2002年08月08日
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S田さんはもうすっかりVTRの準備をしていた。パパイヤをご馳走になりながら、ビデオと一緒に送られてきた資料を見せてもらう。それには、映像の内容と最初からの時間が書かれていた。

00:00
船が向かってくる
船が行く
男性1人と船
00:18
船内・一行を迎える人
00:25
一人一人と握手

一行移動
カメラパン。サンフランシスコ市街
00:48
一行から
カメラパン。ゴールデンブリッジ
1:02
ブリッジの下
説明する米国人
1:07
見上げる一行
喜びの面面

一行代表と米国人握手
1:33
船上
マスコミの取材
1:43

1:51
全員整列・代表と握手
ブリッジを指す面々
2:09
NATIONAL HOUSE
双方から寄り握手
2:21
チルトダウン
一行建物の中へ
2:40
歓迎レセプション
3:14
パネルを見る一行
4:11
農場へ向かう、出迎えの人々
4:46
家族の紹介
4:58
研修生と3S
建物内部へ
チルトAP
5:15
農場見学
トウモロコシ、インゲン豆畑
5:44
農場見学(3人の研修生)
桃、おいしそうに食べる3人アップ
6:18
果樹農場パン一行
なしを手に取る4人
6:58
酪農場見学
7:45
耕作機械の修理
あなたもどうぞ
トラクターに乗る3人
8:15
レタス畑(ロング)

ビデオの長さは9分弱らしい。上映するにはちょうどいい時間だ。早速VTRを見せてもらうことにする。

映像はモノクロームだが、50年前とは思えないくらい鮮明だ。撮影したのはプロらしく、カメラをセッティングする位置やカメラの動かし方が上手で、安心して見ていられる映像だった。音声がないので、S田さんが大まかな説明をしてくれた。

昭和27年7月29日、第1回派米実習生25名を乗せたアメリカン・プレジデント・ラインのクリーブランド号がサンフランシスコに到着し、アメリカに第一歩を印した時の映像だった。当時は船で太平洋を横断する11日間の航海だったそうだ。USA側の受け入れはカリフォルニア大学バークレイ農学部の農事普及部だった。

敗戦後間もない日本の農業青年が、戦勝国のアメリカ合衆国で進んだ農業を実際に体験するというこのプログラムは、当時の荒廃した日本を復興するのはまず農業が基本だと言う信念の元に、農林大臣を務め農政の神様と言われた石黒忠篤氏と東京大学教授でインド大使を務めた那須皓氏が中心になり、1951年GHQを通じてカリフォルニア州知事ウォーレン氏に働きかけを行ったことに始まる。先方の反応も非常に好意的で、早速社団法人「国際農友会」を設立し、全国から優秀な農村青年を募集したのだった。

S田さんにいくつかの質問に答えてもらい、ある程度の知識が出来た時点で、もう一度ビデオを見直す。船上へ出迎えてくれたのはカリフォルニア大学農事普及部のコーク博士。最初に博士と握手したのはS田さんだったそうで、そのシーンがしっかり映像に記録されている。ゴールデンゲートブリッジの真下を通過するクリーブランド号、驚きの表情で橋を見上げる日本の青年達。

tetywestは「これは、絶対使える!」と小躍りした。50周年記念行事に50年前のビデオというのはあまりにタイミングがよすぎて恐いくらいだ。それに50周年記念行事の参加者は海外研修の経験のある人たちばかりなのだ。年代は違っても、見知らぬ土地に第一歩を踏み入れる時の、研修生活への不安や期待はみんなが共通に抱いた気持ちに違いない。この映像と自分の体験とが重なり合い、それぞれの人の心に懐かしさと感動を呼び起こしてくれるだろう。

S田さんにビデオを借りたいとお願いしたところ、快く承諾してくださった。さらに2時間ほど映像や時代背景について質問に答えて頂いて、喜び勇んで帰宅するtetywestだった。






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最終更新日  2002年08月08日 12時32分55秒
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Re:50年前のビデオ(2)(8/8)  
cherry-kuro  さん
敗戦国の人間が 勝った国へ学びに行くって
どんな気分だったんでしょうね。


(2002年08月09日 01時24分30秒)

Re:Re:50年前のビデオ(2)(8/8)  
tetywest  さん
cherry-kuroさん
>それほど暑くないですよ。30度までいかない日もあったくらい。
今日はちょっと暑かったけど それでも36度なんて
とてもとても、、
日本っていつからこんなに暑くなったんでしょうねぇ~~

中国では国民に40度以上の気温の下で労働させるのは共産主義に反する問題だと言う事で、全員休みになるのだそうです。でも、政府の発表する最高気温はどんなに暑い日でも39度なんだそうです(笑)
それに比べれば35度はまだ涼しい方かな・・・

>夏バテしないように頑張って下さいね。

しっかり夏バテしてます。冷たい水モノばかり飲んでるから余計にダメなのはわかってるんですけどね(涙)

>敗戦国の人間が 勝った国へ学びに行くって
どんな気分だったんでしょうね。

農家の規模が面積ベースで、約100倍です。そりゃ、ビックリしたそうですよ。「日本が戦争に負けたのは当然」と思ったそうです。今みたいに情報が豊富じゃないですから・・・でも、もっといじめられるんじゃないかという心配は杞憂に終わって、みんな親切だったんだそうです。USAも今よりずっと人情の厚い国だったんでしょうね。
(2002年08月10日 11時26分42秒)

Re:50年前のビデオ(2)(08/08)  
鶴亀彰 さん
突然のメールで失礼致します。私はカリフォルニア在住の日本人で鶴亀彰(つるかめ・あきら)と申します。現在74歳になります。第二回派米農業実習生として鹿児島県から参加した内田善一郎さんに関しての資料を探している中で、この記事に出会いました。第一回目の参加者のビデオなどが残っているとは驚きです。出来ればメールを通じて、さらにお話をお聞きしたいと願っております。私の連絡先はakisan@earthlink.netです。よろしくお願い致します。 (2015年10月31日 09時01分34秒)

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