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こんにちは。スマイリーベアデザイナーの渡辺です今日は昨日の続きです♪生涯で600体ものテディベアをコレクションしていたと言われるボブ・ヘンダーソン大佐。ヘンダーソン大佐と中央がテディガールイギリス、スコットランド出身のイギリス軍中佐でしたがイギリス軍では1つ上の階級で呼ぶ習慣があるため、大佐と呼ばれ、1955年に退役した後も、そのままの通称で親しまれていました♪髪の毛とトレードマークの口ひげは30代で真っ白になっていたそうです。毎日11時のコーヒーとチョコレートビスケットを欠かさなかったというヘンダーソン大佐は5歳の頃に兄のチャールズから譲受けたテディガールを片時も離さなかったといいます。家庭人となってからも、家族の一員として旅行へ同行させたりテディガール専用の椅子を用意するなど、とっても大切にされていたんですねテディベア好きが高じて、テディベアのもたらす癒しの効果に注目し心の支えを必要とするチャリティー活動を積極的に行った事でも有名です。では、なぜヘンダーソン大佐が「テディベアの力」を信じるようになったのかそれには3つのエピソードがあります1つ目は、大佐が病気をした時に彼を元気付けようと誰かが枕元にテディベアを置いてくれた事がありました。すると大佐の病気は直ぐによくなり、以来テディベアに首ったけとなったそうです。2つ目はテディガールが家族・・・とりわけ一人娘のシンシアとの絆になってくれたという事でした。軍人として忙しかった大佐は、家を開ける事が多く幼いシンシアはなかなか打ち解けてくれなかったそうです。そんな時にシンシアとの溝を埋めてくれたのがテディガールでした。テディガールは共通の友達、共通の話題として大佐はシンシアとの楽しい時を共有できたのでしたシンシアはテディガールに対して、子どもの面倒を見てあげるかのように接して、遊んだそうです。実は大佐も兄もこのテディベアの事を「テディボーイ」と呼んでいました。しかし、ある日シンシアが鮮やかなフリルの沢山付いた洋服を着せた事から「テディガール」と呼ばれるようになったのです。残念な事に、ヘンダーソン大佐の奥さんと、娘のシンシアは早くに先立たれてしまいます。そんな大佐にとってテディガールは楽しい想い出を呼び起こしてくれる唯一の存在であったといっても過言ではありません。3つ目に、当時大佐は銃の専門家として兵士たちに銃器類の扱い方を教えたり1994年、モントゴメリー第21軍集団の一員としてノルマンティー上陸作戦に参加しました。その際にも「心の友」テディガールを連れて行ったと言われています。大佐は、共に戦う兵士たちの多くが、テディベアを携えている場面を目にし自分だけでなく人間にとって、テディベアがいかに重要な役割を果たしているかということに、改て気がついたのです。テディベアは友人であり、相棒であり人々に大きな存在となって慰めになっている・・・テディベアには、他のぬいぐるみにはない素晴らしい力があると確信したのでした。THEODORA meets BEARセオドラ メーツ ベアこれは大佐が孫の為に作ったお話です小さい方のテディベアがテディガールですね。セオドラとベアが出会い、2人は握手をしました。ベアはセオドラに、逃がした大きな魚について話しました。セオドラは聞き疲れたので言いました。「座ろうよ」ベアは寄り添って座り、言いました。「君って素敵だね」「ちょっと秘密の話をしよう」2人はそうすることにしました。セオドラとはセオドラ・ルーズベルト大統領の事です。スマイリーベアも親子の絆、心の支えになれるような存在になりたいですね様々な想いを込めて、お子さんや母親にスマイリーベアを贈ってみませんか?一人一人のエピソードが歴史となり、愛情と笑顔と幸せをお届けできると思っています♪スマイリーベアのご注文、ご予約はこちらから⇒ こどもの日も母の日もスマイリーベア日付指定でのお届けも承ります♪クリック募金にご協力下さる方は、一日一回クリックお願いします♪それでは皆さん、本日もよろしくお願いします(・(ェ)・)/訪問の足跡にコメント、応援クリックもよろしくです♪にほんブログ村
2013.04.14
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