2012年05月29日
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カテゴリ: 萩市周辺観光情報
久坂玄瑞誕生地(くさかげんずい)


 萩藩医久坂良廸の二男として天保11年(1840)に生まれ、九州諸国を遊歴の後、安政3年17歳で吉田松陰の門下生となる。翌年、松陰の妹文と結婚し、松下村塾の教育を補佐した。安政5年には京都、江戸に遊学し、尊皇攘夷運動に力を注いだ。文久2年(1862)に公武合体開国論者の長井雅楽暗殺を計画し、また品川御殿山のイギリス公使館を焼き討ちするなど急進派の雄として成長した。文久3年の政変により萩藩尊皇攘夷派は活動拠点であった京都から追放され、三条実美ら尊皇攘夷派公卿は長州に亡命した。世にいう「七卿都落ち」である。京都における政治勢力の回復に努めたが功なく、元治元年(1864)6月に武力入京し、7月18日に禁門の変で戦端が開かれた。翌19日に参戦したが、流弾を受け負傷し、鷹司邸内で自刃した。現在、久坂玄瑞誕生地と記した石碑が建っている。また、この一画に三条実美による玄瑞追悼の和歌と玄瑞遺詠を刻んだ石碑が立ち並んでいる。


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最終更新日  2012年05月29日 18時55分11秒
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