ステイメンの「徒然なるままに」

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2016.05.08
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カテゴリ: drama
 さて、また今週もやってきましたNKH大河ドラマ「真田丸」。前回は遂に家康が上洛し秀吉に「臣下の礼」をとりました!これで信長以来の宿願であった「天下一統」かに近づいた関白秀吉。しかしそんな豊関白家に対し「一国衆」に過ぎない真田は一向に上洛しようとせず、それどころか『自分の価値』を引き上げようと「じらし作戦」までする始末。今週の第18回「上洛」ではその報いがやってくるでしょうか?

 今まで、信繁のメールは石田治部少輔によって全てリジェクトしてされてきましたが、家康上洛という事態の変化があったせいでしょうか、ようやく上洛を促すメールが上田に届きます。それを見て「秀吉は父上を大名に取り立てるとの事」と父安房守に上洛を進言する信幸ですが、昌幸はそれでもなお「わしはあやつの家来ではない。」と言い放ち上洛を渋ります。
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 そんな中、「愛の戦士」直江兼続が上杉景勝の使者として上田を訪問し、天下の状況を説きます。そして安房守に対して「豊家の直臣として大名になるか、それとも滅ぼされるか」の2択を迫ってきます!
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 そうして、昌幸は実母である「とり」にどうするか相談を持ちかけます。それに対し、さすが亡夫一徳斎幸隆とともに真田家の興亡に立ち会ってきた女丈夫として、息子たる昌幸に上洛を勧めます。
 昌幸:「わしには領地を守り抜く務めがござる。 そのためには大名になるしかありません。しかし、それは秀吉に従うという事。 死に物狂いで戦ってきた果てに、武田に縁もゆかりもない男の家来になるというのでは……。これでは割に合いません。」
 とり:「さようですね。」
 昌幸:「そろそろ答えを出さねばならぬようです。」
 とり:「ではこうしましょう。嘘でもいいから頭を下げなさい。真田はこうやって生き延びてきた。下手に出て牙を隠して爪を隠して・・・この先秀吉の勢いに翳りが出てきたら寝首を掻く。卑怯者で何が悪い!!!」
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 こうした演技はさすが草笛光子さんという貫禄でした!



 一方の大坂城では、関白内大臣であった秀吉の「太政大臣(だいじょうだいじん)」就任の勅使が下向していたようです。秀吉が太政大臣に正式任官したのが天正14年12月25日のことですので、その直前あたりという事になります。
 その報を正室たる北政所「寧」に伝えに来た秀吉は「これで亡き主君信長を超えることが出来た」と喜んでみせますが、その後訪れた茶々の居室ではすっかり冷め切った表情で、「官位が何じゃ。わしはそのようなものが欲しくてここまでやってきたわけではない。信長公が果たせなかったことを引き継ぐ。望みはただそれだけ。天下統一が成就したら官位は返上する」と断言します。もっとも、秀吉は薨去する時まで太政大臣に在職し続けます。
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 その中で、秀吉は陪席していた信繁に対し、父安房守が上洛してくることになったことを伝えます。真田への処遇が気になる信繁に対し、秀吉は曖昧な返事しかしません。まあ「国衆」に過ぎない真田がここまで天下人からの上洛要請を蹴飛ばし続けたのですから、当然といえば当然でしょう!

 そして、天正15年2月、ついに真田安房守が上坂してきます。宿舎に当てられたのは大坂城から1里(4キロ)程度離れたとある古寺。この処遇に対し、文句を垂れる源三郎信幸。そこで信繁は治部少輔三成に掛け合いますが、「格が違う!」とものの見事に一蹴されてしまいます。
 そこで信繁は、吉野太夫に頼み「関白秀吉からの饗応」ということにして、昌幸、信幸父子の「歓迎会」を開催します。これに気分を良くした2人でしたが・・・。
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 そして翌日、いよいよ秀吉と対面するつもりの昌幸は秀吉への贈り物を用意していました。しかし、その贈り物は「熊の毛皮」など地味な色合いの物ばかりで、万事派手好みな秀吉の好みとは180度違う物ばかり!贈り物をチェックしに来た三成と且元もその地味な品揃えや毛皮の臭いに顔をしかめます。
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 何はともあれ、いよいよ対面かと思った昌幸と信幸の前に現れたのは関白秀吉ではなく、近江宰相秀次でした。そして陪席した石田治部少輔三成から本領安堵の旨が伝えられ謁見は終了!
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 この対応には、昌幸のみならずこれまで上洛を進言してきた信幸も「父上をないがしろにした!!!」と激おこぷんぷん丸٩(๑`^´๑)۶です。しかし、考えてみたら、あの上杉景勝ですら数日間待ちぼうけを強いられたのです。それが豊臣家序列第3位である参議兼右近衛権中将秀次が国衆風情に過ぎない真田昌幸と面会したのですから、異例の高待遇と言えます。
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 それはさて置き、身の程をわきまえない父と兄の姿に危機感を覚えたも信繁は、茶々を通じて秀吉に昌幸に直接対面するように懇願します。信繁のお願いに対してもなかなか首を縦に振らない秀吉ですが、信繁は「遅れた父も確かに悪いけれども父にも誇りがある。お目通りが叶わなければ出仕したことにはならない。父は帰り次第戦支度をするつもりです。真田を敵に回すのは得策ではございませぬぞ!伊達、北条と手を組み、徳川を味方に引き入れいずれは強大な敵となって殿下の御前に立ちはだかるはず!」と秀吉を脅迫します。
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 信繁ごとき若輩者の脅しに屈したわけではないようですが、秀吉は昌幸と直接会うことを決めました。

 そして、秀吉と対面した昌幸の対面した秀吉は昌幸からのプレゼントである猪の毛皮をまとって登場します。三成や且元らにはきつかった「獣臭」ですが、漂泊民の山窩(さんか)出身説もある秀吉には対したことはなかったのかもしれません!しかしその威風堂々たる姿はまさに「ボス猿」!((;゚Д゚)ガクガクブルブル さすがの昌幸も「格の違い」を思い知らされて秀吉にただただ平伏するしかありません!
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 そしてから秀吉から、今後は家康の与力大名として徳川家に協力するようにとの下知が下ります。怒りに身を震わせる昌幸ですが、現状では命令に従うしかなく渋々この命令を受けることになります。

 昌幸:「面白いの・・・人の世というのは。武田が滅んでから今日まで騙し騙され裏切り裏切られ死ぬ気でここまでやってきた。死力の限りを尽くして戦った。そのあげく辿り着いたのは秀吉の家来になった徳川のそのまた家来・・・。こんなにおもしろいことがあるか・・・。源三郎、源次郎、わしはどこで間違った・・・。教えてくれ。わしはどこで間違った・・・。」(´・ω・`)しょぼーん
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 一方、その知らせを聞いた家康は、第一次上田合戦などで苦渋を飲まされた真田安房守昌幸がこうした形で自らに頭を下げる日がこんなにも早くやってくるとは思わなかったと謀臣本多正信とともに哄笑します。
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 そして謁見の翌日、大坂を後にした真田家御一行は駿府城に居城を移した勘助家康の元に立ち寄り、
 昌幸:「関白殿下の命により徳川様の与力として力を尽くすとお誓い申し上げます」

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 と今後は徳川の与力として働くと家康に頭を下げるのでした。


 これまで、「信州」という狭い世界で「井の中の蛙」であった真田安房守昌幸が、「天下」という「大海」に打ちのめされてしまった回でしたね!せめて家康の上洛より先に秀吉に臣従しておけば、この事態は避けられて兼続が言った「関白殿下の直臣」そして「関白殿下の直属大名」になれたのかも知れません。
 それもこれも、天正壬午の乱では後北条、徳川、上杉の3大勢力を手玉に取り、「第一次上田合戦」では精強を誇る徳川勢に対する見事までの勝ち戦を収めたことがいつの間にか昌幸の「驕り」となり、天下の情勢を見る目を曇らせていたのでしょうな!

 えっ、突然物語に復活した「村松殿(まつ)」はどうしたかって?この物語の本筋には無関係だからどうでもいいでしょうwww

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Last updated  2016.05.10 23:26:58
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