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のんびりテレビ見てました。大晦日。紅白歌合戦っていうけど、私の眼には歌手というのは出場メンバーの中のわずかな方で後はダンスグループというのがほとんどという気がいたしました。だって歌じゃないもの。あれって。おばさんにはそう感じられましたね。若い人の歌は旋律と抑揚がなくって歌詞も自分探しとか、いかに傷つきやすい自分とかすごくナイーブでナルシーな内容が多かった。若い時に自分なんてあるのだろうか。あったとしてもそれは勝手な自我なだけであって世間のいろいろにもみくちゃにされて時にずたずたにされたりして長年かけて形成されていくのが自分だと思うのだけど。自戒の念をこめてですが。シンプルでいいから歌を聴かせてくれるバラードも聴かせてくれる歌手に出てもらいたい。まあそんなコンセプトではない番組なんだから仕方ないことですが。
January 1, 2011
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孤独死、無縁死マスコミで報道される言葉では身を切るような寂しさではあるがなくなった本人が、死に至るまでどう感じていたかは果たしてわからない。ベランダで洗濯物を干す際にたまに目が合っていた隣のアパートに住む初老の男性。一人暮らしのようだったが、いつも几帳面に部屋の中のものを干していて、外から見える飾り窓にもセンスの良いカーテンをつるしオブジェ代わりなのか細工がされた時計が置かれていた。言葉を交わしたことはないのだが、外側から見た彼の印象は「人のよさそうな方」だった。そんな彼のことは、まったく忘れてしまい今年の熱い猛暑から我が身を守ることだけでいっぱいだった。顔を知ってはいるが、どういう人なのかまったく付き合いなどなかったのだから。そんなある日、不動産屋さんの車がひっきりなしに停まり、周辺がざわついてきた。警察が来てかの人の部屋のベランダから中を覗いている。一体どうしたのかと思えば、あのおじさんが亡くなったとのこと。元気そうだったから自然死とは思えない。自殺なのか。あまり立ち入ったことは聞けない。明け放たれた窓から、饐えたむつこい脂っぽい臭いがそこらじゅうを支配している。その日からやたらに蠅が飛んできて、一体どこから入ってくるのか我が家の中でわがもの顔に飛び回る。生きている間、気が弱そうで何も言わず良い人そうだったおじさんが俺はここでこうやって生きていたんだと強く自己主張し始めた。蛆に食い荒らされ、蠅が飛びかい、腐敗した遺体からは体液が部屋に流れ、悪臭を放つ。孤独死の実態は寂しさではなく、人間が機械ではなく有機物であり生身であることの証明だ。顔だけ知るおじさんの冥福を祈り庭の片隅に小さな花と線香 をあげた。
October 1, 2010
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女子アナウンサーが自殺した。死を選ぶにはその人自身にしかわからない理由があるわけでそれは仕方がないことなんだと思う。ただ・・小さな子供を残しての死。人生に対し、夢を持ちそれに向かって精進し一生懸命やることが最良とされる風潮。その代表格が「女の超欲張り谷亮子」たしかに素晴らしいけど、ちょっと欲張りすぎなんじゃないかと。十分活躍したんだから、若い人にその活躍の場を譲る気持ちを持ったほうが美しいと思うのは私の妬み心だけか。平凡な暮らし、たとえば家事・育児だけの毎日でもこころを込めて丁寧に暮らせば、やることは山ほどあるし、小さな命が育つことを見守ることは大変価値のあることじゃないかと思うのだけれど。金にならないこと、注目されないことに力を注ぐのは馬鹿馬鹿しいって思うのかもしれないが、肩の力を抜いてただ生きている幸せを風が頬を伝う心地よさとか、些細なことに幸せを見出してもいいんじゃないかと思う。
July 28, 2010
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レナウンが中国企業の傘下に入ってしまった。経済力をつけた外国資本に、どんどん日本の企業が買われていく。今更だけど、スーパーに行って日本製というタグがつく物を探す。たしかに値段は2倍から3倍はする。でも野菜にしても肉にしても衣料品にしても日本のモノを買えばどこかで頑張っている日本の人を潤すことになるのだ。それに、衣料品も日本製品はやはり縫製が丁寧だし、日本のモノを購入しなければこれからの若い日本の職人さんが育っていかない。家庭製品等にしても外国製品はデザイン等はすぐれているものはあるが人間工学的な使い勝手とか細かい部分のつくりは日本製品に軍配があがる。(と私は思う。)グローバル経済の時代だからこそ、日本製品を愛用したい。できるところからアイラブジャパンー愛国心である。
May 26, 2010
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野良猫みなこが姿を消して2週間経った。彼女は、我が家の庭に住みついていた。最後に彼女を見た時、苦しそうに水を飲みヨロヨロしながらも私のそばから逃げて行った。「どこへ行ってしまったんだろう。」あんなにフラフラ歩いていたんだから重篤であったはずだ。そんな心配もしていた最中、母から「大変。猫が納屋の中で死んでて異臭がしている。片づけて頂戴。」と告げられた。「みなこだ。」と確信した。行ってみると無惨にも死体はすでに他生物に浸食され、かわいかったみなこの面影はなく、毛がべったりと異臭の源の液体と混ざり合って寝床であった段ボールの面に張り付き、それはもうただの有機物の溶解状態と化していた。大きなスコップでみなこであったものを新聞でくるみ、庭に埋め、悪臭を放つ段ボールをひたすら引き裂き他生物に殺虫剤をまき、その痕跡を消そうと奮闘した。たかが野良猫だが、ずっと我が家の庭で過ごし、愛嬌をふりまき、そして1mの距離を保ち、最後の時もいつも寝床にしていた場所で、苦しみながらも静かに死を待ったんだろう。変わり果てた姿であってもみなこと過ごした数年間の日々を思いいじらしく愛おしさで溢れた。
May 7, 2010
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猫が大好きである。飼い猫もいるが、自宅の庭に来る野良猫の世話をし続けてきた。餌だけあげると増えてしまうので一匹ずつ捕獲しては去勢不妊手術を受けさせ野良猫だけど毎日庭にいる猫たちが数匹いる。みんな名前をつけていてあの子このごろ見ないななんてふと思ったりもする。どの子も顔見しりだけど、野良は必ず1mの距離をちじめることはない。それはどんなに餌をあげても、寒い夜に箱にカイロを入れてあげてもけっしてうまらない距離。そんなある日、みなこと名付けていたキジトラの猫が苦しそうな顔をしてお水を飲んでいた。どうしたものかと追うと、よろよろしていてしっかり追えば捕獲して医者にでもつれていけそうな気配である。そういえばこの子はずっと舌を出していた。なんらかの病気だったのだろう。少し追うと、ヨロヨロしながらいつものように1mの距離を保とうとして必死に逃げていく。捕まえて病院に連れて行ってあげたい気持ちが一瞬芽生えたが、その考えを消し去らせた。終生保とうとした距離の深さ。野良猫の自然な生と死を見守ったほうが互いの幸せなんだと思った。
April 25, 2010
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世界選手権真央ちゃん最高でした。フリーがキムヨナ1位というジャッジの評価だけはまったく納得不可能ですが。「鐘」の演技の、力強さ、迫力、美しさゴーンと重く鳴り響く鐘の音の余韻がいつまでも心に残るような素晴らしいものでした。これからもどんどん進化を遂げて真のトップスケーターとして世界に君臨してほしいと願います。ただ・・・ひとつだけ気になることが。キスアンドクライで得点を待つ間厳しい競技が終わってリラックスするのはわかるんだけど、あまりに脚を大きく広げて座っている感じが、ちょっと色気ないなーーってなんだか「おやじ」女スケーターっぽいなーって内面のりりしさとも相まって感じられました。キムヨナ選手はやはり女性らしさという点で(何が女性らしさって定義するのかっていうのも、いまどき難しく怒られてしまうかとも思いますが)とにかくサムシング・スペシャルあると感じました。これをセックス・アピールというのでしょうかね。何れにせよ、真央ちゃん大好きであることは変わらないので、これからソチオリンピックまでの4年間、より一層どんな素敵な女性に成長していくかを見届けるというだけでも大変な楽しみを私に与えてくれているので真央ちゃん最高、感謝感謝である。
March 29, 2010
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高齢者や障害者の資産を守る後見人制度が、実際は悪運用され後見人(おもに親族)の手によって、資産を取り上げられ遊興費や事業の運転資金に流用にされることが多いと報道された。本来自分で資産管理が十分できない人を守るための制度であるのに、いくら制度を作っても運用する後見人の手によって資産が費消されてしまうのでは制度の意味がない。思うに、この世で最も難しいことは司法試験に通ることでも、出世し、高名な地位に就くことでもないと思う。高い倫理観と、金銭に対しても「足るを知る」という哲学を持ち続けることであると感じる。貧しくとも、自分の身の丈にあった生活をし、そういったこころを持ち続けることができれば、もうちょっとましな社会になっていくのかもしれない。
March 25, 2010
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豪遊するために借金を重ね、500年の歴史を誇る建物等に火災保険をかけ放火した住職。外車、キャバクラでの遊び、遊ぼうと思えばいくらでもお金をかけられる現代社会。でも外車も所詮工業製品でいくらでもすぐに代替物が手に入るし、キャバクラなんて人造的刹那的な遊びの象徴。500年の歳月。500年の人々の営みを見続けてきた建造物。その時代時代に建造物に対して手を合わせ何を願って何を祈ってきたのか。どんな男が、どんな女が。想像するだけで悠久の思いがして楽しい。それを燃してしまい灰にした住職。軽薄そのものでどこにも重厚感が感じられない。お経ビジネス、坊主丸儲けとよく言われるものだがはたして葬祭ビジネスにお金をかける価値があるのかまた考えてしまった。
March 9, 2010
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真央ちゃん銀メダルおめでとう。キムヨナさんも金メダルおめでとう。フィギュアスケートの採点方法でみんな感じていることだとは思うけどトリプルアクセルジャンプを成功させることの困難さがあまりに軽視されてしまっていると思う。戦略的に勝つためには、まず採点方法を徹底研究して最も点数がとれるプログラムを構成してそれを実行していく。受験勉強をするように、言い方は悪いが頻出項目を重点的にカバーしてそのほかの費用対効果の低い部分は捨て去って安全なところを完璧にまとめあげる。まさに現代人的なまとまった生き方ー功利的・現実的ではあるのだがそのやり方に、新たに息吹く魂の叫び、人間復興的な感動を見出すことは残念ながら不可能である。真央ちゃんは、すごかった。偉かった。あえてリスクを冒してでもあの大舞台でショートで1回、フリーで2回トリプルアクセルを跳んで成功させたのだから。高い点数は人為的に作ることが可能である。意味のあるものに得点をやらずに、たいした意味のないものに得点をつけるルールを作るのは可能である。悪法もまた法なりである。真央ちゃんが成し遂げた事実こそがすべてである。鐘は本当に魂を揺さぶられるプログラムだと思う。今度はノーミスでね。いつも応援しているよ。
February 26, 2010
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昔観た映画「イエアーズオブドラゴン」映画は、チャイニーズマフィアボスの葬儀のシーンから始まっている。黒い大きな力を市民に見せつけるような派手な葬儀。そこに新たに登場するジョン・ローン扮するマフィアのボス。そしてその組織の壊滅をしようと必死に取り組む刑事ミッキーローク。悪と闘い、多くの人の血が流れ、自分の愛する妻までも組織に殺されてしまう。やっとの思いで、ボスを追い詰めそして殺す。しかし・・・すぐに最初と同じ派手なボスの葬儀がとり行われ次なるボスが誕生していく。人間の業と営みの変化のなさとしぶとさ。今日国会答弁を聞いていたが仙谷大臣がダボス会議に出席するのに政府専用機を使用し7000万円の出費をしたことを自民党の議員に追及されていた。野党時代に、あれほど自民党が政府専用機を使うことを無駄だと非難していたにも関わらず。どっちもどっち。結局人間のやること。人間は業と欲の塊。権力握ればその人間の本質が見えてくる。防衛、社会保障、外交問題、国民生活、そして何より景気対策。外国人参政権、等々。あらゆる問題をどういう風に切り込んでいくのか。冷静に客観的に判断する眼を養わないといけないと思った。PS 与謝野の答弁は、「平成の遠山の金さん」みたいで面白かったーーー。
February 12, 2010
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無縁社会というテーマで、どこにも属さなくなった人間が誰にも気づかれずに孤独に死んでいく様が放映された。画面から漂うひとりで孤独死していくことはさびしいという悲痛な叫びにも嗚咽ともとれる残像感。お年寄りや障害者を大切にしようというプロパガンダと平行して叫ばれる社会福祉費の増大と元気な人への負担増。お金を稼がなくなった人間なぞ、実のところ邪魔だという冷たい本音。その延長上に無縁社会が形成されている。まだ元気だから本当のところはわからないけど、死ぬ時って誰も弱っていて、どんなに権力を握った人であっても孤独なのではないだろうか。自分の人生にとって何が大事なのか、地位、名誉、お金、家族愛情、その何れも得られなかった人は何をよりどころにして生き死んでいくべきなのか。案外持たない人、持てなかった人のほうが客観的には孤独な死であっても、簡素でシンプルな死を受け入れているのかもしれない。死は死だ。シンプルな死で十分である。ゴージャスな死なんてありえない。
February 5, 2010
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最近韓国映画「牛の鈴音」を観てきた。農村で、一生を過ごす老人と耕作牛のこころの交流を描いた映画。牛につるした鈴音と、自然の風景描写、そして決して物質的には豊かとはいえないが、人生で本来得るものはすべて得てきた、家族があり、子供があり孫があり、何より労働で充実した日々を送ってきた充足感であふれた満足げな老人の表情。そういったものが印象的だった。良い映画だった。だが、家でビデオにとっておいた松山善三監督の「名もなく貧しく美しく」この映画の素晴らしさは、「牛の鈴音」の数倍といってもよい。聾唖者として、戦後の貧しい日本で必死に生きる主人公のいじらしさ。人間としていかに生きるかということは、各人の心根に深く関わっていくことがずしんとこたえる。優しいこころというものの価値がまさに宝であることが伝わってくる。優しい人が必ずしも物質的に恵まれるわけではないが逆に物質的に恵まれていることがすなわち幸せとつながらないことは、戦後60年たって荒廃しきった殺伐とした現代社会の様相をみれば明らかだ。貧乏人には愛を与えておけという金持ちの言葉があったが、こんな愛が手に入るのならその人の人生は寒くないと感じた。
January 13, 2010
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どこにでも他人のことを噂したり個人情報をリークしまくる人はいるものである。そういう人は、自分の主観で勝手に相手像を創り上げそれを無責任に流す。要するに週刊誌と同じ手法なのだが。だから悪くいわれる人というのは、その人に何の罪がなくとも噂を流す側に何らかの羨望、ねたみ、反感を抱かせる要素を具備している。すなわち、噂話というのは明らかに流す側の感性がはっきりとあぶりだされる。同じ行動をしていても、何も気にならない人というのもまた多数いるものだ。仮に自分に対して誰かが他人の噂話をしかけてきた場合噂されている人に興味を持つことはなく、その話を一生懸命している人の様子をちょっと感覚的に研ぎ澄ませて汲み取ろうとしてしまったりする。そういう冷静さって噂ばなしに水を差してしまうようであまり私に人の悪口を言ってくる人はいない。つきあいにくいおばさんなんです。
January 6, 2010
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勝間和代という方の生き方指南本が、若い女性のバイブルとなっているそうだ。読んだこと一度もないので何ともコメントしがたいが、勝間的な生き方を目指す女性が巷にはたくさんいるということだ。反面、勝間的な生き方を目指してみたものの挫折して無気力になった女性もたくさんいるといってそのアンチテーゼとして精神科医の香山リカという人が勝間的な生き方に警鐘を鳴らしているという。うーーん。私は、どちらの著書も読んでいないしそもそも一人一人個性や能力、環境などがまったく異なるわけだから、生き方指南なんてそもそも他人に問うことじゃなく自分で考えてやっていくしかないと思うのだけどいかがなものであろうか。子供がたくさんいて、介護しなくちゃならない老人もいてとても自分の時間なんてまったくない環境の人だっている。日々、掃除、洗濯、買い物、老人、子供、家族の世話そんな雑事だけど、やらなくては成立しない大事な家事をするだけで精いっぱい。でもその精いっぱいで十分な気がするのだけどそれじゃダメなのだろうか。もちろん、やれる人はキャリアアップだろうが、自分磨きだろうがなんでもやればいいと思う。他人の生き方指南本を読んで、自分の人生に喝を入れるのは結構なことだが、無理な型に自分を押し込むことは山田花子的な容姿の人が、美容院に松島菜々子の写真を持っていって「こういう風になるようにしてください」とウルトラCを望んでいるように思えてならない。どっちにしても他人の出版物を読んで「ウーム」なんていって右往左往して悩んでいる人は真の成功者になんかなれやしない。言い方は悪いけど、純真なカモにすぎない。カモはカモだと自覚してカモなりの努力をして暮らすというのも知恵だと私はそうしてる。
January 2, 2010
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マイケルジャクソン、タイガーウッズ誰もが認めるセレブ。稼ぐお金の額の桁が違う。勝ち組・負け組という言葉に象徴されるように誰もが経済的強者にあこがれ、強い自分になるために日々努力する。マイケルジャクソンは、ありあまるお金があり子供に対する慈悲心にあふれていたため庶民と無防備に接触し、その挙句に大金をせしめられる羽目となりマスコミにたたかれ、人間不信に陥り薬なしでは日々を過ごせない状態となり結果オーバードーズ状態で亡くなってしまった。タイガーは、ギャンブル漬けで女性関係が派手で、安定した生活とはほぼ遠い状態にあるという。才能があり、世の中で認められ、大金を稼げればそれでよしとすればもちろん良いが幸せというものを、精神的に安定した安らかな状態と定義するならばスーパーセレブはどちらも及第点はもらえない。この世の中で何を幸せとするのは人それぞれの心のあり方なのだが何かをとれば何かを失くすというのだけは真理で、何もかもマルーい人生なんてひとつもないのだと思う。
December 21, 2009
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ろうあ者のホステスが、銀座で大変な売上をあげているらしい。テレビで見たが、彼女の魅力は第一に筆談なんかじゃない。まずなんといってもキュートな容姿である。筆談筆談と、そこばっかりが取り上げられているが大きな瞳、華奢なスタイル。バンビを思わせる可憐さ。それがあってこその筆談の武器が冴えるのだから女の魅力があってこそだ。そこのところをはきちがえてはいけない。大きな声や、やかましさやクレーム、見え透いたお世辞、要するに雑音。そんなものにうんざりしている男性にとっては言葉が発せないことなんてまったくハンディになんてならない。たとえは悪いかもしれないがものすごく可愛いペットとの関係に共通点がある。ペットは言葉を発せないけど発せないからこそ、人間と癒しの空間を創造できる。大きな瞳で見つめられたときに静けさの中にある安らぎ。そんな空間を美しい可愛い女性との間で醸成でき、ふとした瞬間に文字で人間としての感情をメッセージ交換できる。これはまいるでしょう美しい女性に言葉は要らない。Beauty is a letter of recommendation.
December 16, 2009
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子供の時の話ではあるが、私は肥満児だった。子供ながらに太っていることを恥じていてガキ大将に「○○の体重何キログラム」とかからかわれるのが嫌で、体重測定の日を休んだりしてその日を密かに逃れていた。子供ながらに、誰にも暴露されたくない秘密を有していたのだ。小さなことではあるが、触れてほしくないことは子供にだってある。体重測定の日、体重計のそばには中年の女の先生がいた。ひっつめ髪に、うすぼけたブラウスに黒のスカートをはいている。全体的にうすぼんやりとしたイメージ。(お願いだから、体重を測ったら何も言わずに記帳して欲しい)と思っていた。周りには悪ガキがいっぱい居て耳をそばだてているのだ。体重計に乗った。するとその教師、大きな響きわたるような声で「何キログラム」と怒鳴るように言った。そしてその後「あんた太っているね」と私に向かって言ったのだ。そんなこと百も承知だ。だからこそこの日を迎えるのを本当にいやな気持で悩んだりしていたのだ。私はとっさに顔を赤くして「失礼ね」と教師に向かって言ってしまった。すると、そいつは「何が失礼なんだ。太っているのを太っていると、本当のことを言って何が悪い」と私に向かって言ったのだ。あれから40年以上の月日が経ったが、私はあの教師は間違っているといまでも思う。相手が子供であれ他人の容姿について断罪するようにとやかく言うのは教師の業務の領域を超えている。何の教育的見地も配慮も感じられないし、言う必要のない言葉だ。本当のことって相手に何もかも言っていいのだろうか。頭髪が薄い人に向かって「禿げ」背の小さい人に向かって「ちび」目の見えない人に向かって「めくら」口の臭い人に向かって「口臭がして臭い」お金のない人に向かって「この貧乏人めが」そんなこと言ってたら社会生活は成り立たない。だったら私だって本当のことをいってあげましょう。およそ性的魅力など全く感じられないような色気のないがさついた女だったわね。あんたは。生活臭は感じられても、エレガントさがまったくなかったわ。長い毛糸のパンツが似合いそうな女ね。教育すべきことはきちんとすべきことだが、それ以外の言動は慎むべきだ。子供だからといって侮ってはいけない。
December 1, 2009
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JICAの、航空券の買い方に対して無駄遣いだとの指摘があったそうだ。日程が決められてしまう航空券ではなくより自由度の高いーすなわち航空会社にとって旨みのある値段の高い航空券を通常購入していることはゆゆしき問題であるのだという。確かに、官庁相手の仕事だとえぐい値引き競争にさらされることってほとんどない。業者は、値引き競争されることのない美味しい商売をすることができる。すなわち税金が還流することによってそこの業者は潤うことができるのだ。それって本当に悪いことなのだろうか。官々接待で、接待場所の料理屋は潤ってたわけだしタクシーだって、タクシー券のおかげで潤っていた。無駄遣いを減らせとの正義の声ははたして正しいのか。何が正義で何が正義でないか。立場によって非常に難しいところであると思う。カンボジアは、非常に貧しい農民の生活を救い農民の国を建設しようとした過程においてエリート層をすべて虐殺・抹殺してその後衰退の一途をたどっている。恵まれた立場の人をたたくことが国を良くすることなのか・・・恵まれる立場につくための努力や汗にも目を向けないと、それはそれでバランスを欠くと思うのは変だろうか。
November 23, 2009
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34歳の女性の詐欺事件と、睡眠導入剤と練炭と関わりをもった男性の相次ぐ死亡。死亡については関連については憶測の域に過ぎないが、男をお金を引き出す手段と割り切り吸い上げた後は消えてもらうというなんとも欲望だけがデフォルメされたこれらの事件。この女だけかと思いきや、またとある地方においても元ホステスの女と関わった男たちが3人ほど睡眠導入剤で死亡とのこと。世の中は不況の嵐。そんな中欲望だけが物質文明の洗礼を受け大きく膨らんだ人間たちがなんとか生き延びようとその動物としての触手をさわさわと動かし、そして自分が生きのびる手段としての男という獲物をゲットする。キャリアを築き輝かしい現在未来をつくれる女性などほんのわずかな割合でしか現実はいない。だいたいの女は、しょぼい現実に迎合し妥協していくがそうしない女もいるということだ。メスカマキリは交尾のあとにオスカマキリを喰うという。カマキリ女が増殖中のこのご時世。女に限らず、男も・・・欲望だけが膨らんだ人間で溢れているのだ。犯罪のターゲットにならないようにただく・わ・ば・らく・わ・ば・らと唱えてしまう。
November 5, 2009
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中川昭一さんが亡くなった。もうろう会見を何度も何度もテレビで見てどうしようもない人格のような人という刷り込みが、マスコミの力によってなされた。そして落選。いつも思うけど、マスコミは断片的な部分のみをしつこく繰り返し強調して流し続ける。自分を含めて馬鹿な愚民は、その人の人となりを判断する材料など持ち合わせてはいないのだからマスコミ報道のみを判断材料としてしまう。「どうしようもない奴だ。」「あんな奴は選挙で落としてやる。」と短絡的に判断してしまう。だが、拉致被害者の方々からは彼に対して称賛の声があり非常にあたたかな人柄であったと伝えられるしG7の時も、財務的には正しい方向に導いたと伝え聞く。ただ・・・酒での失敗は常につきまとっていたようだが。いつも思うけど、マスコミ報道に踊らされないようにCMにも騙されないように、テレビから何かを訴えているからといってそれをうのみにしないように気をつけようと思った次第である。
October 5, 2009
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アンコールワット、ピラミッド、タージマハール昔の権力者が、建てた建造物は後世においても色褪せることなく、かの時代のパワーというものがいかに強大で、格差社会などという言葉の出現などにびくりともしないほど、その権力者と民との間に乖離があったことを想像させられる。時代は移り「前原さんよ。出て来いよ。」テレビから、ダム周辺の住民が大臣に声をかけているのが聞こえてくる。昔なら、一国の大臣に対してこういう言葉づかいをするということ自体がありえなかったと考える。これが民主的ということなのかもしれないけど、私はある種の違和感を覚えてしまう。大臣に対して隣のおじさんに話かけるのと軽ーーく接するのはちょっと違うんじゃないかと。医者・教師に対して暴言を吐いたり暴力をふるったりしてエゴをとおす人も多いと聞く。医者になるには、相当な勉強量と訓練を要求されている。教師だって、しかるべき試験を受けてなっているのだ。むろん人間なんだから誰だって欠点はある。だけど・・・・そういうキャリアを持った人に対して敬意を払うということも必要じゃないかと思う。昔風だけど「先生」なんだから。一般的に社会的な接点を持つ相手に対し敬う気持ちや気遣いをする。そういうモラルというか思いやりの気持ち常識が欠けている人が多すぎる。自分を取り巻く相手は自分に対して、ファラオ(絶対王)に接するようにして欲しいなんて勘違いしちゃっている人増殖中である。
September 28, 2009
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民主党の女性議員が、過去においてAVでヌードになっていたという。ふーんと思っていた。別にそういう生き方を選ぶのはその人の自由だ。それに対して本人のコメントをテレビで聞いたが「過去において厳しい経済状態だったので生きるためにいろんな仕事をしてきた。これからは社会的弱者の立場にたって政治家として仕事をしていきたい。」うまくまとまったコメントだったけど嘘くさくて嫌になった。なんというかギラギラとした欲の塊を逆にまざまざと見せつけられたような気がした。世間には、厳しい生活状態の方はいっぱいいらっしゃると思うが、その方たちがあえて自ら裸になるという生き方を選ぶだろうか。それは違うと思う。大多数の人は、地味な安い時給であっても金では換価できないというものがあるということを自覚している。本人がそうしたいから、(容姿の面で恵まれているから、あるいはそういうところでひとかどの自信があったから)そういう目立ちたい品性の持ち主だからそういう生き方を選んだのであってそれを厳しい生活状態のためにというのは詭弁であって社会的弱者のためになんていう決まり文句でくくらないでほしいとテレビを見てて厭な気持になった。「あたしは、そういう露出が好きなんです。目立つことが大好きなんです。みてて、これからのし上がっていくのよ。」そういうメッセージが逆にデフォルメして伝わってきた。
September 16, 2009
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この夏は、家のために毎日職人さんがいらっしゃっている。で、10時3時のお茶出しをすることにしている。暑い時期何をお出ししようか最初のころはずいぶん迷ったけど、10時には冷たい飲み物、かわきもの(せんべいと甘い駄菓子)アイスキャンデー。冷たい麦茶は毎日煮出してクーラーに。スポーツドリンク、その他ペットボトル缶飲料をクーラーボックスに。3時には、手作りのパン、フルーツあんみつ、ゼリー、小倉白玉等をお出ししているが、老舗のお菓子でなくともみなさんよく召し上がってくださる。手作りって大変ていえば、大変だけどあんこを煮たり寒天を作ったり、HBでパン生地を作るのも慣れればどうってことなくなるし、何といっても暑い中に働いてくださっている職人さんに対して感謝の気持ちをこめてお出ししているのでそのあたり「あ・うんの呼吸」で職人さん達も気持ちを汲んでくださっているのだと思っている。職人さんたちもプロなので、お茶出しで仕事の質が変わるとは思わないけれども、我が家の壊れていた水道のホースの蛇口が知らない間に新しいものと交換されているのを見たりするとやはり人間の間というものはギブ・アンドテイクで成り立っているものなのだから、文句を言ったりするばかりでなく相手に対して精一杯尽くすということも必要なんだと感じたりしている。
August 24, 2009
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スラムドッグミリオネアを観てきたが、ストリートチルドレンの子供を保護する団体が実は臓器売買シンジケートであり子供の角膜を無理やりとりあげるシーンがあった。アメリカでも、臓器売買目的の子供誘拐から始まって、輸送、医療とすべてのパッケージがよどみなく組まれて生きたまま生体移植し数億円のビジネスになっているということだ。まさにマネー次第。貧乏人の臓器を金持ちが無理やり奪い取る。資本主義は、貧乏人から富を効率よく搾取する手段ではあるが健康や臓器の良し悪しなどは本来お金で左右される問題ではなかった。臓器移植という医療は、過酷な貧乏な環境でもそれなりに健やかに過ごすという自由さえ人間から奪ってしまったのだ。臓器移植なんて絶対にいやである。自分の命を長らえるというエゴのために、他人の不幸を下積みにする。人間のあさましさと業のすさまじさを感じる。どんな人間にも命には限りがある。これが大切なテーゼであって、医療の進歩イコール人間の幸福とはつながらない。と私は思う。もっともっと医療を進歩させて怪物みたいな支配者をずっと永らえさせることになればまさにこの世は闇だ。
August 2, 2009
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家の近所にある病院。年齢層が非常に高い。年をとった先生。経験も積み、親切で、何よりも患者の立場になって考えてくださるとても良い医師である。そしてスタッフ。受付、薬剤師、看護師、みーーんな中年以上。顔ぶれも変わらず、そのことから経営者でもある先生のお人柄が偲ばれる。総じてくたびれた中年色の病院なのですなわち茶色い病院。こういう病院は珍しい。だいたい、若い綺麗な女の看護師がピンクの制服に身を包み、どこを見渡しても茶色い中年女は見当たらない。若いことは素晴らしいことだけれども、病院という病を扱う場所においては必ずしもそればかりがいいとは限らない。キャバクラだったら別だけど。だけどどこもかしこもキャバクラみたいに年の若い人ばかりがすなわちピンク色がもてはやされる。個人的には、ちょっとくたびれてはいるけれども年の功を感じさせてくれ安心感を与えてくれる茶色い病院に軍杯をあげたい。
June 24, 2009
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生きることへの欲はつきない。子供が欲しい。めでたく生まれてくれば早くはってほしい。はえば立て、立てばしゃべって欲しいし次は良い幼稚園にお入学。なるべく良いコースを歩むように願い災難など火の粉はわが子にだけはふりかかって欲しくない。人間の欲は本当につきない。貧乏人でもお金もちでも身体は天からの恵みもの。丈夫で生まれてくれば貧乏人でも働いてはいあがることが可能だし、病弱に生まれてくればそれはそれでさまざまなことに繊細な感受性を持ちながら与えられた人生を生き抜くということになる。私のシンプルで乱暴な考え方だけれども変に人間の手によってその恵ものに対して加工しないほうが良いのだと思っている。そうでないと、臓器移植が合法化されれば金持ちの手によって腎臓だろうと角膜だろうといかなる手段によっても貧乏人から取り上げることがいとも簡単に可能になるからだ。生まれ持って、短い生涯しか生きられない運命を背負った方には申し訳ないけれども短くとも周りをあたたかい炎のように包む存在として生きるということだって決して悪いことではないと思っている。長生きすれば良いというものではないと思う。自分の天から授かった臓器で生きられるだけ生きればそれでよしとするという考え方もありだと思う。
June 20, 2009
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今、障害者用の郵便料金の不正利用が取りざたされていますが、障害者雇用のペナルティを払うシステムのほうがよりあくどいと思うのだけど・・・どうでしょうか。企業に対しては、障害者を一定の割合で雇わなくてはならない法定雇用率が定められていますが、これってまったくのザル法です。だって雇わなくても一人当たり5万円の罰金を、厚生労働省の外郭団体に払ってしまえばOKなんですから。本来障害者の社会参加を促進・監督する立場のお役所が障害者を雇わない企業からお金集めてそこの団体の会長は年収3000万円ということなので雇わないほうがより楽に左うちわという、障害者の雇用・社会参画をすすめるシステム。まさにアンビバレント!!!日本のシステムは非常におもしろくて哀しいです。
June 15, 2009
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20年前に購入したブラザーの電子ミシン。ほとんど使用しないでほおっておいた。久し振りに出してきて使おうとしたら下糸を巻く部分が動かない。ネットでブラザーの修理のセクションにメールで連絡したら、即お返事が。引用「またこの度は、下糸巻き軸が回転しないとの事でご迷惑をお掛けしております。伺いました症状より、下糸巻き軸が内部でホコリ・油等で固まっている可能性がございます。お客様にてお試し頂ける事をご案内致します。ミシン上部のカバーを開けて頂き、下糸巻き軸の根元部分にCRCなどの潤滑油を少し注油して頂きます。その際、軸の途中にあるゴム輪には油がつかない様にお願い致します。その軸が手で回るようになれば、改善されると思われます。が、上記をお試し頂いても症状がかわらない場合、弊社修理センターにて対応させて頂きますので、一度ご検討頂けますでしょうか。引用終わり修理工場で修理も受けてくれるとのことでしたが、10000円位かかる。それで、案内して頂いたとおりにやってみたら見事成功。動くようになった。良かった。自分でやってみて。大中小のドライバや、ペンチが入った工具セット。なんでもお金出して頼むんじゃなくってできるだけ自分でやろう。家事能力・修理能力・料理能力・洋裁能力なんでもお金さえ出せば手に入る世の中だけどお金を出さずに済ませようとすれば現代人が失った能力を取り戻そうと努力するだけでもきっと目標が見つかるはず。つまらない日々なんてありえない。
June 13, 2009
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全盲のピアニストの方のチケットが完売だそうだ。彼の素晴らしい才能と努力には脱帽ものだ。賞をとることは素晴らしいことだと思う。ただ好きな音楽・絵画・映画・その他もろもろの表現物なんでも良いけどものを見る時にただ単に素晴らしいと思うのなら良いけど、そこで周りを見回して誰かが良いと言ってくれるから、みんなが讃辞したからお墨付きだから素晴らしいとなるのではやっぱり商魂たくましい誰かに振り回されるだけだと思う。自分の五感を通して素晴らしいと感じたものを素直に思う気持ちもまた大事にしたい。
June 10, 2009
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無差別殺人の被告人が、裁判所で「人を殺すのは蚊を殺すのと同じ」と答えたそうだ。人を殺してはいけないという規範がある。何故だろうと考えた。平常時の規範であって、有事となり戦場においてはいかに多くの人を殺すかが腕の見せ所となる。人を殺してはいけないという規範はあくまで人間のご都合主義の一貫としてある規範であって、本当の答えなどないのだ。私の考えでは、私は殺されたくないので他人も殺さないというくらいの理由づけしか見当たらない。何も自分の手を汚さなくても毎年3万人以上の人がなんらかの理由によって自ら命を絶っている。人を殺すのは蚊を殺すのと同じという空気は、ここそこにも漂っているのではないだろうか。
June 3, 2009
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富士ハウス、アーバンエステートなどで注文住宅を頼んだ施主が、会社が破たんしてとんでもない惨状に陥っている。住宅という普通の庶民にとっては一生に一度か二度の買い物なのに、まったくセーフティネットが整っていない。地場の工務店に頼もうにも、どこが経営状態が良いのかも分からないし、小規模のところはもっと倒産が多い。で、ハウスメーカーでっていうことになるんだろうけどそれがこの不況と重なって破たん続き。財務内容を調べるっていったって企業のほうだって生き残るのに必死だから粉飾決算もするだろうし本当の姿なんて倒産するまで見えてこない。本来一番財務状況に詳しい銀行が、個人にその危ない会社の建築費用のローンをこぞって組ませているんだから、資本主義ってやっぱり怖い。どう考えたってババ抜きの世界であることに間違いない。誰かが儲けるためには、誰かがババをひき続けていなければならないのだ。家主が儲けるためには、借主が賃貸料を払い続けてもらわなくっちゃならないし、企業も次々付加価値があるという新製品を作り続けて、高い金を消費者から巻き上げる。どうせ1年たてば型落ち商品なのに。何をするにも賢くならないといけない。くれぐれも広告だけには騙されないように。アーバンエステートはすごい広告出してたもんね。教訓・・・本当に良いものは口コミだけで広がる。広告が激しくなったらそれはちょっとと思わなくっちゃね。
May 29, 2009
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スーパーにバナナを買いに行ったら、普段の値段の1.4倍くらいにあがっていた。何でもテレビでバナナダイエットを放映したらバナナに消費者が殺到して需要があがり、高値につりあがったようだ。毎度のことだが、日本人はマスコミの情報に左右されすぎる。テレビを通して流れた情報を疑うということがない。だから何らかの意図をもって情報を流す人にとってはこれほど掴み易く御しやすい国民はいないだろう。ブームさえ作ってしまえば商売繁盛となるからだ。テレビを通して流れてきた情報だからといって、必ずしも正しいものとは限らない。自分で取捨選択する眼を養うことが必要だと思う。地道に商売して口コミでひろがるというのが最も堅い商売だと思う。濡れ手に粟とはいかないが。
September 29, 2008
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オリンピックが終わった。終わった時点では、現役引退といっていたメダリスト達がわれもわれもとやはり次も出ると言い出した。谷亮子にいたっては、どうしても「ママでも金」に執念を燃やしているようだ。オリンピックというのは、アスリートの頂点を目指して切磋琢磨する舞台で素晴らしいとは思うが、その裏では景気の鼓舞だったり誰かが儲けるための仕掛けだったりするわけなのだからしらける部分も多々ある。オリンピックの目指す精神とは、絶対にあきらめない強い心、強い自身。ていうことだろうけど、いつまでもいつまでも強くあり続ける自身を素晴らしい価値観と崇めるあたりすなわち老害と呼ばれる、いつまでも強い強い次の世代には譲ろうとしない老人達の精神性こそ素晴らしいと強調しているようにも思える。谷選手も素晴らしいけど、次の世代の選手に譲りその選手を育て応援し、自らは手中にある幸せを大事にするということは出来ないものなのだろうかと、凡人は思ってしまう。
September 22, 2008
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ビジネスにはスピード感が大切。早く、効率よく、費用対効果は最大限。レバレッジをきかせていっぺんにたくさんの利益をわしづかみ。そうやって急いで急いで急ぎまくった挙句に今回訪れたアーバンコーポレーションやリーマン・ブラザースの破綻劇。自己資本比率は小さくても他人の資本をかき集めて大きくビジネスを伸ばすことの危うさが改めて浮き彫りになった。かなりスピードは遅くても、ひとつひとつ自分のお金でこつこつと堅実なビジネスの運営をしていればかなり小さくても堅牢な資産が手元に残ったのではないだろうか。そういうのって流行らないのかもしれないけど手堅く堅実にっていうのも古くて新しい価値観だと再認識させていただいた。
September 16, 2008
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後期高齢者医療制度の対象になっている人たちが、揃えて口にするのは「年寄りは早く死ねってことか」という言葉だ。本当に怒っているご様子だ。制度の善し悪しは、さておいといて私が感じたのは人間は自分が差別されたと感じた時のみ怒り出すけれども、他人が(だいたいにおいて少数者)差別されてこころが痛んでいることに対しては非常に鈍感で無関心であるということだ。子供の時に難病に罹って何がしかの身体に不具合を持つ子供が、普通に学校に通おうとしても難しいことが多い。その時に、「彼、彼女の未来を支える教育を受ける権利が侵されている。これはゆゆしき事態だ。」って今「年寄りは死ねってことか」っていきまいている人たちの中でどのくらいの割合で問題視してきたことだろうか。放置して、「仕方ないよな」って片付けてきたのではないのだろうか。人間は、自分の痛みでないと感性が働かないし本当に真剣にならない。それだけエゴが突出した業の深い生き物なのだ。
June 28, 2008
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6月の梅雨空の束の間の晴れの日。今日は、良いお天気だった。友人の結婚式。とあるチャペルのある総合結婚式場??で結婚式・披露宴がとりおこなわれた。ミニカテドラルには、聖歌隊・司会者・牧師がいらした。その牧師。見た目が、確かに外国人っぽい。で、日本語もどこか舌ったらず。「アナタハ、カミオーシンジーマスカー?」ってパンフレット配ってる人とどこか相似形。説教も、英語を半分まぶしながらしたったらずに続けられた。「アーメントイッテクダサーイ」とか言われると何となく続けて訳わかんないけど「アーメン」ってつぶやいていた。全くいい加減。で、聖歌隊が賛美歌を歌った後カップルが指輪交換した。そして、その後が吃驚したのだがその牧師が声量ある歌声で歌い始めたのだ。それも曲がポップス調の曲で小さなチャペルの祭壇からその声が響く響く。確かに盛り上がるっちゃー盛り上がるけどあんた、聖職者だったでしょうに。って出席した人間にとっちゃ一体全体これは儀式なのか、あるいはすべて演出なのか全くわかんなくなってしまった。歌う牧師っていうのも初めて見たけどキリスト教っぽい雰囲気をベースに作り上げられた日本独特コマーシャルベース結婚式。思うに、別にクリスチャンでも何でもない聖書なぞ読んだこともなくキリスト教の歴史も教義も知らない人間同士が何となく雰囲気に憧れてチャペルで結婚式するだけなんだから、何でもありなんだろうけど・・・。あの牧師。一体本業は何だろう。バイトで式場専門の牧師に従事しているんだろうけど本業は俳優志願の外国人でイーオンの英会話教師かもって思ってしまった。説教はともかく歌はまあまあうまかったもの。まあ式の形式なんて本当はどうでもいい。二人が仲良く素晴らしい家庭を築きあげられればそれですべて万歳ってことだ。
June 14, 2008
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某女優が、東国原知事に「礼儀を知らない」とかって激怒しているという話をワイドショーでやっていた。ワイドショーの情報なんてどうでもいいんだけどこの女優。旬の人にからむという習性があるように思える。以前も野村サッチーにからんでその結果テレビにずいぶん露出していたもの。マスメディアを、いいも悪いも席巻してしまえばものすごい宣伝になる。CMだったらものすごいお金を払わなくちゃならないけど、ワイドショーの話題としてとりあげてもらえればタレントにとってはまさにお得なことこのうえない。もしかしたら裏で料金払っているのかもしれないけど・・・からんでなんぼ。テレビの影響力にだまされないようにテレビ不感症になることも大切だ。
May 15, 2008
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自分は、性格のバランスがとれていない。ひとつのことに集中してしまうと他のことが考えられなくなりそのことだけを思いつめてしまう。ある意味危ない性格だ。自分の趣味の園芸の話に戻るが、自分の上記のような性格であっても植物を育てていると、植物の方からうまくコントロールされてしまい何となく温和な気持ちになってくるから不思議。朝起きて、水をやり、花がらを摘み、肥料をやり、雑草を抜き、次のシーズンの種を蒔き、生ゴミ堆肥を作り、等々やるべきことは次から次へと出てくる。多少集中してやりすぎたとしても、それは植物のほうが上手に吸収してくれて、美しい花がたくさん咲くという結果として帰ってきてくれるから精神衛生上非常にありがたい。今も去年晩夏から初秋に種まきしたパンジー、ビオラ、デイジー等が色とりどり狂ったように咲き誇っており、私的にはどんな宝石の輝きよりもまばゆいものとしてこころに映る。激しい性格の持ち主が、社会生活上事件を起こすケースが目立っている。私も相当激しい性格だが、花を作ることによって道行く人からなんて美しいと賞賛を受けることができる。まさに植物の力というものは言葉に尽くせないくらい偉大なものなのである。
April 29, 2008
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数年前から種まきガーデニングにはまっている。去年の8月末には、パンジー、ビオラ、デイジー、カンパニュラ、トルコキキョウなどの種まきを試みたが4月にはいり温かい陽気になってくると一斉に花が咲き乱れてとても美しい。冬の時期、コンテナをのぞき花はまだかまだかとほうれん草のような葉っぱだけのパンジーに、一体何色の花が咲くのかと少し苛立ちながら接したことが思い出される。あの時期は、何をどうしようとも待たなくてはならない時間だったのだ。待つ。ただひたすら開花に適したその時期をじっと耐えて待つ。自己表現能力とか、コミュニケーション能力とか積極的な能力だけがもてはやされてはいるけど、実は待つこともそれらに匹敵する以上に大切なスキルだ。
April 16, 2008
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友人は50歳。某外資系企業に勤務している。最近部長から「会社も若返りを図りたいので、いまのままではやめてもらうことになるかも」といわれたそうだ。友人イワク若返りを図りたいなら、自分こそやめればいい。人件コストが高いんだし。で、咄嗟に「退職強要だ」と反撃して、上層部に通報したそうだ。すごい強い・・って最初は思ったけどでも本当に論理的に考えたらその通り。若返りっていう言葉を使うんなら友人より明らかに年をとっていて、高い給与を会社から頂いているその人こそがいなくなるに適した人材っていう風に思えてくる。立場を利用してパワーハラスメントなんてやっていると平社員みんなでスクラム組まれて逆追放なんていうことになりかねない。「自分がいなきゃ会社は回っていかない」って思っている人ほど危ないかも。
April 12, 2008
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最近テレビに良く出ている「グーッ」のエドはるみ。彼女が他の女芸人から際立っているところはその芸の質。他の芸人は、誰かの物まね芸が多い。その本人や映画・ドラマを知っている人にとっては面白いかもしれないけど、全く知らない人にとっては無意味。この点エドさんのは、オリジナル個人芸。彼女の創作芸だからその迫力も相当である。物まね芸の場合は、見ている人の脳の中で本物から物まねに転化される作用が必要だけど、創作芸はそのままダイレクトに脳にヒットする。だからすごい。昔、サリーフィールドとトム・ハンクスが共演した「パンチ・ライン」という映画があったが、まさに知的なスタンドアップコメディアンとしてエドはるみはその才能をもっと開花させるものと信じている。
March 19, 2008
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この季節になると、花粉症対策の薬とかが発売されたり新しいサプリメントが巷に氾濫する。それだけ花粉症で苦しんでいる方が多い証拠だ。私はといえば、春には確かに大きなクシャミをすることは多いがそのほかの症状はあまり出たことがない。いわゆる花粉症に強い体質なのだ。自分なりにその理由を考えてみた。振り返ってみるとその秘密は食生活にあると思う。子供の頃から、母が手作り食を作ってくれてきた。離乳食もすべて手作り。自分で料理をつくるようになってからも、たまに市販の弁当を買うことはあってもレトルトとかインスタントはほぼ皆無。中華料理も自分で味付けするし、和風も洋風も出汁はガラや昆布、鰹節、煮干などで自分で面倒くさがらずにとる。緑黄色野菜は一日必ず一品は食べて、ヤクルトも30年近く飲み続けている。たんぱく質も必ず豆腐、魚、肉とバランスよくとりいれている。地味なことだがこういったことを続けたことがアレルギーに強い身体を支えていると思っている。あと・・・・適度に清潔でないこと。家の中は猫が走り回っているし、油断すると猫の毛が舞ってしまう環境。掃除はするがいつもピカピカというわけにはいかない。日本人は抗菌とかいって極度に清潔志向だがそれが案外アレルギーの元凶だったりするのだから人間の環境というのは整えすぎもまた新たな害を生み出すから不思議だ。なるべく旬のものを自分で調理して食べ、適当にストレスをためずに生活するという当たり前のことが大変困難になっている高度なハイテク現代社会・・・薬とサプリメントを手放すことが出来てこそ真に豊かな生活と思うのだが私はもう時代遅れの恐竜なのであろう。
March 6, 2008
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私の周りに大変ケチ・・・いや堅実な独身男がいる。もうすぐ50ではあるが立派な一流会社に勤務してお金を貯めまくっている。何でもマンションは繰り上げ返済完了で、老人ホームの費用もすべてまかなえるから安心だということだ。日々の食費は一日1000円未満。我が家の犬・猫の食費が自分の食費よりも多いといつもとんでもないことだと口癖のように言っている。お酒・タバコは一切やらない。なるほど堅実である。ご立派。以前私は長期入院していて彼は私をよく見舞ってくれていた。それは大変ありがたいことである。来てくれるだけで感謝しなくてはならない。一応・・。だけどこちらは動けなくて自由のない身。外から来る社会の空気はとても大事。週刊誌ひとつでも、流行のデザートひとつでも世の中の動きや風が感じられる。何かもってきてくれるのが嬉しいのだ。だからある日お願いした。「そんなに頻繁にこなくてもいいからたまにはデパ地下に行ってトレンディな食べ物でも買ってきて」「かまど焼きピザが流行りらしいけどそういうの食べたいな」そいつの反応は「出来ないね。冷凍ピザで十分だ。口がおごっているんだよ」私は、ササーッとひいた。こいつとはとてもじゃないけど時間と空間を共有するのは無理だ。そして内心もっと傲慢なことを思った。(身ひとつで来る事が喜ばれるのはよほどのイケメンでその人自身がご馳走じゃなきゃ駄目なのよ。アンタ。フンだ)性格がいびつなもの同士。二人の独身生活はこれからも続くのであった。さびしさもまためでたし。
February 29, 2008
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学生時代の友人4人と日帰り旅行を計画した。計画したのは2ヶ月以上前で、往復の列車の時刻表などは事前に通知し、すでに切符も購入し送付しておいた。かなり前から行くといっていたのだからその予定に対してはなるべくキャンセルしないようにする・・・ほかの用事が入ったとしても病気とか、親の死亡とかよほどのことでなければ友人との約束を優先するように努力する。・・・これは私の処世術。でも人はさまざま。出発間近になって1人は他の用事が出来たようでキャンセル。あとの1人は帰りの列車の時間を早めて欲しいとのこと。(だったら最初に計画した時にそういって欲しいのに)人それぞれ環境は違う。いろんなしがらみの中で生きているから自分の用事を第一優先にパーンと主張出来るのはそれが許される立場の人だけであって周りの事情に自分を合わせていかなっくちゃならない人のほうが多いのかもしれない。世間の渡り方も、社交的になるべくたくさんの人と上手に付き合ってそこから多くのリターンを得る生き方もあれば、静かにつつましくひっそりとマイペースで生きるというのもある。処世術さまざま。友人どうしのそれぞれの描いている円が重なりあう時間・空間があればその果汁をのみほしたい。
February 3, 2008
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愛猫をFIPでお正月の4日になくしてしまった。こんなにもと思うくらい号泣した。ゴミ捨て場のところでミャーミャーないていた3匹の子猫を拾い上げて育ててきたのだが、そのうち1匹は1年も経たないうちにFIP(猫伝染性腹膜炎)で亡くなり、その後発育不良だったこの子も同じ病気に罹ったことが分かり、どうしたものかと考えてしまった。獣医さんに連れて行ってステロイド剤を飲ませたり入院させたり頑張っていたのだが、この病気は治療方法がない難病。連れて行けば検査を重ねなくてはならずその出費も馬鹿にならないし、当の猫も針を刺されたり組織を採られたりすることを大変に嫌がっていた。飼い主があきらめたらそれでもうその子の命はお仕舞い。あきらめたら駄目。という考えの一方、治療しても何れ死が近未来に訪れる病気なのだから自然に任せたほうが良いのではないか。費用がかさむこともあって私は残酷にも後者を選択してしまった。ペットも家族の一員。ということで病院には慢性腎炎で補液を毎日することで命をつないでいる老猫であるとか、心臓病を抱えて薬で命をつないでいる動物とかがひしめいている。命に対する考え方は様々ではあるのだがどんな理由であるにせよ、すでに耐性を過ぎた内臓を人工的に持たせることには私は抵抗があった。散る命だからこそ、生きる時が輝く。病気も与えられた運命。授与された命の日々を、自分に切られたカードで生ききればそれで良し。あえて余計なカードのシャッフルはしない。先端医療は十分与えなかったけど、愛情だけは存分に注いだつもりだ。それで良かったのか・・・答えはわからないが答えがないのも答えのうち・・そう考えることとした。
January 17, 2008
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タイゾー議員が北海道一区から出馬すると宣言している。でもそこには、ヨサコイソーランとかいう祭りを創ってきた方が候補者として上がっているという。「町おこし・・世代間のつながりを築く」ってスローガンで頑張ってらっしゃる様子だけど・・・結局は成し遂げたいのは自分おこしじゃないの????って斜に構えて思ってしまう。自分の地域でも、一生懸命色んなイベント作ってがんばってらっしゃる方もいるけどなぜか組織のトップの方が県会議員とかその周辺の方で選挙の「集票固め」が見え見え。そんなイベントに参加するなんてやなこった。税金はきちんと納める。ゴミだしのルールもきちんと守る。ご近所間のマナーにも気はつかう。でもあまり近所とべったりとつかず平和的共存をはかりたいというスタンス。今年もそして来年もそんなドライな感じは変わらないと年の瀬に思う。
December 26, 2007
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今朝テレビを見てたら職場でセクハラを受けて精神的に甚大な被害を受けた女性のことをやっていた。日々シモネタは当然のこと、胸をつかまれたりすることもあったそうだ。少し前にも農協でセクハラ騒動もあったっけ。血気盛んで精力も有り余っているというか、女性と見るとセックスの対象としか考えない程度の低い男性と一緒に仕事をするというのは、大変苦痛なことだ。「私は仕事をきちんとしてさえいえればいいのだ」とその女性は自分に言い聞かせて、日々セクハラの嵐の職場に通っていたそうだ。男性と一緒に仕事をする際に、セクハラのない職場って一体全体ありえるのだろうか。私の場合は、大変恵まれた職場環境にありセクハラということは一切考えずに業務・・すなわち企業としての利益追求にまい進することが出来た。その理由を今考えてみるに上司の方々がお年をとっていらして人生経験も豊富であり紳士的であったこと。それに・・・みんな糖尿病で治療中というセクハラするには障害ともいうべき事由があったこと。ふざけた発想だとは思うし、セクハラで悩んでいる方に対しては申し訳ないけれども上司が年寄りで糖尿病・・・だけど仕事には打ち込んでいる実際問題若い女性がのびのび働ける職場環境って結局こんなところではないのだろうか。セクハラ問題に厳しい一流企業ならいざしらず。
November 26, 2007
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何歳だからこうすべき・・・もう年なんだから・・・という固定的な考えはとってないつもりだった。でも年相応の落ち着きというものも人間にとって必要なものだとつくづく感じた。経験を重ねるごとに何かを得て何かを失う。対外的に言っていいことと悪いことをわきまえる。それは自分の損得勘定のみならず静けさを保つということが自他共に心地よいということが分かってくるからだ。だから・・・何だあれは・・・と思ってしまった。小朝とその妻の記者会見。昔歌手だったらしいけど今更この人の歌なんて本気で聞きたい人が世間にどれほどいるだろうか。芸能一家のコネで色々と仕事が舞い込むのだろうけどイカれた応対を見ると、人間甘やかされたままで年をとるとああなってしまうのだと自戒の念をこめながら何だか胸が悪くなってくるのだ。心身共に鍛えられながら、年をとることの素晴らしさを再認識させられた。
November 14, 2007
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アラジンの魔法のランプではありませんがもし願いをかなえてくれるものであるならばひとつだけ欲しいものがある。めくるめくような恋?NO とんでもない。恋は錯覚。人間は知れば知るほど嫌いになるのが大方。勿論恋することはいいことだけど・・・どうしてもというものではない。大金を手にしたい?NO お金はとりあえず自分が生活できて旅行が出来ればもう十分。ブランド物には興味がありません。野良猫の世話が出来るくらいの余裕があればいいです。じゃあ 何?って聞かれれば体質。それもギャル曽根ちゃんの体質。まったくこっちは、大福一個二個食べ過ぎれば翌日の体重計には1kgドーンと反映されてて、その針はよほど節制しない限り上にいったまんま。なのに・・・あの子はあんだけ食べてあの細さ。テレビを見るたびにあの子の細い肩とにの腕を我が身と比べて、深い厭世的なため息をつく。ハーッ。神様なんか信じちゃいないし、世の中は不公平なものと理解してはいるものの、どうしてこうもアンフェアな不条理があるものかと思ってしまう。だから願いがかなうならあの体質が欲しい。そしたら・・・今まで遠慮しいしい食べてた大好きな物を思いっきり食べまくってやるーーー。とこれって女性の品格としては最低ってことでしょうか。
November 7, 2007
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