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YouTubeもよろしくお願いします🙇♀️前回の記事ではどうしても3人目が欲しい夫に懇願され24時間勤務から日勤勤務への部署移動を条件に産むことを了承したものの見事に約束は破棄。夫の職場(公務員)ってこんなもんです。と言うところまでお話ししました。さて。「最後に我が家の悲劇は続く...」続いての悲劇...欲しくないと言い張っていた我が家の末っ子長男くん。なんだかん言っても可愛いくて仕方がありません。そりゃあもちろん子育てなんて可愛いだけでは通りませんが可愛いからこそ頑張れる。「3人目だし余裕を持って子育てしていこう。」と決意しましたがなんとまぁ恐ろしい後陣痛。のたうち回る痛さでした。久しぶりの新生児...ミルクもちょっとしか飲まないし夜も驚くほど寝ない...ミルクを飲んだかと思えば吐戻す..「新生児っこんなもんだっかなぁ?」なんて思いながら退院の日。看護師さん「お母さんは退院ですね〜」わたし 「・・・」 「は?」吐戻しが多くて体重が減りすぎてるとのことで入院延長...3人目にして初めて一緒に帰れませんでした。入院を延長して原因を調べ結果は次の日の朝とのこと。そして次の日の朝。看護師さんから電話。「問題ないので迎えにきてください」ホッとしました...ちなみに我が家の悲劇はこれではありません。なんとか無事長男坊を我が家に出迎え両家のじぃじばぁばも交互に会いにきてくれました。そんなときです。私の父が「血尿が出て放置していたらまずかった」と言い始めました。腎臓癌だそうです。肺にも転移していました。腎臓の癌は肝臓を押し上げるほどの大きさですぐに手術すれば肝臓の1/3程度取り除かなければならない。また、術後に肺の癌が悪化すれば体力がもたないかもしれないという理由からすぐに手術は出来ないとのこと。とりあえず通院での抗がん剤治療のスタートです。と言っても私の実家は一言で田舎。と言いきれないほどの田舎。電車もなければバス停まで歩いて40分。コンビニは車で20分。最寄りのスーパーですら過疎化で潰れ車で20分かけていくような田舎。癌治療を行なってくれる病院へは片道2時間の距離。抗がん剤治療の点滴を打つとすごい疲労感と眠気に襲われるそう..人によっては吐き気などもあるとのこと。私の父は比較的元気でしたが眠気がすごいみたいでした。しかしながら私の実家には90歳のおばあちゃんと半身麻痺のお母さんの3人暮らし。車を運転できるのも父だけ。その父の病院への送迎が出来るのは私だけ。実家まで2時間以上かけて父を迎えに行き、実家から病院までまた2時間かけていく。治療が終わるまで子供を3人つれて待つ。授乳中に2歳児が逃走したりそれはもぉ大変です。行き帰りの車の中では0歳児の泣き声が響き渡る...父の病院が終わればまた2時間かけて実家に父を送りそこから2時間かけて家に戻る。落ち着くまで実家に住むことも考えましたが長女は保育園の年長さん。友達と毎日会いたくて仕方ない。病院の送迎の日は朝は早すぎ夜は遅すぎる。保育園にいくのは我慢してもらっていました。そんな状態なので少しでも保育園には連れて行ってあげたい。また実家はど田舎。小児科もありません。我が家の0歳児は生後2ヶ月ごろからずっと鼻水や咳をしていて姉の風邪を頻繁にもらい続けていました。あまりにも続くので病院で検査すると小児科の先生「RSですね」私「・・・」幸いピークは過ぎているとのことで入院は回避でした。そんな日々。でも夫は仕事でいない。夫自信負目を感じていたようで異動が出来ないなら1ヶ月間でも...ということで上司に育児休業の相談を行いました。結果は次回...
2024.01.07
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YouTubeでは我が子たちの日常を配信してますご覧いただきありがとうございます。私は現在0歳2歳6歳の3児を子育て中の28歳のママです。このブログを開設しようと思ったきっかけ...それは消○士🚒の夫が育休を職場から拒否された現状について...ニュースを見れば「男性の育児休業の取得が...」などと騒がれている中。公務員である夫は激怒されて帰ってきました。社会への不満が止まらない私。いつかその激怒してきた上司を管理職から引き摺り下ろすことを目標に発信力を身につけよう。と思い立ちました。是非購読していただけると嬉しいです。話は遡ること妊娠前...子供は2人で充分と話し合っていたので新築の家にも子供部屋は2部屋。コロナ禍の中、すぐに保育園から呼び出しのかかる日々に毎日頭を下げて帰ってくるのは母親である私だけ。「3歳になれば熱を出す頻度も減る...もう少しの我慢。」そう言いきかせながら仕事に励んでいました。職場は男性ばかり...時短勤務をすればその分周りの人の仕事量を増やしてしまう...周りの目を気にしまくりの私はフルタイムで仕事を続けていました。朝は5時に起き。子供たちも6時前には起床。保育園の開所時間の7時までに門の前で待機。保育園に迎えに行って自宅に帰ってくると19時。子供たちにご飯を食べさせ、お風呂に入れて歯磨きをさせる。次の日も朝が早いので8時半までには寝室に連れて行かなければ。そんな毎日でした。夫は24時間勤務。明けの日は助けてもらえるけど仕事に行けば全く助けてもらえない。私がどんなに休めない仕事があれど夫の仕事が優先。夫は休めるかの確認する作業すら無し。そんな中で「3人目が欲しい」と衝撃的な告白...誰の助けも求めず仕事と育児を両立するには2人が限界。ましてや私の母は3年前にくも膜下出血で倒れ一時生死を彷徨いましたがなんとか一命を取り留めたものの半身麻痺状態。元気だった母は現実が受け入れられず鬱状態だったため、週末は孫の顔を見せるために実家に通ったりをしており今更新生児からの子育てを始める余裕は無い。と必死に訴えましたが夫の意思も固く...結局「なんだかんだ言っても子供は授かりモノ。」もし授かることが出来れば考えよう。2人目は妊活に1年以上かかったので簡単には授からないだろう。と考えていたのも束の間。話し合った3週間後くらいには陽性反応。嬉しい反面不安の方が大きくワンオペだけは勘弁して欲しいと懇願。夫に「24時間勤務を諦め、日勤勤務に異動するなら産む。異動を約束してもらえるまではいつオロすことになっても大丈夫なように私の職場には言わない。」なかなか上司に切りださない夫。つわりに苦しめられながらも職場の人に気付かれないように耐える日々...中絶のタイムリミットも迫る中安定期手前にやっと職場に相談し、「次の異動でイケるように調整する」と言ってもらえたと聞けました。私もやっと直属の上司に相談しましたが妊婦だからと気を使われるのが申し訳なさすぎると思ってしまう日々のスタート。そのため上司に「同僚にはギリギリまで伝えないでいて欲しい。」と頼み込み7〜8ヶ月頃まで隠して働いていました。仕事もなんとか引き継ぎを終え、あとは陣痛に耐えるのみと思っていました。が。産まれる1ヶ月前に夫の異動発表。「現在の配置に変化なし。」青ざめた顔で帰ってくる夫。絶望感しかありません。産院のコロナによる規制も完全には解除されておらず夫がいなければ子供たちも分娩室には入れない。2人目が陣痛から30分程度で出産したスピード出産のため陣痛が来ればすぐに産院に行かないと間に合わない。夫の職場から産院まで片道1時間。夫がいない夜の微弱陣痛に怯える日々...結局産院に相談し38週を超えれば計画分娩で産もうということになりなんとか無事第三子を我が家に迎えることができました。我が家の悲劇はまだまだ続きます...
2024.01.07
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