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私の父はパチンコ好きだった。
常に仕事のことが
頭から離れない
責任感の強い男だったので
おそらくパチンコを打っていると
気が休まったのだろうと思う。
ただし
いまどきのパチンコとは違います。
戦後の草創期のころからなので
景品を持って帰って
家族に喜ばれる時代が
あったのです。
私が小学生のころ
東京から帰宅した父が
たくさんお菓子のお土産を
持って帰ってきたことが
思い出されます。
パチンコの景品だとは
知りませなんだが^^
晩年は家で仕事をするようになって
6時に終えると
それまでの厳しい顔つきが
少しゆるんで
ツッカケスタイルで
地元に一軒しかない
がらがらのパチンコ屋に出かける。
その店のオーナーも
日本名で名乗っていたけれど
在日の方で
裏ではその筋のつながりがあったようですが
なぜか父には相好をくずして
暖かく接してくれたんだそうです。
そのころの景品は
決まってタバコが5個。
残りは換金ですが
それが次回の軍資金で
箪笥の上に
お菓子の空き箱を置いていて
そこにタバコと
数千数百円が
常に入っているという
まあ今思い出しても
ほほえましい時代ですな。
私も大学生のころ
時々一緒に出かけたけど
父のようには勝てなくて
タバコを箪笥の上から
よくくすねていましたっけ。
そんな父が
あんなに好きだったパチンコに
行かなくなったのは
今のコンピュータ化された機種の
はしりが出てきたころでした。
「ありゃあもう、パチンコじゃない」
そう言ってましたっけ。
パチンコと
付かず離れず
勝っても負けても
楽しく遊んでもらって
度を越すようになると
身を引く。
昔の人は
分をわきまえていたのかな。
今のパチンコ・パチスロに
こんな「三丁目の夕日」は
存在しないと
断言できます。
空色