Spring Has Come

Spring Has Come

ばいばい


葬儀屋が再びやって来た。
春歌を連れて行くためである。
小さな小さな棺が用意され、私はTさんと一緒に
春歌に新品のツーウェイオールを着せてあげた。
退院用にと母が買っておいてくれたもので、水通しをし、
入院するまで家のベビーベッドに置いてあったものだった。
クリーム色のスヌーピー柄で、春らしく薄い生地。
こんな日のために用意してもらったんじゃないのに。

白い肌着を脱がせ、初めてちゃんと春歌の裸を見た。
小さいながら、しっかりしたパーツで出来た真っ白な体。
紙オムツもきちんと付けてもらっており
おへそには四角く畳んだガーゼが止められている。
この時、もっともっと体を見ておけばよかったと深く後悔している。
誰に急かされたわけでもないのだが、そそくさと着替えさせてしまったのだ。
生きている子なら、もたもたしていると風邪をひかせてしまうので。
・・・そんな心配は無用なのに、何と皮肉なことだろうか。

白木の小さな棺に身を横たわらせ、これも母が用意した、服と同色の可愛い帽子をかぶせた。
まだぶかぶかなのが少しおかしかった。
葬儀屋に小さな杖と数珠を渡され、棺に入れるよう言われた。
杖は、三途の川を渡るときに道に迷わないよう持たせるという。
数珠は片手の指をそっと開き、握らせてあげた。
その間、夫と義母は黙って後ろで様子を見ていた。
Tさんや小児科医の他、数人のスタッフも集まり、いよいよ別れの時がやってきた。
(O先生はこの時お産が入り、同席出来なかった)

葬儀屋の指示で、最初に私たち夫婦・義母が棺の春歌に手を合わせ、
その後スタッフの皆さんが手を合わせた。
私は、ふと思いついて、新生児用ベッドで春歌に付き添ってくれていた
ゾウのマスコット人形を棺に入れることを許可してもらい、
春歌の傍に置いてあげた。これで寂しくないね。お友達だもんね。
「死産」と記載された母子手帳も一緒に入れた。・・・これは後に後悔した。
例え悲しい記述があったって、確かに春歌を宿していた証として
とっておけばよかったのだ。

ついに棺の蓋を閉めるというときに、もう一度私は春歌に触れることが出来た。

今まで何度も抱いたし、何度も話しかけたのだが、
ここまでやれば満足、という区切りなどある筈もなく。
静かに眠る春歌の頬に、おでこに、唇に手の甲に、何度も何度もキスをした。
ファーストキスがお母さんでゴメンね。許してね。
大声で泣きたかったが、それでは涙で顔が見えない。
ぐっと堪え、春歌の天使の寝顔を、スヌーピーの服を着た小さな体を、
一生忘れないように瞼に焼き付けた。
絶対に、忘れてはいけないと思った。
「さあ、お外に連れて行ってもらえるよ。
 青いお空が見えるといいね。
 ばいばい・・・」

棺の蓋がそっと閉じられ、静かに抱えられて春歌は去っていった。

翌日の午前10時。
どこか近くの火葬場で、春歌は荼毘に付された。
居合わせたTさんと母と三人で黙祷した。
私はこの日、無理を言って退院。
春歌がいなくなった病院に、いつまでもいる理由などなかったから。

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