いきいき宋休記

いきいき宋休記

2008年06月30日
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カテゴリ: エッセイ・詩画



 本人は一生懸命やっているつもりであっても、周りの人からみたら、余計なことだったりすることがあります。知らないのは本人だけで、周りの多くの人たちはただ言わないだけなのかもしれません。

 私がしてやったと、恩着せがましく言う人がいます。いつも自分が私がと、主張する人です。これを小我的生き方と言います。実際にやったことがいくら良くても、私がやったと主張することによって、後味の悪いものに変化してきます。自分から主張しなくても、誰がやったかは、周りの人が知っているのではないでしょうか。

 かつての私がそうでしたが、自分の都合を中心に物事を考え生活していると、次から次へと問題が生まれてきます。不自然な生き方だからでした。そして自分の都合を考えず生きるようになったら、たとえいろんな出来事が起きても、不思議に悩まなくなってきました。

 表現はいろいろあると思うのですが、宇宙であったり、神様や仏様であったり、見えない大きな働きであったりと様々です。するとだんだん、自分が私がという考えがなくなってきたのかもしれません。

 お陰さまで、恥をさらすことも平氣になってきました。背伸びした生き方でなく、分相応な生き方になってきました。自分中心に物事を考えませんので、何としてでもやろうとは思いませんので、焦らなくなってきました。相手のことも多少考えるようになってきました。

 自分をなくしたら、何もなくなってしまうという人がいますが、心配いりません。一度、自分が自分がということをやめて、生きてみてはどうでしょうか。実際にやってみた人にしか分からないのかもしれません。我の強い人ほど苦しみも深いのかもしれません。かつての私がそうでした。

 いつまでも握りしめているのではなく、しがみつく生き方をやめれば、とても自由になるのではないでしょうか。



くるしさや
つらさに
比例して
生きる
よろこびや
感謝が
与えられて
くるのかもしれない




表面
だけでの
判断を
思い込みと
いいます




※今日はこれから、富士山と八ヶ岳に出かけます。夜中から歩き始める予定です。






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最終更新日  2008年08月13日 23時17分48秒
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