2013年06月26日
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夏みかん原樹


 日本の夏みかんの原樹といわれる木で、1927年(昭和2年)に国から天然記念物に指定されています。安永年間(1772~80)に、西本チョウという女性が浜に流れ着いた種子を持ち帰り植えたと伝えられ、今も西本家の庭で秋~冬に黄金色の実を付けています。


 付近には、夏蜜柑古木が数本あります。大日比には浄土宗の名刹西円寺があり、古くより萩から侍や町人がしばしば参拝していました。
 萩へ最初に夏みかんの実や苗をもたらしたのは、文化の初年(1804)頃、江向の楢崎十郎兵衛が大日比の友人から贈られた数個の果実から得た種子を蒔いたのが始まりではないかと言われています。
 その後、明治9年(1876)、小幡高政が、禄を失って困窮していた士族救済の為に、士族授産結社「耐久社」を結成して夏みかんの増殖普及を図り、空いた武家屋敷の庭などを利用してこれを育てたことにより萩に夏みかんが多く栽培されるようになりました。最初人々は半信半疑だったようですが、高政の熱心さにその勧めに従い、年とともに栽植する者が増加し、明治10年代には萩の町はほとんど夏みかんで埋まったといわれています。
 明治23年(1890)には、小幡高政が住んでいた屋敷の庭に、夏みかん栽培発祥の地であることを伝える石碑「橙園之記」が建てられました。屋敷は大正時代後半から、後に総理大臣を務める田中義一の所有となり、現在は「旧田中別邸」として一般公開され、また、隣接地にはかんきつ公園が整備されています。


夏みかん

 夏みかんは、正しく和名で呼べば「ナツダイダイ」であり当初は橙(ダイダイ)、または夏橙(ナツダイダイ)と呼んでいましたが、商品名として夏みかんと命名されています。


伊予柑(イヨカン)


当時は穴門ミカンと称してました。その後産地が定着し伊予ミカンと改称されました。


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最終更新日  2013年06月26日 23時24分48秒
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