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昨日、記憶にある限りでは初めて、雷に震えていた。小さい頃から雷は、どちらかというと興奮して、きゃーきゃー楽しむタイプだったのに。ガイアが怒っている。そう直感的に思ったんだ。環境問題に目を向けるのはしんどい。大学3年までは、当たり前のこととして、環境、平和、国際協力に目が向いていた。自分が平和を創る。その思いは、不思議なほど、驚くほどに、自分の真ん中に息づいていた。国際協力団体での活動で、カンボジアの孤児に会いに行ったとき、私は自分が愛情を欲して怖がっている小さな女の子であることを、孤児たちに教えられた。それから後は自分のココロに目を向けだした。そうして、教育、心理へと興味は移り、卒業してからはず~~っと自分のココロと対話するのに精一杯だった。昨日、それが転機を迎えた気がする。ガイアが怒っている。ガイアがバランスを崩している。ガイアが、滅びようとしている。。。ガイア理論を発表したジェームズラブロックは、40年間のうちに、人口が激減すると言っている。その数を聞くと、それまでどっかで、「まぁ私は生き残るんちゃうかな~」なんて思っていたのもふっとんだ。あぁ、人類おわっちゃうね。大変だね。そんな数字をつきつけられても、私はまるで他人事のように反応した。そんな自分にがっかりもした。なんて冷たく、無関心な人間になったのだと。でも、昨日わかった。私はめちゃくちゃ怖かったんだ。これからどんな世界が来るか予想してごらんよ。食料不足、飢餓、貧困。環境破壊に病気。争い、そして戦争。人が、人を憎み、お互いに食料を、健康を、そして、いのちを、奪い合う。あまりにも大きな問題を突きつけられて、とても直視できない。いっそ「わたし、見えません。死ぬ直前には後悔するかもね。でも、そのときにはもう、死ぬだけだし。」なんて思っている方が、よっぽどらくだ。自分に正直に、命に誠実に生きるのは、めちゃくちゃ大変だなって思う。ホンキで環境を考えて生きている人たちは、今まで自分の同士であるはず人間達を、憎まずにここまでやってこれただろうか。人々は、文明は、脅威ではなかったろうか。1人で、絶望と戦っていたのではないだろうか。私に何が出来るだろう。環境を、もはや横にやることはできない。「僕らに何が出来るんだろう。」コーチ仲間がくれた言葉を、新しい視点で見てみる。もう、ただ泣いているわけにはいかない。
2006.12.27
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世の中ではノロウィルスっつーものが幅をきかせているらしいが、テレビも新聞も見ない私は全くの無頓着。仕事帰りの電車の中、隣の人の新聞の4コマ漫画を覗き見。ノロに侵されるネタを見て、へ~、流行ってるんやぁ、大変やねぇ。なんて完全に他人事のどこ吹く風。その15分後のことだった。突然のめまいに激しい吐き気。マジ倒れそう。我慢出来ずにしゃがみこみ、ひたすら次の駅に停まるのを待つ。こんな時には急行が憎い。いつまでもいつまでも停まらない。そして誰も声をかけてもくれない。首に脂汗をびっしりかきながら、とにかく最悪の事態を回避することに全神経を集中させつつ、「誰も気付かない方がいいさ…ほっといてくれ…ただ、酔っ払いでヘタレてるだらしないヤツと思ってくれるなよ…」なんてチラホラと浮かべていた思いも暗闇に消えかけた時…「大丈夫ですか?」ちょっと離れたとこにいた女性が、腕に優しく手を当てて顔を覗き込んでくれた。「はい、大丈夫です。」「降りた方がいいですよ。歩けます?」「ありがとう。歩けます。」やっと停まった電車から降りて、冷たい空気を肺に絞り込む。最悪の事態はなんとか回避。。。しかし、ここから家の最寄り駅までは後30分以上の満員電車。失神しそうだ。いっそさせてくれ…。そんなこんなで数駅進んでは降りて休んで、なんとか家に着いて倒れ込む。そのまま1日の間に8度9分まで急上昇、夜には平熱まで急下降。ジェットコースターなみだ。ベッドで目を回しながらも、何度も電車で声をかけてくれた女性を思い出していた。見て欲しくないってほっといて欲しいって思ってたのにな嬉しかったなぁ…何度も何度も繰り返し噛み締めた小さな思い遣り「大丈夫ですか?」 今度は私が誰かにかけてあげよう。
2006.12.21
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私が大学のときに所属していた国際協力団体「風の会」東京の毎年恒例のチャリティーコンサートが今年も行われます。栄えある第一回目の企画をリードしたのは、私が大学2年生のとき。300人のホール満席にして、60万の収益でカンボジアの子供達に英語教育のチャンスを提供できました。自分で言うのもなんやけど、よ~がんばったよ~、ホンマ。プロのピアニストに企画持ってったり、スーツ着て大手企業にスポンサーなってもらうようかけあったり、それこそ今の私よりずっと社会人らしかったなぁ(苦笑)それこそマニュアルも前例も、何もないところから作ったからしんどいこともたくさんあったけど、1年間にわたってあれだけ真剣に物事に取り組んだのは後にも先にもないかもしれない。そして苦労した分だけ、仲間たちの大切さ、協力してくれる人のありがたさ、集客の難しさと、来てくれたお客様への溢れるほどの感謝の気持ち。。。心のそこから、100%「おかげさま」って思えたのは、感動的だった。自分が頑張れば頑張っただけ、ありがとうって思えるんだよね。そしてその熱意が、後輩達に受け継がれているのが、また嬉しいもので。明日はどんなコンサートを見せてくれるのやら(^^興味ある方は一緒に行きましょう♪詳細はコチラ↓(以下HPより転載)★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆毎年好評をいただいている風の会 東京主催のチャリティーコンサートを今年も開催致します。今回出演していただくのは、様々な音楽で観客を魅了し、プロデューサーとしても活躍中のハシケン。そして昨年度も風の会のコンサートに出演し、会場を熱気の渦に包み込んでくださった沖縄出身のアーティスト、南ぬ風人まーちゃんです。 音楽活動と国際協力活動ということで、アーティストの方々と風の会とでは、活動の形は違いますが、子どもたちの未来や笑顔を支える風の会の理念に共感していただき、今回のコンサートに出演していただくことになりました。 2組のアーティストの方に出演していただき、広いジャンルのすばらしい音楽で、皆様に楽しんでいただけるコンサートにしていこうと思います。 はたして、どのようなものになるのか、皆様こうご期待ください!※なお、このコンサートの収益金は、子どもたちへの教育・生活支援事業の運営費用として 役立たせていただきます。 【日時】 : 12月16日(土) 開場 17:00 開演 17:30 【場所】 : カメリアプラザ(江東区亀戸文化センター)カメリアホール 【交通】 : JR総武線「亀戸駅」 下車 徒歩2分 【出演者】 : ハシケン 95年のデビュー以来5枚のアルバム、2枚のシングル、ミニアルバム2枚を発表。独特のボーカルスタイルと楽曲には定評がある。元ちとせ、 我那覇美奈、NUUなどに楽曲を提供。「花キューピット」「カゴメ」 「ブルボン」などのCM音楽も手がけている。最近ではNHK「みんなのうた」05年2・3月度楽曲「空へ」の作詞を手がけた。プロデューサーとしても活動中。 南ぬ風人まーちゃん (ぱいぬかじぴとぅまーちゃん)(唄・三線) 『風人』(かじぴとぅ)という理念のもと、全国でライブ活動を展開。自然と共に生きていこうというオリジナル曲や沖縄の島唄を唄う。だれもが、自由に唄ったり踊ったり楽しむことのできる"もーあしびー的"ライブにこだわり、 子供から大人まで幅広く楽しめるステージを繰り広げている。 【チケット】好評販売中 : 全席自由前売り 高校生以下:¥1500 大学生:¥1800 一般:¥2000当日券 一律:¥2500 【ご購入方法】受付 12月15日まで ※チケットの発行は満席となり次第終了させていただきます。 予めご了承ください。 1.下記の申込先に、お名前・お電話番号をお伝えください。2.確認メールをお送りします。 3.当日、受け付けでお名前をお伝えいただければ、前売り券価格でチケ ットをご購入いただけます。 【問い合わせ】 : 090-9317-9227(尾山裕緒) /kazauta@kazenokai.com 【後援】(敬称略) : 早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター WAVOC在日カンボジア王国大使館 国際協力NGOセンター(JANIC)朝日新聞厚生文化事業団毎日新聞社会事業団
2006.12.15
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昨日、CTIの忘年会があった。私に「自分本来のあり方」と「コーアクティブに生きる」ことを教えてくれたコーチたちの集まり。そんな素敵な人たち大勢に出会える。とってもいい場になると、ずっと楽しみにしていた。だのに、私は本番前日からやけに緊張していた。今回はコーアクティブゴスベル隊として、歌の出し物があったのだけど、前日の練習も、やたらとハイテンション。何が起きているのか自分でも不思議だった。忘年会で受付嬢をしながら、たくさんの懐かしい顔、会いたかった顔に出会って、うれしくなった。特にCTI最初のクラスを担当してくれたリーダーを見たときには、ありありと去年の自分が思い出され、感謝がいっぱいあふれていた。だけど、やっぱり、緊張している。目の前に並べられたご馳走にまったく手がつかない。お酒も飲めない。だけどハイテンション。会が終わるときには、主催してくれた人たちへの感謝の気持ちと同時に、不必要に元気な自分でいたことの違和感を抱いて帰った。一夜あけて、わかったことがある。どうやら、私は怖かったらしい。コーチ達とはいえ、参加者の半分は知らない人。そして私は年齢・ステイタス・文化的にマイノリティであると、無意識に感じていたみたい。年齢も立場も関係なく、対等でありたい、オープンでありたい。初対面でも、はだかの自分でいたい。その想いが、恐怖心を受け入れることができず、私のテンションを必死にあげさせていたみたい。まったく私の勝手な投影なのだけど、ミドル~アッパークラス率の高いコーチ達に「若さ」や「アメリカ式」を攻められ、潰されてしまう恐怖感を感じていたんだねぇ。。。「子どもにとって大人は7倍の大きさに見えることを自覚して子供と付き合ってね。」ある人から何度も受けてきた注意をフと思い出した。肉体的・年齢的・経済的・社会的、あらゆる面で弱い立場に置かれている人(本来はとても強い人たち)の声は、丁寧に丁寧に拾わないといけない。注意を払わないと、当人が意識的にも無意識的にも気持ちを閉じこめて発言しない(できない)のだから。自分の中に在る抑圧におびえている気持ちに気づいて、逆に自分が強い立場にある時の関係性を反省してみる。は~。とりあえず自分の中にある恐怖心に「大丈夫だよ」と伝えて、ナチュラルに相手を思いやりながら対話する自分に磨きをかけたい。ある時から殻を破るために横にやっていた敬語っちゅーやつを復活させるかな。
2006.12.14
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2007年をどんな年にしたいか。こんなテーマでコーチとセッションした。このコーチと、今年の3月くらいに、未来の自分を描いた。その時は、やりたいことにチャレンジすることを、極端に嫌がっていた私。それが今や、「やりたい」と思ったときに、ぽんっと始めることが出来るようになっている。「えぇ感じに遊べるようになってるよな~~」と、しみじみ(^^もうこれだけで、今の人生満足☆って思ってはいるのだが、100%言い切れていない自分がいる。なんだろう、と、コーチと探ってみる。出てきたキーワードは「一人前になる」今までは自分に足りないものを感じていて、どっかで追い立てられるようにがむしゃらにやってきた。今は「足りなさ」はない。だけど、「甘え」がある。しんどいときには、肩を貸してほしいと甘えていい。頼っていい。でも、出来ること・出来るときにも、周りに甘えているよね。自分でできる事は、自分でやる。こんなあったりまえのことだけど、なおざりにしてきたよね。お金仕事コーチング に ワークショップ。自分でできる分、自分でやる。それが来年に完了させること。2007年は、子どもを完了させる年。そして2008年は、一人立ちして、与える側に回るんだ。子どもの純粋さと遊び心と好奇心はもったまま、大人になるんだ。大人になる歳って、自分で決めるもんなんだろうなぁ。そんなことがフと頭に浮かんだ。
2006.12.13
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こないだ初めて女性専用車両っつーやつに乗った。大勢の女の子の中にすっぽりと入るのは女子校だった中高ぶり。懐かしい感覚だった。小学校のときは男の子に混じって野球するような女子だった。幼稚園の時にはピンクのひらひらの服を着て、「オレさぁ!」なんていいながら木登りをする女児だった(らしい)最近になってフと女の子っぽいかっこうをするようになった。パンプスなんて買ったのも初めてだ。(でも痛くて挫折しそう、苦笑)制服がスカートであろうとも必ず中に短パンをはいて、かたくなに「女の子の服装」に反発していた私に、何が起こったのだろう。いや、そもそも、なんでそんなにかたくなだったのか、以前の自分に好奇心が湧く。何に反対してたんやろう。何を守ろうとしてたんやろう。ちなみにこの女性専用車両、時間の都合で途中から男性も使えるようになった。「ただいまから女性専用車両でなくなります。どうぞご了承ください。」という度重なるアナウンスはあれど、男一人も乗ってこない。ビシーっと女性に埋め尽くされた車両に一人で乗ってくる勇気あるやちゃそりゃいないっしょ~(^^;
2006.12.11
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おととい、無事にワークショップを終えた。有料でやりだしてから2回目。今回も素晴らしいパートナーと参加者に恵まれ、ホンマにありがたいことである。「はたらく」を切口にしたワークショップはずっとやりたいと思っていたこと。自分の信じる生き方と、いつからか持っていたビジネスパーソンのイメージがどうしても一致せず、高校の頃からどんな仕事をするかがいつもひっかかっていた。大学の時に国際協力をボランティアでしながら、助け合い愛し合う社会を訴えていても、時々「まぁ学生だから出来るし言える。社会は違う」と否定されたこともある。今思えばいち個人の意見として受け取ればいいんだけど、そのときは社会全てに否定されたような気がしたんだよな。うーん、極端というか繊細というか・・。そんな社会人に反発してか大学卒業してプータロー。どんな言葉も想いも軽く扱われたりもする時期があった。今まで積み上げてきた経験と価値観を「井の中の蛙」と一蹴された時には、ホンマに悲しかったなぁ。「社会に出たての人は、一回それまでの価値観を全部壊してやらないといけないからな。」そんなして否定されることに隷属させるようなことも言われた。卒業後の半年は、本当に自信を奪われる日々だった。自信をなくしてしまった、社会経験の浅い若干23歳の私の声を、コーチ達は本気で聞いてくれた。信じてくれた。それにどれだけ救われたか。誰かが私を信じてくれたから、私も自分を信じれる。自分の本音と向き合って進んで来たから、自分がどこに行きたいか知っている。この大海原に漕ぎ出していくためにはそれだけでいいのである。そんな「自己信頼」を届けるワークショップにしたかった。今までもらってきた愛情と信頼を、少しでも還せたかな。そうだったら、これ以上のことはないのである。
2006.12.06
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ずーっとずーっとやりたかった、「はたらく」を切り口にしたワークショップ。今日の13時開始です。やる準備はやったので、あとはその場で起こることに「YES,and・・・」でついていくのみ!その場にいる自分の『あり方』のイメージ、1週間前は「大仏」だったのだけど、今は一介の村人となった。「みさ」としてその場にいればいい。さ~って、いっちょ遊んできまっか~~(^^
2006.12.03
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春に買った革靴が、すっかりへたってしまった。単にズボラというわけではなく、「手入れの仕方がわからない」ことが、革靴に優しくさせてくれない。何とかせねばと、手入れ方法は何度も人に聞いている。「靴墨をこうしてクリームをあぁして…」手順はわかるんだけど、その度に出てくる感覚は、「ホントに…?」。それで何が変わるの?何でそれが必要なの?私の完璧主義が、「仕組みに納得しないと行動に移さない!」と意地でも動いてくれない。厄介なヤツだ。そうして日々靴は傷を重くしていた。「まぁいいよ…ダメになったら新しいの買うし…」逆にさっさとダメになればいいとさえ、心のどっかで願ってた。ある日とても綺麗な靴をはいている人に会った。彼は靴がかわいくて仕方ないと満面の笑みで手入れについて教えてくれた。方法は今まで聞いたことと同じさ。だのに、私はその日のうちに靴墨を買ったんだ。私がほしかったのは、手入れのマニュアルじゃなかったんだ。Do you love it?May I love it?愛し方を示して欲しかったんだな。大事にされて育った人間は人を大事にすることを覚える。そんな言葉を思い出した。さぁ、ぴかぴかの靴でどこに出かけるかな。
2006.12.02
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