スピリチュアルカウンセラー 詩音の日々(2003年11月開設)

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2009.01.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
最近、いろんな活動に手を出しているので、




このところ一番関心があるのは、

「コミュニティー ビルディング」

人と人のつながりを意識的に創り上げる

というような意味でしょうか。



私のように、ずっと個人カウンセリングだけしてきて、
複数の人と同時にお付き合いすることがあまりなかった人間が、
真逆のことをやりはじめてる。



人は人の輪の中で育ってゆくものだから、

人の輪をよりよいものにしてゆくことは、
自分が社会に対して働きかけたいこととほぼ一致している。



人の輪はどうやって作られてゆくのか?
人間関係はどのように絆が出来て、深まってゆくのか?

数十年前の日本なら、考えることもなく、
ごく当たり前の地域社会での人との繋がりが、
いまや、意識して再構築してゆかなければならないほど絶滅してしまったのかもしれない。


一体自分に何が出来るんだろう?

本当のところ、私は人との関係を本当に作ってゆく能力があるんだろうか?

私は、周囲の人と何が違い、何が同じなんだろう?

逆に、人には簡単に出来て、私には難しいことも実は沢山あるみたい。

特に、集団行動が苦手・・・

そんなことがあれこれ分かったてきたら、
社会の中の自分の役割や自分のやり方が見つかるような気がする。


社会との関係は、突き詰めれば自分自身との関係ということなんだろうけど。












集団と関わる中で見えてきたことがある。

いわゆる「群集心理」というものを垣間見ているのかもしれない。

だから群集の中にいない時、
その人は、個人の生活者としては全く違った顔をもっているんだろうと思う。




でも、人は群集の一部になってしまうと、
何かの責任をとりたがらなくなってしまう。

責任を取るつもりがないから、
結局、主体的に行動をしない。

創造的に動かずに、受動的に動く。
人から言われたことや、安全と確信した範囲だけで動く。

そういう心理状態の人たちの口癖は

「難しい。」
「無理だと思う。」
「あの人の責任」
「自分たちには、あるいはこの状況ではどうしようもない」



どういう理由や原因があって、こういう言動になるのか?
友人にも質問してみた。



それはね、多分
「傷つきたくないから」
「新しいことをしてうまくいくイメージがもてないから」
「人から非難されたくないから」
「ストレスを感じたくないから」
「安全な感覚が何よりも大切だと感じているから」


そして、そう思わないで行動できる人は社会の中でごくごく少数なひとたち。


サラリーマンとフリーランスで仕事をする人(出来る人)の決定的な違いが
そういう主体性や冒険意欲や安全感が失われるストレスに対する耐性

とのこと。


人の輪の中にいても、「群集」の一部にならないでいる。
そういう気づきを保つことはとっても大切なことなんだろうと思う。


私はかなり強く主体性をもち、恐怖感に対する耐性があるのかもしれない。

私はごく若い頃に依存関係の中で「自由」を奪われていたので、
それがトラウマになって、逆に受動的に人任せに生きることが難しい。

これが私の個性なら磨いていくしかない。

そして自分の役割を果たして、人がはぐぐまれるコミュニティーをつくってゆきたいな。



********************

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最終更新日  2009.01.14 01:42:27


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