2012年03月31日
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平家一門之墓


 赤間神宮境内の南奥に、前後2列にならんだ14基の塚と、その後ろに無数の五輪塔があります。
 名前の彫られた石板状の塚は、板碑(いたび)と呼ばれる供養塔で、彫られた文字などから、1600年頃に建てられたものだと考えられています。
 この中には、壇之浦で死んでいない者もいるため、これは本当の墓ではなく、紅石山(べにしやま 赤間神宮の背後の山)に散在していた五輪塔を集め、板碑を立て供養したものと思われます。
 拝殿に向かって左手の水難供養塔の奥には、平家一門を祀った社七盛宮もひっそりと建っています。


 この七盛塚には、ある言い伝えが残っています。

 江戸時代の天明年間(1781~89)のある年、関門海峡に嵐が続いて、九州に渡る船や漁船の遭難が相次ぎ、商人や漁師たちは大変困っていました。
 そんなある夜、漁師たちは荒れ狂う暗い海に、泣き叫ぶ男女の声を聞きました。
 漁師たちは恐る恐る闇をすかして見ると、そこには成仏できずにさ迷っている、たくさんの平家の武者と官女たちの亡霊の姿がありました。

 すると翌日から、嵐は嘘のようにおさまったといわれています。


白木屋グランドホテルから車で75分の平家一門之墓を御覧に是非お越し下さいませ。

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最終更新日  2012年03月31日 18時58分30秒
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