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清澄白河に隅田川鮭の会という変わった会がある。成長して戻ってくるのを見届けるために、鮭の稚魚を放流し続けてる会だ。(鮭は大人になると生まれ育った河川に戻ってくる習性がある)しかし残念なことに20年間、戻ってきた形跡はない。先日そこの会長、柳澤さんを取材させてもらった。その内容は後日(2,3日後ぐらいだろう)ここでも紹介する予定だ。昨日その柳澤さんが、頼んであった原稿をわざわざ歩いて届けに来てくれた。言ってくれればこちらからとりに行ったのだが。もう80歳を過ぎるというのにホントに元気おじいちゃんだ。おそれいる。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月31日
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昨晩は白河、高橋、森下の商店主で形成される会「深川発祥」の人たちと飲んだ。なかなか活気のある会だ。今、江東区ではこの地区と亀戸地区の商店街の元気は眼を見張るものがある。頑張ってもらいたいものだ。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月30日
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今晩(ああ、もう昨晩になっちまった)は久しぶりに知人とちょっと酒をひっかけに行く。森下のとり満。ここの近くには名店「山利喜」があるが、ある意味、こっちのが名店かもしれない。レバ刺し、滝川豆腐がうまい。レバ刺しはその日によって新鮮なものが入る日とそうでない日があるが、今日もまあまあおいしかった。満足。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月29日
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うちのサイトで下町関連のコラムを書いてる。今日はその内容を載せてみよう。今後も載せるか、1回限りかは今のところわからない。____________________________ ★☆ 元さんのとっておき 第80回 ★☆ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄江東区の白河に霊巖寺というお寺があります。霊巖寺のことは『寺町「三好」』(第52回)、『明暦の大火(後編)』(第63回)あたりで書いてるんですが、ある意味このあたりでは大事なお寺なので今回はこのお寺のことをもう少し詳しく書きます。清洲橋通りの一本南の通り、深川江戸資料館の少し西にこのお寺はあります。通りを歩いていると一見、まあ普通のお寺に見えますが、中に入ってみるとここはすごく広いんです。白河はお寺が多いのですが、ちょっと南にある浄心寺とここは随分、敷地面積が広いですね。江戸時代の古地図なんかを見てても白河あたりはほとんど霊巖寺と浄心寺、他に雲光院というお寺があるんですがその3つのお寺の敷地みたいに見えます。それだけ昔から大きな寺だったんですね。まあ3つとも江戸時代の頃に比べるとだいぶ小さくなったみたいですけどね。でも霊巖寺は特に大きかったんじゃないかなあ。例えば今も近くにある雄松院、勢至院、正覚院、長専院などのお寺は元々霊巖寺の学寮、塔頭だったものが独立したものです。学寮、塔頭ってのはどう言ったらいいんでしょうかねえ。関連会社、子会社みたいなもんですかねえ。大きな寺というのはいろんな意味で地域に影響力があります。霊巖寺もそんなお寺だったんですよ。霊巖寺はもともと、将軍家に信頼の厚かった雄誉霊巖(おおよれいがん)上人が、1624年に現在の中央区新川にあった霊岸島にお寺を建立したのが始まりです。その当時は、中央区も江東区もまだ海だった部分が多かったですからね。現在は陸地でも、その頃は中州だとか島だった地域も多いんですよ。そのうちのひとつの中州にお寺を建てたんですね。まあ名前の由来に関してはお寺が先みたいです。霊岸島にお寺を創ったというより、霊巖寺だったから島の名称もそうなったというほうが正しいみたいです。1635年に、松平越前守が霊岸島内のお寺の南側にお屋敷を造ります。そのせいか霊巖寺周辺地域は活気が出てます。しかし1657年の明暦の大火という大火事で焼失してしまい、霊巖寺は現在の江東区白河に移転しました。その後、白河に移ってからは老中の松平定信の菩薩寺になったりなんだかんだで現在に至ってます。ここで新旧の新川霊巖寺、白河霊巖寺を比べてみるとおもしろいことがいくつかあります。大きなお寺でしたからねえ。新川にも白河にも霊巖寺にちなんだ地名がいくつか残っています。新川は霊巖寺のおかげで周辺の地域が栄えるようになります。町がひとつ出来ちゃいました。白河に移ってからもお寺の周りは栄えます。やっぱり町が出来ちゃいます。そのものずばり、新川には霊岸島町、白河には深川霊岸町という名前の町が出来ました。そして他にも霊巖寺に由来のある地名がありました。新川にあった松平越前守の屋敷周囲を直接めぐる堀は「越前堀」と呼ばれるようになりました。(現在の日本橋の支流、亀島川を「越前堀」と呼んでいたという説もあるようですけどね)屋敷のあった辺りはその後、越前堀という地名になります。ただし現在の地名は新川になってしまっていますので、今は越前堀公園ぐらいしかその名前を残す場所はないようですけどね。また白河という地名は霊巖寺を菩薩寺としていた松平定信が東北の白河藩主だったことからついた地名です。ふたつの霊巖寺にゆかりのあった松平家は、それぞれ松平越前守は福井藩主、松平定信は白河藩主でした。お互いが自分の故郷の「越前」、「白河」の名前を、霊巖寺を通して後世に残しているっていうのはおもしろいですね。ただ悲しいかな、霊巖寺の名前を地名として残してる場所は現在ありません。あるとすれば永代通りが亀島川と交差する場所に架かる橋、霊岸橋ぐらいでしょうかねえ。もうひとつ新旧霊巖寺に関連した話をしましょう。富岡八幡宮のお祭りで、お宮を出た連合渡御のお神輿は、一日かけて氏子町会を回って八幡宮に帰ってきますよね。道中、長いから休憩しますね。2回止まるんですが、どこだか知っていますか。江戸資料館の前あたりで10時頃、そして中央区の新川でお昼休みをとります。この2箇所にあるものって、そう新旧の霊巖寺のあるところですよね。富岡八幡宮と霊巖寺って、昔から深い結びつきがあるんです。それでここで止まるんですよ。霊巖寺は白河に移った年、富岡八幡宮を鎮守として定めました。これって霊巖寺が富岡八幡宮の氏子になったってことなんでしょうかねえ。それ以来、双方つきあいがいいみたいです。まあとにかく富岡八幡宮にとって霊巖寺は大事なお寺のひとつと言えるんじゃないでしょうか。ところで先程の松平定信の墓は現在、霊巖寺内にあります。この墓って江東区に唯一ある国が指定した史跡なんですよ。なんか江東区って歴史がありそうですから、他にもたくさんありそうな気がしますけどねえ。もっとも越中島の東京海洋大学(旧商船大学)内の明治丸、富岡八幡宮の隣にある八幡橋など、国指定の重要文化財ってのはいくつかあるみたいですけど。まあ墓そのものが評価されてる訳じゃないでしょうから、松平定信自身の偉業に対する勲章なんでしょうね。彼は8代将軍吉宗の孫でもあるし、「寛政の改革」を断行したりといろいろやってますからね。2つも町をつくり、江東区最大の氏子を誇る富岡八幡宮とも深い結びつきを持ち、現代の国家も認めるような大物政治家とも懇意にしていた霊巖寺。現代の下町で霊巖寺の影を垣間見る機会は今ではもうあまりないですけど、このお寺が歴史の中でこの地域に残した功績は大きいんじゃないでしょうか。第52回『寺町「三好」』http://www.shitamachi.net/wa/totteoki/021127.htm 第63回『明暦の大火(後編)』http://www.shitamachi.net/wa/totteoki/030512.htm
2004年01月28日
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やっぱり毎日書くなんて続かないなあ。早くも脱落か。まあ、明日から頑張って書けばいいか。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月27日
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■裏下町探偵団2■
2004年01月26日
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2004年01月25日
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2004年01月24日
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2004年01月23日
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今日は・・・うーんまあ特に書きたいこともなし。なんかやたらと頭痛がひどい1日だった。もう寝る。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月22日
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これを書いていて思うのだが、日記とは本来、日々の行動や感想を書き連ね、自分自身がひそかに保存しておくもの。それを他人が覗き見するってのは悪趣味だ。しかしBLOGっていうのは、書き手もそれを納得して、いやむしろ誰かに読んでもらいたくて書いているのだからいいんだけど。でもまあ、書いていてなんとも不思議な気分だ。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月21日
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そろそろ下町のことでも書いてみようと思う。今日、江東区白河のみやげもの屋たかはしのご主人に会った。町探索のテレビ番組なんかにたまに出てる。そういう意味じゃちょっとした下町有名人だ。なんともあったかいおっちゃんだ。みやげものの他に駄菓子なんかも売ってるが子供にすごく優しく接するらしい。(時にはいい意味で叱ったり)その姿が目に浮かぶ。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月20日
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トップページをちょっと直してみた。すごく便利とは思わないけど、そこそこいろんなカスタマイズが出来る。楽天、けっこう便利。そうはいってもこれだけのことができれば初心者には十分だろうなあ。こりゃ、BLOGが流行っているっていうのもうなずける。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月19日
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お、BLOGおもしろい。昨日、書きそびれたので昨日の日付で書き込んでみたら見事に成功。なんか他にもいろいろ面白い機能があるんだろうなあ。でもある意味、これじゃ日付の意味ないなあ。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月18日
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もとを正せば、知人の勧めもあって始めた日記だ。これといって書きたいテーマもない。さて何を書いたものか。(別に彼のせいにしてる訳ではないが)まあ、下町のgenさんだし、そういったサイトも持っている。その類の話が多くなるんだろうなあ。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月17日
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誰にも教えていないのに1日で早くもアクセスが38も。おーさすがは楽天。そう思いきや、すでにここのアドレスを知ってる知人が数人。いろんな機能がついてるもんだ。うー恐るべし楽天。せっかく当分は秘密の城気分に浸ろうと思っていたのに。by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月16日
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ここに書くの?by gen 表サイトはこちら http://www.shitamachi.net/
2004年01月15日
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2004年01月14日
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2004年01月01日
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