スピリチュアルカウンセラー 詩音の日々(2003年11月開設)

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2004.02.07
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私が育った家庭は、日本ではごく一般的な仏教系宗教団体の檀家です。

お彼岸や命日などに法事をしたり、お墓参りをするという感じです。
子供の頃に住んでいた家には、そういえば神棚もあったな。

でも、私は子供の頃からキリスト教に関心を持ってました。
子供ながらに、なんかカッコいいと思っていたのです。
ステンドグラスに彩られた教会の雰囲気や行事は、
お寺とは全く違うもので、とても洗練され美しく楽しく感じたのです。
賛美歌を歌う聖歌隊の衣装はまるで天使のように可愛らしく見えました。


両親はどちらかといえば、宗教嫌いでしたが、
子供が日曜日に礼拝に行き、「両親を大切にしなさい」と教わってくることくらいは
よいことだと思っていたのでしょう。

その後も、正式にクリスチャンになることはありませんでしたが、
縁があったときには時々、いろんなキリスト教系の宗教団体(ときには異端と呼ばれてい
た団体もありましたが)礼拝に顔を出していました。
教会に行ったり、礼拝に出るとなぜか心が落ち着くのです。
でも、私が成長するに従って、両親は宗教的なことに関心を持つことに危険性を感じて、
次第にあからさまに反対するようになりました。

「宗教は弱い人間が、頼るものだ。お前はそんなに弱いのか。」
「宗教は危険だ。心に毒だ。」


私が求めている大切なものがそこにあると、なんとなく感じていたからです。

私はその頃は、何故両親がそんな風に言うのか、理解できませんでしたが、
今はよく理解できます。
私はこの両親以外に、自分が信じて頼れる親となるものを探し続けていたのです。
神を信じていない両親が怯えるのも無理はありません。


私は、いつも絶対的で完璧に信頼できる何かを求めていたので、
それは人間との関係、そして人間社会の中で得られるものではないのではないかと、
うすうす感じていました。

その後も、いろんなことがありましたが、私が神という「本当に信頼できる親」
とやっと出会えたのは、20歳の頃です。

その頃には、自分の人生がにっちもさっちも行かなくなり、絶望的な状態が続いていまし
たが、私はその頃に所属していた、やっぱりキリスト教系の宗教団体での中で祈りを通じ
て、神と出会い、親しくなっていきました。

実際のところは、人間関係がことごとく上手くいかず、その宗教団体の外ではもちろん、
内部でさえも、皆の嫌われ者となり問題児として誰にも理解されない孤独感の中で、
神しか心を許せる話し相手がいなかったのです。

私の出会った神は、どんなときも絶対的な「無条件の愛と許し」の存在でした。
どんなに自分と人を責め、嫌い、疑っていても、その神からの声は
「そんな貴方を心から愛している、すべて許している。安心しなさい」でした。
一回だけの神秘体験というものではなく、常に祈りの中で答えてくれる静かな声として
神の存在を身近に感じるようになりました。

神さまは、怒りや憎しみや不安、嫉妬、欺瞞、不寛容、不親切、無理解、復讐心など、
人間がもつ様々な否定的な感情を一切もたない、絶対的に「愛と平和」しかない存在でした。

私は最初から神とはそういうものだと思っていたので、疑問なく受け入れることができました。
その出会った神との付き合いは、その宗教団体をやめた後も続きました。

宗教団体が信じさせようとしていた、自分以外の人間が創り上げた偶像の「神」ではなく、
私は、自分の中にいる「神」と出会っていたからです。

自分が神から、無条件に愛され許されていることを知ってから、
私も神様のように、起きることすべて、出会う人全てを無条件に愛し許したいと思いました。
今も、神の立場から理解してみようと日々試みています。

でも不思議なことに、人々は「無条件の愛と許し」を本当には求めてはいません。
それは私達が「完全な自由」を望まないのと同じ理由です。

それには、自分の人生に対して、全面的な責任を負う意識が必要だからです。
だれだって不都合なことは人のせいにしておいた方が楽だし、その方が慣れています。
でも、本当はちっとも楽はないんですけどね。

愛と自由と平和への道を阻止するのは、常に人の心の中にある「恐怖感」です。
神と出会ってからは、私は自分の心の中の「恐怖感」消すにはどうしたらいいのか、
ずーっと、ずーっと、考えて取り組んできました。

神に出会った後でも、自分の人生が余りにも苦痛に満ちていたので、
普通の人のように普通の平穏な日々を過ごしたいというのが一番の願いでした。

次の日記では、この「恐怖感」とどう取り組んできたか、書いてみようと思います。

明日につづく。。。





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最終更新日  2004.02.08 21:25:24


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