『夢の壁』



この物語は日本人と中国人の家族間の交流を描いたものである。
こうかくとなんとなくほのぼのとした感じがするが、この物語の状況設定により、より深いものへと発展する。
その背景となる時代は、はっきりとは語られていないが、おそらく第二次世界大戦終戦直後と思われる。
従って侵略者であった日本人が、終戦を迎えいきなり立場が弱くなる。
とはいっても、この物語に登場してくる町はどうやら日本軍の侵攻を受けていないところらしく、戦争が終った後でも、中国人からは差別と畏敬の両方の念の入った視線で見られる。

この時代背景とともに、さらにこの物語のスパイスとなっているのが中国人の男の子、ウーイェンの淡くてもろい思春期の感情である。
彼の母親は日本軍人に犯され、流れ弾にあたって死んだ。
彼には日本人を憎むだけの十分な理由があった。
それでもウーイェンは、一緒に暮らすようになった日本人の少女、サチの洗練された人間性に惹かれ、姉のように慕いだす。
サチも一人っ子だっただけにはじめて手本を示せる弟ができ、よろこんで彼を受け入れた。
ところが、ウーイェンが思春期を向え、体裁と言うものを気にしだし、日本人であるサチを自分の日常から排除しようとするようになる。
それをサチは理解する。

この物語のテーマはいたってシンプルだ。
人は全ての関係を超え、人と人としてぶつかりあうことができるのか?
加藤はあとがきでこう答えている。
「人種間のちがいは、ある状況では絶望的なほど拡大されますが、別の状況では自他と言う超えがたい一線にのみとどめられるでしょう。」
自他というのは、物理的な自他である。
最後、日本へ帰るために乗った列車からサチがウーイェンの姿を認めたことは、たとえそれが幻想であっても、気持ちの上では限りなく同一化されていることを示唆する。
個人的には、絶対に他人とは同一になれないと言い切るいさぎよさにぼくは共感するが、このような一種ノスタルジックな甘い期待も捨てきれない。
ぼくは加藤の女性ならではの柔らかな表現で、ちょっぴり癒されたような気がした。

追記:
『夢の壁』とはウーイェンの住んでいた街の外れにあった城跡の崩れかかった壁のことである。
この町では15歳にならないとその壁の向うへ行くことは許されていなかった。
この壁は一種、子供から大人への通過儀礼のようなものとして表現されているのであろうか?
別にこの壁がなくてもこの小説は立派に成立しているような気がする。

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