2012年12月17日
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床屋発祥之地記念碑


 鎌倉時代後半、亀山天皇(1259-1274)の頃、京都御所守護職の「北小路藤原基晴」は宝刀紛失の責任を取り、探索のため三男の「藤原妥女之亮政之(ウネメノスケマサユキ)」を連れて、下関の地におリてまいりました。当時は蒙古襲来で風雲急を告げていた頃でしたので鎌倉幕府は鎮西・長門の海岸に大軍を配置していました。そのため下関一帯にも多くの武士が溢れておりました。探索を続けていた基晴親子は、その頃、下関で高い収入を上げていた髪結職の新羅人(韓国)から髪結いの技術を学び、現在の亀山ハ幡宮の裏「中之町」で生計を立てることにしました。
 店の床の間には、以前仕えていた亀山天皇と藤原家先祖を祀る立派な祭壇があったので、人々はいつとはなしに「床の間のある店」→「床場」→「床屋」という屋号で呼ぶようになり、床屋という呼名は下関で生まれ、全国に広まっていきました。


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最終更新日  2012年12月17日 18時06分32秒
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