風雲 いざなみ日記

2006年10月24日
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受け次ぎて 国の司の身となれば 忘れまじきは民の父母  (上杉鷹山)



この和歌は、明和4年(1767)4月24日、 上杉鷹山(1751~1822) が、養父重定の家督を継いで上杉米沢藩の藩主となった際に読んだ歌です。 この時、鷹山は若干17歳でした。



田園風景



江戸後期頃は、地方の藩はいずれも財政危機でしたが、とくに米沢藩の場合は領地の減少と度重なる凶作によって、他藩にも増して厳しい状況に置かれていました。 米沢の鎮守の白子神社には、鷹山が藩の改革を断行し藩政を立て直すにあたり、自ら質素倹約誓って納めた倹約誓詞が今も残されています。  『連年、国家衰微し、民人相泥み困り候。 因って大倹相行い、中興仕り度祈願仕候。決断もし相怠るにおいては、忽ち神罰を蒙るべきもの也。』 と、鷹山が自らしたためたものです。



上杉鷹山



鷹山の功績は挙げればキリがないのですが、35歳で家督を治広に譲るとき、君主の心得を3条からなる 『伝国の辞』 に綴っています。





二、人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物はこれ無く候。

三、国家人民の為に立たる君にて、君の為に立たる国家人民にはこれ無く候。




セイタカアワダチソウ



この『伝国の辞』からも、鷹山がいかに民主的な統治者であったかが覗い知ることが出来ます。



わだつみ判官は、相変わらず咳がひどく、ここしばらく夜になると微熱が続いています。(泣)




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最終更新日  2006年10月24日 00時24分08秒
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