すずめ日記

すずめ日記

March 31, 2006
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テーマ: 時の傷跡(32)
カテゴリ: カテゴリ未分類
2005-11-05 15:57:35


私の父は今年1月15日に肺がんで亡くなった。
もう癌がわかった時には手遅れで余命を宣告され、ならば「出来るだけ苦しい治療はしないで欲しい」という事は母とは話していた。

肺の癌は手術などもうできる状態ではなかったが、脳に転移した腫瘍は病院としてはほっておく事はできないと放射線治療をした。昨年の12月の事だった。

母は治る見込みが無いのに治療をし、看護している自分をむなしく思ったと言っていた。それよりも副作用で辛いのは父本人だったはずだ。

正月に自宅に一時退院してきても父はトイレにも一人では行けない状態。

正月あけ、再入院して10日もたたないうちに父は容体が悪くなった。

以前にも書いたけど急変した時に私は出かけていて留守電を聞いて病院に電話したとき、看護師さんが「お母さんとかは延命治療はしないで下さいと言っていますが娘さんはどうですか?」と聞かれた。これが家族への確認だろう。
私は病院から遠い所にいたのでかけつけても間に合わないかもと思ったが「延命治療はしないで下さい」と言った。


大きく息をして、今にして思えばそれは苦しそうだった。
「お父さん間に合ったわよ」と母が父に話しかけるがもう意識は無いようだった。
私はその時はじめて涙が出て止まらなかった。

それか一時間近く父を見守った。
途中、荒い息をしながら父の目からは涙が出ていた。

呼吸がだんたんとゆっくりになり、心電図の棒線グラフの波がなくなり父は息をひきとった。

その時からいままで「父は苦しまないで逝って良かった」と思っていた。葬儀の時とかも口を開けばその事を言っていた。でも実際は家族みんながそう思うようにしていたのかもしれない。

最近の呼吸器外しのニュースで色々な人の意見を聞いているうちに「父本人の気持ちはどうだったんだろう?」と考えてしまう。
自分自身は延命治療はして欲しくないし、脳死で使える臓器は移植して欲しいと思い「臓器移植意志カード」も持っている。
でもそう言えば父の意志って聞いた事が無い。
実際余命宣告された闘病中に「どうする?」なんて聞けもしなかったし。

正月にもう普段通りの生活が出来無い父を見ていて「このまま長く闘病してても思うように動けない父はイライラしていて本人は辛いだろうな」って私が勝手に解釈して。でも本人はそれでも望みをかけて「少しでも生きていたい」って思っていたら?
とか。きりがないくらい自問自答してしまっている。

死んでしまったけどお父さんの気持ち聞いてみたいな。

このニュースで私はこの外科部長の取った行動は間違っているは最初から思わないし、遺族の人も改めて「実は取り外す事に同意した」って言っていたけどなんとなくとっさにわからなくなる気持ちもわかる。

そして今一番に思うのは…お父さんは苦しまなかった、と思うのは家族としての願いであるだけで、少なくとも亡くなる前の数時間は苦しかったのではないかという事。元気にしてた人がたった3ヶ月で死んでしまうんだもん。苦しかったよ。



きっと答えはずっと見つからないままかな?





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Last updated  April 1, 2006 12:25:53 AM
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