかにみんなで朝食を取りたいのですがなかなかうまくいかず結局朝の身支度に追われてみんな食事がバラバラになってしまっています。朝からみんな笑顔で朝食を取れる日はいつになることやら・・・。でも家族が健康でそれぞれ気持ち良く仕事や学校に行ける事が一番大切ですね。最近、ふと、家族って何だろう?ってときどき考えます。よく分からないけれど、人の幸せは人それぞれで、人の思いもそれぞれで考えもそれぞれで・・。どれが正しいと間違っているとかは無くて・・・。日常の中で起こる楽しい事、悲しい事、共有しあって支えあってどんな時でもきっと共に生きていく集合体なんだろうなっとそんな気がします。何だか文章に上手くまとめられないけれど、何よりも大切なものなんだろうなとそんな気がしています。
2008年09月08日
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あなたに出会えた事、心から感謝しています。私の全てを受け入れてくれて、本当にありがとう。優しくて、綺麗な心を持つあなたの傍で共に歩んでいける事、神様からの何よりのギフトです。これから先、楽しい時も辛い時もいつも一緒にいてたくさん話をして同じ歩幅でゆっくりと前へ進んでいこうね私はあなたの傍でいつも笑顔です。お金では買えない、かけがえのない物をあなたから学びました。ありがとう
2008年07月25日
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10年間、生活を共にしてきた愛犬「仙太郎」が7月18日に天国へ行きました。私と仙太郎との出会いはちょうど10年前。19歳で母親を亡くし、落ち込んでいる私に父親が「元気を出してがんばっていこう」というメッセージとともにプレゼントしてくれた犬です。我が家に来た時はちょうど生後3ヶ月で、リビングにある5cm程の段差を下りる事が出来ない程、怖がりな幼犬で、大きくなっても吠える事がほとんど無いので番犬にはならなかったものの、愛玩犬として愛嬌たっぷりの犬でした。仙太郎が2歳を迎えた夏のある日。左足を少し引きずっている様子に気付き、病院に連れて行くと椎間板ヘルニアと診断されました。手術が必要という事でその日は検査のみで自宅へ連れて帰る事になったのですが、夕方を向かえみるみる内に様態が悪化し、翌朝には腰から下が完全に麻痺を起していました。手術の予定日を待つ事も出来ない状態でその日のお昼に緊急手術となったのですが、残念ながらこの先4本肢で歩く事は不可能という結果でした。同時にその日から下半身不随の不自由な生活を余儀なくされました。悲しみというより、どのようにしたら少しでも不自由な思いが少なく、生活させてあげる事ができるのかを必死になって考えました。しかし、下半身麻痺の為、自力で排泄する事が不可能で、朝晩のオムツ換え、筋力低下防止のマッサージを365日休む事なく続ける事は想像以上に大変でした。仙太郎が病気になって4年目を迎えた頃、勇翔が生まれ、子供のお世話に仙太郎のお世話にと正直、逃げ出したいと思った事ありましたが、不自由な体で懸命に生きようとする姿に勇気をもらったのも事実です。私の再婚が決まり、もうこれ以上私の負担にはなれないというメッセージを残すかのようにして天国へ行ってしまった仙太郎。元気に散歩している犬を見ると、不自由な体で生活している仙太郎に涙した私を見てそっと寄り添い「大丈夫、僕は幸せだよ」という様な目で私を励まし続けてくれた仙太郎。私はあなたに出会い、たくさんの生きる勇気と愛情をもらいました。仙ちゃんに出会えた事、縁あって仙ちゃんの飼い主になれた事は私のこの先の人生で忘れる事はないでしょう。きっと、今頃は天国で不自由な思いをする事なく元気に走り回っているのでしょうね。天国から私と勇翔をいつまでもいつまでも見守っていて下さい。あなたと共に過ごしたこの10年は私のかけがえのない宝です。さようなら・・・。そして心からありがとう。
2008年07月24日
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今日は朝からお天気も良く、洗濯に掃除に励みました。バタバタと家の用事を終えてふと時計を見るともう1時・・・。仕事が休みの日は時間が経つのがあっという間です。お昼から姉と息子と三人で近くに出来たスーパーへ。今日はお鍋にしようと思っていたのに家に帰ったらうどんを買い忘れてしまった事に気が付いて・・・。「またやってしまった~!!うどんを買い忘れちゃった・・・。」と私が言うと息子がつかさず「僕が買いに行ってくるわ」と言って、「大丈夫~かな?」と思ったもののお願いする事に。最近の息子の口癖は「大丈夫、大丈夫僕に任せて!!」。今日もそんなセリフをはきながらお財布を首からぶらさげ鼻歌を歌いながら愛車の自転車に乗ってスーパーへ出発。私は「スピード出したらあかんよ。わからなかったらお店の人に聞いてね。」と頼もしくもまだ幼さの残る背中に呼びかけるも、一人前に右手だけを挙げすぐに姿は見えなくなりました。心配だな~と思いつつ、何でも自分でやったみたいという息子の挑戦する思いも大切にしてやりたいという複雑な心境の中・・・。15分経っても20分経っても帰ってくる様子はなく、家を出たり入ったりとウロウロ、落ち着かない。もう、ダメ!!!!待てない。心配もピークになり、私は自転車に乗って息子を探しに行く事に・・・。こんな事なら自分で買いに行けば良かったとか事故に遭って救急車で運ばれてるんじゃないかとか悪い事しか頭に浮かばない・・・。スーパーに着いて、自転車置き場を見ても息子の自転車がない・・・・・・。「誘拐されたんじゃないか」という不安だけが頭をよぎる。でももしかしたら入れ違いで家に帰っているのかもしれない。とりあえず家に帰って確認してみよう。それで居ないなら近所の公園を見に行こう。不安の中でパニックっている自分と冷静な自分が居て、必死に家に向かって自転車を走らせていると聞きなれた泣き声が。息子が泣きながら自転車を押していて。ふと、足元を見ると服に血が付いている。「どうしたん!?!?、何があったの??」と聞くと涙をポロポロ流しながらうどん2玉が入ったスーパーの袋を私に差し出し「ママにこれ買ってきてん」と・・・。(いやいや、それはそうだけど・・・。)「とりあえず家に帰ろう」と言って家に戻りよくよく話を聞くと。スーパーの帰り道、自転車に乗りながらよそ見をしていたらしく、自動販売機にぶつかって、大泣きしていたら、親切な女の人が「大丈夫??」と声を掛けてくれ、その人の家にお邪魔して消毒までしてもらったらしく。私が息子に「親切にしてくれた人の家覚えてる?その人にお礼を言いに行かないといけないわ」というと「僕がお礼は言ったけどママは一応親やからお礼言いに行った方がいいかもやね」って。一応ってどういう意味??と思いながらも「そうやね」と言って二人でお礼を言いに行きました。長い長いうどん2玉の旅でした。でも大事にいたらなくて良かった。親の私に「一応親やから」と言えるだけ無事で何よりです。これから先もこんな心配事ばかりなんだろうなと思いつつ、それでも成長していこうとする子供の気持ちを大切にしていってやりたいなと思いました。
2008年04月13日
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昨日、幼稚園から仲良しだった友達から一年振りに連絡があり、今日急遽会う事になって息子を連れてランチに行きました。彼女は相変わらず綺麗で、イキイキとしていました。彼女との会話の中で彼女が「女はツヤが大切やからね~」と言うセリフが妙に耳に残りました。確かに・・・。イキイキと今を生きている人にはツヤがありますよね。それは出せるものではなく、自然に出てくるものなんだろうけど。一人の人間として女性として母親としていつまでもツヤツヤな人生を送っていきた~~~い。自分で出せるものではなくても、ツヤが出る努力は自分のモチベーション次第だと思います。幸せは自分の心が決めるもの。輝きは周りの人が感じるもの。彼女に会ってたくさん元気になれました!!!ありがとう。
2008年04月02日
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本当に久し振りのブログです。これからは毎日とは行かなくてもちょくちょくブログを更新していきます。ここ2ヶ月ぐらい自分の考えに自信を持てないでいる。以前まで迷うことなんて殆ど無かった。迷う以前に自分の中で決論が出ていた。そんな私が今は違う。色々な人の意見にそれもそうか、なるほどな~と心から納得してしまって・・・。そうして人の考えを聞いている内に自分の考えってどうなんだろう?って頭の中が????だらけになってしまう。みんなはそれが普通で、そうやって迷ったり考えたりしてきたのかもしれないが、私は恥ずかしながら28歳になって今更そんな壁にぶつかっている。でも、以前の自分に戻りたいとは思わない。きっとこの先には何か自分の中で良い変化が待っているような気がするから。自分に自信が持てない今だからこそ、妥協し、我慢し、恥をかき、涙を流し人は成長していくんだと心から信じている。
2008年03月27日
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今日はがんばっている人について書いてみます。私の周りにはがんばっている人が多い。子育てだったり、仕事だったり、自分の夢へだったりと目的や目標は人それぞれだけどとにかくがんばっている。がんばって今、ここに生きているという証を残してる。で、私はというと・・・。がんばっていない気がする。いや、がんばりきれていない。がんばっている人を見たり、感じたりするたびにどうしてがんばれるの?とさえ思ったりもする時がある。自分のペースでやっていると自分なりにはがんばっていても周りから見るとそうではないらしい・・・。それでどうしたらいいのか悩んだり、投げやりになったりもしてみるが、やっぱり頑張りきれていないから周りはそのように評価しているんだろうし、とりあえずがんばっている人からがんばれるエネルギーをもらってみようと思った。今日はその良い波動のエネルギーをたくさん人からもらえた日だった。私もがんばろうと素直に思う事ができた。ありがとうございます。感謝します。幸せです。
2006年10月27日
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今日はお昼から天気が良かったので息子と二人散歩がてら近所の公園へ出掛けました。息子を膝にブランコから見た空です 空も空気もすっかり秋ですね
2006年10月08日
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お客様からブレスのご依頼があり本日お引き渡しさせてもらったブレスです ブレスのテーマは「集中力、エネルギーをアップし将来のビジョンをより明確にする」です。 ブラックトルマリンとルチルの組み合わせです。 二人の可愛いお子様がいらっしゃる30代の男性で、愛するご家族と共にこれからも変わらぬ愛情を感じながら、広い意味での「自由」を手に入れて頂けたらと願いを込めました。 このブレスがお客様の元で力になってくれる事を心から願いお届させて頂きました。
2006年10月07日
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息子が幼稚園でお芋掘りに行ってさつまいもを持って帰ってきたので「スイートポテト」にしてみました~!!秋は美味しいものがいっぱいです。
2006年10月05日
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今日は姉の紹介でエステ体験に行ってきました。エステといってもホームエステを体験できる場所で、私以外にもたくさんの女性で溢れかえっていました。20代から上は60代、70代ぐらいまでの幅広い年齢層の女性達。肌の悩みは人それぞれだけど、いつまでも綺麗でいたいという目的は皆さん同じです。セラピストという仕事をしていて心と体と魂は一体なんだと感じさせらる事が多い中で、心の曇りを少しでもクリアにすることで体も魂も元気になれるという事は実感していたけれど、今日の体験を通じて自分を好きになる事、自信を持つ事も心と体と魂を元気にするということなんだなと感じました。今日、私のカウンセリングをしてくださった担当の方(姉の友人)もイキイキと輝いている素敵な人で、まさに心美人という言葉がぴったりな女性でした。「人に喜んで貰えるのがうれしくて!!この仕事が楽しいのよ」と笑顔で話をしてくださったのがとても印象的でした。世の中にはたくさんの仕事があるけれどどんな仕事でもお客様に幸せになってもらいたいと願う気持ちは同じなんだと感じました。肌を綺麗を保つには、毎日のケアとそれに費やす時間が必要です。そんな努力をしてでも女性はいつまでも綺麗を保っていたいと願っている。そのパワーは女性が生まれ持ったものなのかもしれません。(最近では男性も同じかな)美にかける思い。女性は何歳になってもそんな思いを忘れずに生きていけたらすばらしいですね。
2006年10月05日
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久々のブログ更新です。子育てにおいても、仕事においても、全てにおいて冷静になって考えたり、見てみたりする事の重要さをここ最近実感させられる事が多い。子育て。親は子に愛情を注ぎ、子も親に愛情をくれる。愛情において注ぎすぎという事はない。親が子供に対してたくさんの愛情を注いでいると思っていても、受け取る子供が満足していなという事もある。簡単なようでとても難しいことだけど、できるだけ子供を冷静に見守って、小さな心から発せられるシグナルを聞き逃さないようしなければいけない。私が親として成長する速度が遅すぎるため?、息子は私を追い越しどんどん成長していっている。きっと親が子供に出来る事は少ないような気がする。教えられる事の方が多い。目には見えないけどとても大切な愛情。いや、本当に大切なものは目には見えないのかもしれない。そんな愛情を切らすことなく注ぎ続けていれば、子供は自分の力で大きく成長するんだろうなと思う。何でもチャレンジする姿、驚いたりと感動できる素直な心は子供の持つ才能。大人も子供のようにそんな楽しめる能力を生かし続ければみんな幸せになれるんだろうなと思ったりする。仕事も同じ。お客さまは何を求めてサロンへ足を運んで下さったのか。言葉、表情、心の声を冷静になって見たり、感じたりできるか。心で感じ、問いに問いただす事。とても大切な事だと実感している今日この頃です。
2006年09月13日
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今までだったらご縁の無かった方と、最近出会わせて頂く機会が多い。出会い。それはまさに自分が変われる時であり、学べる時だと実感する今日この頃です。子供が作ってくれた出会いから、友人が作ってくれた出会い。ひとつ、ひとつの出会いを大切にして自分の魂の成長を心から願います。自分の心と魂を大切にする為に出会わせて頂いたご縁に感謝致します。私は幸せです。ありがとうございます。
2006年07月25日
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どんなに今が幸せでも、人間には欲があって今の現状に納得できないそんな生き物。なぜなら、今を幸せと感じている分、幸せを失う事が怖いからだ。誰かが言っていたように、絶対なんて「人はいつかは死んでしまう」という事だけなのかもしれない。でも、あと1つどんな状況になっても絶対に変わらない、いや変える事のできないものを見つけた。それは「自分」である。自分が今生きている事、自分自身が今存在する事。その事実は変わらない。確かに自分が変わろうとする時、そのきっかけを与えてくれるのは自分の周囲の人からの影響が多いのかもしれないが、「あんな風になりたい」「あの人の様な生き方をしたい」と今ある思考の方向性を転換するのは自分自身。常に新しい道へ、自分の可能性を信じて生きる事。日常の忙しさの中で忘れかけていたけれど、とても大切な事なのだと思う。
2006年07月18日
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タイトル通り、明日は息子の4歳の誕生日。「おめでとう~!!」気が付けばもう4歳。当たり前の事だけどこの世に誕生して4年目を迎える。それと同時に私自身も母親になって4年目。息子が傍にいる毎日が普通になっているけれど、息子の存在に私はたくさんの力をもらっている。あなたが生まれて間もなく、私はあなたの父親と別の人生を歩む事を心に決め、それと同時にあなたと二人で生きていく決断をしました。仕事へ出る為に泣き叫ぶあなたを保育所へ預けて、うしろめたい気持ちで保育園のドアを閉める時、私の判断は間違っていたのかもしれないと思った事もありました。しかし、そんな不安を吹き飛ばすかの様に、日を追うごとにたくましく成長してくれている事に感謝しています。これからも二人仲良くたくさんの事を感じながら、話しながら、笑いながら過ごしていこうね。そしていつの日かあなたの名前通り、勇ましく翔る日が来る事を母として願い、見守っています。
2006年07月14日
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子供にこうしてあげたいとか、こんな物を買ってあげたいとか、こんな環境で育てたいとか、世の中の親はそれぞれに思い描いていますよね?例えば、自分が親にされて嫌だったり、傷付いたりした事はなるべく自分の子供に同じ思いをさせたくないものです。今月で4歳になる息子は、服のこだわりがすごいんです。思い返せば、私がチョイスした服を文句なしに着ていたのは、3歳になる前ぐらいだったと思います。少なからず、ここ1年程は私の選んだ服を素直に着てくれたことはないはず・・・。子供はどんどん大きくなるので季節が変わる度に服を買い足しているのですが、子供同伴で買い物に行くとなかなか思うように行動できないので、つい私一人で行く機会が多くなる。自分なりに彼の好みの色、形を把握しているつもりではいるのだけどやはり彼の反応はいまいちで・・・。昨日も私一人で彼の甚平を買いに行った。来週幼稚園で夏祭りが予定されていて同じクラスのママに「甚平、準備した?」と言われあわてて用意することになった。朝、彼を幼稚園まで送っていく車の中で、「今日、夏祭りに着ていく甚平買いにいくけどどんなのがいい?」と聞くと、少し考えて「紺色がいい~、男の子やから」との事。「うん、紺色ね わかったよ」というと「かっこいいの買ってきてね」というセリフを残し幼稚園へと入っていった。いざ、お店に着くと時期的に品薄状態・・・。きっと夏前に用意するもののようで、彼のリクエストの紺色が無い・・・。男の子が着れそうな甚平は茶色かグレーか白ぐらいしかなくて。悩んだあげく白にした。涼しげで、可愛い感じにもかっこいい感じにも着れそうだったし、何より一番安かったし。これなら気に入ってくれるはずとルンルンで帰ったのもつかぬま、息子の反応は見事に私を裏切り「こんなん嫌や~~」とブ~イングと大粒の涙・・・。「かっこいい~わ 良く似合ってるよ」と父と二人で褒めまくり、何とか納得してもらおうと試みたが惨敗。「ママはあかん子や」と溢れる涙を必死にこらえようとしている。「何でママがあかん子なん?」と訊ねる。「だって、勇君が幼稚園行く時、紺色が良いって言って、ママはわかったよっていうてたやん!!これは紺じゃなくて白やんか それってうそつきやんか だからママはあかん子や」確かに彼の言う通りだ。「じゃあ、どうしたらいいの?」「今からお店連れって行って 勇君が自分で選ぶから」こんな状況の中でどう対応するのが一番息子の為になるんだろうか・・・。単なるわがままと取る人もいるだろうし、返品する事ができるのならば彼を連れて彼の思う色の甚平を買った方がいいのか。その時、自分の幼少の頃を思い返してしまった。私は3人姉妹の末っ子。長女は当然ながら何でもいつも新品。次女は長女と2つしか歳が違わない為、服などはお下がりを着ていたが、学校で使うものは例えば習字セットやリコーダーなどそれぞれに必要な物の為、次女も新しい物を用意してもらっていた。私はというと長女と6歳離れている為、小学校でいえば姉が卒業し、私が入学する事で姉が使っていたものを使うシステムになる。服などは私自身こだわりも無かったので用意されたものを着ていたように思う。思い返せば、確かにみんな真っ赤な習字バックなのに自分は朱色だったっけ。それを決して嬉しくは思っていなかった。だからなのか?わからないけど、どうせ必要ならば気に入ったものを、こだわりがあるんだったら可能な限りこだわらせてやりたいと思ってしまう。ある人に言われた。「子育てにおいて何が正解で何が間違っているというのは無いと思うけど、それってあなたの自己満足なんじゃないですか?」と。確かにそうなのかもしれない。自分は親として今何をすべきなのか、何が出来るのかいつも迷って考えて不安になってしまう事も多い。きっと彼の方は私に何を望んでいる訳でもないんだろうけど(しいて言えばあまり怒らないでいてほしい位だと思う)パパが居ないからってみじめな思いをさせたくないという変な意地があり、物を買い揃えるのも、習い事も私自身の自己満足。彼の為にここまでしているんだと自分を納得させる手段のひとつにしかすぎない。また、「自分が嫌だった事を子供にすることはないけれど、考え方や受け止め方ひとつにしてもあなたと勇君は違うでしょ」とも言われた。確かにそうだ。私は息子の何を見てきたのだろう?自分にできる事の意味を取り違えていたのかもしれない。それでもきっと私はこの先も可能な限り、変な意地や自己満足の為にがんばっていってしまう気がする。息子をコントロールする以前に自分の感情や考えをコントロールできないのが何よりの問題なのかもしれない結局、甚平はというと近くのお店には紺色が無かった為、車で20分ほどの隣町まで買いに行きました。15分位かけて自分で選んだシンプルな紺色の甚平。「これ下さい」とお金を片手に嬉しそう。甚平の入った袋をフリフリ嬉しそうに持ちながら手をつないで満足顔でした。その甚平を着て、お祭り楽しんできて下さい甚平の写真アップしました
2006年07月12日
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2006年07月12日
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久し振りにパソコンに向かっています。サロンオープンから約3週間。決意と迷いの中で、色々な感情に翻弄されながらももう3週間がすぎてしまった。プレに来て下さったお客さんがお祝いを兼ねてアロマやレイキを受けて下さる。お客さんの体に触れて、心に触れてサロンに存在する自分の居場所が何となく明確になってきている。サロンはお客さんを迎える場所であることはもちろんだが、自分自身の存在価値を認識できる場所になっている。自分でも出来る事、自分にしか出来ない事を見出す場所に巡り合えた事にありがとうと言いたい。無価値な人なんて居ない。この世に存在する意味、人はその答えが欲しくて幸せを感じ、苦労を乗り越えるのだろう。これからどんな方々との出会いが待っていて、何を思い感じていくのだろうか。「wish-will」と共に、お客さまとともに、家族とともにいつまでも幸せを感じていたいと願っている。
2006年07月08日
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念願のサロン開業を目の前にしてたくさんの事を思う。姉と共にある人との出会いをきっかけに同じ道を歩む決断をし、私達にとってはゼロからのスタートだった。何を決めるのにも二人が納得できる結果になるように話し合い、時にはぶつかり合いながらも少しづつではあるが前へ前へと進んできた。その間も色々な温かな人々の心に触れ、支えてもらいながら今ここに私達のサロンが産声をあげようとしている。持ちつ持たれつという言葉通り、開業してからのがんばりで、私達を支えてくださった方々の心に報いるようにしなければいけないと思う。心と心のつながりを感じ、その事の大切さを実感させて下さった方々に心から感謝申し上げます。ありがとうございます。
2006年06月13日
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子育てにおいて、子供のありのままを受入れる事の困難さを実感しています自分と子供は違う。受入れる事と躾ける事の線引きがどうも上手く引けません。何かを言ったり、行動するたびに常に目を光らせている自分が今は嫌いで仕方ありません。今こそ、彼の長所を褒めてあげよう。純粋で綺麗な目を純粋で綺麗な気持ちで見つめてみよう。今から反省の気持ちを込めて、彼の紙飛行機作りに参加しよう思う。彼はどんな時でも私の守護天使である事は変わらないのだから・・・。怒ってばかりのママだけど、あなたを愛しています。
2006年05月27日
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お久し振りです。またまたこのセリフの登場です。そのときの私の気持ちと、その言葉に「決して嘘はありません!!!」 でも気持ちを継続させることが苦手な私です・・・・・。アハハハハハハッハハ今日は「食」について少し書いてみようと思います。幼稚園から帰ってくるなり、必ずと言っていいほど「ママお腹すいた~」のセリフが出てくる。おやつだけでは満腹にならないみたいでゼリーやヨーグルトを食べるので(最近は踏み台を持ってきては自ら冷蔵庫を開けて食べちゃってます・・。)当然の事ながら夜ご飯がすすまない・・・。幼稚園に入るまでは「ちゃんと食べないと大きくなれないよ!!」という言葉に「勇君頑張って食べるからな」と素直に答えてくれたのに最近は違う。「ママ~あんな~、お腹がいっぱいになったら無理して食べなくていいですよって幼稚園の先生が言ってはったもん」そんな事を言う。幼稚園は幼稚園、家は家っていうのも3歳の息子には理解できるはずもなく、困ってしまいました・・・。昨日、ちょうど友人とそんな話をしていて今はご飯を残さずにたべましょうという指導もどうやら言葉の虐待になるらしく、幼稚園でもそういった指導をしているらしい。私の幼少の頃は先生や親から「お米はお百姓さんが一生懸命作ってくれている物だから残さずにたべましょう」と教えられたものです。子供心に素直に「無理してでも食べないと。」と思っていました。時代が変わって「食べ物を大切にする心」までも幼稚園や学校で教われなくなっている今の時代に生まれた子供達が不幸に感じてなりません。どんなに評判のいい幼稚園や小学校に入れたとしても教育、しつけ、礼儀作法など人が身につけるべき最低限の常識を教え込むのは家庭でしかないと今更ながらつくづく実感させられました。
2006年05月19日
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きっと自分がどんなにがんばっても自分が親として、一人の人間として出来る事に限界はあるんだろうな~。無理をして汗だくになって歩む人生より、休憩しながらでもじっくりとその時々を見据えながら歩んで行く。きっとその先には喜びや幸せを素直に受入れられる心を持った自分が存在するだろう。
2006年05月16日
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息子の事を心から愛しているのに、自分の機嫌次第で接し方が変わってしまう。なるべく言って聞かすようにはしているが、あまりにもひどいときは手を挙げてしまう事もしばしば。罪悪感に苛まれて叩いた自分の手のひらのあの何とも言えない温もりを感じつつ、息子に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。またやちゃった・・・と淋しく虚しい気持ちになってしまう。子供は子供の考えがあって、私は私の思いがあってちゃんとしっかりその時を見据えなきゃいけない。その時々はその時でしかない。子供の一瞬一瞬を大事にしてあげなきゃ。心で想い感じている子供と同じように私も頭で思うのではなく心で想い感じなきゃいけないと反省しました。
2006年05月04日
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毎朝、息子を幼稚園まで送って行くのだが、別れ際に息子の手を握るのが日課になっている(いや、今はなっていた!!と表現しておこうっと)それはまだ慣れない幼稚園の門をくぐる前に、彼に「ママは今日もあなたを愛しているのよ」という思いを伝える意味と、彼の赤ちゃんの様なプクプクとした手の気持ちよさを感じたいから^^園に通いだした頃はやはり不安もあったのか、毎朝握ってくれる手も力強く、私は心の中で「大人びた事ばかり言ってても可愛い所もあるんだな~」と正直嬉しかったりしていたのだが・・・。そんな嬉しさは3日も継続する事もなく最近は「勇君~もう幼稚園着くから手握ろっか^^」と言う私に「何で?そんな事よりママちゃんはしっかりハンドル握っとかないと事故したら勇君が死んじゃうやんか~!!」と冷たい一言・・・。彼の言っている事は確かに間違ってない。運転中なんだから、彼のプクプクした手を握るよりハンドルを握る事の方が大切だ。それでもママはあなたの手を握っていたいの~!!!(寂しい心の叫び)子育てするにあたって一番気を付けている事、それは愛を伝え続ける事。それは彼が私の息子としてこの世に生まれたその時からずっと変わらず、これからも変わる事はない。彼が成長の過程で私の存在をうっとうしく感じても、たとえ「きもい!!」と言われても私は負けず、くじけず「愛」を伝えて続けていくだろう。息子に見返りを期待している訳ではないけど・・・。もう少しの間は私の手を握っていてほしいな。せめてあなたの手がプクプクを卒業し、ほっそりした手になるまでは・・・
2006年04月30日
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人がどうとか、誰かに勝ったとか、そんな事よりも自分が自分らしく毎日幸せを感じながら生きていく事。どんな選択をしてもひがみやねたみはあると思う。だって考え方はひとそれぞれだから。常識の範囲内でいかにして自分が幸福感に満たされてその時々を過ごしていくのかの積み重ねが人生だと思う。誰かに勝ったからそれがどうなんだろう?そう思う事で何が得られるの?優劣を付ける事で得る事なんて何もない。それよりも自分はどうしたいのか、どんな自分を愛したいのか、毎日を楽しく幸福に過ごす為にはどうすれば良いのか それを考えた方が自分にとって有意義ではないか。淋しいのは誰だって嫌だ。常に皆からの愛が欲しくて、愛はいくらあっても邪魔にはならない。愛されてる安心感があるから人を愛せる。「愛してます」と言われたことがあるから心から愛を伝えられる。そんな温かい空気の中に優劣なんて存在しない。自分を愛し、人を愛し、今に感謝し、そんな毎日を過ごしている人に不幸せな人はいない。
2006年04月29日
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今日も何事もなく一日が過ぎていきました。息子を寝かしつけて、10時以降のこの時間帯が私だけの時間です。自分が母親としてではなく、私自身として向き合える時間。ブログを更新する事も一日を振り返ってその日の自分自身を振り返って反省したり、時には誉めてあげたり・・・。そんな時間を意識して持つ事の大切さを日々実感しています。子供を出産した時、何が一番辛かったか振り返ってみると、自分の時間を自分の思うように使えない事が辛かった。母親なんだから、子供のお世話をするのは当然だし、時間を自由に使えなくなる事も分かっていたつもりだったけど、それまで自分の思うままに行動したりするのが当たり前だったからその有り難さに気が付かなかった。大人になると他人から非を攻められる事はあっても誉められる事って本当に少なくなる。出来て当たり前、だってそういう立場だから当然でしょって。そうなのかもしれない。他人はどうかわからないけど自分って人間は誉められたくてがんばっちゃう人。それがどんなに辛く苦しい事でも、「がんばったね」の一言でそんな辛さなんて吹っ飛んじゃう!!そんな喜びを感じた時、私は私自身の存在価値を認識しているのかもしれない。だから私を見ていて欲しい。がんばったら誉めて欲しい、そんな心の叫びを感じたから、私も周りにいる人を誉めようと思う。心から誉めてみようと思う・・・。
2006年04月25日
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今日は夕方から時間が空いたので、息子の大好きなウィンナーパンを作りましたいつもパン屋さんで「どれ食べたい?」と聞くと「ウィンナーパン!!」と答える息子の為に、いつか作ってあげたいと思っていて今日やっと実現しました。ケーキはもう飽きたみたいで、薄~いリアクションしか見せてくれなかった息子が今日は大喜びしてくれたので作った私も大満足です。手作りするのって時間もかかるし、正直買った方が安かったりする場合もあるけれど、やっぱり愛情がこもったものを食べさせてあげたいし、何より「ママありがとう~」の言葉に弱~い単純な私です。これから仕事が忙しくなって今より息子と居れる時間が短くなってしまいますが、出来る限り愛情を伝える方法の一つとして手作りの食べ物を作って食べさせてあげたいな~っと思っています
2006年04月24日
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もう外はすっかり春らしい気温になり、外の景色を見ているとなんだか気持ちよくてワクワクしてくるそんな季節がやってきました。優しい太陽の光に包まれながら昨日は息子と近所へお散歩に出かけました~。私が住んでいるこの町は、卵1つ買いに行くにしても車を利用しなきゃいけないような所で、都会の人から見ると決して便利とは言えないそんな町。でも、そんな町で生まれ育った私はこののんびりとした空気の流れや北摂の山々の変化を、季節を通じて感じる事のできるこの町が大好きである。自宅からも5分も歩けば山道への入り口がある。休日には、リュックを背負った人達がその道を楽しげに話しながら歩く姿がよく見られる。昨日は息子を連れてその山道へと探検がてら足を運んだ。タンポポやレンゲのお花を摘んで私にプレゼントしてくれる息子は山道に入る途中、誰かがプランターで育てたお花を摘もうとしていて 「あ~~~~~っ!!!」と声を張り上げたり何とかそのお花は無事でした。私にプレゼントしようと思ってした行動だけに優しく丁寧に説明すると「そうか~ ちぎらんでよかったな~」と納得顔でした。息子のそんな素直な思いが嬉しくて優しい気持ちになれましたそんなこんなでいざ山道に入ると、木々が生い茂って少し薄暗い~雰囲気に怖がりの息子は「ママちゃん、あっち行こう~ ここはあかん!! 危ないから なっ」と私の手を取りグイグイ引っ張って結局山道探検は5分位で終わってしまいましたその後、息子の一人漫談を聞きながら1時間程、お散歩。コンビニでソフトクリームを買わされ、ご機嫌で家路に着きました。季節を感じ、自然を感じ、息子の成長を感じて何だか気持ちの良い時間を過ごせました。明日、4月25日。あのたくさんの死傷者を出した尼崎脱線事故からちょうど1年。身近であんな悲惨な事故があると、人の命の大切さ、1日1日を大切にすることの重要さを痛感させられます。「またね」、「行ってきます~」という言葉を残して電車に乗ったまま、命を落とされたたくさんの方々から私達は多くの事を学び、命の重さについて考え直さなければいけない。それが私達の今できる事なんだろうと思う。明日はいつまであるのか分からない。自分の肉体はいつまで元気でこの世に存在できるのかも分からない。悔いのないように、素直な思いを告げ、素直に正直に生きて行く事。それ以上の事はない。
2006年04月24日
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今日はお昼から友人宅へ息子と二人で遊びに出掛けましたその友人とは、息子がまだよちよち歩きだった時に入った育児サークルで出会った縁で付き合いが始まり、サークルを卒業してからも親子で仲良くしている2人の女の子を持つ彼女は育児、人付き合い、その他全ての事においてその時々を立ち止まったり悩んだりしながらも、現実から逃げようとせず、懸命に生きていっている様に見える。そんな姿に私も元気や勇気を貰いながら彼女の存在が自分にとって良い刺激となっている。今は子供同士幼いので、男女関係なく仲良く遊んでいるが、大きくなって子供同士がそれぞれの世界を持つようになっても、きっと彼女との付き合いは消える事なく続いていくだろう。彼女の娘は5歳、3歳で私の息子と下の子が同い年である。女の子だからしっかりしていて、息子が頼りなくも見えるが彼なりに女の子から学ぶ遊び方やある程度のルールなど感じている事があると思うし、私と彼女は子供のしつけに対しての考えや怒るタイミング?みたいなものが似ているような気がして私も共に時間を過ごす事がとても居心地が良い。同じ様に子育てをしている人でも、子供に対する考えやしつけなど家庭それぞれだから、少し違ったりするとなかなか良いお付き合いを持続する事が難しく、何よりしんどくなってしまう。自分が疲れる相手からはきっと学べる事って少ないと思うし、たくさんの薄い関係の友人より、何でも話せてお互いを尊重し合える友人が1人いれば十分だと思っている今日、彼女の子供2人と私の息子の遊ぶ姿を見ながら、彼女の入れてくれたお茶を飲んでいた時、彼女の娘2人を見て、やっぱり兄弟はいいなと思った同じ環境で育ち、同じ物を食べ、下の子は上の子に刺激を受けながら、上の子は下の子を労わりながら、時には物の取り合いやけんかはあるだろうけど、兄弟だから分かり合える事も大きくなったらたくさん出てくると思う。1人っ子の息子は小さい頃から保育園に通っているが、やっぱり兄弟が居ない分、自分の思い通りになっている事も多いだろうし、現実問題私や周りにいる大人が1人だからと許して甘くなってしまっていると思う。そして何より息子に兄弟を思いやる気持ちを感じながら成長させてあげられない事が残念である。息子が、園の先生に「ゆうくんな~、可愛い~妹が欲しいねん」と言っていたのを聞いて、今すぐには無理でもいつかは息子の為にも兄弟を作ってあげたいと思った。まだまだ先の話だけど、それまではママが体を張って遊び相手頑張るから少々お待ちくださいませ身長1m2cm 体重18kgの息子を抱き上げながら、もっと体力つけて息子のパワーに負けないようにしなきゃと感じたそんな一日でした
2006年04月22日
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父は最近お料理を習いだして、私がキッチンに立つと必ずと言っていいほど、「今日は何を作るの?」と覗きに来るようになった。「今日はコロッケを作ろうと思ってるねん」というと「ふ~ん」と言って愛用の料理ノートに達筆な字で「コロッケの作り方」と書き込み、自然に親子料理教室が始まる適当な料理をしている私は父の「大さじ何杯ぐらい?」などの質問に「適当に・・・。」と答えてしまうところだが、父の真剣な学ぼうという姿勢を前に計量スプーンを手にきっちりと計っていたり・・・。父の真面目さにいかに私が適当だったかを痛感させられます。そんな父はほぼ毎日の様にカステラを作っている。父の子供の頃はカステラがすごくご馳走だったらしくて、年に一回食べられるかどうかのすごく高価な食べ物だったらしい。その反動からか、家でカステラを作れると知った父は自分や家族の為に作ってくれる。初めは上手く膨らまずカステラというよりホットケーキ?という感じだったけど・・・。毎日カステラ見ていると自然に食べたい!!と思う気持ちも薄れてきて、最近私は父の作ったカステラを口にしようとしなくなっていた。昨日、久し振りに父のカステラを食べたらすご~く美味しくて本当びっくり!!!知らない間にかなりプロになってて一緒に食べた友達も「美味しいな~」と言って父は満面の笑みでした。懸命に作っては、姉や友人に「半分持って帰りや~」とタッパーに入れて渡す父は、カステラと共に父の持つ優しい愛情を渡しています
2006年04月22日
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昨日は高校時代の友達が息子の入園祝いのプレゼントを届けにわざわざ家まで足を運んでくれた。その友人とは何かと縁があってもう長い付き合いになる。でも学生の時と違ってお互いゆっくりと時間を取ることも出来ず、昨日は10時間も話込んでしまった。楽しかった~私の家族もその友人が大好きで気が付けば父、姉、息子、私、友人の5人で何気ない話だが楽しい時間を過ごしたりしていた。父もすごく楽しそうでそんな父の素直であどけない姿に姉がびっくりしていたように思う。姉は厳しい人である。自分に対しても厳しいゆえ、人にも厳しい。すごく勉強熱心でまじめで、知識も広く、頭の回転も速い。同じ姉妹とは思えないほど私とは正反対。私も出来たら姉みたいにかっこよくなりたかった・・・。何でも上手にこなせる人。そんな、自分の無いものに強い憧れを抱く。でもそんな姉にでも欠点はある。がんばりすぎて人に甘えることが出来ない。特に家族に対して。そんな、甘えたいのにどうすればいいのか分からない不器用な姉と姉を愛してやまない淋しがり屋の父のフィーリングがかみ合わない事が何だか見ていてもどかしい。お互いが家族として大切に思っている事実は、今もずっとこの先も変わる事がないはずなのに・・・。素直になればいいだけだよ。恥ずかしくもない、大切な存在の絆をもっと確かにする為のコミュニケーション。話して、笑って同じ時間を共に過ごす。ただそれだけ!!!!!!私が姉から学ぶ事はたくさんあるのに、私が姉のお手伝いをしてあげられる事は人の愛情を素直に受け止める姿を見せる事。それぐらいしかないけれど、何気ないそんな周囲の人からの愛情に支えられて今私すごく幸せだから、きっとそれは人生を歩んで行く上で大切な事なんだと思う。愛情をたくさん与えてもらって、素直に受け止める。そんな私の周りには温かい心を持った人が絶える事はない。それは自分の財産である。どんなピンチでも誰かが私を救ってくれて愛情という形無いものを与え続けてくれている。家族や友人を私は愛している。共に人生を歩んでその時々を刻んで私が変わる為の有意義な時を愛情という形で提供してくれるそんな存在に心から感謝している。It is thanked for thanks in a certain happiness in love now
2006年04月21日
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今日は息子の懇談に行って来ました~幼稚園での息子の様子はと言いますと、先生がおっしゃるには「とても大人しいですよ」との事。彼なりにまだ慣れない幼稚園生活に気を使ったり、周りの反応を見ている一面があるのだろうかと思った。私には「すご~い楽しかったよ」と毎日の報告をしてくれるのだが、その裏には子供なりに感じている事もあると思うし、それが社会性を身に付けるという事なのかな。一日でも早く園に慣れて、心から楽しい幼稚園生活を送れるように見守っていきたいと思いますその後、産婦人科へ子宮癌検診の結果を聞きに行ってきました。結果は異常なしでしたなかなか足を運び辛い産婦人科ですが、検診だけはきっちりと受けなきゃいけないなと毎回思います。このブログを読んだ方々も是非検診へ行く事をお勧めします
2006年04月17日
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今日は私が飼っている犬の事を書こうと思います。アメリカン・コッカー・スパニエルという犬種で名前は仙太郎。アメリカンな犬にあえて日本名をつけてみました。仙太郎は2歳の時に椎間板ヘルニアという病気にかかり、手術をしたものの、完治することなく2歳という若さで、下半身麻痺という不自由な生活をよぎなくされました。自由に走り回ることが出来ず、前肢だけで体重を支えて生活している仙太郎があまりにも不敏で良いと言われる治療や神頼み、椎間板ヘルニアに詳しい獣医さんの元へ何度も車を走らせたりしたが彼の病気は椎間板ヘルニアでも重度らしく回復不可能という結果に終わった。それから彼の介護生活が始まった。息子がまだ生まれたばかりという事もあって彼の介護が正直私の負担になっていた。下半身が完全麻痺しているので、自分で用を足す事も出来ず、1日に2~3回は膀胱を圧迫して尿を排出し、肛門を刺激して便を排出する。そして、オムツをはかせる。夏の暑い日などおむつと皮膚に当たる部分が擦れて床ずれのような状態になり、いつものお世話にに加え、傷の消毒の作業がプラスされた。彼自身の下半身が麻痺している為、床ずれの痛みも感じていないのが唯一幸いだった。はっきり言って、愛玩犬という役割を果たしてくれるどころか、むしろ毎日のお世話が辛かった。そんな仙太郎の介護の大変さを見て、父は安楽死の話を何度も私に持ちかけてきたが、毎日不自由な体で懸命に生きている仙太郎を前にそんな決断ができる勇気さえ私には無かった。元気にお散歩している犬を見るたびに悲しい気持ちになったのも嘘ではないし、可哀想に思ってしまった私もいる。「可哀想」なんて無責任で突き放すような言葉を使うのが嫌いな私が「可哀想」と何度も何度も心の中で叫んでしまっていた。そんな生活を続けてもう5年目を迎えようとしている。今もあの時と変わる事なく彼は懸命に生きている。子犬の頃から変わらぬ無邪気さと愛らしさをいつも私達家族に見せてくれている。どんな人でも一人では生きていけない。そう思うと彼は少し私の手が必要なだけなんだと今は思える。息子も成長し、今では仙太郎のオムツを変える際に必要なおしっこシートやお尻拭きを準備するのが朝の日課となっている。仙太郎が私達家族を選んで我が家に来てくれたとするならば、彼が不自由な体で懸命に生きている姿を見せ、人が生きていく上で大切な事を教えにきてくれたのだろうと思っている。あなたがかけがえのない家族の一員であることはこれからもずっと変わる事はないだろう。
2006年04月14日
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昨日、晴れて入園式を迎えることができました。真新しい制服に身を包み、もうすっかりお兄ちゃんです。入園式には、私の父も出席してくれて、本人もたくさんの友達と慣れない幼稚園の雰囲気にどうなるのかな~と少し心配していたものの堂々たる態度に安心し、彼の成長振りに感動した式となりました。今日から楽しい幼稚園生活がスタートします。今日は早くから目が覚めたようで、6:30に朝食。朝は季節のフルーツとパンとプロテインを食するのが彼の日課だ。朝食を食べながら、テレビはいつもNHKの子供番組。直視する訳でもなく、どこか一点を見つめて食事を済ませ、食器類をキッチンへ運び次なる行動へ。洗面台に台をセットし(背が届かないので)アンパンマンのいちご味の歯磨き粉をつけて歯を磨き、顔を洗う。たまにテレビの音が気になるようで、ハブラシをくわえながらテレビをチラ見。仕上げ磨きは私に頼まず、必ず父へお願いしに行く。「ケンケン、きれいにして~」(お爺ちゃんの事をケンケンと呼んでいる。彼が命名した)そして着替えに入るのだが、全裸になった段階でトイレへ駆け込み(裸でトイレに入ると落ち着くらしい見ている方が寒い)済ませ、今日からは制服へ着替える。なぜか彼は朝パンツを着替えたがる。夜、お風呂に入った際、着替えたのだからそんな必要ないとも思うのだがそれが彼なりのこだわり?のようだ。着替え終わって準備が出来たら「ママ、もう行けるん?」と落ち着きある一言。その時私は大抵まだ着替えが終わってない状態で焦りながら「急いで着替えるから、待ってて」みたいな感じで答える。そんな私を横目に早々と玄関で靴を履き、鞄を持ち待っている。今日は初めての一人での登園、毎日車で彼を送っていく事になるのだが、今朝その車中で「今日から勇くん一人で幼稚園に行ってね。ママはお仕事だからね」というと「なるほど、勇くん一人で行くねんな。分かったよ」とすんなり答え、幼稚園に着くと(ドライブスルーと言って先生が幼稚園の前で車のドアを開けてくれ、親は車から降りることなく済むシステム)ドライブスルーのお迎えの先生に「おはようございます」と挨拶をし、すんなり降りて「ママ~バイバイ」と笑顔で送ってくれた。もう少し「ママと一緒がいい~」とか言ってくれたら嬉しいんだけどそんな様子も一切なく、大人な息子に圧倒されそうな私です。彼は魂レベルで私よりも大人な事は何だか生まれた時から感じる不思議な関係です。もっとしっかりしなきゃ
2006年04月12日
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明日、晴れて入園式を迎える息子。春休み最後の思い出にと、お花見を計画していたが、あいにくの雨室内で遊べる所を求めて、以前友達に教えてもらった大阪の堺市にあるビッグバンという施設に行く計画を立てた。朝から息子の大好物勢揃いのお弁当を作り、水筒、お菓子を持っていざ出発 高速に乗って、1時間程走ってビッグバンに無事到着しのだが・・・。休園日だった そう思えば昨日、ホームページで場所の確認はしたものの、休園日までは見てなっかた「ママ、どこなん?どうしたん?」という言葉に「勇くん、ごめん、今日はお休みみたい・・・。」という言葉しか返せず、大雨の中ただのドライブで地元に戻った。作ったお弁当は夜ご飯にして、せめてお昼ご飯だけでも息子の好きな物をたべさせてやりたいと思い、ご飯を食べに行った。「ママちゃん~美味しいな~」とコーンスープを飲みながら嬉しそうにしている息子に何だか申し訳なく、そんな私の側で息子の教育係として見守ってくれ、今日も付き合ってくれた姉にごめんという思いでいっぱいの私でした。その後、姉のタッチヒーリングを受け、心身共に元気です。エネルギーを感じて間もなく、あまりに心地よくて深い眠りに入ってました少し前までエネルギーを正直感じることができなかったのだが、どうやら自分の中で潜在的にブロックしていた様で、感じていないのではなく感じている自分に気が付かなかったみたい。今はあの不思議でなんとも心地良い感覚にはまってしまっています自分が感じたように私もサロンに足を運んで下さる方々に心地良い感覚と時間を提供できたらな~なんて思いながら姉のレイキが大好きになりました~ ありがとう
2006年04月10日
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昨日、最終的に姉と決めた物件へインテリアコーディネーターの方と打ち合わせも兼ねて現場を見に行った。やはりプロの視線は違うし、的確なコメントにすごいな~なんて感心しながら、ウキウキとした時間が15分も過ぎないうちに、悲劇は起こってしまった。なんと一番メインに考えている部屋の窓がスリガラスだったことに今更ながら気付いてしまったのだ 姉と私二人も居るのにも関わらず、そんな事にも気付かなかったのがおかしいのかもしれないが・・・。空間を大事に考えている部屋だったので、どうしてもクリアガラスでバルコニーからの光が欲しいし、バルコニーの演出を考えていた私としてはそれが見えないスリガラスである物件を妥協して契約する気持ちにはなれなかった。自分の思いを姉に伝えた瞬間、姉の表情とテンションは明らかにいるのはわかったがごめん許してという思いで、「大丈夫、またきっとこれより良いのが見つかるから」なんて笑顔で言ってみたり。姉が焦っているのは分かるし、私も早くここからスタートするんだと思える場所が決まればいいなと願っているのだが、場所も空間も方位も雰囲気もそして直感も全て大事にしたい私としては焦りの中でいい物件に巡り合えないと感じている。きっと神様が「ここにするべきではないよ」と私達に教えて下さっている気がして、逆にこの物件をまだ契約していなくて助かった~という考えと、次に良い出会いがあることに気付けた事自体に心が弾んでいたぐらい箕面の山もピンク色のほほ紅でお化粧しているような素敵な桜の季節を迎えました。一年で一番大好きな季節を楽しんで、ゆったりとした気持ちで物件さんとの出会いを待つ事にしますきっと出会えた時の喜びは計り知れないものになると思うから
2006年04月09日
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久しぶりにブログ更新します。相変わらず忙しい毎日を送っているサロン開業の準備、息子の入園準備、アロマの勉強、神事など全てが同時進行。でも忙しい中でも毎日充実している。先日フェイシャルの研修の為、横浜へ行ったのだが、叔母をはじめ、自分の時間を割いて私に顔を貸して下さったモデルの方々の優しい心に触れ、かなりのハードスケジュールにも関わらず、真剣に取り組む事ができたと感じている。もちろん、大阪で私の代わりとなって姉や父が息子のお世話をしてくれるので、自分の為だけに時間を使う事ができた。ママが居なくても泣き言一つ言わず、がんばってくれた息子をはじめ、姉、父、叔母、叔父、私を支えてくれている全ての人達に心から感謝の気持ちでいっぱいである。昨日は息子が卒園した保育園の先生と会ってお話をする機会があった。今までは息子の母親として先生と毎日のように顔を合わしていたけれど、卒園してしっまた現在では、息子の母親としてではなく、一個人としてお話する機会に恵まれ光栄に思っている。何だか改めてゆっくりとお話できる機会を前に、実は少し緊張していた。でも、先生のお子さんも一緒だったのもあって、とても楽しくて居心地のいい時間を過ごす事が出来た。石の話、フラワーエッセンスの話、子育ての話など自分なりに感じた事、思った事、勉強した事を先生と話す中で、自分が思っているより完璧ではないが精一杯思いを伝える事が出来たように思う。実は、昔から私は口ベタで自分の思いを文章にしたり、伝える事が苦手で、それをコンプレックスに感じていた。もちろんサロンでもそういった話す能力が必要な訳で、すごく話し上手な姉を感じる度に本当やばい・・・なんて焦っている自分が居たりして・・・。姉には「そんなに口大きいから、喋れるようになるって~!!」と励まし?と思える言葉をいつも掛けてもらうのだが、やっぱり得意ではない。でもそれも色々な人とお話をさせてもらってるうちに自分なりにだが、納得できるようにもなってきたような気?もする。何でもたくさん失敗して、感じて、チャレンジなんだろうな~なんて思っています。耳で聞くのではなく、口で話すのではなく、心で聞いて感じて、話して・・・。耳や口ももちろん大切だが、心で感じたり話したりする為の道具的なものなのかな?なんて最近思ったりする。思いがあれば伝わると信じて聞ける、話せる、感じれる人になっていきたいなとつくづく実感させられた一日でした。
2006年04月09日
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今日は息子の幼稚園入学に必要なものを買いに、息子と二人で出かけた。レンコートにレインハットにお弁当箱などなど・・・。売り場に到着すると入学、入園シーズンでたくさんのキャラクターのお弁当箱が並んでいた。今まで子供の物を買うときは私の趣味で選んでも何も文句が無かったのだが、最近は自分から「これがいい~」と言うようになって・・・。またそのチョイスがこれは絶対買いたくないと思うランキングの上位に入っているものばかり彼は選んでくる。トホホ息子を説得するものの、彼の意思は強く、息子が自分で使うものだから仕方ないと自分に言い聞かせてレジへ・・・。今日息子が選んだ物は、どう見ても女の子用の赤いお弁当箱に赤いお弁当袋、赤いお箸入れ、青色もあったのになぜか赤が好みだったようです。女の子は赤、男の子は青という考え方がもう古いのかな~?なんて思いながらもお弁当箱を見て嬉しそうにしている息子を見ていると「ま~いいっか」なんて思っています。明日息子は久しぶりにパパに会います。「ママちゃん勇君とパパの為に美味しいお弁当作ってね」と言われたので俄然やる気満々の私です。ずっと楽しみにしていたので晴れるといいね~。明日はパパと楽しい時間を過ごしてね
2006年04月02日
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今日は息子の保育園の卒園式に行って来ました。通いなれた保育園ともお別れをし、もうすぐ幼稚園です。保育園に通い始めた頃、私と離れるのが辛くて、悲しくて、悲鳴をあげて泣いていた息子が気が付けばもう3歳。体も大きくなりすっかりお兄ちゃんらしくなりました。保育園に通った1年半の出来事が走馬灯の様に思い出されて、感無量でした。家庭保育ではなかなか教える事の出来ないお友達との関係や先生との触れ合い方など心身共に自然な形で身に付いた事大変感謝しています。それと同時に忙しい私に代わって、送り迎えや世話をしてくれた父や姉に感謝します。私一人では出来ない事を充分すぎるぐらいの愛情で見守ってくれている2人の支えがあるからこそ今の私や息子が元気に毎日を過ごす事ができます。これから先、今より更に自分の世界を広げていくであろう息子の人生が、多くの温かい人々に囲まれ、一歩一歩地に足をつけて力強く生きていってくれますように・・・。母としてずっと見守っています。
2006年03月31日
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今日は父の事について書いてみようと思う。最近の父は趣味であったゴルフもあまり行かず、孫の遊び相手に明け暮れる日々を送っている。そんな父の協力もあり、息子はすっかりお爺ちゃんっ子で、ママよりお爺ちゃん~と言った感じです・・・。毎日のお風呂も20日に1回ぐらい「ママ入ろう~!!」と誘ってもらえるのですがほとんどはお爺ちゃんと一緒です。そんな父が側に居てくれるのですご~く助かっているし、すっかり甘えてしまっている私。私にとってはいつも父親で、勿論息子からするとお爺ちゃんという存在の父を見て私は何か自分の為に時間を使ってもらいたいと思っていました。孫と遊んでいる父は楽しそうで微笑ましいけれど、何か趣味を持ってもらえたらなと。誰かの為ではなく、自分の為に時間を有意義に過ごす事で世界を広げていってほしいという思いです。でもゴルフ以外の趣味はないし色々考えて料理をチャレンジしてみたら?と問いかけ父も初めは渋っていたものの強引な誘いに負け、ついに料理の先生に自宅レッスンをしてもらうことになりました。そして今日。料理教室初日今日は父のリクエストでハンバーグと温野菜のサラダ、コンソメスープを作りました先生からレシピを渡され、熱心に説明された事をメモしている父を見て、正直可愛らしい!?と思えたし、何歳になっても学ぶ姿勢のある人は素敵だなという思いでした。年齢を増すごとに健康に気を使い油物を控えたりプロテインを飲んだり、青汁を飲んだり、これも一番簡単な自分を愛してあげる事、労わってあげる事なのかも知れないと父から学びました。食べる事それは生きる事で前を向いて歩んで行く事、当たり前の事だけどとても重要で・・・。自然のエネルギーをいっぱいに受けた食物を使い調理し、そこには食物を育てた人の気持ちや調理した人の思いが詰まっていて、その料理を食べる事で自分の生きる力になる。それはどんなに便利な時代になってもずっと変わらない。私が仕事から帰って、父の作った料理を食べれる事を今からワクワクしている私です。やり始めたらとことん勉強し、完璧主義の父に大雑把で適当料理専門の私が越されるのは時間の問題だな~と思ってます
2006年03月29日
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サロンオープンに向けて1ヶ月程前から不動産巡りをしていたが、私と姉の予定がなかなか合わなかったりで、これだと納得できる物件に出会えなかったのだが、昨日やっといい物件に巡り合う事ができた。そこは私と姉の家から車で5分も行った場所にあるのどかな場所に立っているマンション。外観も私達のイメージ通りで室内も白と木目を基調にした落ち着きのある雰囲気で私も姉もここだね~と声を合わせたほど一目で気に入った。しかし、エネルギーを扱う仕事をする為、気の流れはもちろんお客様にリラックスして頂ける空間作りには気を使っていきたいと考えていて、詳しい勉強をされている先生に見て頂く事にした。先生にアポを取ってその日の内に間取りを手に宝塚まで姉と車を走らせた。結果は100点満点中30点というなんとも悲しい答えだった。方位学的にもあまり良くない物件らしい・・・。気に入っていただけに私より姉が相当落ち込んでいた。今日からまた不動産巡りが始まる。物件との出会いも縁だからねと姉を励ましつつ、急いでも仕方ないと自分に言い聞かす私です。でも、一日でも早くここだ~と思う場所に出会えたら、気持ちも新たにオープンへ向けて突き進んでいけそうなワクワク感がしています。
2006年03月28日
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かなりブログさぼっていました・・・。友人や姉にブログ更新してないことを触れられる度に何だか私のだらしなさを指摘されているようでお恥ずかしい・・・。もう3月も終わろうとしている。息子の卒園やサロンのオープンももうすぐそこまでやってきている。早いな~と人事のような気がしているが自分の整理もまだまだな私です。自分と向き合う為にフラワーエッセンンスを飲み始めたが、これがなかなか大変で・・・。何でもポジに考えることが出来た私が最近顔を出してくれない。何でもマイナスに考えるネガ人間になってしまっている。辛い・・・。でもこれを乗り越えないとと友人と約束した自分に向き合ってみるという約束を守る為に今必死な私です。自分が普段の自分で居れない今、(いやいやこれも本来の自分なんだろうな~)周りの人が輝かしく見える。それは時には眩しすぎる時もあるが、そんな輝いている人達のように私も輝いてみたいという気持ちを後押ししてくるものでもある。がんばって続けてみようっと。自分と向き合う事を。仕事を。子育てを。
2006年03月27日
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昨日、今日とアロマトリートメントのモニターさんが日程を変更して欲しいとの事で時間が空いた。きっと神様が私に少し休みなさいと言っている気がしてゆっくりする事に。でも何か落ち着かず溜まりに溜まっている解剖生理学の宿題をする事にした。(間に合うかな~?本当やばい・・・。)と言ってもそんな集中力が続くはずもなくあれよあれよ言う間にもう子供を迎えに行く時間になった。保育園に迎えにいくと先生がいつもと変わらずにこやかに話してきた。実は一昨日保育園の先生がモニターさんとして尋ねてきてくれ、全身トリートメントをさせてもらったのだ。先生も私もすごく意味のある時間を過ごせた。終わってから色々な話をすると先生も私に心を許してくださり、自然と根深い話になっていった。そんな時間を過ごせた事の感動が私の胸にもまだ喜びとして残っている。先生は「例えば初めて保育園に預けられた時、親と離れたくなくて泣き叫ぶ子が自然でそれが子供の嫌だ!!という気持ちの表れなのに、最近の子はその場で自分の考えを主張できずに我慢し、園に通って慣れてくる1ヶ月後ぐらいに泣きだす子がいるんですよ」という話を聞かせてくれた。保育園に通う子供は0歳~3歳児ととても小さな子供達なのに自分の感情を一番信頼しているはずの親に対して見せられないというのはかなりの問題で、親もそんな子供の心のSOSを見逃してしまう事が何より怖いが確かに分かりにくいのかもしれない。だってそんな小さい時期は自分の子の性格を理解できない。私も最近やっと息子がわかったかな?程度だ。子供って親の言うことを聞いていたらいい時期と、自分で考えて自分の思いで動く時期ってその子それぞれだと思うけど、もし自分の感情をうまく表現できずに我慢とい形で育った時、まさによく言う切れる人になっていってしまうのだろうか。子供自身がそんな自分に疑問を持てなかったら本当に大変な事になるし、親は子供を理解して、子供は親を信頼してって関係がまずは人間が生きていく上で初めて作り上げられる大切なものであるのは確かだ。そんな親子の関係の橋渡し的な役割ができたらそんな事を思った。去年の夏に恵比寿にあるスピリチュアルカウンセリングルームの加勢先生という方の一言で私と姉のサロン開業への道が開けたのだが、その時に加勢先生にも私がサロンをやっていく上で子供に関係する仕事になっていくでしょうと言われたのを思い出した。その時はサロンと子供とが頭の中でなかなか繋がらずにいたがそれが何となく私の脳裏で繋がった気がした。自分がやりたいこと、生きがいを感じられる仕事はきっとどんな形であろうとも親と子供の間に立って本当のその子が持つ魅了や思いを繋げていく橋渡し的な仕事なんだということがわかった。まさに今そんな親子の関係さえも上手くできない時代になってきている。今も昔も、子供はかけがえのない存在で愛している気持ちはどんな親でも同じなのに、どんな愛情表現で子供に接したらいいのか、子供もどんな風に自己主張をしていったらいいのかが分からなくなってきているのだ。カードやお花や自分の感じた事、さまざまな力を借りて子供の心を開いて、その子の思いを親に伝える事ができたならこれこそがまさに私のやりたい事なのかもしれない。これからこの思いがどんな形になっていくのかがすご~く楽しみである。このワクワク感に疲れなんて吹っ飛びました~!!!!
2006年03月03日
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最近本当に忙しい。自分が今やるべき事があるって本当幸せだけど、その有難みを忘れてしまって今の現状に「ちょっと休ませて・・・。」とわがままを言っている自分が存在している。4月のオープンを前に気だけすご~い焦ってる。焦っても仕方ないし、ド~ンと構えて立ち向かった方がいいのもよくよくは分かっているのだが、じっとしていると不安感に苛まれてしまう。でも一体何がしんどいのかよく分からない・・・?自分の貴重な時間を私に提供してくださるモニターさんと時間を過ごしている時はすごく楽しいし、勉強にもなる。時間がない事がしんどいのではなく、自分に余裕を持てない事がしんどい理由かもって思う。自分に自信全くないし、ただ今の自分に出来る事をなんとか見つけ出して実行しているそんな毎日です。頑張る期間が今だとしたら、こんなに必死に走り続けている自分をいつかは懐かしく思える時がくるのかな?余裕のある人は優雅で憧れる。自分もそんな風になりたいけど今は焦りが先行しすぎて無理です。かっこ悪いし、私を見ている周りの人をも疲れさせてしまっているのは自分が一番分かってるつもり・・・。あ~こんな自分を見ているのも疲れる・・・。誰か助けて下さい~(:_:)
2006年03月02日
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人との縁って不思議なものだな~と最近感じる事が多い。身近でいうと家族。気が付いたら自分という存在が居て、周りに父や母や兄弟が居て、きっとこの人達は前世から私の側に居てる存在だからこそ、その存在を疑問に感じないのだと思う。友達も縁があってその関係にある。その日その時に同じ場所にいてたまたま出会った人。どちらから先に声を掛けたにしろ、きっとお互いが何かのインスピレーションを感じて、その先の時間を共に過ごしたり、考えを分かち合ったりするんだろうな~。なかなか会えなくてもずっと仲良くできる人、一度きりでお互いが連絡をしなくなる人、頻繁に会っていて身近な人などそれぞれだけど共通しているのは縁があったという事。会うべくして出会っているという事。そしてその出会いによって成長できる自分がそこには存在しているという事。そんな出会いの多い人生を送る事ができるって幸せだな~と最近よく思ったりする。出会いの数だけ別れがつきもので、何かを得る為には今握り締めているものを手放す勇気が必要で・・・。そんな事を繰り返しながら自分の存在を確かめたり、自分の居場所を見つけたりして、相手から目には見えないエネルギーを貰いつつ人は生きていくんだろうな~と感じたそんな一日でした。
2006年02月21日
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ここ最近、昼間は仕事や用事でバタバタ、夕方子供を保育園に迎えに行ってからはご飯を作ったり、お風呂に入れたりとバタバタし、子供が10時ぐらいに寝てからがやっと私が私の為だけに使える時間である。私は昔からいわゆる熱しやすく冷めやすいタイプで何でも興味を持つのも早いがすぐに飽きてしまうそんなタイプの人間・・・。そんな自分が嫌だなと感じながらもそんな自分を卒業できないで居たのも事実。このブログを開設したのも実は去年の夏。叔母のブログに感動し、私もやりたい!!と開設したまでは良かったものの、その後パソコンに向かう事もなく、ほったらかし状態になっていた。そしてやはり叔母に私の熱しやすく冷めやすい部分を指摘されそれを打破する為にもブログを自分の生活の一部にしたかったのである。その頃ある人との出会いをきっかけに自分自身を大切にする事、愛してあげる事、つまり自分に向き合う事が私の生きていくうえで大きな課題である事に気付かされた時期でもあった。自分を愛するって?向き合うって?とはっきりとした方向性を見出せないで居た自分を支えてくれたのもこのブログかもしれない。ブログを書く事でまず自分の時間を作ろうと思い1日のほんの少しの時間でも自分の事だけを考えられる時間が持てた。すると気持ちにも余裕を持てるし、その時間はその日を振り返るひと時にも使うようになっていた。仕事上たくさんの人の心の中に触れるので、一日一日が発見で学ぶ事のない日はない。その日感じた事を文章にする事で吸収しなければいけない事を再びインプットできたりもする。しかし、こんな時はこういった方向性で物事を考えていこうと思っていても、その時の心の状態によっては頭では分かっていても違った角度で考えてしまったりする事もよくあるので、そんな時は自分のブログを読み返す事で自分に再認識させたりもできる。後、私を見守ってくれている人達にも自分の考えや思いを伝える事ができる。今は本当にパソコンに向かっている時間が楽しみだし、まさに自分と向き合う為の時間になっているのは事実。これもブログの良さを感じる前にやめてしまったらただ無駄になって私の中では存在しない思いなんだろうなっと思う今日この頃です。継続は力なりという言葉が親友は大好きな言葉だと私に教えてくれた事がある。長く続けていると、続けているというその事だけで意味が生じてくるという事なのだろうが、続けて同じ事をやり遂げる事はその先の自分の力や自信となっていくという事なんだろうな~と思ったりもする。立ち止まるから見える新たな景色や続けるからこそ見出せる新たな発見に出会えた喜びをいつまでも忘れないように心を込めてこのブログを書いている。また飽き性の性格が見え隠れし出した時、私はこのブログを読み返し反省するんだろうな・・・。
2006年02月17日
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今日は息子がお世話になっている保育園の事について書いてみようと思う。息子が保育園に通い始めて、早いもので1年半ぐらいになる。駅前にある園庭のない小さな保育園。子供達が15人位居て、先生は3人。決して広くはないスペースだがそこにはいつも子供達や先生の笑顔が溢れている温かい場所である。私と同い年位の先生が1人。その先生は若いのに主任でしっかりと自分を持っていて、いつも優しい笑顔を絶やさず、その先生がそこに居るだけでみんなを温かい空気で包み込んでくれるような女性である。もう一人の先生は自らも子育て奮闘中のお母さん先生。時にはやさしく、時には厳しく子供達に接している姿には頼もしささえ感じる、エネルギッシュな魅力を持つ人である。もう一人の先生は大人の落ち着いた魅力を感じさせる先生。でも話をするととてもキュートで少女のような一面を持っている素敵な人である。そんな3人の先生の愛情を一身に受けて私の息子も保育園で成長させてもらっているようなもの・・・。(*^_^*)どの先生も子供が大好きです!!というやさしい波動を感じるし、そんな波動を持つ3人の先生がいるこの空間は色で言うと温かいオレンジと言った印象。そんな長く親しんだ大好きな保育園とも3月でお別れし、春からは幼稚園へ通う事になる。この保育園に出会えたのも息子が持つ運だと思うし、共に時間を過ごした小さなお友達に出会えた縁にも感謝しなければいけない。私も安心して息子を預けられる場があり、信頼できる先生方に出会えた事を心から感謝している。これから沢山の事を覚えたり、学んだりしていく中で幼少時代の記憶ってどんどん薄れていってしまうけど、家族以外の人からたくさんの愛情を受けたこの一年半がこの先も変わることなく、息子の心の中で輝き続けていってくれる事を人として、母として心から願っている。
2006年02月17日
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人それぞれ考え方は違うけれど、どうしても向き合いたい人とか向き合っていかなければいけない人と意見が食い違うと、どうしていいのか分からない・・・。話し合っている中で考え方の食い違いが生じると、お互い多少は感情的になってしまうだろうし、その中で冷静さを保ちつつ、でも溝は深まっていくばかりで、そのうち相手の突き放しや開き直りや諦めが入るとどうしようもなくなってしまう。一度2人で決めた事、真剣に取り組んでいるからこそ意見や考えの違いって出てきて当然だと思う。二人、同じ空間でいつもお互いが同じ波動や心の安定を保つのは難しいのは十分にわかっている・・・つもり?お互いが別々の道を歩んで行くことは簡単な事だけど、何か問題が出てきた時どれだけ歩み寄ってお互いの存在を尊重し合っていくかその途中段階が大切ではないかなと思ったりもする。支え合うってお互いを尊重し合うって本当難しい・・・。そんな今日のお天気みたいなどんよりとした私の気持ちを救ってくれるのは優しさと強さを兼ね備えた親友の存在であることは事実である。
2006年02月15日
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今日は中学時代の友人と一年ぶりに再会し、全身のアロマトリートメントの練習をさせてもらう事ができた。彼女は女性的でありながら、どこか惹かれる男性的な部分を秘めていてさっぱりした性格と女性らしい一面のギャップがとても素敵な人である。久しぶりの再会にも関わらずお互いの心を通わすのに時間は必要なかった。まず、フットバスを使って全身の血行を良くしてからアロマトリートメントを始めるのだが、彼女の足をタオルで拭いている時、何だかはっきりはわからないけど、思いが届かない切ない気持ちが私に伝わってきた。でも、彼女はアロマ初体験だったので、少し緊張していたのもあって時間が経過してから彼女の心に少しずつ問いかけていこうと思った。フェイシャルはクレンジングから始まって、オイルマッサージ、パックという手順で進めていくのだが足を触っている時より顔に触れている時の方がダイレクトに彼女の感情が伝わってきた。私が彼女に触れた時の感じ方は切ない波動が溢れているといった感じ。人が発する言葉の一つ一つに言霊(言葉には魂が宿っている)があるように悲しい感情や思いを抱いている人からは何だかその悲しい感情の波動が出ていると思う。そして彼女から切ない思いの波動が私に伝わってきたのだ。とてもリラックスして穏やかになった彼女の顔をマッサージをしながら私は彼女に自分が感じた事を遠まわしに話し始めた。すると彼女の目から涙が溢れていた。失う事で初めて気付く大切な存在に届かぬ思いを抱いている彼女は少し今悲観的になっているようだ。それと同時に自分への焦りを感じた。自分の存在価値さえも認識できない悲しさと孤独感を胸に彼女は自分の思いと戦っているように見えた。私は彼女に触れるとき、無意識でありながらも「そんなに焦らなくていいんだよ。安心して大丈夫だよ」というやさしい波動を送りながらマッサージしている自分に気付いた。今は心が晴れていなくても自分の学びにならない出会いはないし、それと同時に別れもないと思う。すぐに形になって見えてこなくてもそのワークはきっと彼女の学びとなって今後の彼女の人生の輝きとなる事を願っている。心と体と魂が全て一体となっているならばセラピストは体を癒すだけではなくそのクライアントさんが今必要としている波動を送り続ける事もとても大切なんだなと彼女に触れて再確認できたように思う。まだまだ走り出したばかりだけど、心も体も魂も本当の意味で癒す事のできるセラピストになっていきたいな。彼女に今日出会えて、そんな事を思いました。
2006年02月13日
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今日は姉と二人で大阪の天満橋で開催されているスピリチュアル・コンベンションことスピコンに行って来ました!!会場に入ると今まで感じた事もない空気が漂っていて、色々な不思議なパワーが会場内を循環しているという感じでした。私にはあまり居心地良くは無かったかな・・・。オーラ写真やオーラソーマ、パワーストーンやカードリーディング、ヒプノセラピーなどなどたくさんのスピリチュアルなショップが出展されていました。無料で直伝霊気を受けることができるコーナーもあってたくさんの行列が出来ていて気にはなったものの、何だか少し怖くてやめました・・・。今まであまり信頼のない人から霊気を受けた事が無かったので気が進みませんでした。会場にはたくさんのお客さんがいて皆さんパンフレットを片手に目を輝かせていました。私はというと自分が楽しむというよりは、そんな人達を客観的に見ている自分がいてました。自分に向き合いたい人、スピリチュアルな事に興味がある人、自分の潜在的に持っている能力を開花させたい人など人それぞれだけどみんな共通して胸に抱いている事、それは幸せになりたいということ。自分や自分の周りの大切な存在が変わらぬ幸せな日々を送る事ができるように願っているんだなと感じました。そんな私ももちろん幸せになりたいと毎日願っています。物や情報に困らないこの時代、自分にとって何が幸せなんだろう?って考える時があるけれど自分の幸せの形を見ることができたそこで幸せは終わってしまうのかもしれない。常にもっともっと幸せになりたいと願っている今が一番幸せなのかなって感じた今日一日でした。
2006年02月12日
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