2010年10月22日
XML
カテゴリ: 萩市周辺観光情報

 萩藩の大組士佐世彦七の長男として天保5年(1834)に生まれ、安政4年24歳の時に松下村塾へ入門しました。戊辰戦争で北越官軍参謀を務め、越後府判事を経て参議に進み、ついで明治2年(1869)に大村益次郎のあとを受けて兵部大輔となりました。越後府判事時代には信濃川の治水工事をはじめ、困窮農民の年貢を半減するなど民生に手腕を発揮しましたが、新政府の木戸孝允、大久保利通らとは意見が合わず、明治3年に辞職し帰郷しました。全国的に維新の改革により士族たちの不満が渦巻いていましたが、明治維新の主流派雄藩であった萩藩でも士族の不満は高まっていました。明治9年の秩禄廃止により士族の不平不満は爆発し、同年10月熊本の敬神党、福岡の秋月党が相次いで挙兵しました。これに呼応して明倫館を本営として挙兵するが、失敗し、悲運の最期を遂げました。旧宅は当時のままで現存され、墓は近くの弘法寺にありました。大正5年(1916)従四位を贈られました。


白木屋グランドホテルから車で50分の前原一誠旧宅を御覧に是非お越し下さいませ。

楽天トラベル白木屋グランドホテルへ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010年10月22日 16時27分34秒
[萩市周辺観光情報] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: