《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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裸の王様



ただ、お人よしが過ぎて、お金には縁がない。

同じくお人よしの母親と二人で、つつましく暮らしていた。

ある日、品物を納めた帰り、道端にうずくまっている旅人を見つけた。

ハンスはためらうことなく近寄り、声をかけた。

「どうしました。具合が悪いんですか?」

ガウンのフードから覗けた顔を見ると、老人だった。

「いや、ちょっと疲れたので休んでいたのです」

「そうですか。でも、ここは休むにはあまりいい場所ではないですね。
もしよろしければ、私の家がすぐそこですから、いらっしゃいませんか?汚いとこですが、風はしのげますから」

「ご親切にありがとう。でも、ご迷惑じゃありませんか」

「迷惑だなんて、人のお役に立てれば、こんなうれしいことはありません」

ハンスは見知らぬ旅人を自分の家に招きいれた。

母親も、不意の客を笑顔で迎え、パンとスープでもてなした。

土気色だった旅人の顔色は、みるみる赤みがさし、すっかり元気を取り戻した。

「ありがとう。おかげで生き返りましたよ。ほんとは腹ペコで動けなかったんです」

「それはよかった。神の導きだったのですね」

ハンスと母親も喜んだ。

「それで、何かお礼をしたいのですが、お見掛けしたところあなたは仕立ての仕事をしているようですが」

「はい、仕立て屋です。布を持ってきていただければ、どんな服でもお仕立てします」

旅人は、手荷物のずた袋をあけると、どうしてこんな小さな袋にこんなに入っていたのかと言うぐらいの布を取り出した。

その布を見て、ハンスは息を呑んだ。

「なんと美しい…」

「ほほう、見えますか」

「もちろん…でも、信じられない…こんな美しい布がこの世にあるなんて…」

「今日のお礼にこの布を差し上げましょう。この布はこの世で一番美しく、しかも一枚しかない布です。あなたが仕立てれば、この世で最高に美しい服ができるでしょう。

しかし、ひとつ言っておかなければならないことがあります。
この布は、正直者にしか見えない、“魔法の布”なのです。
邪まな心の者には見えません。それを忘れないでください」

その言葉を残し、旅人は立ち去ってしまった。

ハンスは魔法の布を手にして呆然と立ち尽くしてしまった。

「どうしよう母さん。こんな大切な布。誰の服をつくればいいんだ」

「ほんとにきれいな布だこと。見ているだけで心が洗われるようだね」

「そうだ、母さん、こんなのどうだろう。この世で最高の服はこの世で最高の人が着るべきだ。
だったら、それは王様しかいないよ」

ハンスはこの国の王様を深く尊敬していた。

王様は、ハンスだけでなく国民の誰からも愛されていた。

国民に対しとても思いやりがあり、とても聡明な王だった。

「そうさね。王様ならきっとお似合いだよ。喜んでいただけるといいね」

「そうだ、ちょうど来月、王様の誕生日だから、お祝いに差し上げる服を仕立てよう!」

ハンスはその日から、一心不乱に王様に献上する服を縫い続けた。


そして、王様の誕生日。

その日はお城が開放され、国民は王様に直接お祝いの言葉をささげることができた。

中には、王様に献上するお祝い品を持ってくる人もいて、その中にハンスの姿もあった。

「これ、そこのもの、待て!」

ハンスは門番に呼び止められた。

「ここは献上品を持ってきた者の列だ。お前は、何か持っているのか」

「はい、この服をお持ちしました」

ハンスは両手に抱えた仕立てあがったばかりの服を差し上げた。

「服?って何もないじゃないか」

ハンスは体が凍りついた。

―そうだ、旅人は言っていた。魔法の布が見えるのは正直者だけだと。

どうしよう…この門番には見えないのだ。どうしよう―

そこに、もう一人の門番がやってきた。

その門番は、ハンスの幼友達のココスだった。

「やあハンスじゃないか。どうしたんだ。うわっ!なんだその服は!なんときれいな…」

ココスには見えてる。

「王様に献上したくて」

「そうか。きっとお褒めいただけるぞ。さあ、早く行きな」

訝しげな顔のもう一人の門番を尻目にハンスは城の中へと入っていった。

城の中には大勢の人が王様を待っていた。

すると厳しい声で、また呼び止められた。

「おいっ、そこのもの。なにやら挙動が変だぞ。なぜ、両手を前に突き出してるのだ」

城の警備官ロドムだった。

「はい、王様に献上する服をお持ちしました」

「服?どこに服があるんだ」

―どうしよう、ココスを呼んでこようか―

と考えていると、

「門番!どうしてこの者を入れたのだ!」

と、ロドムがココスを呼んでくれた。

「はい、私が許可しました。この服を王様に献上するというので」

「服だと!お前、服が見えるのか?どこに見えるんだ?」

するともうひとりの門番が、

「そうですよね。俺も変だと思ったんですが、こいつが許可しちまったんで。お前、目がどうかしてんじゃないか」

「この者も何も見えないと言っておるぞ。

さてはお前こいつとグルで、何か悪いことするつもりだったな。

おい!この二人を捕らえよ!」

ココスはびっくりして叫んだ。

「お待ちください。私はこの者と関係ありません。お許しください。さっき言ったのは間違いです。

服など見えません!」

「何事だ!」

奥から偉そうな男が歩いてきた。

男を見て、一同ひざまづいた。

「これはこれは大臣様。

ただいまこやつがありもしない服を王様に献上するなどと申して、この門番と共謀し、なにやら悪巧みをしてましたのでひっ捕らえるところであります」

大臣はじろりとハンスを見た。

「確かに怪しい奴!衛兵!」

大臣の声に大勢の衛兵がなだれ込んできた。

ハンスはその数と勢いを見て絶望の岩が行く手をふさぐのを感じた。

二人が城の衛兵に取り押さえられそうになったその時、

「お父様!見て!あの服!」

天使のような美しい声が響いた。

一同がいっせいに声の方を見ると、女の子と、その手に引かれた王様が立っていた。

女の子は十歳になるポリーナ姫だった。

ポリーナ姫はまっすぐハンスのもとに駆け寄り、その手の中の服を目を輝かせながらそっと撫ぜた。

「まあやわらかい、気持ちいい!」

うっとりと頬ずりをした。

「姫にはこの服が、みえるのですか?」

ハンスは枯れ枯れになった声で訊いた。

「はい、とってもきれい。お花の模様がいろんな色で、蝶ちょの刺繍がまるで生きているみたい」

ハンスは力を振り絞って、大きな声を出した。

「王様。申し上げます。私の仕立てた服は、魔法の布で作ったものです。
その布は旅人から譲り受けたもので、なぜ魔法の布かと申しますと、正直者にしか見えない布なのです―」

ハンスの声を聞いて、一同はざわめいた。

王様もちょっと驚いた様子をしたが、すぐ落ち着いた表情になった。

「正直者とな―。
ポリーナには見えるのだな」

「はいお父様」

「門番のそなたにも見えるのかな?―いや、見えないと言ってたのだったかな」

「申し上げます王様。本当は見えていたのですが、捕まりそうになったので、見えないとついうそをついてしまいました」

王様は、少し考えて、

「大臣。この服は正直者にしか見えないそうだ。君は見えるかね」

大臣はぎくりとして、

「は、はい。もちろんでございます。この花柄の美しさ。蝶の刺繍はまるで生きているかのごとくです」

王様は自分の服を脱ぎ、ハンスの手から魔法の服を受け取り袖を通した。

「ほかのものはどうか。正直者にしか見えない服だ」

王様はゆっくり一同を見渡した。

王様と目が合った家臣は、口々に「美しい服です」とか「花柄が最高です」とか答えた。

ただひとりロドムだけは、顔を引きつらせて首を横に振った。

小さく何回か頷いて、大臣に目を向けた。

「大臣、そなたの息子も先ほど来ていましたね。呼んでいただけるかな」

大急ぎで呼ばれた大臣の息子はまだ五歳だった。

「よく来たねマルク。この服を見て君はどう思う?」

マルクはまじまじと見て、首をかしげた。

「王様は裸だよ」

大臣はあわてて飛んできた。

「マルク、よく見るんだ。王様の着ている服は魔法の服で、よーく見ると花柄が見えるはずだ。
見えると言うと、正直者としてお前は褒めてもらえる。褒めてもらいたければ、服が見えると言わなければいけないよ…」

マルクはもう一度王様を見て、

「服なんか着てないよ」

ひきつった顔で大臣はマルクの肩を掴んだ。

「もうよい大臣」

王様が落ち着いた声で話し始めた。

「皆のもの聴くがよい。

私の着ている服は、魔法が掛かった服だ。

見える者と見えない者がいる。

正直者に見えて、そうでないものには見えないと言う。

しかし、私は警備官ロドムが正直者であることを知っている。

見えているのに見えないとうそをついた門番は本当に正直者と言えるのか。

いや、うそと言っては気の毒だ、やむをえなかっただろう。

この中には、見えてないのに正直者であることを証明するために、見えているとうそをついた者もいる。

しかし、大人になれば、常に正直であることが、賢い選択であるとは限らない。

このうそがどれだけの罪になると言うのだ。

恥じるようなことでない。

それよりも、皆が私の誕生日を祝ってくれたことがうれしいぞ」

聞き入っていた皆の胸から、安堵の息が漏れた。

それから王様は、ハンスに向かって優しく言った。

「そなたが私のためにこの服を仕立ててくれたことに感謝しよう。

しかし、魔法の掛かった服は王には馴染めない。

ありがたく受け取るが、みなの前で再び着ることはできない。悪く思わないでほしい」

ハンスの目からぽろぽろ涙があふれた。

「王様万歳!」

誰かが声を上げると、次々と声が重なった。

その声に手を振りながら、王様はポリーナの手を引き、階段を上っていった。

あるものには美しき魔法の服の後姿を、あるものには美しき素肌の背中を見せつつ…。



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