1

昨日、2年日記の左側を見たらああ~そうか去年の今日、6年ぶりに長安鎮を訪ねていたのでした。先ずは香港で支付宝(Ali Pay)を使おうとトライすると不可。うん、やっぱりわからん で、それでも羅湖着懐かしい場所を味わって、さてと長安行きのバスを探すもあれ? 無い。そして、バス始発場所を探すも、わからないので(中に入れなくなっていた)チケット売り場を探すと、そこには虎ノ門、長安と有ったのでパスポートを提示して長安を告げると45元とのことで、あら、運賃は変わってないな~とバックの安全確認後中に入る。喉が渇いていたので、お茶を購入し(現金で)乗る場所がわからないので、長安の乗り場所はどこ?と聞いて、NO8とのことでその場所を確認して一安心しその場所にて待つ。うん?マイクロバス。8名くらい定員のミニバス。そして、本当に懐かしい長安鎮に、高速からの出口で、以前は右折れでバス停に向かうはずが、右折れ?そして、ここどこ?ホテル着まあ~それでも方向はわかったので、TAXIを探す。うん?いない。代わりに呼び込みバイクに乗車してああ~ホテル名は変わっていたが、常宿ホテルに到着。この日の夕食は何を食べたか、おぼえていない。多分、近場のオールマートで何か買ってきて部屋で食べたのでした。こうして、思い出してみると、あの日がまざまざとだね。そう、昨年の今日でした。ありがとう!お休みなさい。晩安SAM
2026.05.14
閲覧総数 12
2

でした。誤記多いよねえ~以前右折れが左へ曲がり、知らないホテル着でした。次の日わかったのですが、長安鎮にTAXIは希薄になっていました。そして、北バス停車場は閉鎖されていてだから、以前の大型バスは行き来していませんでした。誤記、ごめんなさい。6年という時間を知った昨年の今日でした。再度、おやすみなさい。SAM
2026.05.14
閲覧総数 5
3

このブログを読み返してみました。そう、そんな時代を生きていた。でね、へえ~と思ったのは、この時期でSAMはもう、アメさんは落ち目逆に、これからは中国なんだと発信しています。今から約10年前にそんなことを発信しています。なぜなら、其のころ中国の変化、発展は目覚ましくこの勢いでいったらふ~んそのうちアメさんと肩をならべるな~と何となく思っていたのでしょうか?案の定世界2位のGNPかな?になり呆気なく日本を追い越しました。原因はたぶん、マンパワーでしょうね。13億の民がその国なったら、1億の日本と2億のアメリカじゃ敵いませんよね。そして、この国はその労働者不足を補うために入国監理法とか、訳の分からん法を適当な時間を費やして強行採決です。何でも、この方法で訳の分からん法律が施行されていく。こりゃ、駄目だと思うよ。何が・・・そのうちわかると思う。2009年から、2018年12月19日でした。お休みなさい。SAM
2018.12.19
閲覧総数 10
4

1.生きる2、旅をする3、読書をする。4、スポーツをする。5、そして、・・・5つも出てきました。1、OK なぜならこれかいているからね~2、OK 沖縄と中国に行ってきました。少ないな~3、OK 一切なりゆき:樹木希林さん 自分の始末:曽野綾子さん ほかETC4、OK 月2の目的は 月1.5かなあ5、中国の友達が6月と10月に日本に来てくれました。 お一人は陳さんという方で何と20名くらいの方を引率して来たのには驚きました。 20年ぶりにお会いしました。沙井というところの東宝精密という会社での友です。 お二人目は上海のAKSという会社で知り合った 李さんと強さん 2010年から2011年にいたので約10年ぶりに会いました。 当然、懐かしかったし、その当時の話題で一時を過ごしました。 今年、来てくださいと言われたので、考えてはいるのですが、上海は・・・なんです。 思い出が多すぎるので、余り行きたくないのよね? まあ~考えようと思っていますが、同じ時期いた通訳の方が深センにいて おじさんとなら会ってもいいよ って言われているので、さてどっちにしようか 思案中 どうでもいいね。と2020年も相変わらずくだらないことをだらだら書くかもしれないけどお付き合い願うと幸いに存じます。SAM でした。
2020.01.02
閲覧総数 24
5

アップルTVっていうので見れますが、長い! 10話もあるから・・・なんだそれ、ですよね。はい、この後その10話を見ようと思ってるので、なんとなく、書いた。TVでは世界遺産&杏inヴェネツィアをやっています。こういうのを見るといいって見たいな~とか思いますね。単純なので・・・ところで、体力って何だ眠れたら眠るためにも体力が必要らしいので、体力が有るとか言われますが、当然だけど、体力と健康は別物だよね。お食い初めで胃腸を壊し入院、で点滴生活で、最後は畳の上で死を迎えさせようと担当医師に言われて、社宅の自宅に戻る。で、生命力というか、運命というか、その当時有った井戸端会議奥様方が洗い物など炊事の準備をする溜り場。そこで、おふくろは、ダメもとであの医院を行ってみればと言われて、藁をつかむ気持ちだったのでしょう。母は出かけて、その医師に言われたらしい。 食べさせなさい。胃腸病で点滴でやせ細ったSAMに与えたらしい食べ物。なんでも喜んで食べたとのこと。体力がないんだから、生物の本能だったのでしょう。両親にしたら半分あきらめて自宅に引き取ってきたから、食べさせなさい。を素直に聞いて、取り組んだのでしょうか?そんなSAMがもうじき、数え78歳だから人生はわからない。よくよく運を持って生きてきたな~とつくづく思っている。その後、すくすくと育ったかどうかわからないけど、喜寿だから人生はわからない。うん、例によって、ラストフロンティアとは何の関係もない話になっている。SAM
2025.12.27
閲覧総数 39