いきいき宋休記

いきいき宋休記

2008年04月25日
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カテゴリ: エッセイ・詩画



 山桜は人間が植えたものとは違って、人目につくところにある訳ではありません。でもそれぞれが花開き、風によって花びらが舞い散り、ふと山桜の存在を知ることが出来ます。

 私たち人間は、人に見られるために行動していることが多いような氣がします。しかし山桜は人に見られるためではなく、それぞれが精いっぱい天に向かって咲いているように私には思えました。

 人間はその時その時代によって価値観が変化しますので、人に認められるように生きていると、長い目で見ると不安定なのかもしれません。しかし天を中心に生きると、天は時代やその時の状況によって変化することはなく、宇宙の道理から外れることはありません。

 無理という言葉がありますが、理に適っていないことを無理といいます。理に適っていれば、やがて実現します。理に適っていないことをすれば、当然そのような結果が出てきます。だから無理をした生き方は、長続きしないのかもしれません。

 自分中心でなく、天を中心に生きるようになったら、無理をすることがなくなってきたようです。自分中心に生きていた頃、相手のことやその時の状況を無視することが多いため、トラブルも多かったように感じます。

 自然に生きるとは、自分の都合で物事を判断したり、自分勝手に行動しないことではないでしょうか。自然を観察すると、無理をした生き方をしているものはありません。人間だけが自分勝手に無理をしているのかもしれません。当然、無理は痛い思いとして、直ぐに自分に返ってくるのではないでしょうか。




天に
向かって
生きているとき
活き活きしている





ちっぽけな
自分という
こだわりを捨てたら
好転してきた





自分の都合を
優先していたとき
うまくいかなかった
そして
自分のことは
後回しに
するようになったら
なぜかうまくいく








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最終更新日  2008年08月19日 09時53分16秒
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