野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

2008.09.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
和尚のサニヤシンたちに関する批判だから
唐突で突然だけど、受け入れてくれるはずだと思う。
そういう思いから、少し書いてみる。
少し前名古屋のザ・ホウリスッティックソサクィアティというところから
ニュウズレターが届いた。
いろいろなワークショップ、セラピーと瞑想などDのワークショップが
そこで開かれたりしていることが紹介などされていた。
人の精神的なトラブルや、精神的な目覚めなどのための
具体的なワークショップが、さまざまに行われていること自体には、

肯定できる。
でもともかく高い。
コスのご案内、という初めの方の頁には、2日間のワークが
13万とか、14万とか、ビッツクリするような値段がついている。
私自身はこういう高い値段を見るだけで、受ける気がしなくなる。
和尚とのかかわりや瞑想、自分自身を見つめることから得た私の感性は
こういうことに納得できない感じを持つ。

サニヤシンたちの中にも、
自分たちの世界に閉塞していることから来る、
感覚、考え方、価値観の歪みというものが生じてはいないだろうか。
私にとっては正気の沙汰ではない感じである。

敬意とでも言うものが掛けている気がする。
そういうことを正当化する言辞というものもある。
瞑想のレベルによって、
すべてが用意される。
出来ないのはその人のレベルがそこまで達していないからだとか。


そういう人と会って見るとよくわかる。
そう普通の人と違いはしないのだ。





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Last updated  2008.09.01 19:54:58
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ワークの存在意義?  
abhi  さん
本来、身近な関係性の中で感じていることを素直に開示して、コミュニケーションし続けるということを続ければ、あらためて法外なお金を払ってのワークは必要ないと僕は思います。そのとき、その場を設定してくれたり進行を担当してくれる人などに、なにがしかのお礼を皆でちょっとずつ負担する程度でいいのではないのでしょうか。僕がワークを主催するときはそんな感じでやっています。
ずーっと昔、僕が京都の学生のころ、落ち込んでいた僕にデヴァムが自然発生的にエナジーヒーリングをしてくれたときのことをふと思い出しました。LOVE。 (2008.09.02 02:54:05)

やはりそう感じますよね。彼らも商売なんで…ねぇ。  
SBD さん
あ、先にカキコしているのはabhiだ。(笑)
こういう話題だと、私も書きたい気分になる。
気がついてみれば、同じ京都の空気を吸った仲間だし。

もちろん、お二人の意見に賛成。
この流れは、オレゴンの宿泊代の高騰くらいから感じていました。

一方で、ビジネスなんだから、やりたい奴がやりたいようにやったら…とか、コミットメントの深さが重要など、反対の立場の論理も判る。

ただし、サニヤシンとその周辺を半ば中心とした動きであったとしたら、マーケットが小さすぎ。その延長線上にセラピストは相当カリスマが必要などという余計な飾りまで必要となり、妙なヒエラルキーのようなものまで生じる。セラピーを施す側はお大尽にもなってゆく。しかも、日常的な生活では、ものぐさなセラピストが多いですよね。指向の幅も狭いし。
それはそれで良いのだが、なかなか相手にしたいと思えなくなる。マーケットが小さいというのは、自分たちの努力が足らんからでしょうしね。何か内輪向けになっているし、ある視界の中では深さがあるのだが、広がりが足りない。一定のものの見方を強要することも多いし。よって底辺がググンと広がらない。もちろん広がらなくて良いのかもしれないが。マーケッティング的に見れば幼稚だと思うし「これがビジネス」というなら営業努力が横着な殿様商売。
いやいや、私自身、パリコレのデザイナーのファンクラブ会長をしていたこともありますが、笑、「これがブランドビジネスのあり方。盲目な信者を見つけ、他所を向かないように自分のセンスで洗脳すれば良い」ということかもしれない。そう考えると、パーフェクトからは程遠いが、多少あっぱれなのかな。買いたかったら買ってみろ!!がブランドビジネスにはある。嗚呼…
せいぜい高級トルコ風呂(死語)に行った気持ちになれば良いのかも。→(失言ごめん)
(2008.09.03 16:01:51)

スワミ・ラジニーシ  
同一人物 さん
数ヶ月前、検索していたら「スワミ・ラジニーシ」なる人物のことを知りました。この人、和尚からこの名前をもらったみたいです。

日本語サイトを見ていたら、けっこう同感な部分がありました。特にスピリチャル・リゾート批判のことなど。日本語サイト、Google検索のトップにまだ出るのだけれど、最近、なくなってしまったようです。それを読むと、彼なりのバランス感覚が伝わってきました。
以下に、抜粋がありました。でも、これだけでは、やや行き過ぎ感がある文章ですね。

http://blog.auone.jp/ekantaveronika/entry/detail/?EP=22063821

もっとも、私自身、彼の信者になろうとは思いませんが。。こういう訴えをする人が出て来ても良いのだと思う。高額セラピストだけが正統派ではなく、彼らこそ、ある種、偏りの産物だと思うなぁ。 (2008.09.03 16:11:58)

Re:ワークの存在意義?(09/01)  
abhiへ
アビの言う感じが良いね。身近な関係性の中で感じていることを素直に開示して、コミュニケーションし続けるということを続ければ、ということ、とても大切なことだと思う。日常的な生活の中で、誰でもができるような形で、あるいはそうしたあり方につなげていける形でのワークショップ、そういうのが私にはなじみ易いし、自分を見つめるということなどが、身近で近づきやすいものになるし。オーラソーマとかのワークショップなどが、えらい高い金を払ってしか近づけないものになるのは、そうしたことに関わる人々にとっても損失である気がする。ことの良し悪しは別にして、1980年初めの頃のラジニーシの瞑想センターは、瞑想代も安くて人が近づきやすかった気もするし、センターという場所が出会いの場にもなっていた気がする。いろいろ状況が違ってしまったから、今は違う形になるけど、もっと人々が近づきやすい場を作りたい。でアビのいうような方向が良いと思う。野の花社の活動もそんなものにして行けたらと思う。
(2008.09.13 05:23:03)

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