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明日は、元夫の命日である。 離婚していなければ夫の命日と言えるのだけれど、残念ながら元夫なのである。 余命宣告を半年と言われながら、本人の凄まじい努力と生への執着とで一年と半年生き抜いた。 その生き様を、残していく元妻と娘たちにまざまざと見せつけて旅立った。 わたし達夫婦は、互いを人一倍理解し尊敬し合っていたと思う。 未だに彼以上の人に出遭ったことがない。わたしを、わたし自身より彼の方が理解していたから喧嘩にもならなかった。 そもそも、両親の諍いを嫌というほど見て来た青春時代だったから、それが子供に与える悪影響が分かるから、わたし達は絶対に喧嘩をしなかった。いつも夫婦でじゃれあって、娘たちと夫を取りあっていた。 彼はよく言ったものである。 「よその奥さんは、旦那のことを大きなこどもみたいと言うけれど、我が家はその逆だな。娘が三人いるみたいだよ」と鼻の下を長く伸ばしていた。 その言葉を耳にしながら、わたしはとっても幸せだった。 「君は何年経っても、新婚さんみたいに変わらないね。やっぱり俺が惚れた女だよ」と笑った顔を今でも忘れない。 夫婦が、家族が幸せになるための努力は怠らなかったし、この幸せは一生続くんだと、どこか自分で決めつけていた。 16回目の結婚記念日には、二人で箱根に行ったっけ。 宿泊先のホテルのバー(というよりバンケットホールだった)で、よくわたしに歌ってくれた『あなたのブルース』を熱唱した。 「今日は結婚記念日です。愛する妻に贈りたいと思います」と冒頭で記念日を暴露し、歌い終わった後、他のお客さんから浴びた拍手喝采も忘れられない思い出である。 歌がとっても上手かった彼は、どこで歌っても拍手喝采を浴びるのだった。そんなことがわたしは誇らしくあり、彼の歌に聞きほれた。 そうそう忘れられない出来事と言えば、わたし達の結婚式の折、彼自身が秋田長持唄を披露したっけ。 友人の結婚式で、友人の為に必ず歌ってあげていた歌を自分で歌ったのだ。声量のある彼はマイクをうんと遠ざけて頬を紅潮させて、歌い上げた。 こうして思い出すと切がない。 こんなに思い出の深いわたしたちが不幸なことに別れることになり、別れた直後彼は喉頭がんで余命半年を宣告されたのである。 五日後が長女の誕生日だった。 彼の病室で祝ってやろうと、わたしは彼にお金を渡された。 「もう長くないと思う。父親として最後のプレゼントになると思うから、少々高価でも良いものを買ってやってほしい」と。 わたしの提案で、長女が以前から欲しがっていたティファニーのネックレスを買うことにした。 病室の彼に写メを送ったら、良く似合ってるからそれにしてやれ、とメールが返ってきた。 食欲も出て少し元気そうに見えたので、わたしも長女もまだまだ頑張ってくれるだろうと思っていた矢先、その日病室に泊まっていた次女から泣きながら危篤の報が入ったのである。 明日でちょうど十年になる。
2015年08月10日
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長女の浴衣の柄 普段目いっぱい働くから、休日のわたしの中身はもぬけの殻状態。 土曜日は朝から家事をこなして、その後はひたすら取り溜めた録画を見たりのぐだぐだタイムだ。 それでも昨日は、娘や娘の友達に浴衣を着せてやったりの、真夏ならではの行事もあった。 そんな折遠くに住んでいる次女が、母さんの山椒味噌が食べたいの、と電話をよこした。 それならば、と今朝は起き抜けに得意の山椒味噌をこさえた。 以前住んでいた横浜の家では、猫の額ほどの庭に山椒を植えていたので、思いついた時に山椒をふんだんに使った料理をよく食べさせたものである。そのせいか我が家の娘達は大の山椒好きなのであった。 宅配便の集荷を夕方に手配したので、まだ少し時間がある。これから次女の好物を揃えては詰めてやろうと思う。 こういう時、やはり亡き母のことを思い出す。当時東京に住んでいた兄や姉に、母は何か小包を詰めてはせっせと送っていた。それは他愛のないものであったのだけれど、時折懐かしく故郷を思い起こすには十分なものだった。 あの時の母の心境を思っては、こうして物事は継承されるのだと、思った。 送り手の喜び、受け取り手の喜び。 箱に詰めながら次女の笑顔を浮かべては、わたしも口元を綻ばしている。 小さな、小さな幸せだ。
2015年08月09日
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アスファルトが太陽熱を吸収し、それを足元から全身へと吹きつける。日傘をさしていても照り付ける太陽は、うだるような暑さとやりきれなさを伴ってわたしを容赦なく襲う。今年の夏は去年のそれよりもっと狂おしい気がするのは、気のせいだろうか、それとも寄る年波なのだろうか。顔面を汗が滝のように流れ落ちる。軽く顔を振ると、ぼたぼたと落ちる滴はさながら大粒の雨のようだ。暑い、とにかく暑い。無風状態の中を、一歩二歩と足を前に出す。思考回路は止まったままで、ただ歩くことしか思いつかない。でも止めることはできない。止めたら負けのような気がして、必死に暑さに立ち向かう。季節の中で、夏が一番苦手かもしれないとこの頃思う。冬の厳しい寒さは着こめばなんとか凌げるものの、このじりじりと照り付ける太陽には、ノーアイディアであった。しかし、時というものはじっと立ち止まってはくれないから、少しずつ少しずつ次の季節へと歩を進めている。来月のお彼岸を過ぎれば、残暑はあっても確実に秋へと、冬へと移ろうのだから。今日を凌げば明日が来るし、明日を凌げば明後日がやってくる。一週間が、一か月があっという間に過ぎてしまう。こんな過ごし方で良いのだろうかと時折頭をかすめはするのだけれど、きっとこんなので良いのだろう。生きて終えていくのは、そういう営みなのだろう。人と袖すりあって、気持ちが反りあって、和んだり腹を立てたりしているうちに、最後の日は訪れる。誰にでも平等に。最近思う。今を乗り切れば確実に明日は来る。だから、きつくても辛くても大丈夫なのだろう。そして、時というものが、すべてをきれいに流してくれるのだろう、と。
2015年08月02日
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