いきいき宋休記

いきいき宋休記

2008年01月19日
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カテゴリ: エッセイ・詩画



 1回や2回手を合わせ、お賽銭を入れただけで物事が成就するのであれば、こんな楽なことはありません。最後の神頼みなのかもしれませんが、日常ほとんど手を合わせることがないにもかかわらず、自分の都合に合わせてお願いしに行くのは、日本人特有の行為なのかもしれません。

 産まれたときは神社にお参りに行き、結婚式は教会や神社お寺、クリスマスは教会とは関係なくお祭り騒ぎ、そして亡くなったときは、信仰のあるなしにかかわらず、それぞれ縁のあるところでやっています。信仰がないから平氣で出来るのかもしれません。これは私たち宗教に係わっている者たちの責任と思っています。

 昔は願い事を叶えるために「お百度参り」というものがありました。百日間、毎日続けてお参りに行くようです。それも出来れば人の目に触れぬように行ったとの話を聞いたことがあります。そして現代人との大きな違いは自分のためではなく、家族のためや人のためだったようです。

 百日続ければ成就するという保障もありません。しかし願い続けること、しかもただ頭の中で考えているだけでなく、実際に行動していることに注目したいと思います。何かそこに鍵が隠れているような氣がします。

 イメージそして行動、次の日もイメージそして行動、そのくらい本氣でやっていれば、いつの日か成就するのではないでしょうか。イメージだけでは、まだ足りないということです。行動が伴って、しかも続けることによって確実に変化が起きてくるのではないでしょうか。

 大切なことに氣付いてから、私は自分に対する願い事はしなくなりました。自分中心に生きていたとき、迷うことが日常でした。



今日も
できることを
やったので
うまくいくような
氣がする





考えて
いるだけでは
少しも解決
しなかったが
行動と結びついたら
進展してきた








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最終更新日  2008年08月20日 11時04分37秒
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