2008年12月09日
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 最近五木寛之の人間の覚悟や人間の関係を読んだ。

 その中で著者は、もうそろそろ覚悟をきめなければいけない。躊躇している時間は無い、いよいよこの辺で覚悟が必要だと言っている。

 『覚悟』とはあきらめることであり、投げ出す事ではない『諦める』は『明らかに極める』こと。希望でも絶望でもなく、真実を真正面から受け止めることである。これから数十年は続くであろう下山の時代の中で、人はどのように自分の人生と向き合えばいいのか著者自身の言葉で語っている。

 戦後50年日本はある種の躁の時代であった。平和国家の建設や民主主義のような大きな目標の中で技術立国、経済大国、男女同権など明るい目標があった。

 池田勇人首相の所得倍増論から田中角栄首相の日本列島改造論等・・・東海道新幹線開通や名神・東名高速道路の建設、その後のオイルショック時には積極的な経済対策による建設ブームで夜も寝る暇が無いほど働いた。

 自分が就職した昭和40年代の初めは、給料も安くしかも無報酬の残業が多くつらかったが若かったし、仕事に対する情熱もあり、今考えるに当時は幸せだったかと問われると・・・幸せだったと答える。 登山に例えると登りの時代であった。

 小泉純一郎首相になり、今までの無駄な公共投資が批判となり、聖域無き構造改革により、建設業の衰退に始まり、地方経済は破綻し、経済格差の拡大や年間3万人を超える自殺者の増大、秋葉原の誰でも殺せば・・といった無差別殺人等暗い事件が続く。

 極最近では、グローバル化された情勢の中、アメリカ経済の破綻による世界的な不況に見舞われて派遣社員の大量解雇等あきらかに下りの時代を迎えており鬱の時代になった。



 足元をしっかり見据え、転がり落ちる(破綻)こと無く、ゆっくりと現実を直視しながら下山する覚悟が必要だと思う。

 限界集落化した地方も同じで、農業経営も厳しく所得の伸びも多くは期待できない。地方の現状を維持する為には、年金受給者を中心とした集団営農化も一つの選択肢だと思っている。

 著者はこれから続く鬱の時代を生き抜くには、人は大河の一滴だとしても生きることは壮大な営みがある。生きることの儚さを胸に、日々を感謝して生きていくしかないその覚悟が必要だと結んでいる。











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最終更新日  2008年12月10日 16時21分09秒
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