2012年09月30日
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経蔵(きょうぞう)跡


 経蔵とはお寺のお経を収納する蔵のことです。
 大寧寺は陶晴賢に攻められた大内義隆が自刃した場所です。その自刃を心安らかに執り行う環境を整え介錯をした忠臣冷泉隆豊(れいぜい たかとよ)は障子などを遺体の上にかぶせ、火を放って燃え尽きるのを見守り自分の腹から流血した腸をつかみ出し、敵に投げつけたという武将です。その冷泉隆豊が最後まで戦った場所が経蔵跡です。


冷泉隆豊(れいぜい たかとよ 1513~1551)

 重臣陶晴賢に裏切られた大内義隆は、山口を追われ大寧寺にたどりつきました。自己の命、運尽き果てたことを悟った義隆は、死の準備をしました。人々は、寺から出された湯漬けを食べながら感概にふけったが、中でも冷泉隆豊は、なまぬるい義隆に業をにやして去っていく者の多いうちでひたすら忠節をまもり、大内家のために身命を賭してきただけに思いは深く、涙ぐみさえしていました。
 まもなく門前にときの声があがり、敵が押し寄せてきました。
隆豊は弓を手に取り門の前に立ちはだかり
「今、お屋形は腹を召される。ここから一歩でも入るものがあれば容赦はせぬぞ!」
と大声で叫んだ。しかし、陶の中にも立派な人がいました。

「仰せのおもむきかしこまりました。拙者指図してご自害までは一人も中には入れませぬ」
といったという。
隆豊は義隆を自害させ、介錯した後、障子などを遺体の上にかぶせ、火を放って燃え尽きるのを見守った。
武士たちは経蔵にこもって寄せてくる敵を射って射って射殺したあと、自害しました。
しかし、この隆豊はなんと自分の腹から流血した腸をつかみ出し、敵に投げつけたといいます。

見よや立つ煙も雲も半天(なかぞら)に
    さそいし風の音も残らず
(隆豊、辞世)


白木屋グランドホテルから車で3分の経蔵跡を御覧に是非お越し下さいませ。

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最終更新日  2012年09月30日 12時02分21秒
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