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2012.07.29
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カテゴリ: 韓国・北朝鮮
皆さま。ごきげんよう!!
ロンドンオリンピックはじまりましたね。
日本の選手達にエールを送ろう!!重量挙げ三宅選手。やったね。銀メダル!!
柔道、福見選手。胸を張って日本へ帰ってきてほしい。まだまだ、これからですよ。
柔道の軽量級は、男女ともそれまでの選手があまりにも偉大な人たちだったから・・・
難しい階級になっちゃいましたね。それでもアンダー60kgの平岡選手。見事な銀メダルです。
それにしても日本との時差が約8時間だから・・・リアルタイムで見ようと思ったら・・・寝不足になってしまいます。トホホホ。

こういうとき、公務をやっているシックたちは、寝不足OK.おそらく、昼間の仕事を気にせず・・・ある意味、うらやましい。おっと・・・何を書いてんだか~。全く関係ない事、書いちゃった。反省。反省。

さて、韓国ネタで、面白い(?)記事がありましたので、コピペして残して置きますよ。








我が国には「いとこが土地を買えば腹が痛い。」ということわざがある。このことわざの意味は私が知るところでは、隣人がうまくやると気分が悪くなるということだ。このことわざに我が国の人々の性格を覗き見るようで苦々しい。

ある者はこのことわざは本来、良い意味で使われたと主張する。いとこが土地を買ったのでお祝いしなければならないが、何もないので腹でも痛くして下痢でもして肥料を与えるという良い意図を現わす言葉だった。ところが日帝強制支配期に日本はこのことわざを正反対の意味に変えた。

隣がうまくいくのを見ていられない心があるという意味になった。私たちにはそんな欲張りな心がないにもかかわらず、日本がことわざの意味を変え、その後変質して現在まで使われていると主張する。しかし、日本が変えたことわざが今も使われる理由は我が国の人々の心理をよく反映しているからだ。もし、現代を生きる私たちに、そういう心理がなければ、いくら日本人たちがことわざの意味を変えても自ずと無くなったり本来の意味で使わる様になっただろう。

こういう猜疑や嫉妬心は本当に我が国の人々に特徴的なのだろうか。最近、EBSで機能性磁気共鳴撮影(f-MRI)を使ったおもしろい実験をした。韓国の主婦と米国の主婦にどんな状況で喜びを感じるのかカードゲームをさせた。カードゲームで米国の母親たちは自分が点数を取った時だけ喜びを感じる脳の補償システム(補償中枢)が活性化する反応を見せた。相手方の利益は何の関係もなかった。

反面、韓国の母親たちは自身が点数を取った時ではなく、相手より良い点数を出した時だけ補償脳が活性化した。我が国の母親は絶対的利益より相対的利益を喜んだ。自分がうまくいったら幸せになるのではなく、人よりうまくいった時に幸福を感じるのが韓国の母親だ。米国の母親は他人と比較するより自分の絶対的利益に満足する反応を見せた。

なぜ私たちは米国人と違って他人と比較し一喜一憂するのか。資源が制限され、その資源を望む人が多くて競争せざるを得ないからのようだ。我が国は米国に比べて狭い土地に貧弱な資源を持ち、密集した環境の中で生きている。それだけ競争することになる。米国人も競争をするが、米国には広い土地がある。ミシガン州で職が得られなければフロリダ州にある会社に願書を出すことができる。それもだめなら英国やオーストラリアなど他国へ移住できる。さもなければ、韓国にきて英語講師になれる。選択の幅が広いから米国人が韓国人より競争的ではないようだ。

我が国の社会は急激に変わった。6・25韓国動乱(朝鮮戦争)以後、廃虚になってしまった私たちは米国の援助なしでは生きられなかった。1960年代後半、小学生の時、筆者も米国から援助を受けたとうもろこしで作ったパンを無償で食べた。大部分の子供は貧しかったし、弁当のおかずに卵があれば他の人々の羨望をかった。

その後、現在まで我が国は本当に世界が驚く程、眩しく変わった。そのように変わる間に江南に住んでいた貧しい農民がベンツに乗るほど成金になった。境遇が似た同窓生がアパートを何度か売買すると数十億ウォン台の金持ちになっていた。日帝強制支配期から現代に到る私たちの社会は激しい変化を経験し、その間、似たような水準のまわりの人が人生の逆転するのを見て腹が痛くなる場合が多かった。このため、ことわざの意味が変わってずっと使われているのだ。

私たちは大きな変化の中で競争に遅れをとらないだろうか常に不安だ。今の機会を逃せば、永遠に落伍者になるようで不安になる。過度に競争的な社会に生きながら形成されたせっかちな性質のため、今日も私たちは緊張を緩めることができない。

http://img.seoul.co.kr/img/upload/2011/07/22/SSI_20110722182912_V.jpg
▲オ・ドンジェ精神健康医学科専門医


http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20120728026001






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最終更新日  2012.07.29 13:19:22
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