ふわもふな日々

2017.02.16
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最期の更新は、去年の暮れだったんですね。

自分のブログを見て、
あの頃は、二人で娘の部屋に遊びに行ったんだな、って
すごく懐かしく、その時間が愛おしく思います。

2月14日のバレンタインデー。
日付が変わってすぐ、午前1時半ちょっと前
ラムちゃんの体は、その役割を終えました。
きっと、バレンタインデーで愛の天使さんたちが人手が足りなくなって
ラムちゃんにお呼びがかかったのかも、


暮れから1月の半ばまで、
ラムちゃんは比較的落ち着いた状態が続き、
吐くことも少なく
本当に平和なお正月を迎えられました。

去年のクリスマス。一緒に過ごせてよかった ハート

最初、病気が発覚した時はもう
今すぐ手術なりしなければ死んでしまうみたいなことをお医者さんに言われ
その後も体調が悪い日が続いたので
一度は諦めたこともありました。
でも、別のお医者さんのご理解と、ご指導のおかげで
奇跡的に、私たちは3年以上も一緒にいられる時間をもらいました。



二度目の奇跡はないだろうな。
もう半年を望むのは、贅沢だよね。

そんなことを考えて、いつでもその時の覚悟をしていました。

でも、ラムちゃんは私が考えていたよりずっと強かった。

壊れてしまいそうなくらい吐き続けるラムちゃんの前で

ラムちゃんは吐いては回復し、また吐くの繰り返しでした。

とにかくバケツをひっくり返したように、大量の水分を吐くので
その度に病院からもらった点滴を繰り返しました。
でも、やがて点滴での回復も見込めない時がやってきました。

点滴しても吐きがおさまらない。
点滴した輸液の量と、その数時間後にラムちゃんが吐く水分の量。
それがぴったり同じ重さだとわかったとき、
私たちは、もう点滴はやめようと決めました。
ラムちゃんの体が、水分を出そう出そうとしているのです。
だから、水分が入ると吐く。
点滴はもはやラムちゃんを苦しめるだけでした。

もちろん、こんなことは獣医さんは認めないでしょう。
ネットで調べても、
「点滴で入れたものを吐くことはありえない」
としかありませんでした。
臨床的に実証できないとしても、
実際、私たちの目の前で起こっていることなので
信じてもらえないとしても、そうだったんです。
それは1月の終わり、丁度私の誕生日に分かったことでした。

脱水による体の衰弱、低体温の危険。
全部わかっていました。
それでも、がりがりに痩せ細ったラムちゃんにとって、
吐くことによる体力の消耗の方が
私たちにとっては可愛そうでした。

マックスで4.8キロ近くあったラムちゃんは、
最期は1.5キロくらいで、本当に小さくなりました。
ほんのちょっとしかご飯が食べられなくなっても
吐きは治まらず、筋肉がなくなった体で
ふらふらになりながらも、亡くなる前日の昼まで
自力でトイレに行きました。
最期の頃は本当に辛そうで、
顔つきはもう、まるで別の子のように険しくなっていました。

夜、もう立つことすらできなくなったラムちゃんの肉球は
悲しいくらい冷たくなっていました。
私は旦那さんと息子を起こして、
「ラムちゃんもう行っちゃうかもしれないから、
最期にお話ししておいて」
と頼みました。

旦那さんと息子がしばらくラムちゃんと話して
それぞれの寝室に行き、
私と二人きりになったとき、
それまでうつろな目で宙を見つめていたラムちゃんが
急に頭をあげて私を見つめ、
悲しいような、甘えたような、本当にかわいい子猫のような声で
くーん、くーんと鳴きました。

「ラムちゃん、どうしたの?」
と、私が問いかけた直後、小さな痙攣が始まりました。
私は一人でラムちゃんを看取ることがこわくて、
夜中に大声で、泣きながら何回も何回も旦那さんを呼びました。

私に頭を、旦那さんに体を抱きかかえられて、
ラムちゃんの痙攣は本当にすっと止まり、
同時に呼吸も止まりました。
その時間は、とても静かで短く感じました。

この2週間ほど、ラムちゃんは本当に見ていられないくらい辛そうで
私は何度神様に
「こんなに苦しんで病気と闘っているのだから
せめて死ぬときは、苦しまず、楽に逝かせてやってください」
と心の中でお願いしていたかわかりません。
普通なら、死なないで、とか、行かないで、とか言うんでしょうけど
「ラムちゃん、よく頑張ったね、偉かったね!」
私にはそれしかかける言葉がありませんでした。
ラムちゃんが最後に殆ど苦しまなかったのは
神様から頂いたご褒美だったと思います。


お医者さんは最後までラムちゃんをリンパ腫、
それも低グレードタイプのものだろうとおっしゃっていました。
私は動物医療に関しては素人だし、
ラムちゃんの担当のお医者さんは東大出の
動物救急医療センターに勤務した経歴のある方だから、
その人が言うのならそうなんだろうと信じて、
他の病気を疑うことはありませんでした。
そのリンパ腫の細胞検査を断ってからは、
お医者さんには対処療法しかしてもらえませんでした。

本当に最後の最後、ラムちゃんが苦しそうで見ていられなくて、
何かできることはないかとリンパ腫に関する情報を片っ端から調べ、
ラムちゃんの症状と照らし合わせると、どうも腑に落ちない。
何か違う気がする。
そして、リンパ腫と言われる前、
最初に疑っていた猫のIBDのことをもう一度調べてみました。

ラムちゃんの症状は全て、IBD末期そのものでした。
私が調べたIBDの知識を旦那さんに話すと、
「残酷な病気だよな」
と、やるせなさそうにぽつりとつぶやいていました。

お世話になった先生の責任を問うなんて気持ちは
本当にさらさらなくて、逆にここまで色々と力になっていただき
心から感謝しています。
でも、私がもうちょっと早くこのことに気が付いて、
IBDに詳しい獣医さんを探して診察を受けさせれば、
回復の見込みはないにせよ、緩和療法なり色々お願いして、
ラムちゃんをここまで苦しめることはなかったのかも。
そう思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

猫のIBDに関しては、こちらがわかりやすかったです。

私は人よりちょっと霊感が強いのか、
笑われるかもしれませんが自分の前世なんかもわかるので
ラムちゃんの体が限界に達し、なくなってしまったとしても
それは肉体だけの問題で、
ラムちゃんがいなくなってしまったわけではないことは
よくわかってます。

ただ、最後にラムちゃんが私に伝えようとしたことが
「さようなら」
だったのか、
「まだ一緒にいたいよ」
だったのか、
「死んじゃうのがこわい」
「苦しいよ」
あるいは
「今までありがとう」
だったのか。

気が動転してしまっていた私にはそこまで察する余裕がなくて
1人になるとあの時のラムちゃんのまなざしと声を思い出しては
悔やまれて悔やまれて、途方に暮れてしまいます。

火葬を終え、ラムちゃんは昨日すっかりもとの可愛い姿に戻って
我が家に帰ってきました。

これまでこのブログでラムちゃんのことを心配して下さった皆様、
本当にありがとうございました。
お陰様でラムちゃんは今、病の苦しみから解放され、
行きたい場所にごろんと横になって、好きなものをお腹いっぱい食べて
本当に好き勝手にくつろいでいるところだと思います。




つかの間、気持ちよさそうに寝ている時もありました。



最期は、すみっこばかり行きたがって私たちを困らせたね。
ピアノの椅子の下がねぐらになりました^_^;








写真ではあんまりわからないけど、実はガリガリだったね。
ま、今はもとのおデブちゃんに戻ってるんだろうけど。


今ここにラムちゃんの体があろうがなかろうが、
私はラムちゃんが大好きだよ~!!!


今、こうやってパソコンに向かっている最中も
「いつまでも遊んでんじゃないわよ~、
早く私たちのご飯の支度しなさいよ!」
と訴えるラムちゃんの冷たい視線を
背中にひしひしと感じる私です((+_+))



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Last updated  2017.02.16 17:49:59
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