浮かぶ瀬



人々の心に 神より授かりし神の光と生きる喜び、希望、神の智恵と
勇気があるがままにあるべきところにありますように


久しぶりに雨音がしています。
良い天からの恵みです。
今日は立春、暦の上の春の始まり。
でも、ここには、もうすでに春の気の巡りがあり、大地が温かさを
増して来ました。
健やかに、草木たちが伸び始めるでしょう。

ほんのりと明るい空、静かな雨音。
なんて穏やかなんでしょう。

いろいろなことがあり、でも、結局は神の御手の内にあり、
護られているのかもしれません。
良く、どんなことがあっても、解決策は湧いてくる、と
言いますけれど、他人に押し付けられているうちは、本当の
自分の気持ちが見えていないので、自分の心がすっきりとする
解決はなく、また、同じような問題に悩まされ続けているのかもしれません。

良く魂がレベルアップすることが必要とか言いますけれど、
いつ、どのようにして?など、解っていたら、ヒントがあったらと思うことが
多くなりました。

この頃、人のことは良く見えるのだけれど、自分のことは見ていない、見えていない
、という気がします。
少し自分から意識を離して、他人の目線で、あるいは仏様の目線で考えると良い、と言いますけれど、
テレビを見るようには、映像にならないので、心が完全に離れて見る、ということは
まだまだ出来ないのだな、と思います。

今はいろいろなことが、悪く悪く重なってしまっている社会がそこにあるので、
良いことだけ探そうとか、幸せだけを見つめようとかしても、悪いことにぶつかる回数が
非常に多くて、やっていけない現状があるように思います。

他人によって生み出されている混沌としたカオス、他人の作った泥沼に放り込まれてしまったら、
必死にもがいて泳ぎ切るも良し、誰かの助けを待つも良し、自分の力を知っているということが
必要なのかもしれません。
力で泳ぎ切れるのか、その能力のあるなしの判別だけは持っていたいと思うのです。

人はひとりではなく、いつも隣に神様がいて下さいます。
たとえ、泳ぐ力なく沈んだとしても、神の手が伸ばされない訳はないのです。
沈んでみれば、浮かぶ瀬もあり、別のものが見えてくるのかもしれませんね?

人は沈んでは行けないと、必死にもがいて力尽きているような気がします。
力ない時にもがくと、ますます抜けられなくなります。
そのままで、助けを待っていても、誰も責めたりはしないでしょう?
そのままある、ことが正解の時もあるのです。

忘れていませんか?
すべからく良い方向がない時もあるのだということを。
そのまま、沈まぬように時を待つべくして待つ時期というのも、人生には
あるように思えてなりません。

他人と同じてなくてはいけませんか?
見栄の張り合いをしても、世間体だけを整えても、泥沼に沈んでしまえば、
意味がありません。

ご自分の現状というものは、ご自分のものであり、他人がすべてを解っている
訳ではありません。
ご自身で判断されるのが一番です。
無理が重なれば、どこかで歪みが生じて、心が崩壊して行きます。

時には、ただあるがままに、他人にはどう思われても、沈まないままにあることも
良いのではないでしょうか?

あなたの人生です。
誰かの言う通りに生きるための人生ではありません。

あなたの魂が喜ぶように生きるための人生なのです。
間違った道を歩まれますと、苦労ばかりで病むことになり、何も喜び事が生まれてきません。
正しい道を選び、神様と笑顔で苦労出来ること、笑顔があるところには、喜びが生まれ、
幸せがやってきます。

常に神様とともに、笑顔で歩める道をお選び下さい。
光あると感じられる方向に行かれることです。
常に神様は光により、その存在を示され導かれています。

立春、本格的に春が巡って参ります。
良い気を取り入れて、良い生活に良いお仕事に活かされますように...


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