《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

人生・生き方



〔やらなければならないことが発生したら、とにかく何でもいいから行動に移すことだ。

メモを張る、必要なデータを集める、カレンダーに締め切りを書き記す、買いものリストに具体的に書く・・・

少しでも手をつけると、その先の展開が自然に見えてくる。

どうなるかわかんないけど、ためらわず始めてみようという思い切りが大事。

始めたことが続かない人は、スパンを長く考えるといい。

続かなかったんじゃなくて休んでいたと考え直し、機会があればまた始めればいい。

再挑戦する気がないものは、それはやりたくないことだったんだと、見極める過程だったと判断する。

責任ある仕事や、義務をのがれたいとつい思ってしまう人は、そんな波がこっちに向かってきたら、「楽しいことが起きそうだ」と無理やりでも思い込むことだ。

僕の場合は、忙しくなりそうな時は"おまじない"の言葉を唱える―

「It's Showtime ! 」〕



〔食欲は、動物的な欲求ではあるが、身体の代謝に必要以上のものを食べてしまうのは、人間と家畜だけだ。

野生の動物は絶対"暴飲暴食"をしない。

食べすぎは生命の存続を危うくすることを、DNAが経験している。

脳の安全装置が作動していない状態が"暴飲暴食"につながる。

健康管理は精神状態にもおおきな影響を与えるので、食事の節制は心身ともに重要なテーマだ。〕



〔司馬遼太郎の奥さんの福田みどりさんが、「もし、司馬さんが戻ってこられたら、どんなお話をしたいですか?」というインタビューに、

「人の悪口をうんとしたいです」と答えた。

歴史の話とか人生の話を期待したインタビュアーの目論見を、心地良く裏切って見せた。

知性の釣り合いの取れた、信頼出来る二人の間なら、それも楽しみではある。〕



〔僕は、おしゃべりが"悪"だとは考えない。

他愛の無い世間話を誰とでも出来るとしたら、それは技術であり才能である。

話のレベルがあるにせよ、話しをすることは"脳"を活性化させ、ホルモンの分泌を促す。

話すこと、歩くこと、手先を動かすこと、これが老化予防の基本である。〕



〔人の前でことさら強さを誇示するのは、その人の弱さの裏返し。

弱い犬ほど良く吠えると言うが、吠えられる方の心は傷つく。

相手の精神レベルはいかんともしがたいので、せいぜい吠えている内容だけを検討して、必要なら取り入れればいいし、お門違いなら無視すればいい。

相手の言い方にいちいち捕らわれる必要はない。

自分がそんな言葉を使わないのはもちろんだが、言われた場合の防御策も訓練しよう。〕



〔下品な人の集まりでは、自分も下品になることも必要である。

気取ってばかりいてもね〕



〔時々、偉そうに考えの薄い意見を語る人に、突っ込みを入れたくなる衝動に駆られる。〕


〔不幸な境遇があったとしても、それをひっくるめて自分を好きにならなければならない。
そうすることで、その不幸な環境が、自分を素晴らしく成長させてくれたことに、将来気づくことになるだろう〕



〔苦しい時を乗り越えると、成長した新しい自分に会える。
乗り越えた経験が、自分を強くする。すべからく苦難は試練である〕



〔人間は習慣を持つ生き物なので、いくら正しくないからといって、それを変えさせられることには少なからず抵抗感がある。
年齢が高ければそれだけ習慣の轍が深いので進路を変えにくい。
方向転換には、時間を掛けなければならない。
急げば脱輪転覆の憂き目に会う〕



〔人は失敗からでしか学べない。
成功は学習にならない。
ステップを踏んで、自分を高めようとする人にとって、失敗はこのうえない先生なのだ〕



〔尊敬を得たいのであれば、金持ちになってはいけない。
金持ちになるとは、悪魔に心を売った代償だ。
自分に誇りを持って生きたいのなら、金の誘惑を遠ざけねばならない〕



〔地球最後の日を迎えて、初めて欲望に引きずり回されて生きていた虚しさを思い知るのだろう。
今日が人生最後の日になることもあるのに〕


〔思いのほか人生が好転する時がある。
しかし、後になって思うと、そういう時が一番危ない。
勝手な思い込み、驕りが、落とし穴に誘い込む。
うまくいっている時ほど注意が必要なのだ。
ではそんな時、どうすればいいか。
いい時も悪い時も、"感謝"の心を絶えず持ちつづけることだと思う〕



〔人は何かに囚われている。
正しいと思っていることでも、囚われた考え方から発していることもある。
むしろほとんどの場合がそうだ。
国の数だけ正義があるという。
仏教においても、"正義"の価値は高くない。
金、地位、女、欲望が人生を汚していく
。これらを捨てた時、誠実な、真の自分に巡り会えると思う〕



〔死に直面するような病気や怪我、心の迷いなどを経験すると、明らかに価値観が変わる。
その時は不運であっても、あとで考えると、人生を目覚めさせてくれる幸運であったりする。
自分のまわりに起こることは、すべて良いことだと信じれば、人間は成長することができる〕



〔振りかえってみると、たしかに青春時代はまぶしく輝いていた。
実感は薄かったかもしれないけど、毎日が刺激的で楽しかった時代だ。
肉体も若く、さまざまなチャレンジにこころ踊っていた。
しかし、僕も五十を越え、一時は、人生の終焉に向かうだけと虚しさを覚えたりしたが、今は軒昂である。
この歳になってようやくわかったことがいっぱいある。
ようやく見つけた幸せがある〕



〔絶対に人を傷つける言葉を言うまいとするなら、いっさい話をしないしかない。
どれだけ気をつかっても、網の目から突き出た棘が相手の胸を刺す。
それはいたしかたないことだ。
大切なのは、傷つけてしまったら躊躇せず謝ることだ。
間違いに気付き、間違いを改め、間違いを詫びる。
至極当然の行為であり、望むべき行動である。
そして、傷ついた方も、謝罪を受け入れ、相手を赦(ゆる)すことが、傷を癒す手当になる〕



〔人は物事を判断する時、自分の物差しで正誤を計る。
その物差しは、個人限定であり、同じように見えたとしても、他人とは違う。
違う物差しで論じているのだから、なかなか交点はうまれない。
むろん神様のものとも違う。
もっとも、神様は物差しなど持たない。
計ったりはしない。
物理的に計ると言う行為は、人間の便利のためで、神様には便利性は必要ない。
なので、自分個人の物差しで計った判断で、他人を非難するのは、いかにもせせこましい行為であり、神様の望む態度ではない〕



〔誰でも、騙されたくはないと思っている。
騙されることによって、被害をこうむることになる内容なら、耳を傾けるのも致し方ないが、そうでないことまで何故か噂話には引き寄せられてしまう。
これも判断をつけたがる人間の、淋しい習性である。
人の陰口は、陰湿な楽しみではあるが、噂の対象よりも、噂をしている当人の人格が、聞き手に探られていることを忘れてはいけない。
誰かの悪口を言えば、必ずブーメランのように自分に返ってくる〕


〔病気によって頓挫(とんざ)する人生もあるだろう。
それがいつ治ると知れぬ大病なら、人生設計は滅茶苦茶になったと思うだろう。
しかし、それも思い込みなのである。
だれも将来のことなど解らない。
計画通りに人生を歩んだとしても、それで幸せになる補償はない。
大切なのは、今を真剣に生きることだ。
自分に与えられた使命を真摯に受け止め、自分の心に従い、誠実に対処することだ。
そうすることで、さまざまな感謝の気持ちがわいてくる。
それが、人生を幸せにする道筋になる〕



〔その本を読んだときの年齢、生活環境、精神の追い求めるものなどによって、得るものは違う。
人間の熟練度によっても、目に映る光の加減は変わってくる。
さらに、シンパシーを持つ、心の友がいれば、共鳴の度合いも大きく変わる〕



〔一日の活動のほとんどはルーチンワーク(決まっている日常作業)かもしれない。
それでも積極的な動機を持てれば、些事においてもアグレッシブに取り組むことが出来る。
それには、誰かのため、という奉仕精神が有効である。
自分ひとりの中で完結してしまう作業は、孤独であり虚しさが染み付いている〕



〔物理的な見返りはいっさい期待しない。
純粋に、尽くせる相手がいることは幸せである。
憧れだけでも出来るかも知れないが、やはり心の反応があったほうが嬉しいに決まっている。
なくてはならない存在は、精神の一部であり、肉体の一部である〕



〔人間だもの、失敗もするさ、間違いもあるさ。
それが許せないと言う人は、どういう人なのだろう。
自分を優位に置きたいがために、他人の過失を詮索しているのだろうか。
他人が失敗するのを望んでいる、そんな下劣な企みは軽蔑しなければならない〕



〔おしゃべりをしていて楽しいのは、自分のドジ話。
みんなが愉快になって、ちょっと教訓にもなる。
人に好かれたいと思ったら、失敗談を面白く話す能力を鍛えればいい。
人は他人の失敗が大好きだから。
何より、自分の失敗を笑い話に昇華させれば、心の痛みはだいぶ癒されるだろう〕


〔「最も優れた人間がこの地上を獲得し、地球内外の諸領域で自由に活動できる」ようにするため、「遠い将来人類に生ずるであろう諸問題の克服のため、最高の人種だけが、全地球上のあらゆる手段と可能性に支持されて、支配民族たるべく招かれている」「世界史上最も偉大な民族であるゲルマン人による人種革命」―アドルフ・ヒットラー『わが闘争』

ナチズムはドイツ民族の過ちであったが、個人の心の中にも、選民思想が垣間見える人々がいる。
己の優位にばかり腐心し、他人を蔑む態度の人は有害である。
世の中が、自分のような人ばかりだと幸せなのに、と思える人を目指そうじゃないか〕


〔一日はおろか、一分一秒たりとも無駄には出来ない。
地震や津波で、一瞬にして命を失った人がいた。
それを思えば、与えられた時間のなんと貴重なことか。
どうでもいい時間を過ごしていいはずがない。
何をしたいかという我欲などではない。
偉大な力の導きで、命を授かった者として、自分の信じる道を歩み、悔いのない生き方をしなければならないと思う。
大自然の暴力を目の当たりにして、つくづく思い知る摂理である〕


〔客観的に突き放して自分を見られれば、絶望的困難が滑稽な舞台装置に変わる。
神様が新しいチャレンジを試しているのかもしれない。
どうせやることが決まっているなら、楽しんでやったほうがいい〕


〔アウシュビッツで生きのびたユダヤ人は、ユーモアを持っていた。
フランクルは『夜と霧』のなかでこう語る。
「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ。
ユーモアとは、知られているように、ほんの数秒でも、周囲から距離をとり、状況に打ちひしがれないために、人間という存在にそなわっているなにかなのだ。」〕


〔悲嘆したところで状況は変わらない。
映画『暴力脱獄』のポール・ニューマンは、幾度も捕まりリンチを受けても、また脱獄を続けた。
いつも微笑みを絶やさず、困難を楽しむように。
イエス・キリストが十字架にかけられたとき、世に伝わる苦悩の表情ではなく、案外にこやかに微笑んでいたような気がする〕


〔緊張しなければならない場面で、くつろいでいるのは不謹慎だろうか。
スポーツの世界でも、良い結果を残すのはリラックスできた選手だ。
緊張は体を硬直させ、頭脳を停滞させる。
常日頃のユーモア精神が、ここ一番の場面で勝敗を決す〕


〔人は先入観によって、考えの幅を狭めている。
物事を見る目は、常に新鮮であるべきだ。
そのためには、ひとつの角度だけでなく、さまざまな仮説を思い浮かべて、可能性を模索するのが良い。
それが時には滑稽に思えるときでも、頭脳は確実にリフレッシュされている〕


〔バットを二本振ってから一本を振ると軽く感じる。
不幸な状況は最悪の事態を想定していれば、たいがいそれよりはましである。
最悪の事態から少し得た余裕を、ユーモアに振り分ければポジティブに対処できるものだ〕



〔人間の殻の内側は、誰でも同じものだ。
殻の外側に出る部分に、それぞれの違いが生まれているにすぎない。
違っていることは悪いことではない。
それなのに人は人との違いに気を使い過ぎる。
表現の違いを楽しめばいいのだ。
笑ってしまえば、独立した自我に遭遇できる〕


〔今年は去年のつづき。
今日は昨日のつづき。
明日は今日のつづき。

つづいているから、どんな"今"でも大切にしなければならない。〕



〔人生の到達点は、老人になること。

老後の楽しみとして、青年期や壮年期の思い出が必要になる。
青年・壮年期は料理の下準備をしているようなもの。〕



〔「いい質問」が思い浮かべば、おのずから解決法は導き出される。

そのためには、正しい考え方を、正しい方向で身につけることだ。〕



〔締め切りがある仕事は、ある意味"楽"である。
期日に合わせて、できることをすればいいのだから。
期日が過ぎればちゃらになる。

ところが、一生かける仕事にはきりがない。
人生のチャンスは突然やってくる。
それを掴み取るためには、日頃のたゆまぬ努力が必要なのだ。〕



〔人生はすべて神様が用意してくれたものだ。
いろんな伏線がはられている。
様々な困難や苦労にも、人生の謎解きの楽しみが隠されている。〕



〔成功は失敗までの猶予期間でしかない。
失敗して始めて何かを学べるのである。〕



〔「太った豚より、やせたソクラテスになれ(J.S.ミル)」とは、長寿の格言でもある。

精神の肥満は、判断力の動脈硬化を引き起こす。〕



〔人間だけが"欲"を体内に納めている。
動物は必要以上のものは求めない。
欲を捨て去れば、欲求不満も消え去るのに。〕



〔世界中の人が、平和で、健康で、幸せになればいいと思う。
それをめざして、すべての物事を考察したい。〕



〔若い頃は闇雲に読み飛ばしていたが、そろそろ身になる読み方に留意しなくてはならない。
どんなに社会が変化しても、読書は人の成長にかかせないだろう。〕



〔不平は極力言わないに限る。
問題点があるのだったら、解決法を探せばいい。〕



〔人の行動原理は"自己満足"である。
なにごとも主体性を持って行うことが、満足を得るためには必要だ。〕



〔自分の姿は、他人の目によって明らかになる。
できれば、自分が他人を見るときは、その人の良いところを描き出したい。〕



〔他人頼み、運頼みは個人を成長させない。
家畜がエサを待つような人生は何も得ない。
人生は目標を持って、少しずつでも努力を重ねて進んでいくから、輝ける。
振り返れば、なんと多くの人に支えられ救われていたのだろう。
これを感謝せずにはいられない。〕



〔我慢をすることも、嘘をつくことである。
自分に鞭を打って、やせ我慢と言う嘘をつく。
でもそれが僕の生きる美学。
(これが過ぎると病気になるが)〕



〔余暇の楽しみが、自分を成長させることにつながれば一石二鳥ということになる。
ゲームやギャンブルは"脳内麻薬"が快感を与え、止められなくなる。
しかしこれはどんなに楽しくても、時間を浪費しているに過ぎない。〕



〔10年以上にわたったアフガン・イラクの"テロとの戦い"は、多くの命を奪い、社会を崩壊させた。
武器商人の懐は肥えたが、世界を不幸にしただけだった。
仕返しなどに意味はない。
許すことによってのみ救いがある。〕



〔夫婦喧嘩をしていて、「その台詞そっくり返してやる」と言われ、なるほどと思ったことがある。
人は己の嫌な部分を他人に見つけると、無性に腹が立つのだ。〕



〔魚を与えるのはほどこしで、魚の釣り方を教えるのが教育だ。
人生は思い通りには進まない。
そこを工夫して、少しでも近づけるのが生きる知恵だ。〕



〔"ディスチミア症候群"という病気が話題だ。
うまくいかないのは自分に責任はなく、環境や他人のせいだとする"適応障"だ。
"性格疾患"ともいえる。
医者や薬では治らない。
生き方を変え、自分で目覚めるしかない。〕



〔知識は、知れば知るほど知らないことが増えていく。
果てしない知の到達点を追い求めるのは、これも"依存症"なのか。〕



〔人の体の細胞は、半年をかけてそっくり入れ替わる。
新しい細胞に、遺伝子を伝達して古い細胞は死んでいく。
いつまでも死なない細胞が、"ガン"だ。〕



〔暗闇に明かりを灯し、周りを暖める。
そんな風になれたら本望だ。〕



〔不治といわれた大病、大怪我、自殺未遂など、死の淵に立つ境遇を経験した人は、物の見方が劇的に変わることがあります。

それまで信じていた価値観が、音を立てて崩れるからです。

自分の命と天秤にかけてみると、それまで追い求めていたお金や地位が、いかに軽いものだったかとその時気がつくのです。〕


〔人間の価値は、自身の中にはありません
誰かの役に立つことで、初めて存在するものなのです〕



〔人が"怒る"にいたるは、心情的側面、信念が関わります。

つまり人は、「自分の"正義"に叛く事態に直面した時に、"怒る"」のです。

自分は正しい状態・行動・考えであるにも関わらず、相手がそれに反する態度を見せた時、自己の"正義感"が相手を非難する感情を呼び、それが"怒り"という反応になるのです。

自分が間違っているとわかっている場合は、相手の対応に怒りは感じません。

正しいか間違っているか考えもしなかったことにも、反応は起きません。

しかし、よく考えてみたら、自分のほうにも"理"があったと判明した時、突然怒りが沸きあがったりします。

そして、「盗人ぬすっとにも三分の理」と言うように、どんな場面にも多少の"理"は存在するので、相手が自分の意に染まぬ行動をした場合、多かれ少なかれ"怒り"の感情は生まれます。〕



〔人生は長編小説で、主人公は自分。

物語の途中の障害は、主人公を成長させるための仕掛けです。

必ず解決することになっています。

何か困難に遭遇したら、作者である神様からのメッセージだと思ってください。〕


〔誰にでも人生において、"試練"と呼ぶにふさわしい困難に何度か見舞われるでしょう。

人によって打ち寄せる障害の大きさは違いますが、問題はそれを受け止める側の心の準備なのです。

僕は差し迫った困難に対し、「案ずるより産むがやすし」と自分に言い聞かせて不安を払しょくするようにしています。

実際に、想像より大きなダメージを受けた経験はなく、自分を信じて正面から当たればなんとかなるものでした。

他人の目から見れば、不運の連続で目を覆いたくなるような人生でも"幸せ"だったという人もいれば、平穏無事で災禍なく過ごせた人生でも"不幸せ"だったと思っている人もいます。

前者は神と寄り添った人で、後者は自分を含めて何も信じることができなかった人なのでしょう。〕


〔心をスポンジにして、一生吸収、一生学習です。

地位や権力を振りかざし、高飛車に接する人は哀れです。

傲慢不遜な人は、目の前の落とし穴に気が付いていません。〕


〔”真実”は人を傷つけます。

人とかかわり合って生きていくなら、”やさしいうそ”は必需品です。〕


〔「夢をあきらめないで」なんて言いますけど、「夢」は努力の積み重ねで築かれるものです。
自分自身を知るために、「身の丈に合った」生活を目指してほしいものです。〕


〔不機嫌を演じて得ることは何もありません。

まわりに気を遣わせても、自分が偉くなったわけではありません。

ただ迷惑な厄介者になるだけです。〕


〔目の前の景色に”色”を付けるのは、自分の脳です。

自分が美しく色づけすれば、どんな景色も素晴らしい絶景に映るのです。〕


〔人は死ぬまで成長できます。

加齢による肉体の衰えはありますが、それを補うわざもあります。

失敗や間違いは、心を磨く試金石です。

失敗から学ぶということは、経験値を高めることで、嫌な気分を引きずることではありません。

すべてを受け止め、貴重な経験を活かしましょう。〕


〔人の行動の重要度は、それがどれくらいお金になるかではありません。

お金のために、嫌々辛い仕事をしても、心身が壊れていくだけです。

贅沢なことはできなくても、夢中になってできることに時間を費やすのは幸せなことです。〕


〔悪口陰口が楽しいのは、その場のグループの共通認識に安心を求めるからです。

当然グループが変われば認識も変わるので、真理にはなりえません。

その場限りの、泡のような話でも、繰り返せば習慣となり、心に轍が生まれます。

轍にはまって動けなくなる前に、心を常に平らにする注意をするべきです。〕



〔”怒り”の根源は、自分の個人的な”正義”です。

しかし、”正義”とは多様なもので、絶対なものではありません。

そんな狭い判断基準で、脳を興奮させても、毒が体に回るだけです。

心の平穏こそ、健康の源です。〕



〔現在の自分は、過去から引き継いだものです。

しかし、過去に縛られるものではありません。

過去がいかに不遇だったか(あるいは幸運だったか)を、現在の気分に反映させる必要はありません。

大切なのは現在の自分が、幸せであるかということです。

自分の手の中にある幸せを、しっかり認識することが大切です。〕



〔幸せになるには、努力が必要です。

それは悪魔の誘惑に耳を貸さない、という努力です。

人は皆、幸せになるべく生まれてきました。

神様が全部準備してくれました。

素直な心で、自分という謎を解いていけば、必ず幸せになれるのです。〕




〔五感を研ぎ澄まし、英知を結集しても、人は過つ。それでもはじめから間違っていると思うことには、決して手を染めたくない。未来の自分に恥じることなく生きたいから。〕



〔五感を研ぎ澄まし、英知を結集しても、人は過つ。
それでもはじめから間違っていると思うことには、決して手を染めたくない。
未来の自分に恥じることなく生きたいから。〕


〔見たものだけを信じよ。
ただし、いろんな角度で見よ。思い込みのメガネは外せ。〕


〔今ある幸せにまっすぐ目を向けよ。
今ある幸せに感謝せよ。
今抱える問題も、今の幸せの一部だ。〕



〔人が考えて出した答えはそれなりに尊重できるが、何も考えず出した結論は、毒になる。〕


〔人は行動したことのみで測られる。
言ったこと、考えたことは仮説空想でしかない。〕


〔おのれの姿は他人にしか見えない。
思い違いは自分で判断できない。
だからこそ他人の言葉は宝なのだ。〕


〔どれだけ自分が特別な人間だと思っていても、DNAは一緒なのだ。
自分が特別な人間になるには、他人にとって特別な存在になければならない。
自分を大切に思うなら、感謝・献身・思いやり。〕


〔 自分の周りの人が、みんなこんな人だったらいいなあ、と思うような人に自分がなればいいのです。〕



〔 僕は、「結婚して、子どもを育てて一人前になる」だけでなく、「親を介護して初めて一人前」、と思っていましたが、「介護をしてもらって、本当の一人前」なのかもしれません。〕

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