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最近の瞑想中には すごく昔にあった いろいろな出来事が 浮かび上がってくる 小さかったころの事や 小学校での事 中学・高校での事 ・・・ すごく些細な出来事なんだけど・・・ きっと ハートは痛かったろうなあ~ と今 思い出しても 大した出来事ではないけど・・・なぜか 浮かび上がってくる でも その時には すごく大変な出来事だったに違いないだろうこと きっと 痛みを忘れようと ふたをしてきたのかな・・・ 今 その痛みの中に入っていく ・・・そして しっかりとその痛みを感じる ・・・今 その痛みが癒されようと 浮かび上がって来たんだ もう 終わってしまった ずーっと前の出来事・・・でも だからこそ 光 を あてる 風 を いれる しっかりと自分を癒していく そのためには 痛みとも友達になっていく う~ん その 強さ をほめてあげよう
2010.05.29
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インドから戻り なかなか地に足を着けられない ・・・ の夢心地から真剣に ( いつも私的には真剣なんだけどね・・・ ) セラピスト修行 と コース参加を再開したところ ぼろぼろ ぼろぼろ と 知らないうちにくっ付けていた イラナイものが勝手に剥がれおちていった感覚を身体に感じた 今まで 頭での理解をしていた知識が どんどん あっ これね はあっ これこれ ははあーん これかあー と腑に落ちた・・・ 感じとも違う 自然にやってきた感覚 すごく とにかくすごく 身体が軽くなったり だるくなったり 痛くなったり 人と出会うことへの恐怖を口に出し シェアしたことで 何かがはずれ今までせき止められていた 多くの何かが 怒涛のごとく流れ出した 全身の力が抜けて 頭はまわらず・・・与えてばかりの 悪い癖 人からもらう事も 少しは恐怖に感じないで 受け取れるようになりそうだ もっと もっと 私自身を癒していくことが セラピストへの道なんだよね
2010.05.28
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名古屋は とにかく 凄い雨 雨 雨 の中今晩 開催する ワンコイン瞑想会の準備中 今回は チャクラブリージング瞑想 CD の 音に合わせての1時間 身体の7つのチャクラに順番に 呼吸 を入れながら そのチャクラの エネルギー を感じていく瞑想 今そのCDをききながら 書いてるんだけど 呼吸が勝手に チャクラを登っていく感じ・・・ 身体の中から 燃えてくるような 熱ささえ感じられるほどの瞑想へのプロセス簡単なようで なかなか普段の呼吸では 全身の細胞1つ・1つにまで 呼吸を入れる事が できていないであろう 私達 ちゃんと 生きてるんだけど・・・ ちゃんと 呼吸できていない・・・ どういうこと 不思議でたまらない 呼吸とともに 身体も知らぬ間に動き始めるそして呼吸を吐くとともに 身体の力が抜けていく 意識的に 深く より深く より意識的に もっと深く ・・・頭で考えなくても 勝手に呼吸が変わっていくのが 不思議なくらい 自然に 呼吸だけに意識を向けて行くと 本当に頭の中が空っぽになっている だから その後には もちろん 自然に瞑想がおとずれる 計算されつくした 科学的な クリエイティビティー 新しい仲間とともに どんなエナジーがつくられていくのか 楽しみだわあ~
2010.05.24
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2008年10月から 本格的にセラピストとしての学びをアマリンの下で深め今回 2年ぶりに カウンセリングスキルコース に参加・終了した名前は同じコースでありながら 常に自分の歩みを着実にジャンプアップしてくれるまったく違うコース しかも この2年の間に 3度目のチャレンジでやっと参加できたコース 自分でも 準備が整った と感じ楽しみだった ワクワク・・・ドキドキ・・・ そんなもんじゃない 次から 次へと 見えてくる 見えてくる 頭で理解していた 多くの知識が 勝手に 身体にはいってくる はいってくる事もあれば 身体の外側にくっ付いていた必要のないものが勝手に ぼろぼろ落ちていく なんじゃこれ なんじゃこれ 私の望んでいないことなのにい~ 私の望んでいたことわあ~ ゴールを決めてスタートばかりしていた 私にとっては驚くばかりの 感覚 体験 何もする必要もない これこそ ほんものの体験 何もする必要はないんだね
2010.05.22
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人の話を聞く時・・・ あまりに無意識になっていないだろうか?テレビから勝手に流れてくる 音を聞くように・・・街中の雑踏の 騒音が聞こえてくるように・・・家族の中で・・・ 夫婦の関係で・・・ 親子として・・・本当に 聴いているだろうか 相手の顔を見ながら 目を見ながらでも ・・・実は いくらでも他事を考える事はできてしまっている 事実 感じてみてほしい ハートを開いて 聴いてみようよ ハートが耳になるくらい 目や口と違い 耳はいつも開いている なんと 受容的な器官なんだろう なのに 人間はマインドに入り込み 常に受容的な耳を無視して聴いているふりを している もちろん 無意識に さあ 明日の日曜日には 全身を耳にして 愛する人の言葉を聴いてみようよ まずは ハートをひらいて ただ その人の言う事を ただ聴く なんの助言も 意見だって なくていい ただ 聴く 全身を耳にして それなのに なぜか 自分があたたかい心になってきて身体まで ポカポカしてくるかもね
2010.05.15
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最近 私の周りで人の入れ替わりが 目立つ 学校の新年度には 関係なく 移動やら転勤やら・・・ということは 新しい人との出会いがあるわけなんだけどね 私を知っている人から言わせると 人見知りもなく 誰とでも最初から仲良くできる人 なんて 表現をされてしまうけれど・・・実は そこには大きな恐怖が隠されていた 攻撃は最大の防御 という言葉が たぶんピッタリ!攻撃してるわけじゃないけど・・・自分でも 見ようとしてこなかった部分を 人に見せる事はもちろん 気づかれる事なんて許せるはずはないよね・・・ こ ん ま い や つ ですでも もう 疲れました 何もしないことに くつろげない 辛さ 常に 自分の自分に対するジャッジに びくびくしながら 人の目を欺きながら よろいを着続けるのは もーいい加減に手放します 自分の内側の平和 それだけに フォーカス
2010.05.14
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リーマンショック から 少しずつ 立ち直ってきたかと思ってきたところに ・・・ また ギリシャショック ・・・ まだまだ くらあ~い経済状態が続くらしく 厳しい世の中にあってこそ本物が生き残る時代といわれじゃあ 何が本物? 何が必要? 何が大切? なの 自分の手の内にあるものは 失いたくはなく 持っていない物は 外へ外へと 取りに行く そんなことばかりを続けてる世の中で 最近私を助けてくれた 愛とは怖れを手放すこと その言葉を 通して 常に 私のハートが 暖かい状態 を保つことを意識しての毎日となった 愛 という表現だと 対象になる人や物 がでてきてしまい 駆け引きや策略や嫉妬まで出てきそうで ややこしい だから 自分のハートが 暖かい状態 であれば それでいいそしたら みるみる周りの状況 や 人の反応や言葉までが変化した まだまだ 無意識に 反応している時も もちろんあるけど今 私のハートは暖かいだろうか この反応・・・ この言葉・・・ この眼差し・・・私のハートの暖かさからなんだろうか そんな風に 自分の言動を 観てみる そして 私のハートを暖めてくれる 最大の味方は私の中にずーっと前からすんでいる 小さい頃の私自身と大きくなって 何でも自分の責任において 行動を起こすことが出来る 大人の私自身決して ひとりぼっちではなく愛すべき存在であるということを 確信させてくれる だから ハートは 今も 暖かい
2010.05.12
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子どもが小さい頃は 叱られても すぐさま ケロッとしている姿をみてはは~あ~ 何も反省しとらんなあ~ とよく思ったもの でも それって 子供が常に その瞬間に完全に生きてるからなんだなあ きっとそれが 知恵というものが 頭にすりこまれ この場だけの反省ポーズをするようになる昔 はやった 反省だけなら猿でもできる その頃には その意味深さを解釈できなかった私も 成長したんだねえ~ いくら 反省したって その場だけの 「 ふり 」 じゃだめなことくらいは しってたけどさ そうじゃなくて なぜだろう 自分自身が真底 反省しても 「 ふり 」 に終わってしまう時があるのは そうなんだよね 「 反省 」 って 今 に 生きてないんだよね 常に 過去をみてる あの時は あーだった・・・ こーだった・・・・ そして失敗した・・・・・そして 未来ばっか気にしてる あーなったら どーしよう・・・ こーならなかったら どーしよう・・・・ また失敗してしまうかも・・・ とね だから 「 反省 」 からは なにも生み出しはしないんだよね やっぱ!! 今 しかないんだよね どんなに失敗しても どんなに うまくいっていなくても そこに巻き込まれずに ちゃんとみること ちゃんとその現実をうけとめること そうすれば 今 何かが動き始める 何かを 無理して スタートしなくても きっと 呼吸するように あたりまえに あなたの本質は 愛 そのものだから
2010.05.09
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友達が仕事をやめた 愛のあふれた 瞑想的なスペースにいたけれど 彼女いわく 何が何でも 常に YES と言っていた とそれが NO という選択しがあることがわかった と愛に包まれていることは わかっているけど 自分の思うままにしてみたい!! とそれが エゴだとわかっていても 自分のやりたいことを 自分のやりたいと感じるままに 自分のハラの底から聞こえてくる 本当の声に耳を傾ける と素晴らしい ワンステップに私はエールを送った エゴで悪いか と
2010.05.08
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早朝の アクティブ瞑想の時に 呼吸がハラまで入っているか?明確にわかるステージがある ストップのステージ 静寂とともに瞑想が訪れる時 ひどい時は ストップの声に反応して 呼吸が止まってしまう もちろん 無意識になんだけど・・・これって 日常生活の中にでも みられる現象かも・・・ 同じことを毎日繰り返す中にでも 違う反応をする 自分をみてみる どんな時に ?どんな風に ?やっぱり いつものパターンがみえてくる じゃあ 呼吸がちゃんとハラまで入る時は?ハートがちぢんでない時 オープンに開いている時 じゃあ 常に ハートを縮ませないように オープンに開いていれば いいじゃん そうそう いつも 単純・明解 なもんよ ただ それが 常にできるかどうか そこでも 出来ない時も あるさあ~ 今は できなくても 常にできるようになるまでの プロセスにあるんだあ~ やったあ~ 今はできてる その時々の 今 を認めてあげれば いいだけで あ~ まだ できてない どうしてだろう~ だめだなあ~ と 自分をジャッジして 批判したって よりハートを縮ませるだけ そんな時は 内なる平和 か 苦悩か どちらを 自分が望むのか 聞いてみると 簡単だよ そんな・こんなで やっと 呼吸が深くはいってきた 今朝 その分 身体のあちこち 外側だけでなく 中側が痛くてたまらない それに 呼吸が入ってきても 深い部分から吐き出そうとしているのに のどでストップされるのがわかる その詰まりをゆるしながら 無理せず 力を抜いていく 手放していこう とする 自分を 応援しながら 今の 痛みとともに在る わたし
2010.05.06
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今朝の瞑想リーダーのひとこと 反省してよくなった 試しがない 静寂のスペースの中で ふぁっ ふぁっ ふぁあ~ と 笑っちゃった
2010.05.05
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ゴールデンウィーク まっただ中 いつものように 月曜日のお休みのきのう 用事で 名古屋の大須まで さすがあ~ 今は 若者の街となった 大須商店街 は 久しぶりにみるほどの 人ごみ 用事を30分ほどで すませ わが家へ・・・はふう ~ 一息ついて あまりの晴天に どこかへ出かけたくて ウズウズ さてさて この ゴールデンウィークの中 どこへ そこで 八事まで行き 興正寺から 八事山散歩道 という 遊歩道へ 夕暮れまでのひと時 汗ばむ陽気とは うって変わり 風も心地よく ひとりの時を楽しんだ あの 大須や地下鉄の人ごみが 嘘のように 人に出会うこともめったになく 落ち葉のじゅうたんに腰かけ 1本の木を背に 本をひらいた まるで 誰かに 包まれたかのような感覚とともに 自然に涙があふれだした 開いた本もそのままに 自然に抱かれ 目を閉じる 何も考える事もない 何もすることもない ただ背中から伝わる愛を感じ 在る 時折 木々の間から お日様の光を受けながら ちっぽけな 存在の私は 偉大な自然界に溶け込んでいく ただ 穏やかさの中に 静まり返っていく こりゃあ これからは ここに決まり!! ってね
2010.05.04
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ボディーワークが私には 最高の自己表現で これまた心地よい その反対に アートに関するワークは にがてだなあ~ もちろん それぞれ あるんだろうけど ・・・ 私の アートに関しての 苦手意識の根源は アートは作品として 否が応でも 人の目にふれる って ことは そのアートを見て 私を判断されることへの 恐れ だということに 気付いた どんなに 隠しても どんなに つくろっても 私は 私 でしかないのに見透かされることを 恐れている それに気づいても なお 恐れる これは アートに関してだけでないことにも 実は 気づいてしまった そうそう 人と関わること それ自体にもね 何に恐れているのか 分からないことにも 恐れ どうすることもできなかったけどその 恐れの正体が 少しづつ 見えてきた 笑っちゃうように 単純なことだったから 単純で明解なものなのかもね 見えてしまえば 恐れと 愛 は 同じ瞬間には 存在できないもの 恐れでなく 愛を 選びつづけよう Love is letting go of Fear
2010.05.02
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もともと フェイシャルを中心にエステを施してきた わたし 沖縄移住の時 生活のためと 現場復帰のために ホテル内のエステでバイトをはじめたその時に ボディーをケアする側へ それから ボディーワークは 私を表現する 大切な方便となった まるで ダンスをしているように まるで 歌っているように それは 至福のひと時 触れることの よろこび 大切な 瞑想のひと時 残念ながら 触れられることでは なかなかリラックスできず マインドがぐるぐる回りだす 2月のインドでは それも克服 信頼して オープンになることでできた 触れられることで 身体がよろこんでいることを感じられた 赤ちゃんの時に 暖かいぬくもりに包まれた 感触なのだろうか ・・・それよりも前 おかあさんの子宮の中の感触なのだろうか ・・・きっと 誰にでも 細胞ひとつ・ひとつにまで 刻まれた 守られている 記憶 何の 防御も防備も必要としない ありのまま でいること自分自身を意識する必要もなく何をする必要も どこに行く必要も誰かになる必要もないただ ありのままで ありさえばいい それが 私のボディーワーク 触れることも触れられることも 大好き
2010.05.01
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