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映画を見るならハッピーエンドに限ります!
妻に出て行かれ、5歳の息子を抱えながらの赤貧生活から証券会社のトレーダーへと成り上がっていく男の話。
としてしまっては、あまりにも表面的です。
あきらめないこと。
信じること。
父と子。
幸せの意味。
私も一人の父親として、家族を支えるものとして、かなり感情移入して見てしまいました。
心が揺さぶられる思いでした。
いいお話です。
たまたま家族がいない夜。
一人で、「家族がいない空間」を感じながら見ていました。
主人公クリスが家も失い、金もなく、子供と二人で泊まれるところを探しているシーン。パブリックな支援施設を訪れますが、そこは女性と子供だけしか受付けられません。
5歳の子供だけでも預かってもらえればいいじゃないかと思いますが、クリスが言います。
「だめだ!この子と離れるわけにはいかない!一緒にいなきゃだめなんだ!」
はっきり理由は台詞にはなっていませんが、子供が寂しがるからとかそういう理由じゃないんです。
親は子供に生き様を見せなきゃいけない。そして、自分ががんばれるのは、そばに子供がいるからなんだ。
そう感じました。
「家族がいない空間」で思いました。
自分一人で生活していたら、今やっていることはなんの意味もないんじゃないかと。
仕事をすることも、読んでる本も、このブログも、抱いている夢も。
自分だけじゃなく、きっと人はみんな、 誰かを支えるため に生まれて、生きて、死んでいくんじゃないだろうか。
今の私は、大切な家族の笑顔がみたいから、家族に幸せになってもらいたいから前に進む力がわいてくるんじゃないか、と。
お金を失ったクリスは、やむなく駅のトイレで夜を明かすことも度々ありました。狭いトイレの中で、子供を抱えながら不安と恐怖で涙を流します。
ある日、少しまとまったお金が入り、今日はホテルに泊まろうとクリスが息子に提案します。すると、息子のクリストファーが言います。
「僕は洞窟(話の中ではトイレを”洞窟”に見立てています)でも構わないよ」
どこに寝泊まりするかではないんです。
だれと寝泊まりするか 、ということが重要なんですね。
そこに幸せがあるんです。
原題「The pursuit of happyness」の元になっているのは、the pursuit of happiness.(幸福の追求)と言う言葉です。
「幸福の追求」は人に与えられた権利だと、昔の大統領が言っていたようですし、これは日本国憲法でも詠われているようです。
権利ですから、これを行使するもしないも個人の自由ということでしょう。そして何を「幸福」と感じるかも人それぞれ。
資本主義の世界では幸せの一つの象徴としてお金が挙がってきますが、それそのものが幸せなのではなく、それは幸せの一部であったり、あるいは幸せだからこそお金が自分のところに巡ってくるということを、しみじみと理解し始めました。
主人公クリスは今日明日を息子と共に生きるためにお金を作りますが、子供を手放してまでお金を作ろうとはしません。
むしろ、息子がいるからこそ、お金をなんとか作ろうとするわけです。
成功者はお金を追いかけない と聞きます。
それがどういうことなのか、ということをわからせてくれた映画でした。
家族のために、世のため人のために生きていけることが、まずは大いに幸せなことだなぁ、と感じる夜でした。