みにくいアヒルの子
その湖には、たくさんのアヒルがすんでいた。
アグリーもその中の一羽の子アヒルだったのだが、ちょっと変わっていた。
いや、ちょっとではない。
他の子アヒルに比べて倍以上も大きい。
大きいだけあって、力も強く、喧嘩も一番強かった。
―かどうかは判らない。
なぜなら、力は強いけど、気持ちは優しく、誰かと争うことなど全くなかったからだ。
だけど、兄のキャルは、アグリーを利用して、いつもグループで威張っていた。
アグリーを背にして、他のグループに因縁をつけては、相手が怯えてひるむのを見て笑っていた。
「にいさん、喧嘩はよくないよ」
ある日、アグリーはキャルに言った。
「喧嘩なんかしないさ。強がってる奴らがお前を見ると尻尾巻いて逃げてくからおかしくってさ」
「でもみんな仲良くしなくっちゃ」
「わかったよ、でも弱いものいじめをする奴とか、意地悪な奴とか俺は許さないからな」
そんなことで和平路線に転向したアグリー兄弟だったが、急に仲良くなれるものでもない。
他のアヒルは表面上は仲良くするのだが、どこかよそよそしい。
仲良くするなんていっても、いつアグリーをけしかけるかわかったもんじゃない。
野生の防衛本能は簡単に崩れるものでななかった。
（アヒルは野生じゃないけど）
「にいさん。僕たち、浮いてるよね」
「そりゃ、アヒルだから浮いてるさ」
「そうじゃなくて、他のアヒルの中にうまく溶け込めないってことだよ」
「そんなことかい。気にすんなよあんな奴ら」
「表ではにこにこ振舞ってるけど、裏に回るとみんな陰口言ってるの知ってるんだ」
「何だと、だれだそいつは、ぶっ飛ばしてやる」
「だめだよそんなことしちゃ。僕が言いたいのは、原因は僕だってことなんだよ」
「は？―どういうこと」
「僕が、みんなと違うから…」
「ちがうって、何が？」
「違うじゃないか、身体の大きさも、色も、声も」
「そりゃ、違うかもしれないけど、お前は強いぞ」
「関係ないよ。違うってことは、仲間じゃないってことだよ」
「誰がそんなこといったんだ。ぶっ飛ばしてやる」
「僕が自分で言ってるんだ！」
アグリーは、いつになく興奮していた。
卵からかえってから、ずーと兄弟と一緒だった。
他の子アヒルとも仲良く遊んでいた。
だけど、身体の違いを感じるようになって、アグリーの中に悩みが生まれた。
ほんとは、僕は、アヒルじゃないんじゃないか。
もっと醜い鳥なんじゃないか。
子どもの羽が生え変わったとき、恐ろしいことがおきるに違いない。
その時は、兄さんも、他の兄弟も、母さんも、父さんもきっと僕を恐れ、憎むに違いない。
そうなる前に、僕は、この平和な家族の前から消えるべきだ。
アグリーの目からぼろぼろ涙があふれた。
「どうしたんだよアグリー。考えすぎだよ。誰が何か言ったってほっとけよ」
「違うんだ、いいんだ、兄さん。僕は決めたよ」
「決めたって？何を」
アグリーは黙って首を振った。
そして、心の中でつぶやいた。
『さようならキャル兄さん。さよならみんな。さようなら、かあさん、とうさん…」
次の朝、アグリーは静かにアヒルの群れを後にした。
どこに行く当てもなく、とにかくアヒルのテリトリーを離れ、遠くへと向かった。
一人の旅が何日も続いた。
その間に、アグリーの子どもの羽が抜け、大人の羽が現れた。
その新しい羽を見て驚いた。
なんと、真っ白な美しい羽ではないか。
水面に映る自分の姿を見て、うっとりするほどだった。
すると、向こうに大きな真っ白な鳥の集団が見えた。
今まで見たこともない、美しい鳥だった。
でも、その美しい鳥の姿は、たった今自分自身に発見した姿ではないか。
僕は、あの鳥だったんだ。
アグリーは湧き上がる喜びを押さえ、その鳥の群れに近づいて行った。
「こんにちわー」
アグリーは勇気を奮って声をかけた。
呼ばれた鳥たちは、一瞬、驚きの羽ばたきをしたがすぐに落ち着き、まじまじとアグリーを見た。
「誰、君？見かけない顔だね、どこから来たの？」
「はい、アグリーといいます。アヒルの群れから着ました」
「アヒル～？何でまた」
「さあ、僕もわかんないんですけど。あのーあなたがたは何という鳥なんですか？」
「変なこと聞くねえ。白鳥だよ。君もそうなんでしょ」
白鳥かあ。
そういえば、ず～と前、遠くを優雅に飛んでいく鳥の群れを見て、父さんに聞いたとき、確か“白鳥だよ”って言ってたっけ。
あの白鳥が、いまここにいる白鳥で、なんと僕自身も白鳥だったなんて…。
「なんだか気持ち悪い奴だなあ」
ぼーと回想にふけっているアグリーを見て白鳥は言った。
「すいません。やっと本当の仲間に会えたと思ったら嬉しくって―」
「仲間―？いつから君、仲間になったんだい」
「えっ。だって僕、白鳥でしょ。皆さんと同じですよね」
白鳥達はいっせいに笑った。
「そりゃ、白鳥は白鳥だろうけど、お前とはだいぶ違うぞ」
「違う？ど、どこがですか？」
それを聞いて、また白鳥は笑った。
今度は、笑いながらくるりと背を向け泳ぎだした。
「あっ、待ってください」
あわてて追いかけようとしたアグリーはばたばたとうまく泳げない。
それを見てまた笑われた。
「あのねえ、君と僕達とでは、育ちが違うんだよ」
「育ち？」
「昔から、氏より育ちといってねえ、育った環境がいろんな性格を作るんだ
」
「そんなこと言わないで下さい。皆さんのようになれるように努力しますから」
白鳥は笑いをこらえながら言った。
「ごめん。さっきから君のしゃべり方がおかしくってしょうがないんだ。それと同時に、そんな君に仲間と思われるなんて、ちょっと心外なんだよね」
アグリーは呆然とした。
やっと巡り会えた同胞と思ったのに、なんて冷たい連中なんだ。
おんなじ、白鳥なのに、小さな違いを認めようとしないなんて。
「お願いです。なんとか至らぬところは努力しますから、どうか仲間に入れてください。僕にはもう、行くところがないんです」
悔し涙を流しながら、それでも懸命にアグリーは頼んだ。
「残酷なことを言うようだけど、君を仲間に入れるわけには行かないんだ」
群れの中で、やや落ち着いた感じの一羽が言った。
「なぜですか、理由を言ってください」
「私達はこれから遠い北国へ旅たつ。
それはそれは長い旅だ。
仲間の何羽は力尽きて倒れるだろう。
そんな過酷な旅なんだ。
その旅に耐えられるように、我々は生まれてすぐ厳しい訓練を受ける。
そしてようやく仲間になるんだ。
君は、その訓練を受けていない。もし今君を仲間にしても、すぐにおいて行かれてしまうだろう。
君にかまっている余裕はない。
そんなことをすれば、こっちが危険になる。
仲間に出来ないのは、君のためでもあるんだ。
悪く思わないでくれ」
向こうのほうで、長い鳴き声がした。
それが出発の合図だったのだろう、一斉に白鳥は飛び立った。
白い竜巻が上がったごとく、水面が揺れた。
そして、舞い上がった白鳥は、大空に美しい隊列を描き飛びさっていった。
アグリーは途方に暮れた。
自分の頼るものは、なくなってしまった。
もう何も考えられなくなった自分が残されていた。
その時、どこからか声が聞こえた。
「アグリー～」
自分を呼ぶ声だ。
あの声は、紛れもない、聞き覚えのある声。
（キャル…）
振り向くと、懸命に泳いでくるキャルの姿。
そして、その後ろに、他の兄弟。
さらに、母さん、父さん、他のグループのアヒルたちも、みんないる…。
「キャル～」
力いっぱいの声で叫び、アグリーは泳いでいった。
アグリーとキャル、母さん父さん、みんながしっかり抱き合い、周りを仲間のアヒルが取り囲んだ。
「バカだなあ。どうする気だったんだよ」
「ごめん…」
「お前はうちの大事な子なんだからね」
「ごめんなさい母さん」
「さあさあ、とにかく見つかってよかった」
「ありがとう父さん」
「アグリー毛が生え変わったんだなあ」
「―そうだよ。よく僕だってわかったね」
「そりゃあ、自分の子を間違えるわけないじゃないの」
アグリーの涙は、喜びの涙に代わった。
アヒルの一家とその仲間達は、何事もなかったかのように、日常のアヒルの生活に戻っていった。
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