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川端 康成著 『雪国』 1947 (株)新潮社 p.70「国境の長いトンネルと抜けると雪国であった。」これはぼくにとっては「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」という方丈記と同じくらいメジャーな冒頭文ではないかと思う。しかも、どちらも同じくらい大きな意味を持っている。主人公の島村は普段は妻子とともに東京に住んでいる。そんな島村のスイッチがこのトンネルだ。そこで島村は非日常へと入っていく。一方、芸者で島村へと思いを寄せる駒子の日常は根が深い。そんな彼女は日常を忘れようと、酒に溺れ、島村に溺れる。物理的にも空間的にも日常から切り離されている島村は、そんな駒子の努力をひややかに眺め、徒労と切り捨てる。でも、生きること自体、所詮徒労なのではなかろうか。いや、徒労は価値観の産物でしかない。時として、今触れている人の肌、その薄い皮膜のもたらす妖艶な誘いに身をゆだねるのも必要なのではなかろうか。そうしなければ、地に足の着かない浮遊感に、いつまでもいつまでもぼくらの感覚は蝕まれてしまうだろう。まるで島村が空から降ってくる天の川にその身をゆだねていくように。
2006年09月23日
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ビートたけし著 『たけしくん、ハイ!』 1995 (株)新潮社 p.17昔の日本家屋はいわゆる田の字と呼ばれるプランが多く、大黒柱を中心として廊下がなく直接部屋がつながっていた。もちろん、縁側のようなものでつなげられていることはよくあるけど、その場合でも部屋が独立していることは少ない。2つ3つふすまで仕切られた部屋が続いている場合がほとんどだ。そのような田の字プランの特徴は部屋のサイズの柔軟性と、部屋の用途の多様性だ。先ほども言ったように多くの場合、日本家屋では部屋と部屋がふすまで仕切られている。それで、ふすまを開け放てば一間につながる。今風に言ってみれば、ふすまが可動式間仕切り壁のような役割を果たすので、大きな部屋を小さく分割している。それだけ部屋の大きさに変化が起こる。ただし、当たり前であるがこれは部屋の数の多い、比較的大きな家の場合だ。部屋の数が限られてくると、必然的に部屋の用途の多様性が求められる。すなわちここで言われているような情況が生まれる。一間しかない、あんなちっちゃな部屋で母親がたけしを叱る。一間しかない、あんなちっちゃな部屋で父親が泥酔し、母親や祖母に暴力を振るう。一間しかない、あんあちっちゃな部屋で祖母が弟子に義太夫を教えている。一間しかないからちっちゃかろうと、あらゆる機能に対応せざるを得ない。ぼくはヨーロッパやアメリカの貧困とは言わないまでも裕福でない一昔前の人達の住宅事情に詳しくは無い。しかし、本で読む限り、病気でもしない限り、ベッドルームで食事はしない。もちろん奴隷の生活はもっと悲惨であったが、それはあまりにも条件が違いすぎる。比較するのであれば蟹工船に乗っていた船員たちの生活状態だろう。とにかく、部屋になんらかの目的機能を持たせる場合が多い。どちらがいいのか、一概に答えることなどもちろんできない。でも、すくなくとも人間が社会的動物として機能していくためには、家族の間でもある程度の空間の共有は必要になるのではなかろうか。その場において「社会」の基礎を経験し、実際の社会へと対応していく。それが崩壊してしまったところに利己的な犯罪が成立するとぼくは思う。面白いのは社会的動物であるがゆえに、協調を求められるのであるが、社会的動物であるがゆえに、プライバシーが尊重される。この協調と個の尊重という一見矛盾するふたつの項目のバランスの上に人間の社会は成立している。その縮図として家族があり、家がある。とすれば、極端な話、今の建売住宅のような廊下で個室がつながっていて、機能がばらばらになっている部屋の集合体である家に住むということは、社会的協調性よりは個に圧倒的なプライオリティを与える価値観に支配された社会を肯定することになる。逆に、一間に家族全員が住んでいるような家では、滅私の精神が重要視される。この思想的価値観というものは、それまでであれば文化的背景による範囲と比較的一致していた。ところがマスコミの発達とインターネットによる世界同時多発的イベントが可能になったことで、この領域というものがあいまいなものとなりつつある。となればあらたに思想あるいは価値観による住み分けが可能になるのであろうか。ぼくはそれは個人的には理想なんだけど無理だと思う。ことばや文化の壁は凌駕できても取り除くことはまずできない。そうであればやはり、多様な考え方をもった人がおなじ領域で暮らしていけるような社会作り、ひいては家作りが必要になってくるのではなかろうか。
2006年07月01日
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早船 ちよ著 『愛蔵版キューポラのある街』 2006 (株)けやき書房 p.213以前、砂漠の中から見た都市に音が無くて、その無音の都市というのが新鮮だったということをテレビで言っていたことについて日記に書いたことがある。このせりふは、家出をした土管の中で生活していたタカユキがふと漏らしたせりふだ。したがって、情況としては砂漠の中とまったく逆というわけだ。「外の世界って、じつにいろいろな音をたてているんだなあ」昼間はあまり気にならない音も、夜が更けるにつれて気になってくる。とくに都会の場合、「それ」が異様に気になるときがある。いわゆる「暗騒音」というやつだ。日常において暗騒音はあくまでも脇役だ。いや、脇役どころがただのエキストラでしかない。ところが、エキストラは主役がいなくなり、脇役も舞台裏へ引っ込んでしまうと、必然的にその存在感が表に出てくる。すなわち、「暗」に閉じ込められていた日常のレイヤが表出してくるのである。その状態で音の世界のネガポジが逆転し、ぼくは自分の呼吸の音にさいなまれること無く眠ることができる。だから、ぼくは田舎の「しんしん」とした暗闇で、ぐっすりと眠ることができない。自分が、自分の「生」がむき出しになる闇夜で落ち着くことができない。人間の営みが生み出す、途絶えることの無い音。その音にぼくは母親の胎内にいるかのような安心感を覚える。自分は生きているだけでいいんだ。自分は存在しているだけでいいんだと。
2006年06月25日
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ダン・ブラウン著 越前 敏弥訳 『ダ・ヴィンチ・コード 上』 2004 (株)角川書店 p.51象徴というものはそもそもがそれ自体に意味はなく、それによって意味されたものに意味がある。したがって、意味されるものが変われば象徴の意味が変わってくる。意味されるものはといえば、地域や歴史的背景に影響されることが多い。すなわち時空間の制約を著しく受ける。もちろん、メディアやネットの進化によって、時空間の境界が延長され、ぼやかされている。あるいは再構築されてもいる。コミュニケーションまたはコミュニティという意味ではすでに、時空間の縛りはかすかなものになっているかもしれない。コンピュータの構築した世界の中に引きこもり、ダイレクトにパーソナルな「ウェブ」を張り巡らす。相手の素性など分らなくとも良い。「ウェブ」に引っかかってきた獲物を吟味して選ぶ。いや、逆に自分が吟味されている。そういう意味でネットはインタラクティブだ。だからそれまでのようなフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを必要としない。話はそれたが、象徴ももともとは人の介在を必要としながらも、それが象徴として成立した後は、定義としての意味合いが強くなる。つまり、相互主観的に生み出されたサインが、共通主観へと昇華されることによって象徴となり、時間とともに象徴の意味するものが限定され、やがて不可逆な定義となる。時としてそれは、ステレオタイプのようなものであり、強烈なバイアスにもなる。とすれば、象徴の持つ働きは言語のものに非常に似ている。だから象徴がなにを意味しているのか、正確に知るためにはコンテクストを理解している必要がある。ただし、コンテクスト自体も、歴史同様解釈する人間の主観に左右されることがしばしばある。いやむしろ、その解釈から主観を100%取り除くことなんて不可能だろう。客観的な事実としての事象はそこに淡々と存在する。そこから自分でコンテクストを読み取っていく。そう考えていくと、「自分」(観念)が介在する限りにおいて客観性などありえないと思えるし、厳密な意味ではそうなんだと思う。でも、それでも象徴が厳密には不可逆なものだとしても、かなりの信頼度でコミュニケーションをとることは可能だ。これを考えていくと、それは客観性ではないのだけれど、共通のプラットフォームとして機能しているということができる。すなわち主観的な解釈でも、人と人とのコミュニケーションには或る程度のレンジ(振り幅)の上に成立していると考えられる。この触れ幅を左右するのが事象としてのコンテクストだ。コンテクストにより主観性の触れ幅が限りなく0へと近づいていく。これが0になるとコミュニケーションツールとしては利用しやすいものとはなるが、その言葉なり象徴は生命力を失う。言葉とか象徴とか、コミュニケーションツールとしてはぼくらの日常生活になくてはならないものではある。そして、ツールとしては0レンジの1対1に対応する記号である方が使いやすい。しかし、記号で100%事象を表現することなどできない。特に表現したい事象が抽象的なことであればなおさらだ。記号のレンジを広げることと、的確なコミュニケーションを成立させること。この一見矛盾する二つの事項を同時に成立させていくことが大事であり、このパラドックスを解く方法を、ずっと考えていき続けていきたい。
2006年06月20日
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ダン・ブラウン著 越前 敏弥訳 『ダ・ヴィンチ・コード 上』 2004 (株)角川書店 p.331洗脳というとかなり生々しいけど、普通の生活で考えるとこういう人は非常によく目に付く。ほとんどの人は、他者存在を自分の存在の反映媒体として意識する。自分自身を他者として意識できる人になかなかお目にかかることができない。自分を他者とするにはプライドが邪魔になる。あと、自己アイデンティティが崩壊するかもしれないという不安も看過できない。プライドと不安が相乗されるとそれらは意識下へと送られてしまう。プライドや不安が潜在的なものになり本人が意識できなくなると、自分を他者として認識することができなくなる。そうなれば、自分の経験や思想が絶対的な価値判断基準として君臨する。もはや彼は神となり、自分の「宗教」(価値観)を布教する。その状態は、まさに強力に洗脳された状態に匹敵する。中途半端に頭が良くて、それなりに社会的地位がある人ほど、このような自己洗脳状態になりやすい。したがって、他者不在における自己洗脳は、社会的虚構の上に成立している(あるいは相対的を絶対的とする欺瞞に満ちた)地位と強い関係を有していることが多い。そして、その相対的な地位が自己アイデンティティへと挿げ替えられているのではなかろうか。だとすれば、なんらかの形で地位を打ち砕くことができれば自己洗脳状態から開放されうる。この地位を打ち砕くのが人である場合、大いなるパラドックスを含んでいる。自己洗脳に陥っている人へ影響を与えることのできる人は、やはり、それ以上の自己洗脳に陥っていることになるからだ。このパラドックスは国家や宗教、文化や慣習であっても、そこに意識下へ追いやられた他者存在としての自己が現れてこない限り同じである。どうすれば、意識下へ追いやられた他者存在としての自己を取り戻すことができるのだろうか。年を取れば取るほど、自己を取り戻すことは難しい。どのように育ってきたかがやはり重要になって来るのだと思う。答えが一つであとの解答は全部不正解というような、今の学校教育にぼくは疑問を抱く。見方を変えれば、その解答自体に無理があったとしても、正解とされる解答が正解ではなくなるか、すくなくとも他にも正解があるという可能性が生まれる。それを認められるような教育が必要なのではなかろうか。そういう環境で育てられるのであれば自己を他者として認識することができるようになり、よりいっそうバイアスに左右されずに自己評価が可能になると思えてならない。もちろんそれには教える側にも勇気が必要だ。でも、そういう教育環境ができあがれば、必要とされる勇気は少なくてすむ。そのためにはぼくら大人がまず意識改革をしていかなくてはならない。自分を他者として捕らえる勇気を持たなくてはならない。それにはたゆまぬ自己鍛錬が必要だ。とはいっても別に難しく考える必要などない。常に自分の行動に向き合う姿勢を保てばいいのだ。おなじ行動をするのでも、情況によってはその意味は変わってくる。それを常に意識するようにすれば良い。面倒くさいけど、そういう努力が自己洗脳から自分を守っていくのだとぼくは思う。
2006年06月18日
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ダン・ブラウン著 越前 敏弥訳 『ダ・ヴィンチ・コード 上』 2004 (株)角川書店 p.30ずっと言ってきていることだが、歴史は後から解釈されて作られる。したがって解釈する主観が変われば歴史観も必然的に変わってくる。日本は世界で唯一原子爆弾の被爆国であるが、それもアメリカの理論で言えば、戦争を中止させた特効薬として扱われている。韓国や中国と日本との歴史的見解の違いもずっと問題視されている。ただ、これらはほとんど解釈の域を出ることはないが、ここではむしろ、勝者によって歴史が作られるという意味で使われている。実際『ダ・ヴィンチ・コード』の中では、イエス・キリストを「神の子」であると「決定」し、カトリック教会はその絶対的な権力を傘に、その後の歴史を作り上げ、その歴史の上にさらなる安定した権力を築き上げてきたとされている。これがほんとかどうかはぼくには知るすべはないけれど、かといって、嘘だと決めるだけの決定的な手がかりを得ることも不可能だ。「歴史はつねに勝者によって記されるということだ。ふたつの文化が衝突して、一方が敗れ去ると、勝った側は歴史書を書き著す。自らの大儀を強調し、征服した相手を貶める内容のものを。」これが繰り返されていくうちに、勝者にとって都合のいいように歴史が作りかえられていく。敗者はそれを表立って批判することはできない。シオン修道会のように秘密裏に継承されていくのみである。しかし、時代は移り変わっていく。科学の進歩や、異文化の交流などにより、社会の構造も少しずつ変わっていく。カトリック教会によって卑しめられ、弾圧を受け続けてきた女性も、近年ずいぶんとその社会的地位を向上し、それだけでもカトリックの社会的位置付けがだいぶ変わってきていると思われる。いずれは隠されてきた歴史的事実とか、違う解釈とかが表に出てくるときは来るだろう。自分の価値観をおびやかすなにかに衝突したときに、普通であれば人は保守的になる。ただ、現代社会では、あまりにもたくさんの情報が錯綜し、自分の価値観の拠所となるなにかを見つけることのほうが難しい。そんなときに歴史すら、作られたものかもしれないとなるとアイデンティティすら崩されかねない。そんな現代だからこそ、じっくりと自分と向かい合って内省し、いろんな情報や歴史や社会など、ぼくらの周りを取り囲んでいるものに対して、順応していけるような自分なりの価値観をもてるようにしていきたい。
2006年06月17日
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ダン・ブラウン著 越前 敏弥訳 『ダ・ヴィンチ・コード 上』 2004 (株)角川書店 p.23そもそも歴史というものは、ある出来事を時間が経った後に振り返って解釈を与えたものである。だから歴史は事実ではなく、あくまでも解釈だ。一方、事実はイベントとして時間の流れの中にマークされただけだ。それ自体にはなんの意味もない。とすれば、世界というこの現実的にぼくらをとりまく社会的環境もただの解釈ではなかろうか。「共通点のなさそうな図案とイデオロギーとの秘められたつながりを長年研究してきたものからすれば、世界とは歴史と事件が複雑に絡み合った蜘蛛の巣にほかならない。・・・・結びつきは目に見えないかもしれないが、表層のすぐ下にかならずひそんでいる。」この『ダ・ヴィンチ・コード』ではこの解釈としての世界を逆説的にとらえ、表層に意味が隠されているとする。現実の社会の表層になんらかの意味解釈を加えていく場合、そこに客観性を持たせるために、できるかぎり恣意性を取り除くという作業が必要となってくる。『ダ・ヴィンチ・コード』では、事実に基づいていると前書きしてあるように、いかにもその解釈上の恣意性というものが取り除かれているかのような書き方がされている。また、実際そうでなければ謎解き自体が成立しない。とはいえぼくは、そのスピード感も原因したのかもしれないけど、はたしてこの解釈における客観性ってほんとに担保されているのかとずっと疑問に思いながら本を読んでいた。もちろん、ミステリーとしては上質で面白い。ただ、そこに歴史解釈とか、世界の表象の記号性とか、そういう形而上学的な内容は、その客観性に疑問があったので、あまりなかったように感じられた。西欧の歴史に対してぼくがあまりに無知であることは否定するつもりはないけど、それにしても世界を解釈する上で必要とされる前提が多すぎる。たとえその前提条件自体に恣意性がないとしても、それらの組み合わせ方には恣意性が感じられる。まあ、言ってみればその組み合わせの妙が『ダ・ヴィンチ・コード』の大きな魅力になっているんだけどね。やっぱり、所詮、世界は自分で解釈するしかないんだろうね。
2006年06月14日
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ダン・ブラウン著 越前 敏弥訳 『ダ・ヴィンチ・コード 上』 2004 (株)角川書店 p.20-21映画化されいま話題の『ダ・ヴィンチ・コード』を図書館で借りることができた。半年以上前に予約を入れていたのだが、ようやくぼくのところまで回ってきたのである。それでも1年くらい待たされるかもと思っていたので、意外と早いなと思ったし、映画の公開直前という絶妙のタイミングで借りられたのも良かったと思った。『ダ・ヴィンチ・コード』はかなり質のよいミステリーである。そのため面白くって一気に読んでしまった。ただ、コードというだけあって、暗号の読み解きに絶対的な正解が用意されているのがちょっと気になった。そういう意味ではやはり『薔薇の名前』のほうが想像力を掻き立てられて面白い。イエス・キリストの大スキャンダルを隠蔽してきたカトリック教会側の様子がほとんど画かれていなかったのが残念極まりない。そこにこそ日常のダーク・サイドが潜んでいるのに。それはさておき、オプス・デイの敬虔すぎるまでの修道僧シラスは、贖罪を自らの肉体に苦痛を与えることで行おうとする。名前は忘れたが、内側に棘のついたベルトを腰に巻きくことで、力を入れるたびに棘が体に刺さり血が流れる。その痛みは自分の罪を贖うものとして受け容れていく。いわゆる原理主義と呼ばれる人達は、この手の修行というか贖罪というか、苦行を自らに強いることが多い。これは「目には目を、歯には歯を」とおなじ行動原理だ。仕返しが相手の行為に対して行われることに対して、贖罪は自分の行為に対して行われる。いずれの場合にせよ、そこは絶望的な正義感が支配する。その絶望的な正義感に支配されたとき、人間の行動は盲目的となる。そう、ユートピアの建設のために自分たちは選ばれたものなのだ。だからそれを汚すやからは排除しなくてはならない。もちろん人殺しは良心という普遍的な価値基準において絶対的悪である。だから自らの肉体を傷つけて贖罪する。彼らにしてみれば完璧なロジックだ。アメリカの911のテロも、そのほかの自爆テロもおなじロジックが働いていると思う。それ自体、決して許されるものではない。しかし、このような原理主義的思想と行動は社会的格差が存在する限り、なくなることは無いだろう。グローバリゼーションに迎合し、新たな国際社会システムを築いていくか。超国家を立ち上げて、絶対的な権力を握らせるのか。逆に脱中心化、地方分権化をよりいっそう進めていくのか。あるいは社会システムが経済市場原理に侵食されるがままに任せてしまうのか。楽観的ガイア論をかさに、傍観者に徹するのか。どうなってしまうのか、どうすればいいのかわからない。でもそろそろぼくらひとりひとりが真剣に考えていかなければならない時期に達しているのではなかろうか。
2006年06月11日
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森 千春著 『「壁」が崩壊して 統一ドイツは何を裁いたか』 1995 丸善株式会社 p.1651989年、東西ドイツを分かつ壁が崩壊し、共産主義国であった東ドイツが消滅した。東西ドイツ時代、『国境』となっていた壁附近では何人もの脱走者が東ドイツの衛兵によって射殺されている。その一連の事件が東西ドイツ統合後、西ドイツ側で裁判にかけられ、実際、当時の首相ホネッカーや実際にピストルを放った衛兵が実刑判決を受けている。ここで問題となったのは、そもそも西側の法律で「当時の」東ドイツを裁くことができるかどうかということだ。たとえば実際に脱走兵を射殺した衛兵にしてみれば、彼は脱走兵をそのまま見逃したとしたら、当時の東ドイツの法廷で、確実に実刑判決を受ける。しかも国家反逆罪とまでは言わないまでも、かなりの重い罪となっていたようである。だから衛兵の彼にしてみれば、しかたなくか、もしかしたら使命感すら持って殺人を遂行したかもしれない。ではだれが悪いのか。単純に富や権力を独り占めしていた一部の上層部の人間ということは簡単だ。ただ、そのような国家(あるいは宗教でも良い)が成立する時代的・文化的あるいは社会的背景というものを見過ごしてはならないと思う。無責任な発言をしてしまうと、多様な社会的思想の弁証法的な経時の作用と、それゆえに必然的に引き起こされる価値基準の動揺ではないかと思う。そんな中でだれが悪いかなど特定することなどできない。「東独で生きていた人は、濃淡の差こそあれ、ほとんどみんな灰色だったのだ。真っ白な人はごく一握り。真っ黒もほんの少数だった。それなのに、白か黒に分類するのは間違っている。」動揺する価値基準で、「絶対的な」真っ白な規範を成立させることは不可能なのだ。だからぼくは「ほとんどみんな」ではなく「みんな」灰色なんだと思う。でもそれは仕方がないことだ。建築基準法の地区計画のように、規範もこれからトップダウンでなくボトムアップで作り上げられる時代が来つつある。キーワードとなっていくのは『緩やかな規制』ではなかろうか。つまり数値によるリジッドな規制よりもリダンダンシー、すなわち或る程度の許容範囲を持ちうる制度を作っていくことである。その中で、数字を守ることが大事ではなく、もっと高次なレベルでなぜそれらの規制が必要とされたのかを常に意識しながら自らの意志でその目標を達成していくという姿勢が育っていけばいいと思う。これからのプロフェッショナルは、数値を丸暗記して法に合致しているどうかだけでなく、より住みやすい社会の建設へ向けての、住み手の意識を向上させる手助けもできなければならないだろう。
2006年06月04日
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市川 浩著 『精神としての身体』 1992 (株)講談社 p.307ア・プリオリな環境は自然的な環境だ。それに対して、市川は歴史的・社会的期限を持つ人間固有の環境を準=ア・プリオリなものと定義する。この準=ア・プリオリは、テレビやインターネットなどの視覚的インターフェイスを通じた環境、情報により再構築された環境、個々の人間関係によってつむぎあげられた社会的環境などなど、原則的に対自的関係により再構築された環境を指している。それだけでなく、とくに明記はしていないものの、単純な道具によって伸張される身体によって認識された環境もこの準=ア・プリオリに含まれている。この道具によって伸張される身体感覚というのは興味深いものがある。よく例に挙げられるのが、自動車の運転だ。それなりに運転に熟練してくると、いわゆる車幅感覚が鋭くなる。前にテレビでやっていたのだが、ベテランのバスのドライバーに普通の地面にバスの大きさを画いてもらったところ、ほとんど実際のバスと同じ広さだったのに驚かされたのを覚えている。すなわち、皮膚が道具を介して外化していく。この道具によって皮膚が外化していくと、それに伴い個人に認識される世界が変形する。(その多くは拡大する)この道具などを仲立てとした経験を、ナマの身体による直接的経験に対し、間接的経験と市川は呼ぶ。この間接的経験には段階があり、最初は道具による皮膚の外化程度であったものが、仲立ちするものにより次第に身体から離れていく。メディアによって情報の地域の壁は取り払われ、通貨によって流通のシステムが生まれ物流が盛んになり、インターネットによって個人の間接的経験への機会が飛躍的に増大した。いずれ、映画トータルリコールのような完全な脳の体験としてのバーチャル・リアリティも可能となってくるだろう。間接的経験が直接的経験から離れていくと、ついには直接的経験と間接的経験の順位が逆転すると市川は警告する。というかぼくとしてみれば、そうなっている人がほんとに多いのではないかと思う。すなわち、準=ア・プリオリな世界に支配され、そこにしか価値判断基準を設定できない人(保守的と呼んでもいい)が多いと思う。(ところで今流行のダヴィンチ・コードにおけるカトリック教会がつくりだした宗教観も、まさに現実社会へオーバードライブした信者の行動を規定する準=ア・プリオリな環境だと思う)この一種の倒錯的ともいえる間接的経験の支配する環境から自己アイデンティティを取り戻すために、純粋な身体へと回帰するべきだと市川は強く主張する。そもそも、幼児の行動を観察してみると明らかになるのであるが、身体と精神は非常に近いものである。それが経験がメディアの仲立ちで間接的なものとなることで、他人との擬似的な共有が容易になる。それにより対自的な社会での自分の位置が構築される。一方、間接的経験はますます身体から乖離され、それだけで独立した情報を含むこととなる。という一連の行程を考えてみても、準=ア・プリオリに支配された自己のアイデンティティを取り戻すのに、身体へ回帰することは非常に有効だと思われる。いや、そんなに難しく考えなくても、身体は間違いなく存在している。たとえ実存に疑問を抱いたとしてもである。だから身体の直接的感覚で世界を現象学的に考察していくのであれば、そこに生きている自分を確認することができるであろう。これは本当は簡単なことなんだけど、これほど複雑に多様な環境が錯綜している現代では、準=ア・プリオリな環境を一時的にでも忘れてしまうことはかなり難しい。息をする。息を吐く。歩く。よく噛んで食べる。まずは普段意識することの無い日常的動作を意識的にやってみるというのはどうだろうか。意外と新鮮な直接的経験ができるかもしれないね。
2006年06月03日
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三田 誠広著 『ペトロスの青い影』 1996 (株)集英社 p.22これはブログをやっている人ならみなうなずけるのではなかろうか。言葉が何かを定義するものである以上、主観によって左右される感情や認識を正確に言葉で表現していくことはほぼ不可能だ。言ってみれば言葉というのは整数で、感情や認識というのは有理数といったところか。有理数は連続しており、整数は区切っていく。だから有理数を整数で表現するのには、整数を点的に使うのではなく、ある程度のレンジを持たせることが必要となる。レンジがあるから、時空間に左右され言葉の意味自体がシフトしていく。時代、文化、言語などなど、その人が存在している環境が言葉に新たな息吹を吹き込んでいく。逆も然りだ。言葉によって命を吹き込まれる感情や認識もある。それが新たに生きるということなのではなかろうか。言い換えれば、言葉を介在させることで、自分の内的な意識を意図的にずらすことになるんだと思う。ここで意図的にずらすという行為がとても大きな意味を持ってくる。表現しようとしなければ自分の意識はなにも変わることはない。そもそも意識されることすらないかもしれない。自分の意識を表現しようとすれば、必然的に他者への感覚へと訴えかけるスベが必要となってくる。それは言葉に限ることではなく、絵画であったり、音楽であったりする。ただ、言葉は特別だ。ぼくらは通常、言葉を介して意思疎通を図る。日常生活では言葉はコミュニケーションの単なるツールとして扱われている場合が多い。ところが時として、特に言葉が書き出されたとき、言葉によって写真のようにすべての情報がフラットに並べられることもあるし、日常的視線で叙景されることもある。だからこそ、言葉の意味がシフトしていくとき、日常も変化していく。新たに生きるということは新たな視点を持つことだ。変化しないのが日常であるとすると、シフトを続ける日常というのは矛盾しているが、自分を取り巻く環境が日々刻々と変化を続けている以上、自分の日常が固定されてしまうと、取り残されてしまうことになりかねない。自分の中に確かな何か(アイデンティティといってもいい)を持っているからこそ、取り巻く環境としての日常が相対的に変化していくことが可能となる。これもまた逆転させてもいいわけで、相対的に変化していく日常をつづることでほんとの自分が見えてくることも多い。なんか、まとまらなくなってしまったけど、書く事で自分の中の他者存在へと語りかけることができ、言葉の意味のシフトの中で、自分の生き方や視点もシフトしていく。だからぼくは自分が淀むことも無いように、これからもできるだけ書き続けていきたい。
2006年05月28日
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上坂 昇著 『増補 アメリカ黒人のジレンマ 「逆差別」という新しい人種関係』 1987 (株)明石書店 p.77-78これは1964年公民権法の成立を勝ち取ったジョンソン大統領の発言である。「自由は十分でない。『さあ、おまえは自由だ。どこでも好きなところへ行っても良い。好きなことをやっても良い。好きな指導者を選んでも良い』といって数世紀にわたる傷を癒すことはできない。長年、鎖につながれていた人を解放し、競争のスタートラインに連れて行き、『さあ、お前は自由だ、だれと競争しても良い』などということはできない・・・。このように、機会への門戸を開くだけでは十分ではない。われわれすべての市民は門をくぐり抜ける能力をもたなければならない・・・。われわれの求めているのは、単なる自由ではなく、機会も単なる法律上の機会でなく人間の能力のための機会であり、またわれわれの求めているのは権利や理論としての平等ではなく、事実としての平等、結果としての平等である」それまで差別を受けてきた黒人に対し、いまから自由に暮らしてよいといったところでなかなかすぐに「自由な」生活に順応していくことは難しい。彼らは自由な情況における行動規範をくみ上げていない。動向どうしていいのかこれから試行錯誤して規範を作り上げなければならない。言ってみればハイハイしている赤ん坊のようなものだ。その赤ん坊が自由を求めて荒地を開拓し国を作ったアメリカ白人と「自由に」競争するなんて、どだいまともな勝負になるはずなどない。そこで黒人に対するなんらかのアドバンテージを与えるものとして、奴隷解放とともに制定されたのがこの公民権法だ。たとえば、周辺地域住民の黒人比率を会社に対する黒人社員採用比率としたり、白人と黒人がおなじ能力である場合、黒人が昇進したり会社に採用されるように規定している。これはこれで正しいように思える。実際この法律によって、雇用や勉学の機会が黒人にも多く与えられるようになった。ところが、この本のタイトルからも分るように、こんどはその黒人を守る法律がいきすぎて、白人に対する逆差別となってしまったのだ。ぼくらも中国や韓国から戦争責任を問われるとそう感じるのだが、実際に黒人を差別したことの無い世代の人間にとっては、なぜ自分らが先人たちの責任を取らなければならないのか容易には納得がいくものではない。この手の過去にさかのぼって犯した過ちを積極的に法律で償っていくという姿勢はアメリカに良く見られる。昔アメリカに住んでいたとき、日本で言うところの確定申告をしにいったことがあるのだが、このとき日本人と韓国人に対しては特別な税的優遇措置があるのを知った。日本に対しては核爆弾を落とした責任を、韓国は南北分断のきっかけとなった朝鮮戦争の責任を取っているのである。これには正直感心させられてしまった。ただ、この場合、もちろんアメリカ国民に対して間接的に税金という形で負担を要請しているのではあるが、直接的に保障をするよりもはるかに被害者意識を持たないですむ。一方でこの公民権法だと、住民に直接的な補償が求められる。実際、黒人に職を取られたとしていくつか裁判沙汰にもなっており、中にはこの法律は憲法違反だとする判決まで出たケースすらあるのである。そう考えてみるとやはり、「事実としての平等、結果としての平等」を求めていくためには、いくらグローバリゼーションがさかんに叫ばれるようになってきたとはいえ、国家とか民族とかは個人相互間の軋轢を和らげる緩衝帯として必要になってくるのかもしれない。そもそも、戦争についても、宗教についても、民族についても、地域的制約を越えていったときにその手の軋轢が生じてきたのではなかろうか。地域・民族・時代(これに言語を加えてもよい)による自然発生的人類の住み分けを凌駕したときに発生する諸問題は、やはりそれら自然発生的住み分けに頼り解決していくしかないだろう。それらの問題は個人が背負うには重すぎる。もちろんこの場合の自然発生的住み分けは、国際的なコミュニケーションが発生する以前の元はまったくちがう。今の住み分けられたグループは、さまざまな条件がインプットされ、個人主義と世界国家の両方の意見・敬虔が混ざり合い、かつて存在していたものより精錬されたものであるべきだ。いや我々の生活を取り巻く技術・交通・メディア等を考慮すれば、その精錬は必然的なものでなければならない。それはそれまでの地域コミュニティをより精錬させた新しいコミュニティの模索へとつながっていく。「自由」にとまどっているのはぼくらなのかもしれないな。
2006年05月27日
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フジテレビ 『ブスの瞳に恋している』 このドラマは、制作側いわく、日本で始めてのブスがヒロインの恋愛ドラマである。そもそもお笑い芸人の森三中の大島が人気お笑い構成作家と結婚するまでの半分ドキュメンタリーのようなものであるらしいのであるが、それを同じ森三中の村上が演じている。相手役はSMAPの稲垣吾郎であるが、これがなかなか素朴でいい演技を見せている。このドラマ、最後こそハッピーエンドになるとは思うんだけど、ご多分に漏れず、ブスの悲哀がメインテーマのひとつとなっている。 さて、主人公の村上は女優を目指し、普段はラーメン屋でアルバイトをしている。そのアルバイト先のラーメン屋は『どすこいらーめん』といって、室井滋が女主人の役を演じている。そのラーメン屋、その日の教訓のようなものを毎日手書きで色紙に書いて飾っているのだ。この放送の第一回目の教訓が、ここに書かれているタイトルなのである。 「レントゲンならみなおなじ」 これはかなり深いのではなかろうか。人間なんて社会的動物として実存はしているけれど、所詮は動物でしかない。レントゲンで写るものは人による違いなど無く、まぎれもなく『人間』という生物の証しなのだ。まとっているものはペルソナでしかない。それがわかれば、それを悟れば人はずいぶんと自由になるのではなかろうか。こうして言うのは簡単だけど、実際にはすごく勇気がいることなんだろうね。
2006年05月21日
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森 千春著 『「壁」が崩壊して 統一ドイツは何を裁いたか』 1995 丸善株式会社 p.109この本はタイトルが示すとおり、東西ドイツが1989年にいわゆる「ベルリンの壁」の崩壊とともに東ドイツが消滅した後の行われた数々の裁判を紹介しつつ、それらのもつ政治的・社会的意義を問う形をとっている。主に、壁を守っていた衛兵による殺人事件と、それらを指示していた首相に対しての裁判で構成されている。その、最後の東ドイツの首相がホネッカーであるが、彼はドイツが統一されたとき、80を超える高齢であり、病魔にも襲われており、裁判が終了するまで生き延びることすら難しいと言われていた。「医師の診断によれば、ホネッカー被告は、判決が下るまでに、おそらく死亡するだろう。裁判の目的とは、『起訴状に記された犯行を完全に解明し』、必要ならば罰を課すことだ。今回の裁判では、この目的は満たされないだろう。にもかかわらず裁判を続けることは、裁判の進行自体が、『自己目的化すること』を意味する。こうした自己目的化には、正当な理由がない。」実際には当時の東側諸国に対しての警告としてこの裁判はそれなりにアピール材料とはなっていたと思う。でもそれこそが、この裁判の自己目的化に他ならない。その裁判を行うこと自体が目的化されるわけである。ただ、このレベルであれば実際、自己目的化とはいえ、そこになんらかの目的が存在し、必要なシステムとして承認されうることではなる。問題は、自己目的化が対自的な目的を失ったときである。すなわち、形骸化してしまったときだ。形骸化したイベントであれば、それはスケープゴートとして機能することが多い。ターゲットにされた当事者としては大変なことではあるものの、大きな枠で見たときに必要なものであることも否めない。もちろん、スケープゴートなど必要としないのが一番いいのではあるのだけれど。一方で、形骸化してしまったシステムは、時として社会にとって大きな足かせとなる。それが不条理な規律として社会を統治することが多い。なぜそのシステムが導入されたのか、そのシステムのそもそもの目的とはなんなのか、それが議論されずに方法論だけが語られるようになると、社会の進歩・進化にシステムは取り残されていく。にもかかわらず、そのシステムによって社会の価値観が決定されていく。形骸化してしまったことが常識になったと勘違いをしている人は多い。すなわち形骸化したシステムに何の疑問も抱くことができないのである。形骸化したシステムが、価値観を形成すると仮定できるのであれば、形骸化したシステムに従順な人は自分の価値観を持っていないこととなる。そう、自分なりの価値観を形成できないことに問題があるのではなかろうか。それには形骸化されたシステムに対して「なぜ」という問題意識を持つことが必要だ。でもそれは、自己が試されるからそれなりに勇気が必要にはなるけどね。
2006年05月20日
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犀川 博正著 『警察官の現場 ノンキャリア警察官という生き方』 2002 (株)角川書店 p.112この犀川という人はもともと警察官で、内部告発とまでは行かないまでも、その古い体制による捜査の不備や、現場の警察官のつらい事情などを客観的な視点で綴っている。やや自画自賛的な内容ではあるが、ふだんなかなか触れることのできない世界なので、興味深い。この本の中で、やはり交通違反の取締りについて言及しているのであるが、その中の一節に以下のような記述がある。「そういえば多くの警察官は、捕まえた違反者のことを、なぜか『おたくさん』と呼んでいました。“獲物”には名前なんて必要ない、ということでしょうか。今思い出しても、不自然な呼び方です。」まあ、「獲物」と言い切ってしまうことは少々行き過ぎという気もしないではないが、「おたくさん」と呼ぶのは、いわゆる「上から目線」ではあるだろう。これはこの状況もそうであるが、先生と生徒、医者と患者など、1対多数の状況の場合起こりやすい。特に、自分が多数に対し、なんらかの決定権を握っている場合、それは顕著になる。ところがそういう場合、当たり前なのであるが、多数側の個人としては、その関係は非常に重要なものとなる。ここに多数側の不条理というかパラドックスが成立する。SMAPじゃないけど、多数側はONLY ONEになるべく努力をする。それが変な方向へと高じると、贈賄ということになりかねない。そうなれば、暗に言葉で示されていた上下関係が顕著に表に現れてくる。この1対多数という関係は、自己中心的な社会を持つ人にも当てはまる。すなわち、「自分対その他みんな」という構図である。この場合はその人が関係そのものに関心を抱いていない場合が多い。自分のいる「世界」が大事であり、そこに「存在」する人(あるいはキャラ)だけが、彼と等位で重要となる。それらがそろって彼はようやく自分の存在を認めることができるようになる。いずれにしても、1対多数という関係は、きわめて絶対的・主観的である。その対極にあるのが1対1の関係を重要視した上での社会的ネットワークへの関わりだと思う。この場合、社会における人間関係はきわめて相対的・客観的となるはずである。昔、中学生の塾で講師をしたときに、生徒はフルネームで呼ぶようにといわれたことがあるけど、生徒の目線で話し合う上でも、実は教えるという行為においても、名前で呼ぶというのは1対1の関係を作るうえで有効である。もちろん、その関係はすべての生徒に対して構築されるものであり、それを適切に処理していくには先生側にも高い能力が要求される。逆に1対多数なら同じ授業をマニュアルどおり行えばよいのである。今の時代、個人が尊重されてはいるが、「1対多数」の関係で個人の主張だけが強く叫ばれているような気がする。そんな社会では、宗教や法律など、人間の関係を超越したなにかで人間の関係を決定していかなくてはならなくなる。そうなれば自ずと個はルールの中に埋没していく。もちろんルールはある程度は必要だ。ただ、できれば最低限であって欲しい。だから本当の意味での個人が尊重される社会を構築したいのであれば、もっともっと個人が能力を高めるべく努力をし、「1対1」の人間関係を客観的に社会の網の目に縫いこんでいくことが必要なんだと思う。まあ、そうは言っても「客観的な社会の網の目」というのを解明するのがほとんど不可能なんだけどね。せめて客観的に「解釈」はしていきたいね。
2006年05月14日
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アパルトヘイト廃止をめざす南ア人民支援連帯基金編 『アパルトヘイトの彼方に人間が輝く 日本人に何ができるか』 1990 (株)大月書店 p.109よく言われることであるが、多数決の論理だけを絶対評価軸にしているのであれば、きめの細かい政治を行うことなど難しい。極端な話、51対49で敗れた49の意見が抹殺されることすらありえるからだ。それだけではない。たとえ99対1だとしても、その1の意見にこそ新たな地平が含まれていることが多い。そこをいかに汲み取っていけるかが非常に大事なことである。妥協というとネガティブな印象が強い。どちらかといえば、お互いが「あきらめ」て歩み寄るという意味で使われることが多いのではなかろうか。実際、妥協をネットで調べてみると妥協 対立していた者の一方が他方に、あるいは双方が譲ることで意見をまとめること(三省堂提供「大辞林 第二版」より)とある。だからもともとネガティブな意味ではある。だけどここでは「ポジティブな妥協」というものを提案してみたい。妥協のポジティブなところとはどこなのか。ぼくはその「受け容れる姿勢」にあると思う。とにかく自分の意見を通そうと他人の意見をつっぱねることをしない。まずは受け容れてみる。問題はそのあとだ。ネガティブな妥協は自分の意見を部分的ではあるが捨てる。ポジティブな妥協はいろんな意見を融合させる。そのときに大事なのは、目的あるいは目標を見極め、共有することだ。高次な目標を共有することができれば、それに対してなにが必要なのか、客観的に判断することが可能となる。そこには「他者」が存在する。妥協に「他者」が介在することで、そこからより高次な何かが生まれる可能性をはらむ。この「他者」はもちろん絶対的であり相対的である。即時的に「存在」し、対自的に「解釈」される。そこにすでにポジティブな妥協の精神が存在している。ネガティブな意味ではなく、ポジティブな妥協が政治で行われるのであれば、世界はもっと過ごしやすくなるのではなかろうか。
2006年05月13日
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本間 千枝子著 『父のいる食卓』 1992 (株)文藝春秋 p.129 この本は作者の自伝に近いもので、彼女の幼少時代の出来事が鋭い洞察のもとつづられている。彼女は3歳にも満たないうちに、子供のできなかった母親の兄夫婦、すなわちおじ、おばのところへ里子へ出された。というより、半分、略奪されていったといった方が正確だろう。とはいえ別に仲が悪いわけではなかったため、実の両親、育ての両親、その両方の家を行ったり来たりと、親が4人いるような環境だったといっている。 ところがこの二人の父親、性格がまるで反対なのだ。大正12年の関東大震災後、食料を蓄え災害に備えた義兄に対し、弟(実父)の直都はその日その日を楽しんで生きる。そんな二人はしばしば衝突していた。 「『君の家庭のことだからわたしの考えを述べてみたところでおせっかいと嫌われるかもしれないが、直都君の家庭哲学は少しばかり感覚的に過ぎやせんか?』『義兄さんはわたしを少しかいかぶっていやしないかな?わたしには哲学なんてものはありませんがね。』『いやいや、哲学といって通じなければ、その、この難しい時代に女房子供を抱えて生きていく姿勢のようなものだ。君の職業が耳の感度という目にも見えなければ、つかんで頑張っているわけにも行かぬ、測る尺度もない絶対的で純粋なものによって成り立っているからといって、生活までその感度を第一にして暮らすのでは、わたしから見ると不安で仕方ない』『義兄さんとちがってわたしは理屈も計算も、理性さえもない人間でね、要するに日々楽しく暮らせりゃそれでいい。第一に自分が楽しくて、まわりの者たちが楽しければ、生きているのがまんざら悪くはない・・・わたしにとっては仕事も趣味のひとつでね、釣も旅行も芝居見物も、うまいものを食うのも、本来はみんな同列なんですが、ま、おっしゃる通り生きていかなければなりませんから・・・幸いわたしでなければと言って下さる方はあるし仕事は面白いですからしますがね』『それそれ、旨いものの話が出たけれど、不思議なことに、きみの舌はわたしと違ってうまいものを散々食って、食い厭きてしまった人の洗練の域というか、枯淡の息に達してしまっているが、はたで見ているとそれもかすかに不安だね。感覚的でありすぎるというのは刹那主義に通じるものがありゃせんかな。刹那主義といって悪ければデカダンスだ』『この人の話はどうも理屈っぽいね、デカダンスだかめだかダンスだか知らないけれど、そう言われりゃ何とか言い返さなけりゃならない。ま、わたしは本来はデカダンスで仕方がないんじゃないかな。今あると思っても次の瞬間には消えてしまう「音」の商売なんですから』」ちなみにここで言われている「音」の商売とはピアノの調律士のことである。 ここで主に義兄からであるが、後先を考えずにいい意味でも悪い意味でもその日暮らしをしている直都に対して、いろいろな言葉が使われている。 『感覚的』『刹那主義』『デカダンス』『洗練』『姑息』この中で洗練というのはいい意味で使われることが多いが、もちろんここでは皮肉として使われている。姑息と並べられていることからもそれは明白だ。で、改めてこれらの言葉を眺めてみると、判断基準が個人に依存していることが伺える。 たとえば人は人という考え方ができるのであれば、他人の思惑に惑わされることもなく、自分が正しいと思った道を進むことができる。そのとき頼れるものは自分の判断基準だけだ。しかし、そこに生活がかかってくると、なかなか人は人などと突き放して言うことが難しくなる。この物語では直都は才能のある調律士であるために仕事にあぶれることなどないが、才能のない人間は資格とか常識とか縁故とか人脈とか、そういった大樹に寄らねば生き抜いていくことがむずかしい。 別に大樹に寄ることを否定はしない。そうしないと生きていくことすらできない人はたくさんいるだろう。いや、むしろそういう弱い人の方が圧倒的大多数を占めている。だからこそ、より自分(たち)を守っていくために、才能があろうとなかろうと、アウトローを排除していこうとする。そこが問題だ。大樹に頼らざるを得ないほど弱い人は、多様性も許容することができない。良し悪しの判断がマニュアルがないとできないのである。 これは若い奴らと話していてもよく思うことである。なんというか、頭が固いのだ。基礎ができても、応用がまるでできない。いや、基礎自体が丸暗記で、なぜそうなのかを理解していないからなんだろう。大樹も個人的判断も、すべてを並列できるくらいの度量を育てられるような教育ができるといいんだろうなぁ。
2006年05月07日
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アパルトヘイト廃止をめざす南ア人民支援連帯基金編 『アパルトヘイトの彼方に人間が輝く 日本人に何ができるか』 >1990 (株)大月書店 p.157-158 昨日の日記に関連して、想像力というところでもう一つ。今回はさらにその日本人の想像力がいかに貧しいのかが表現されているといえる。 「自己中心的考え方が強すぎるということです。卑近な例ですが、私の家の前に道路があって、自動車がよく止まって、ジュースの缶を道に投げ捨てるんです。だれかがその缶をひろわなきゃならない、捨てた先がどうなるのかへの想像力がない。不思議ですね。想像力が自分の身体の周辺の一メートル以上先までは及ばないということです。その先まで想像力が進展しないと、人間のコミュニティなど成り立たないですよ。しかし、アパルトヘイト問題で、一万数千キロ彼方の南アフリカまでいっきに想像力が飛ぶことができるならば、そこから遡って自分たちの回りも変えようとする観点が生まれるし、変わってくるんじゃないですか。」 これと同じような出来事に出会ったことがあった。昔アメリカでスキー場へ行ったとき、帰ろうとして車で着替えをしていたら、近くの車に老夫婦と思われるカップルがやってきて乗り込んだ。なかなか優しい感じのご夫婦で、絵になっていたんだけど、なんと車に乗ってさあ出発という間際、ドアを開けてゴミを駐車場へと捨てていったのだ。煙草の吸殻を捨てていくのは何度か見たことがあり、それだって気分が悪くなっていたんだけど、さすがにこのときは驚きのあまり、女房ともどもしばらく口をきくことすらできなかった。そのときどうしてああいうことが平気でできるのか、まったく理解することができなかった。 どうしてそんなことができるのか、言い換えれば、地面に捨てられたゴミをみてほかの人がどう感じるのかが想像できないのである。正直言うと、そういうことが想像できない人はぼくはまったく理解ができない。ここではアパルトヘイトの問題を考えることで物理的に想像力の及ぶ距離を伸ばして、身近な想像力も改善していけるのではと期待している。まあ、主題がアパルトヘイトだけにややこじつけ気味ではあるけれど、場所性とか空間性、時間性というものの人間社会に与える影響におおいに興味のある僕としては、面白い考え方である。 距離、社会、周囲の人、場所などなど、人は取り巻く環境によって行動が規定されることが多い。その想像力の及ぶ距離が大きければそれだけ多くの環境因子が行動を決定する要素として作用してくることとなる。
2006年05月05日
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アパルトヘイト廃止をめざす南ア人民支援連帯基金編 『アパルトヘイトの彼方に人間が輝く 日本人に何ができるか』 1990 (株)大月書店 p.151 これは、日本に来ているアフリカ諸国の大使の座談会での発言である。 「要するに日本人の心理状態が鎖国的になっていますね。なにか物を考え行動するときに集団主義、会社中心主義であって、日本の外、会社の外にあることへの想像力がない。日常でいえば電車の中で隣に座っている人、要するに他者に対する関心がない。そのことは他人があくまで、物理的な環境として見られていて、生きた主体として自分と同じような存在として意識されないということなんです。相手が自分を見たらどう見えるのか、ということを考えないですね。」 これは、島国根性とも揶揄される日本人の気質ではなかろうか。とくに想像力がないということはしばしば指摘されることだ。相手の気持ちになって考えることがどうも苦手なのである。 「人の迷惑にならない」ということを口にする人が多い。人に迷惑をかけないのであれば、好きなことをしていいんじゃないかということだ。たしかにそれを否定することは難しい。でも、そこで止まると想像力は必要とされない。だからどうしても行動が消極的になってしまう。出る杭は打たれる的な発想だ。 もっともっと他者に興味を持って積極的にかかわってみてもいいのではなかろうか。消極的に間違いをしないというよりも、できれば積極的にいいことをしていくようになっていきたい。
2006年05月04日
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ヘッセ著 高橋 健二訳 『クヌルプ』ヘッセはぼくの大好きな作家のひとりである。日常としての宗教心というものに疑問をもちつつ、一種のタブーとされる芸術とか美とかいう人の心を惑わす抽象的概念に対しての洞察が深い。クヌルプというのはこの物語の主人公で、働くことを放棄し放蕩している。でもその率直な性格からだろうか、友達が多く、泊まる宿には困らない。そんなクヌルプと友人の美に対しての会話を引用してみる。「まったくそのとおりだよ、クヌルプ。なんでもふさわしいときに見ると、美しいんだ。」「そうだ。だが、ぼくはまた別な考え方もする。いちばん美しいものはいつも、満足とともに悲しみを、あるいは不安を伴うとき、美しいのだ、と考える。」「ええ、どうして?」「こう思うんだよ。ほんとに美しいお嬢さんだって、たぶんそんなに美しいとは思われないだろう。そんなひとにも盛りのときがあり、それが過ぎれば、年をとって死ななければならない、ということがわかっていなかったら、何か美しいものがもし未来永久にわたってたえず変わらず美しかったとしたら、それはぼくを喜ばすかもしれないが、ぼくはそれを冷たい目で見、こんなものはいつだて見られる、何もきょうでなくてもいい、と考えるだろう。これにひきかえ、衰えやすいもの、いつまでも同じではいないものを見ると、喜びばかりでなく、同情をもいだくのだ。」「そりゃそうだ」「だから、どこかで夜、花火があげられるときほど美しいものを、ぼくは知らない。青や緑の光の玉ができて、暗闇にのぼってゆく。ちょうどいちばん美しくなったとき、小さい弓形を描いて消える。それをながめていると、喜びを、そして同時にまた、すぐに消えてしまうのだという不安を抱く。それが結びついているから、花火がもっと長くつづく場合よりずっと美しいのだ。」移ろい行くものの儚さか。非日常的な美しさも、恒常となることで日常化する。美という概念を日常からの差異と定義することができるのであれば、日常化した美しさはもはやその価値を失ってしまう。逆に、日常の事象の中にサインやコノテーションを見出すことができたのであれば、それは美への意識にも似た非日常への興奮を呼び覚ます。それらは対自的であるがゆえに、移ろいやすく脆い。掬っては消え、掬っては消え。。でもきっと、手の平に目には見えない何かが残る。それが嵩となったとき、対自と即自は融合されるのかもしれないな。
2006年03月29日
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ジュンパ・ラヒリ著 小川 高義訳 『停電の夜に』 2005 (株)新潮社 p.32「夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂を、みずみずしい感性と端麗な文章で表す9編。ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集」これは、この本の後ろに書かれていたこの本の紹介文の一部である。で、なんとなく気になったので借りてみた。この「停電の夜に」は電気の修理により毎晩1時間だけ停電となったとき、お互いそれまで隠してきたことを一つずつ打ち明けあうことにした倦怠期を迎えた夫婦の話だ。その中で夫は35歳なのに博士課程で勉強している学生という設定だ。彼は以前、試験でカンニングしたことを妻に告白する。で、その理由を言い訳がましく説明するのであるが、そのときの妻の返事がこれだったのだ。「理由まで言わなくていいのに」好意的に解釈すれば、惨めな夫を哀れんでいるとも取れる。実際、その告白を聞いた妻は夫の腕を取り肩に寄りかかりながらこのせりふを言ったので、そういうシチュエーションだったのだと思う。でも本当は、理由を述べる夫を潔しとしない妻の非難だったのかもしれないと、結末を知ると思えてくる。考えてみるとこの理由というやつは、安定した日常社会を送る上でとても重要な役割を果たしていると思える。事件が起こったときの犯人の動機とか、事故が起こったときの原因とか、そういうことをぼくらは知りたがる。そこに因果関係を認めることによって、日常生活の境界線を確認して安心する。この日常の境界線の確認作業というものは、即自的なものに対してはイレギュラーな事象に対して比較的柔軟に対応していくことができると思う。たとえば、体の調子が悪いとき、病院へ行って原因を突き止めれば因果関係を境界内に内包できる。放っておけば治るといって病院へ行きたがらない人の場合でも、それで治ればそのイベントは我慢すれば治るものとして内在的に処理され、その人にとっての日常の境界線は守られる。治らなくても、その状態が日常へと還元され、理由など必要としなくなればやはり、境界線が侵されることはないだろう。日常の境界線が侵されると人は不安を覚えるのではなかろうか。先程例を挙げた病気の場合、一向に治る気配がないのであれば、医者にかかろうが、かかっていまいが不安になる人は多い。この不安は直接的にせよ間接的にせよ、「生」を脅かされる不安へと繋がっていると思う。末期がん患者へのケアを考えてみるとわかりやすいが、病気の治療というよりは、いかにおだやかに生活できるかをケアすることが今日問題とされている。そのときに痛みの理由など聞かされても、なんの役にも立たないだろう。これはあくまでもぼくの想像の域を出ないが、生きる行為に真摯に向き合い、そこに人間としての喜びを見つけることが大事なのではないかと思う。生きる行為に真摯に向き合うというのは、いまぼくらを取囲んでいる事象をありのままに受け入れることなのではなかろうか。この境地からネガティブなせつな的生き方とは違う「今を楽しむ」生き方ができるのだと思う。この「今を楽しむ」生き方は総じて対自的な出来事に対しても、有効に働くと思う。世の中、理不尽なものを含め(というよりそちらの方が多いかもしれないけど)様々な理由が交錯している。そのひとつひとつを解きほぐし、局所的に対処していくこともそれなりに有効だとは思う。しかし、あまりに局所的であると、その原因に対して有効ではあっても、他の問題の原因となってしまうことだってよくあることだと思う。つまり価値判断基準がどうしても偏りがちになってしまうのだ。「今を楽しむ」ということは、突き詰めていったときに実は、他者存在としての自己と向き合うことへと昇華されるのだとぼくは思う。そうすることで今ぼくらを取囲んでいる事象を平静に概観することができ、その中ではじめて、価値観というものを共有することができるのではなかろうか。
2006年03月28日
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マルサス著 永井義雄訳 『人口論』 1973 中央公論社 p.22この本の中でマルサスは、人口は制限されることがなければ等比整列的に増大するが、一方で食糧をまかなう生活資料は等差整列的にしか増大しないと主張している。従って、25年先くらいであれば人口の増加に食糧の増加が追いつくのであるが、それ以降は人口の増加率に食糧の増加率が追いつけなくなると指摘している。このとき、制限の無い状態における前提条件として「二つの公準」を上げている。「第一、食糧は人間の生存に必要であること。」「第二、両性間の情念は必然であり、ほぼ現在の状態のままでありつづけるとおもわれること。」このうち第一の公準に関しては疑う余地はないだろう。ただし、食糧が将来栄養を含んだタブレットに取って代わられる可能性はあるだろうけど。問題は第二の公準である。たしかに人間も動物である以上、多少の例外はいるとしても、種を保存しようとする本能を有していることは間違いないだろう。そうであればこの両性間の情念というものは必然でなければならない。もちろん、昔から同性間の情念というものもおおいに存在しているのではあるけれど、それは例外とみなしてもいいだろう。ここで同性間の情念は必然的でないとするのは性的差別だと言われると話が別の方向へそれてしまうので、必然という意味に差別的な意味合いは含んでいないものとしていただきたい。さて、この必然的と思われていた両性間の情念に疑問を抱かざるを得ないのではなかろうか。まず、現代の日本では、少子化が社会問題にまで発展してきている。食生活の変化や化学物質の蔓延などによる不妊症の増加ということもあるのかもしれないが、精神的なものに起因しているケースも多いと思う。以前ネットコラムで読んだことがあるが、最近、新婚でもセックスレスのカップルが増えているということである。こどもをつくる行為をしていないのだからこどもの数が減るのも当然だ。家庭内別居状態の夫婦ならいざ知らず、この手の好んでセックスレスな生活を営む夫婦の間にはすくなからず両性間の情念というものは存在しているんだと思う。要は両性間の情念が直接的にセックスに結びついていないのではないかということだ。このことは不妊治療とか、体外受精とか、こどもをつくるための科学的な技術を考えてみたときにもそう思えてくる。こちらは逆に「こどもをつくる」という行為を科学的に効率よく行う。そうなると変な話、セックスしなくてもこどもができてしまう。ちょっと前に新聞のコラムに国会議員の野田聖子と鶴保庸介のこづくり手記のようなものが載っていたが、義務化されたセックスの苦痛が懇々と書いてあった。よくぞ性的不能にならなかったものだと思わんばかりの内容だった。こうなるとますますセックス=こづくりのツールという図式が強くなり、男女間の情念とセックスという行為との間の溝は深まるばかりではなかろうか。実はそうだと仮定しても面白いことにマルサスの考察はなかなか的を得たものとなってはいる。前述したように、この人口増加に対しては「制限がない場合」としているが、ではなにを制限として彼は上げていたのかというと、不幸と悪徳のふたつである。この言葉の定義自体、物議を醸し出すかもしれないけど、社会的因子という意味では今でも、いや、今だからこそ通用するのではなかろうか。人間は社会的動物ゆえ、本能よりも社会的要因の方が、日常生活に及ぼす影響が大きいような気がする。だから、少子化以前の晩婚化自体、社会的因子の影響の結果と考えることもできる。これもネットコラムで読んだのであるが、いまどきの若い人たちは、こどもができないと結婚しないそうだ。つまり、若いうちの結婚のきっかけは「できちゃった」なのである。言ってみればこの「できちゃった婚」も社会的因子に強要された結婚である。思うに、男女間の情念に限らず、人間の情念というものは案外社会的因子によって影響を受けるのではないのだろうか。もちろん絶対こうなるというような制約とまでは行かないだろうけど、大筋こっちの方向へと向かうといった予測はすることができるような気がする。そうだとすれば、個人主義よろしく多様化が叫ばれている今日において、この大きな流れを社会的因子からシミュレートすることは、世代や地域、文化といった物理的な制約を乗り越えた共有概念を作り出す上で非常に役に立つのではないかと思う。だからアルゴリズムとか複雑系とか、これからの学問はそのシミュレーションをできるだけ客観的に行うべく調査・研究が進められるようになるのではないのだろうか。
2006年03月26日
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カフカ著 前田敬作訳 『城』手紙というものは事務的であっても私的なものであっても文字というもので構成されている。もちろん、いまの時代であれば写真なんかもプリントしてあったりすることはあるけれど、たとえそうだとしても、そこにされている行為は現実の事象の描写でしかない。その描写を空想の空間に再構築するのはその手紙を読む人の想像力にゆだねられる。だから簡単な例を挙げれば、「東京タワー」という言葉を読んで、実際の東京タワーを知っている人であればどんなものがその映像を創造することができるけど、知らない人にとってはなにが東京のタワーなのかわからない。人によっては都庁のような超高層ビルと思い浮かべるかもしれないし、ひょっとして東京の銘菓の名前だと思う人もいるかもしれない。まあこれは極端な例ではあるけれど、情報通信ツールとしての言語は、そこに共有する情報がない場合、間違って、すなわちおなじ文章でも違った解釈を生むこととなりやすい。だから正確に言えば手紙そのものが、価値を変えるのではない。読み手が認識の中で手紙に違う意味を付加していくのである。すなわち手紙のテクスト化だ。よく考古学で、単に昔の文字を解読しただけではその手紙なりの本当の意味が判明しない場合がある。その文書の書かれた時代背景や文化背景を理解した上でないと理解することができない場合が多い。ぼくは高校のとき古文や漢文を勉強しているときに、つくづくそれを感じてしまった。ただし、その文章がインフォーマティブなものでない限り、その文章からどのようなメッセージを読み取るのか、個人の認識に委ねられる。ぼくはいちいち時代背景や文化背景を理解することが面倒くさいし時間的にも難しいので、自己の内部へ訴えかけるメッセージを含んだテクストとしてその手の文章を読むことにしている。そのときに重要になってくるのは自分がどのように時代を分析・解釈しているかということだ。ぼくらは過去にも未来にも存在することなどできない。いや、存在しているいまこのときを現在として始めて過去も未来も意味を成す。だから現在を基準として過去を判断するところに歴史が生まれる。それはぼくらのいる位置によって必然的に変わってくる。中国と日本とで歴史の解釈が異なるのも必然的といえるであろう。ただし、テクストの解釈に強引さはマイナスとなる。あるコードに沿って解釈していて矛盾が生ずるのであれば、強引にテクストを解釈するのではなく、コードを柔軟にアジャストしていくことが必要になる。だから事象をできるだけ客観的に観察し、それをヒントとしてテクストの意味、あるいはコノテーションを解釈していく。歴史小説家の童門冬二もその歴史的事象をできるだけ現在の事象に重ね合わせて解釈を行うことを心がけているという。自分の生きているこの同時代性をテクストの中で以下に解釈していくか。そこに流行やマニュアルに流されない独自の視点が個性となって表出してくるのではなかろうか。
2006年03月25日
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川端 裕人著 『今ここにいるぼくらは』この物語の主人公は小学生の男の子なんだけど、引っ越したあと、その土地で遊んでいたときに、自分の影の長さが違うことに気づき、どきりとしてしまう。「影が長かった。きのうの同じ時間、ばくはまだ遠い土地にいた。引越しの作業の邪魔だということで家から追い出され、近所の小学四年生にキャッチボールをしてもらった。その時、バットを地面を転がして何の気なしに見ていて、気づいた。自分の影とバットが同じ長さだった。ちょうどこの時期、午後一時半過ぎの太陽は、建っているぼくの姿をバットの長さに縮めて地面に映していたんだ。それがおもしろかった。そして、きょう、ぼくは違う土地で、偶然同じことをして、きのうとは違うことを知ってしまった。影法師の長さが少し違う。こっちの方が長い。つまり、太陽がちょっとだけ低いってことだ。理科で太陽と地球のことを習うのはまだ先だったけれど、ぼくは地元の天文台に年に何度も遊びに行くような子だったから、すぐ理由がわかったよ。ぼくが今いる場所は、きのういた場所から真東に何百キロも離れている。たったそれだけで、同じ時間の太陽の高さが違う。この場所の方が日の出も、日の入りも少しずつ早いんだ。ぼくは違う時間に生きている。五分なのか十分なのか分からないけれど、とにかく、ここでは違う時間が流れているんだ。ぼくはきのうまでの世界から離れてしまった。古い友達やいとこたちやおばあちゃんたちがいる場所とは、時間すら違う別の世界なんだ。なぜなのかわからないんだけれど、そのことがすごく効いたんだ。遠く離れるのは平気でも、違う時間は怖かった。」こういうなんでもないことが子供にとって大きな意味を持つことがある。この場合、引越しという一大行事があったとはいえ、影の長さに違いを見出すという繊細な感覚には恐れ入る。いや、子供の感覚は得てしてこれくらい繊細なものだと思う。その繊細さを大人になるにつれて忘れていっているんだと思う。とにかく影の長さが違うことに気がついて、そこから違う時間に生きていることを実感する。海外旅行で時差ぼけとかに悩まされているぼくらにとって、この程度の些細な違いから時間の違いを感じられるなんて、ものすごい感性だと思う。このようにいろんな意味で経験の浅い子供にとって、世界は非常に小さくて狭いものではあるんだけど、それだけにそれを認識する感覚は深い。深いからちょっとした違いでも敏感に感じることができる。そしてそこから少しずつ少しずつ世界を広げていく。言ってみれば小さなイニシエーションの連続だ。この深い洞察力というか、繊細な感覚というか、この手の感性は経験をつみ、世界が広がっていくと失いやすい。世界が広くなればそれだけひとつの事象に対しての洞察は甘くなる。ある程度までは脳も成長し、広がる世界に同じ密度で順応していくことは可能かもしれないけど、いずれはそれも追いつかなくなる。そうなれば小さな事象への感動も必然的に小さくなる。小さくなるけど失いたくない。その小さなともし火に気づけるだけの感性は持ち続けていきたい。そこにはきっと、日常を豊かにしてくれる新しい発見が潜んでいるからね。
2006年03月24日
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かわぐちかいじ著 『沈黙の艦隊 9』 1991 (株)講談社 p.204『沈黙の艦隊』は1988年に連載が始まり、一躍話題となった漫画である。あまのじゃくのぼくとしてはあまりに人気があった漫画なんでかえって敬遠していて、ようやく読んでみる気がしてきたのだ。簡単に言えば、日本の自衛隊が開発した世界最高の原子力潜水艦が海江田という将校に乗っ取られ、海江田は「やまと」として独立宣言をする。純粋に軍事を売り物とする国家の誕生である。もちろんアメリカやソ連(そういう時代なのだ)は猛反発し、それらの列強国を相手に「やまと」がどんぱちを含め、いろいろな戦略をとっていくさまがなかなかスリリングに描かれている。もともとぼくはこのかわぐちかいじという漫画家は大好きだった。というのも彼はそれまでは麻雀漫画をよく書いており、麻雀新撰組を描いた「はっぽうやぶれ」はぼくら麻雀好きにとって、「哭きの竜」「3/4」「スーパーヅガン」などとあわせて、バイブルのひとつであった。その中で「やまと」の国家元帥である海江田が、時の日本国の総理大臣竹上に対して連盟を申し入れ、竹上はすべての軍事採決権を国連軍にゆだねることを条件にその申し入れを飲む。地球を守るための、本当の意味での軍事による超国家の誕生が海江田の狙いであった。実際、1988年は昭和63年、実質上の昭和最後の年であり、1985年のプラザ合意によって一気に円が力を持ってきた時代であった。それだけに戦後続いていた米ソ二国による対立に待ったをかけるという発想が出てきてもおかしくない状況ではあったと思う。とはいえ、そんなことを日本が先陣を切って行うわけなどない。大きな変革には昔もいまも「外圧」が必要なのだ。「明治から百数十年、日本が海洋国家であるということはいっこうに変わっていない。海の外からの圧力がなければこの国は何ひとつ大きな改革は行われないのだ!」竹上総理はこう言い放つ。海江田の「やまと」を独立国家と認め、「海の外からの圧力」として捕らえる。そしてそれに便乗し、それ以上に世界の度肝を抜くような提案をしてのける。提案したあとに国民の総意を問う。この構図はいまもあまり変わっていないと思う。というよりも、これが日本なのではなかろうか。海に囲まれた土地に閉じ込められた単一民族は、まわりから排除されることを極端に恐れる。自分は大丈夫だと豪語する人でも、自分のために家族がひどい目に会うとなるとやはり二の足を踏むのではなかろうか。逆に言えばその中で庇護されていればこれはかなり居心地がいい。まさにぬるま湯状態である。でも、ぬるま湯だけに、なかなか外にでることができなくなり、冷えていく湯の中でくすぶる以外方がない。海の外からの圧力が火を炊きつけてくれない限り、なかなかぬるま湯から上がることなどできはしない。それはそれで仕方がないことだとは思う。それにぼく個人についても同じようなことがあてはまる。ぼくは努力が大事だといってはいるものの、努力自体は大嫌いだ。できることなら苦労もしたくない。そんなぼくにカツを入れてくれるのが「外圧」だ。だから、それ自体は悪いことでもなんでもないと思う。大事になのはその「外圧」をそのまま受け入れるのでなく、自分なりに認識し、理解し、そしてどう行動していけばいいのか自分の責任で判断することではなかろうか。だからこそ、海江田の申し入れに対し、それ以上に世界国家建設のために効果があると判断した意見をぶつけてきた竹上には胸のすく思いがする。ぼくのこのブログのタイトルはSLIGHT STIMULATIONで直訳すれば「小さな刺激」となる。ぼくは本を中心に、どんな小さな刺激でもいいから話を膨らまして、自分のアイデアをまとめてみようという試みをここでしている。本からもらう小さな刺激も、外圧のようなおおきなプレッシャーも、ぼくは自分を変えていく上では同じきっかけだと思っている。社会的関係の中でプライオリティはあるものの、純粋に事象として捕らえるのであれば、それらは並列されてしかるべきではなかろうか。それらを認識し理解する過程でぼくらは変化し成長を遂げていく。一度ぬるま湯の外に出たならば、もうぬるま湯は必要としなくなるだろう。
2006年03月22日
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久世 光彦著 『一九三四年冬―乱歩』 1997 (株)新潮社 p.42こういう場所は一軒家が建ち並ぶ田舎の町ではなかなか見つけ出すことができない。やはり、限られた土地に人口の集中する都市部でないと生まれない状況だろう。「いまいる<張ホテル>もそうだが、ホテルとかアパートとか、人間が一つの屋根の下、壁一枚隔てて共同生活を営むような場所が乱歩は大好きで、実際この十年、しょっ中家を明けてそんなところばかり泊まり歩いたのも、きっと他人の秘密を覗き見できる幸運の確率が高いと考えたからもかもしれない。」ここから察するに、おなじアパートでも近代的な鉄筋コンクリート造のだとこういう感覚は味わえないと思う。やはり、鉄骨か理想的には木造の、しかも真壁造が好ましい。そうすれば、隣の部屋の音が壁に耳をつけなくとも結構聞こえてくる。「めぞん一刻」という高橋留美子原作の漫画をご存知だろうか。その漫画に出てくる一刻館のようなアパートが理想的なんだと思う。実はかくいうぼくも、大学生のころ、この手の木賃アパートに住んでいたことがある。2階建て、全部で8部屋、玄関は共同で一つだけ、そこで靴を脱いで各部屋に暗い中廊下を渡っていく。トイレも共同だし、一刻館にとてもよく似ている。違うのは廊下が中廊下で暗いということと、ぼくの住んでいたアパートはキッチンだけは部屋に装備されている点、そして全員が男性だったという点だ。そんな部屋に住んでいたから当然、隣の部屋の音は良く聞こえた。テレビなんて普通に聞こえていたし、ときどき女の子の声も聞こえてきたりした。そんな時、いくら受動的だったとはいえ、「他人の秘密を覗き見できる」ことを「幸運」と感じていたことを否定できない。べつにエッチの声とか聞こえたわけではないけど、社会的な関係を除いた部分、ほぼ100%プライベートな部分というのを見ることは原則的に不可能であるからだろうか、そういう部分を垣間見ていると思うと不思議に高揚する。ぼくの知らないところで、いや、誰も知らないところで生きている。一人でいるという状況はすなわちそういうことだ。そういう人の人生というとおおげさだけど、生きているさま、存在を気配として感じるチャンスが大きくなる。そういう状況、気配でつながる空間というものは、ぼくは都会での生活にとって非常に重要な要素の一つであるように思える。近所との密な付き合いは時として鬱陶しいけど、隣の人の名前も知らないという状況はあまりにも孤独だ。そんな時、このような気配でつながる関係というのは案外気持ちいいものなのではなかろうか。ぼくもそのアパートに住んでいたときにはそう感じた。隣から音が聞こえることで、ぼくのほかに生きている人がいると実感し、そこに女の子の声が聞こえたりすると、自分の知らない人生劇がそこで行われているということに興奮する。そこは知らない人同士、いろんな人生が交錯する空間。そんなどきどきが味わえるのは都会に住む大きな魅力になっているとぼくは思う。
2006年03月21日
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久世 光彦著 『一九三四年冬―乱歩』 1997 (株)新潮社 p.20演出家の久世光彦が最近亡くなられた。実はぼくはこの人のことをほとんど知らなかった。ところが、これまた彼が亡くなる直前、伊集院静の『犬が西向きゃ尾は東』というエッセイの中で久世を褒めている文章があり、なかでもこの『一九三四年冬―乱歩』は面白いと絶賛していて、それで読んでみたいと思っていたところの訃報だったのだ。自分自身、あまりのコインシデンスにちょっと驚いた。この物語、主人公はまさにあの江戸川乱歩なのであるが、登場する人物の名前は実存している人の名を借りてはいるが、この物語自体はフィクションだと思う。その乱歩が、スランプに陥り、だれにも告げずに家出をし、とあるという外国人相手の長期滞在型ホテルに雲隠れしたところから物語は始まる。そのホテルのボーイは翁華栄という中国人の美青年であり、そっちの気のある乱歩の気持ちをかき乱す。そのホテルでは突然猫が現れたり、ポインセチアが送られてきたり、鋭い視線を感じたりとさまざまな不思議な出来事が立て続けに起こる。それに呼応するかのように、それまでスランプだった乱歩は、ウソのように小説『梔子姫』を書き上げていく。そこに乱歩自身の夢の世界も錯綜し、どれが本当の世界なのか、読んでいるほうもわからなくなってくる。そんな物語の冒頭で、乱歩が華栄の新聞は必要かという質問に対して即座にいらないと答え、その理由として付け足したのがこのせりふだ。「翁華栄が訊きにきたのは、新聞をどうするかということと、食事は階下の食堂でほかの逗留客といっしょにするのか、それともこの部屋へ運ぶかということだった。新聞はすぐに断る。この部屋にそんなものが入り込んできたら、せっかく止まりかけていた時間がまた動き出す。」時間というものを一方通行の決して戻ることのない絶対軸に乗ったものとするならば、その時間は事象に関係なく刻々と進んでいく。いまこの一瞬は唯一無二の瞬間であり、この瞬間を一生のうち二度と味わうことはない。それに対して、一日とか一年とか季節とか、周期的に繰り返される時間がある。イメージとしては同じところへ戻っては来るものの、正確には同じ場所には戻らない、螺旋のような進み方だ。これらはいずれも時間そのもの解釈の仕方に依存する。一方、時空のように、時間だけではなく、空間や事象など、あらゆる存在にかかわるものにはなんらかの関係性があるとする考え方がある。実際、時間というものは絶対軸で測ることは可能であるが、その本質的な部分にておいて、時間を認識する主体、すなわちわれわれの感覚によるところが大きい。楽しい時間は早く過ぎるものだし、退屈だと時間が進むのが遅く感じる。ただし、いずれの場合においても、とりまく環境は変化している。しかし、この物語の乱歩のように、物を書くために日がな一日中部屋に閉じこもり、新聞も取らないのであれば、移ろう事象を知る術も無い。そうなると時間が止まる。寝て食って、小説を書いてという生活は繰り返されるが、まったくの日常だけだと時間は彼の世界の中に閉じ込められる。人間は意志というものを持っている。もし、動物のように何も考えず本能の赴くままに生きることができるのであれば、時間を感じることもない。意思を持つということは、事象を解釈し認識する能力を有すということだ。相対性理論は唯物論的ではあるけれど、そこへ至る経緯には観念が大きく影響している。実は時空はそれだけでなく、さらには5次元、6次元、中には17次元にもおよぶさまざまなパラメータで成立していると主張する物理学者も今日ではいる。実際いくつパラメータがあり、そのうちいくつをぼくらは認識できるのかはわからない。わからないけど、それらが影響してきて自分の存在している時間が意識されるような気はする。それをどうしたら「意思」の上に持ってこれるのかはわからない。わからないけど、五感を研ぎ澄まし、いろんな感覚、知識、道具、そのたもろもろのツールや手段で今ある時空を認識いけたのであれば、より豊かで深い時間を感じることができるようになるのかもしれないな。そしたら、もしかしたら人生も、ずっとずっと楽しく過ごしていけるのかもしれないね。
2006年03月20日
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清水 一行著 『虚構大学』 2006 (株)光文社 p.296この物語は昭和39年あたりに時代設定がされている。この年は東京オリンピックの開催された年であり、それにあわせての一大国家事業として新幹線事業があった。で、新幹線ができてからというもの、関東と関西の時間的距離が飛躍的に縮まった。今では飛行機の国内旅行も気軽に出来る時代となり、新幹線も東海道だけでなく東北、上越、九州などとかなりの地域をカバーしてきている。小学校のときに時間距離で換算されたゆがめられた日本地図というものを見たことがあるが、今はその形もだいぶ変わったことだろう。いまさらではあるが距離と時間の間には非常に強い関係が存在する。<速度> × <時間> = <距離>誰でも知っている公式だ。物理的な距離とはここでは目的地へ行くのに必要とされる時間であると考えられる。だから上記の公式は<時間>=<距離>÷<速度>となり、実際的な意味での物理的な距離など縮まるわけなどないのだから、時間を縮めるには速度を上げるしかない。そもそも、この中で唯一変更が可能なパラメータは<速度>しかないのだ。だから、交通機関のスピードが上がれば時間は短くなる。友達から聞いた話だけど、旅の疲れとは交通機関に乗っている時間に比例するそうだ。たとえば、新幹線で大阪まで3時間、飛行機だと45分程度であるが、飛行機だと飛行場まで行く時間があるから場所によっては大阪へ行くのに、飛行機で行くのも新幹線で行くのも同じだけ時間がかかってしまうことだってあるだろう。ところが、どちらの方が疲れているかといえば、乗り物に乗っている時間の少ない飛行機だそうだ。実際ぼくもそう思う。で、そんな経験が蓄積されると、ほんとに旅が億劫でなくなると思う。この気軽さであることはとても大事なことだと思う。そこで億劫であったり、お金がかかったりということはかなりのディスアドバンテージとなる。こうした技術革新による物理的な時間距離の短縮はとても効果のあることだと思うけど、時空をワープする技術が開発されれば別だけど、そうでなければ時間を縮めるにしても限界がある。物理的にもそうだし、経済的にもそうだ。だとすればどうしたらいいのだろうか?ここで時間を概念として捉えることによって、物理的ではなく精神的な距離を縮めていくということが考えられると思う。実はぼくにとって本というのがこの精神的距離を縮める取って置きのツールとなる。ぼくらの目の前にいろいろなチャンスが転がっているものの、時間やお金とかいろんな制約により、アプローチするのが「億劫」になってしまいがちだ。そんな時、外的ななにか(たとえば本)を持つことができれば、その「億劫」を場合によっては「気軽さ」へと変えてくれるとぼくは思う。そうなってこそ、オプションがオプションとして100%力を発揮でき、自分の視野を広げていくのに役に立っていくのだと思う。
2006年03月19日
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清水 一行著 『虚構大学』 2006 (株)光文社 p.173失意のどん底から努力だけで這い上がるのは難しい。そもそも努力して努力してそれでもだめだから失意が生まれる。となれば、きっかけというか運がないと逆転は無い。ここで大事なのは、失意から逆転するのに、たしかに運の力は必要なんだけど、その運を引き寄せるのが「物理的なプロセス」だということだ。この物語は千田という公認会計士がその腕を見込まれ、大学設立に奔走するというないようであるが、なかなかうまくいかず、周りの人間もエゴを丸出しにするため、大学設立計画がほとんど頓挫しそうになったときにそれ以上ないというほどの失意に陥る。それを救ったのが縁故と政治力だった。だからここで言われている「物理的プロセス」とはそういった社会の仕組み的なものであって、努力とは違う。違うけど、さっきも言ったように、失意自体はほんとうに努力している人間ほど反動として大きくなると思う。だから、社会の仕組み的なものを使うのであっても、その前提条件には努力することがある。努力もせずに、政治力やらお金やらで解決してしまうと、楽なんだけど、それが効かないケースでは脆弱になる。逆に本当に失意を味わい、そこから運良く這い上がってくることができたのであれば、それは自信となって自分の中に蓄積される。これが運となるとまた難しい問題をはらんでくる。ビギナーズラックで一儲けし、それに味を占めて身を滅ぼす人は多い。ギャンブルだって多くの部分で確率論に支配されている。相手との心理戦に対しての心得も必要だ。そういう努力をしてこそ、持続的な運を身に着けることができるのではなかろうか。また、才能とは美貌とかもなかなか厄介だと思う。よく小学生のころ「神童」とか呼ばれていた子供が、だんだん平凡となりそれを苦にするケースがよくある。そういう、エリート崩れというか、小さいころに高い評価をもらってしまった人が評価されなくなって犯罪を犯してしまう場合だってある。若いころにもてていた人が、そのまま老いてしまい黄金時代と同じような調子で高飛車に人と接して顰蹙を買うこともままある。小さいころに社会的なポジションが与えられてしまうと、そこから抜け出すのが難しいのだと思う。井の中の蛙が大海へ出たとき、あくまでも自分のポジションを貫き通すか、新しい自分を模索するのか。新しい自分を模索しながらも自分を見失わない。そういう生き方ができなければ、いまの世の中窒息してしまいかねないと思う。だからこそいろいろな意味での「物理的プロセス」が必要となってくる。
2006年03月18日
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内田 百ケン著 『青炎抄』 「東京日記 他六篇」「身の廻りに起こっている事に後先のつながりがなく、辺りの様子もとりとめがなくて、つかまり所のない様な気持の中に、しんしんと夜が更けていると云う一事だけが、はっきり解った」ほんとはこれをタイトルにしたかったんだけど、制限字数をオーバーしてしまったため、一部だけ載せることにした。内田百ケンは随筆を読んでみると結構因習にとらわれた頑固おやじという感じがする。ところが、これがどうして、小説となるといきなり谷崎とは言わないまでもかなり繊細で意味深な文章をつむぎあげる。この短い文章にもその片鱗はうかがえる。なんて潔い文章なんだろうか。そしてなんて冷たい文章なんだろうか。この潔さと冷たさは、ほんとに冷静に時代を読んでいる人にしか表現できないと思う。そこには鋭い観察眼が見え隠れする。「身の廻りに起こっている事に後先のつながりがない」そう、冷静に考えればまさにその通りなのだ。信心とか迷信とか、そういうものが現象として表出してくることの、解釈の上では間接的な原因とはなりえるかもしれないけど、直接的な原因となっているという証明は難しい。科学がすべてというわけではないにせよ、どうしても信じているんだから信じるだけというような考え方に近くなってしまう。現在の事象を同時代で閉じていると考えてみることもできる。地球上のすべての事象が関連の中で実存している。そこには過去とか因果関係とか一切関係がない。純粋に実存する事象の連携によって「現在」が構築されている。一種、ガイア理論にも似た考え方だ。そうなると事象の間に存在する関係は重層的で複雑だ。バタフライ・エフェクトよろしく、ほつれを解くことなどまずできない。すなわち目の前の事象はこんこんとして存在するのみとなる。「しんしんと夜が更けていると云う一事だけが、はっきり解った」なんだ、そういうことなんだ。ぼくの存在は歴史によって否定されることはない。そこにあるのはぼくがここにいるという事実だけだ。それを否定する時代解釈などなんの意味も成さない。それと同じように、忽然と存在する事象を否定するような解釈はなんの意味も持たないだろう。存在はそれだけ重いものなのだ。しかし世の中、昔から存在を軽くするように仕組まれることが多い。それがバイアスであり、因習であり、慣習であり、差別である。とにかく、そこに在る事象をしっかりと見続ける目だけは養っていきたいと思う。
2006年03月17日
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内田 百ケン著 『柳ケンコーの小閑』 「東京日記 他六篇」まずは、この物語の中の会話を一部、引用してみる。「一体に眼の悪い方は吸わないようですね」「火の始末が危ないからでしょう。又煙を見ないと煙草の味がしないと云う話も聞いたが、そんなものですか」「成る程そうかもしれませんね。目をつぶったり、暗闇で吸ったりしたら煙草の趣はなくなるかも知れませんね。」ぼくも昔タバコを吸っていたのであるが、はたして煙を見ないとタバコの味がしなかったかどうか、定かではない。たしかに、夜タバコをすったことはあるけど、まったくの暗闇の中で吸った経験は無い。それに、これもぼくの経験でしかないが、ここで言われているように、目の見えない人がタバコを吸うのも見たことが無い。嗅覚と味覚の関係は強い。鼻が詰まっていたりすると、味が分りにくい。だから嫌いなものを食べるのに、小さい子でも鼻をつまんで食べたりする。このときは匂いが強く影響しているのだと思う。一方視覚はどうかといえば、やはりそれなりに味覚に影響を与えると思う。ただし、嗅覚と違って視覚は直接的ではなく、間接的に味覚に影響を与える。なにか食べ物を見たとき、その味を脳が覚えており、うまそうだとかまずそうだとか判断し、その判断が少なからず味覚に影響を与える。もちろん、見かけよりおいしいこともあれば、見掛け倒しのときもある。また、味の記憶だけでなく、純粋に見た目の美しさが味覚への判断基準となることも少なくない。これは最近のWBSでやっていたのであるが、俗に言うデパチカの惣菜屋さんで、陳列ケースの中の惣菜を見栄えよく陳列したところ、一人当たりの客単価が100円も上がったそうだ。たしかにきれいに盛り付けられている方がぐちゃぐちゃに乗せられているよりもはるかにうまそうに見える。お腹に入れば同じとはいえ、いや、同じだからこそ、おいしく気持ちよく食べたいものである。ところが、ここで取り上げられているのは煙である。タバコの味は煙の味だとしても、たとえばセブンスターの煙とハイライトの煙を見ただけで見分けられる人などいないだろう。とすれば、煙を見て思い出すのは味というよりは、ニコチンによる神経の弛緩状態なのではなかろうか。他人の吸っているタバコの煙を見たときに抱く感覚も、やはりニコチン欲しさからくるのだと思う。そう考えると味覚というものは嗅覚、視覚、快楽など、さまざまな要因によって影響を受け、それらの結果として形成されるものといえるのかもしれない。それだけはない。そのときの体調にも大きく左右される。とまあ、味覚ひとつをとってみてもこれだけのパラメータが作用しているのだ。増してや身の回りで起こっている事象を認識するのにはそれこそ気の遠くなるような数のパラメータが作用しているのではなかろうか。だからほんのちょっと普段とは違う感覚を研ぎ澄ましてみるだけでも、劇的に世の中が違って感じられるかもしれないね。
2006年03月16日
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池井 優著 『オリンピックの政治学』この本では過去のオリンピックにおける政治的バランス、特に国際政治に関する影響力について考察している。最近のオリンピックは、選手の育成に湯水のようにお金が使われ、その見返りとして国やメーカーの知名度や政治力を向上するという図式が指摘はされている。ここでは1936年の第11回ペルリン・オリンピックについて言及されているが、この頃はまさに第2次世界大戦直前の戦争機運の高まっている時期であり、オリンピックがヒトラーによってプロパガンダとして利用されていた様が描かれている。もちろん、プロパガンダにおける条件ともいえるものにマス・メディアの発達が挙げられる。大衆へ向かって一方的に発信する情報源が無いことには、洗脳も難しい。で、この時期登場したのがラジオだった。「ラジオによる放送ははるかドイツのベルリンとの時間差をなくす同時性とともに、アナウンスメントの効果によって想像をかきたて、日本選手の活躍に日本国民のナショナリズムはいやがうえにも高まったのである。」まずはなんと言っても通信技術の進化の最大のメリットとして、物理的な距離により生み出されていたタイムラグを埋めたことだろう。このオリンピックの実況中継というのがまさにそれで、地球上で電波の届く場所であればどこで起こっていても同時にその内容を受け取ることができる。これはIT技術の進化によって、より個人レベルにまで還元された効果だと思う。そして、もう一つの大きな効果がプロパガンダである。この場合、必ずしも発信者側に政治的意図がなくてもよい。マス・メディアの一方通行的な情報発信による大衆心理操作全般を指す。この年のオリンピックで前畑秀子が200メートル平泳ぎで金メダルを獲得しているのであるが、そのときの決勝戦での河西三省アナウンサーの実況中継が有名な「マエハタ、ガンバレ!」の連呼である。当時この放送は実況放送ではなく応援放送だと揶揄されたそうであるが、この放送が当時の日本国民のナショナリズムを大いにあおったことは事実だろう。検証のしようがないので正確に結論付けることは不可能なんだけど、前畑の金メダル獲得というイベントがひとつの事象として淡々と提示されたとしたら、それほど強いアジテーションにはならなかったのではなかろうか。特にラジオだと聴覚からの情報しか与えられない。そこには必然的に実況しているものの取捨選択が入り込んでくる。知らず知らずのうちに日本の一国民として、同一化されるような情報を提供しているのだ。この効力は受けて側の情報が少なく、同じ価値観を共有していればいるほど大きくなる。問題はこの現象がプロパガンダとして利用されたときに、非常に社会的影響力を持つ「大衆」が洗脳されてしまう可能性があるということだ。武装することの正当化なんてほとんどこれだ。これに対抗するには自分の中の他者存在を常に意識するか、外的存在となって客観的に事象を概観するしかないのかもしれない。それはそれとして、この本にもう一つ面白いことが書いてあった。このときヒトラーが全世界にたいしてナチスの力を示すという意味でもオリンピックの記録映画を撮っているのであるが、その監督として白羽の矢がたったのがレニ・リーフェンシュタールである。彼女はもともと映画俳優でありダンサーであったが、映画監督、写真家とマルチタレントぶりを発揮している。中でも監督としての評価は高く、このベルリン・オリンピックの記録映画「民族の祭典」は芸術映画として世界中で絶賛され、ベネチア国際映画祭の最高賞を受賞している。ひとつの仮説でしかないが、ヨーロッパというのは国が物理的に隣り合っており、たとえプロパガンダで大衆の心理操作が行われていたにせよ、他国の文化に外的存在を見つけ出すことが可能だったのではなかろうか。だからこそメッセージ性の強い芸術や哲学が生まれてきたのだとぼくは思う。まあ、それを一気に飛び越えたアメリカのポップアートも興味深いけどね。
2006年03月15日
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ミヒャエル・クレーベルク(Michael Kleeberg)著 越智和弘訳 『裸足(Barfuβ)』なんか難しそうではあるが、簡単に言えばプーでいることの快楽といったところか。成金の道楽とは違う。たとえばやりたいこともなく、やるべきこともない。金持ちでもなく、どちらかといえば貧乏だ。でも、お金とか名誉とか、ここでいうところの社会的慣習に縛られることを嫌う。だから、その行為には責任など生じない。結果がどうなろうとだれにも咎められることなど無いのだ。実はこのような行為は、実際の生活の中では、単発なら可能だが、持続的に行うことは難しい。行為というものは時間と空間を消費する。消費する以上、エネルギー保存の法則ではないが、どこかにひずみが生じてくる。いずれは食うために働かなくてはならなくなる。でも、だからこそ、一時の責任を負わない行為がエクスタシーを伴う。それは行為の結果は気にされないのに、社会的には許されない行為という一種のパラドックス。そこにあるのはタブーを犯す快感。責任を伴わない行為も、タブーとされる行為も、どちらも社会という枠組みの外に存在する。外的存在にかかわるとき、人は自分の中に他者と重なり合う。そこにはウソ偽りなど存在しえない。時流に流され、社会のルールをきちんとまもって責任ある行動をしていく。社会人としてお金をもらう立場である以上、そうして生きていかなくてはならないのかもしれない。でも、そのままだと自分の役割をまっとうするだけで人生が終わってしまう。ほんとの自分はどこにあるのか。自分を客観的に眺めている他者との出会い。束の間であればとってもスリリングであり、快感にすら昇華されていく。
2006年03月14日
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ミヒャエル・クレーベルク(Michael Kleeberg)著 越智和弘訳 『裸足(Barfuβ)』このタイトルのような「つねに存在する微熱のようなこの不安」を説明するために本文からその説明部分を引用してみる。「猫が家にいないことがわかっている間は、終始気持ちが安らぐことがなかったからだ。しかしこの濃縮された心配、つねに存在する微熱のようなこの不安を、Kはそれとして甘んじて受け入れた。なぜならその不安は、猫が本来やるべき自然なことをさせてやれていることを知る幸福感に必然的につきまとう影の部分として、Kにはほとんど必要とさえ感じられたからだ。そしてこの不安と幸福感の入り混じる複雑な心境こそが、Kが昔から想い描き、つねに探し求めてきた愛というものにぴったりの味覚を与えてくれた。」ここでの猫はKが飼っていた猫だ。その猫がいつの間にか家出をした。猫にはよくある話だ。いや、猫というものは本来そういう生き物だ。それを家の中に閉じ込めて飼うこと自体、不自然なことなのだ。猫の欲しいままに放っておけば、猫は幸せだろうけど、安否を気遣う自分を不安が微熱のように襲う。このジレンマというかダブルバインドというか、猫に限らず、相手の好きなようにさせている場合にこの手の不安は起こるものだ。支配欲とまではいかないまでも、自分の想定しているものと違う行動をされると、軽い苛立ちにさいなまれる。大昔のいばっていた父親のように、自分の言うとおりに行動しないと苛立ちが一気に噴出する人もいまだにいることにはいるが、現代はほとんどのひとは苛立ちを覚えても、微笑を絶やさないで済むほど軽い。そう、微熱程度なのである。この微熱のような不安を100%除去することができるのかどうか、正確なところはわからないけど、きっと無理なんだと思う。だから誰かを好きになったら、その人の好きなように行動させればこの微熱のような不安は常に付きまとう。ということでここでは微熱のような不安が愛の証と置き換えられている。「あなはた幸福ですか、それとも苦しんでいるのですか?そんなのはバカげた質問だ。幸福というものは、そもそも苦しいものなのだ。幸福だと自覚することは、ある種の拷問なのだ。それは、もはやこれ以上も望むべきものが何もなく、ただ失うものだけがある状態なのだから。」やっぱり愛と自虐的行為って、切っても切れない関係にあるんだろうな。だから行き過ぎると時として恐ろしい結末を迎えるのかもしれないな。
2006年03月13日
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藤堂 志津子著 『秋の猫』 「ドルフィン・ハウス」 2005 (株)集英社 p.125人の第一印象ってとても大事なのではなかろうか。ぼくはかなり気が小さい方なので、とくにはじめてあった人にはよく思われたいといつも思っている。だからこの気持ちはよく分かる。とにかく最初に如才無いところをみせ第一印象を良くするように勤める。でもそのときに、あまりに本当の自分と違う姿で第一印象をつくってしまうと後が恐い。そんなペルソナ状態をずっと続けていくのはかなりたいへんだ。社会的というか、会社的というか、ビジネスライクな関係だったそういうペルソナをつけた関係の方かえっていいのかもしれないし、割り切ることだって出来る。でも、日常でそれを通してしまうと、本当の自分をどんどん追い詰めていってしまうことになりかねない。長い時間接すれば接するほどボロが出てくる可能性が高くなる。そうなると、ある程度の長い付き合いを前提としたとき、第一印象がどのようにバイアスとして影響を及ぼしてくるのかをある程度考えていく必要が生ずる。この場合、バイアスは第一印象によってつけられた評価店によって左右される。第一印象がいい場合、その人に対しての最初の評価点は高くなる。逆に、第一印象が悪い場合、その人に対しての最初の評価点は低くなる。評価が高い場合にせよ、低い場合にせよバイアスはいい方へも悪い方へも働いていく。「思ったよりもだめなんだ」「思ったよりもいいじゃない」「そんな人には見えない」「あの人ならやりかねない」この手のバイアスに影響された評価はどこででも聞くことができるが、その根拠が第一印象にあるケースも少なくない。問題は評価軸が多様化してきていることだ。たとえば戦前のように単一のイデオロギーのもと、倫理観や価値観が好む好まざるに関わらず統一されているのであれば、おのずといい評価をもらうための身の振り方は決まってくる。しかし、マス・メディア、IT技術の発達した現代において、地域・世代・国・宗教・言語・文化などなど、さまざまな「評価軸」を目にすることができ、ある程度であれば取捨選択することも出来る。そうなると自分は良かれと思ってやる行為も、相手には反対の意味として解釈されることだってあるだろう。それを考えると、自分の評価が絶対とは思わないくらいの柔軟な思考が必要で、それを身につけるには知識や経験を積んで自分の中の裾野を広げていくしかない。そのような常に微調整を求められる関係が、これからの「個人」の責任による人間関係になるんだとぼくは思う。
2006年03月12日
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伊集院 静著 『潮流』 1997 (株)講談社 p.186この物語の主人公健一は、日本で生まれてはいるが両親が韓国人であり、国籍は韓国だ。そう、在日韓国人なのである。在日韓国人は日本の歴史の中で、差別により虐げられてきた歴史を持っている。だからこの言葉は日本人の同朋意識に向けてのものだ。「同朋意識の根にあるのは差別だよ。差別、差別と口にする奴に限って、誰より他人を差別しているもんさ。」同胞という言葉を調べてみると(1) 祖国を同じくする者同士。同じ国民。同じ民族。(2) 同じ母から生まれた兄弟姉妹。はらから。とある。(三省堂提供「大辞林 第二版」より)こうして調べてみるまでも無いのかもしれないけど、「同胞」という集団はア・プリオリなものである。ぼくらは同胞を選ぶことができない。その代わり、「場所」「言語」「文化」を共有する結束力の強い集団だ。特に日本で考えてみると、交通手段の発達により、その境界性は弱まったが、あいかわらず海に囲われており「場所」の持つ特性は強い。また、「日本語」を話すのも日本人だけだし、「日本文化」も世界的に見るとユニークだ。だから日本における同朋意識というものは世界的に見ても強い方だとは思う。この同胞意識は国と民族と家族のどれでも使えるのであるが、さまざまな集団への帰属意識と同じようなものと考えることができる。すなわち、宗教や卒業大学、会社など、大小さまざまな集団に対しても同朋意識に近い仲間意識は生じる。現代ではIT技術の進歩により、「場所」「言語」「文化」のうち「場所」と「文化」については比較的縛りが弱くなってきていると思う。「場所」については言うまでも無い。「文化」というのは「価値観」へと還元され、おなじ価値観を共有する集団へと細分化されていく。問題は「言語」である。現在自動翻訳機なるものもあることはある。しかし、中国語版を使ったことがあるのであるが、かなり怪しい。知り合いの中国人に大笑いされてしまった。これから技術が進んでいって、翻訳機もマシになっていくとは思われるけど、限界はあるだろう。とてもニュアンスまで伝えることなどできないとぼくは思う。それは英語で会話しているときですらそう思う。ただし、ここで言ったように、「文化」が「価値観」へ還元され、それを拠所として作られた新たな集団においては、高性能の翻訳機でもかなり厚い交信が可能となる。「場所」「言語」に縛られない、新しい文化的価値を共有する新たな同胞の誕生である。そうなれば新たな差別が生まれることになる。その新しい同朋意識を解体するにはどうすればいいのか。「場所」「言語」に縛られないということは、同胞の帰属する集団に実際的シンボルがないということだ。したがって、その境界性は比較的弱い。場合によっては求心性のみ存在し、境界性は存在しない集団もあるかもしれない。そうなると複数集団への帰属が比較的容易となる。逆に言えば、複数集団への帰属により、リジッドな境界は消滅する。そこにこそグローバリゼーションへ向けた脱国家のヒントがあるのだと思う。
2006年03月11日
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山崎 正和著 『柔らかい個人主義の誕生 消費社会の美学』 1987 中央公論社 p.65ポスト産業時代としてサーヴィス、情報化社会と言われてずいぶんたつが、この本で山崎は果敢にその情報やサーヴィスが社会やひいては自己への対峙の仕方にどのように影響を与えるのかを考察している。その中で、サーヴィスとは効率的な生産と対極にあり、欲望を貯める、あるいは時間をかけて消費するためのツールとして解説する。その上で、産業時代のブルジョワとプロレタリアの二極構造が崩れ、すべての人がサーヴィスを提供し、サーヴィスを享受する「サーヴィスの交換システム」の構築が必要だと説く。「多数の人がなま身のサーヴィスを求めるとすれば、その提供者もまた多数が必要とされることになるのであって、結局、今後の社会にはさまざまなかたちの相互サーヴィス、あるいは、サーヴィスの交換のシステムが開発されねばなるまい。」かなり唯物論的弁証法で攻めてきているので、にわかには賛同しがたいところはあるものの、かなりスリリングな論理展開だ。生産側の論理(効率主義)を推し進めた通貨や流通システムに変わるものとして、消費者の論理によるサーヴィスの交換システムの開発が必要となると言うわけだ。そこで、通貨や流通が地域を限定しないのに対し、(なま身の)サーヴィスは必然的に地域を限定するから、そういう意味でこれからの時代、「重要な役割を負うのは地域社会」だと主張する。「交換されるものが物質や映像でなくて人間のサーヴィスである以上、そのための市場は、人間が身体的に手の届く適当な大きさに制限されねばならない。」さらに、文化=サーヴィスという構図を提唱し、サーヴィス交換システムの基盤の充実した地域社会こそ、文化でゆるやかに繋がる新しいコミュニティのあり方と提案する。「現代の地域社会が文化的な紐帯によって結ばれつつある、という現実を紹介したが、逆に言えば、現代の文化サーヴィスは必然的に地域社会の充実を要求しつつある、ともいえるのである。」地縁、血縁、政治、宗教などなど、これまで強い影響力を持った帰属集団に対し、「柔らかい個人主義」が自己の責任で選択できる地域社会という文化サーヴィスを共有あるいは交換する集団がポスト産業時代には必要となり、かつ、国家や宗教など一元的な帰属ではなく、複数の集団への帰属により、多層的に自己アイデンティティがつむぎ上げられていく。とすればやはり、多面的、多層的な視野と、経験を考察する能力が必要となり、そこに責任を持てるような個人を育てていくことがこれからの教育で必要とされる。恐らく教育者は、ある特定の分野のスペシャリストであることだけでは成り立たず、この世の事象を横断的に観察できる能力を要求されるだろう。その中で街並みのようなハードも一元的な、あるいは均質的なものではなく、多層的な様相を呈していくことになるはずだと思えてならない。
2006年03月10日
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山崎 正和著 『柔らかい個人主義の誕生 消費社会の美学』 1987 中央公論社 p.28交通機関の発達により物理的な世界がボーダーレスとなりつつあるが、IT革命により一気にメタフィジカルの世界も収縮した。そんな時、個人の拠所として地方が見直される。中央集権だった政治力が、地方分権へと傾き始めたのも、あながち偶然とも言いがたい。時代の流れを考えるに、半分必然的なのではなかろうか。地縁は土地に縛られる。血縁は人に縛られる。実は山崎が言うところの文化的共感は時間に縛られる。地縁や血縁よりは緩やかだけど、メタフィジカルへの飛躍はしていない。この本の中で、山崎は情報化社会がマス・メディアにより匿名化された大衆に、個性を与えたといっている。つまり「顔の見える大衆」だ。顔の見える大衆は自分のアイデンティティを「流れ」の中で確立する。それが柔らかい個性となり、時代の主流となる。そうであるとすれば、必然的に新しい集団はメタ・フィジカルなものとなる。それは文化的共感も含むかもしれないけど、もっと感覚的だ。メタ・フィジカルであることにより、身体の外へと追いやられるのであるが、それがゆえに感覚へと直接的に訴えかける。その深遠なる部分を直接つなぐものが情報でありITである。それは脱フォーマリズムであり、山崎のいうところの脱産業主義である。そんな中で「顔の見える大衆」が構築される。この本が書かれたのは1987年、世はバブル絶頂期。世の中金も出回り、生活に縛られない自由な生き方をすることができていた。そんな時代にかかれたことも影響しているのか、若干地に足が着いていないような気がする。山崎の理論自体は非常にスリリングだ。とくに消費を時間軸へ還元しているところはハイデガーの生まれ変わりかと思うくらいだ。ただ、やはり同時代を読むことの難しさがもろに出ているのか。どうしてもリアルな世界に縛られている。20年たった今、読み返してみるとそれが浮き彫りにされてくる。情報社会により個人の責任が重くなったことは確かだ。情報の開示はすなわち、リスクシェアに他ならない。自分で情報を読み、自分で判断しなくてはならない。判断の基準となるのは価値観だ。だから「顔の見える大衆」の拠所となるのは「共有される価値観」だと思う。価値観には文化的背景が大きく影響する。しかしそれだけではない。価値観は土地も人も時代も超えていくだけのパワーを備えている。それだけに自分という足場をしっかりと固めていないと、知らないうちに流されてしまうだろう。「個人」にとって厳しい時代が到来する。
2006年03月09日
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柳 美里著 『自殺』 1999 (株)文藝春秋 p.159ぼくは実は知らなかったのであるが、この本が書かれた当時をにぎわした3面記事として、「草壁龍次」なる男の服毒自殺があったらしい。彼は複数の人にネットで毒物を送っていた人物で、それが発覚したため服毒自殺を図ったらしい。その彼が「ドクター・キリコ」と名乗っていたのも非常に興味深いが、それ以上に自殺抑止のために毒薬を送っていたというのに興味を引かれた。「七名もの人間が自殺目的で毒物を入手したという事実にはさほど注目しなかったようです。そのうちの一人の女性が、あれは自殺するためではなく、むしろ青酸カリを持っていればいつでも死ねるから、今すぐ死ななくてもいいという安心感を得るために入手したのであって、ドクター・キリコも絶対に飲むべきではないとくりかえし呼びかけていたという手記を発表しました。つまり、送った方も受け取った方も自殺抑止のための毒物であると認識していたというのです。」この発想はよく分る。「いつでも死ねるから、今すぐ死ななくてもいいという安心感を得る」実はぼくも前に禁煙したときに、つねにタバコを身近に置いておいた。いつでも吸えると思うと、以外とがまんできるものなのだ。ところが逆に、タバコを一切身の回りから排除すると、しばらくは物理的にないからがまんするのであるが、怨念というか執念というか、いったん吸いたいって気持ちに火がつくと、それを消すのにものすごいエネルギーが必要となる。正直な話、そこらの灰皿に捨ててあるシケモクを危うく吸いそうになったほどだ。そうなのだ。下手に欲望を押さえつけるとその反動が怖いのだ。タバコだからシケモク程度で笑い話となるのだけど、これが自殺となるとそうは言ってられない。自分が死ぬことを物理的に抑制されている状態で、悶々と自殺することを考え続ける。これが精神衛生上いいわけがない。リビドーを抑止することができるのは、それを上回る精神力しかないのだと思う。いくら物理的にはけ口をなくしてしまっても、リビドーは収まらない。むしろカタルシスはよりむき出しの形となる。そうなったときに行動をコントロールすることなどできなしないだろう。いまの社会を鑑みるに、子供たちに対して大人は異常なまでに過保護になっているような気がする。教師の体罰はすべて非難の対象となり、少子化により一人の子供に物理的に掛けられる時間やお金の量は増している。団塊の世代に育てられた子供たちが親となる時代。彼らは物で欲望を満たす以外、信じる道がないのかもしれない。いずれにせよ、物理的に押さえつけてしまうと、そうでない状況におかれたときに爆発しやすい。つまり社会的に自分の位置を把握する能力が低くなってしまうのだ。だからこそ、自分のチョイスの幅を狭めることなく、逆に広げてあげた上で状況判断のできるように訓練することが大事になるのだと思うね。
2006年03月08日
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光野 桃著 『エレ・マニ日和』 2000 (株)新潮社 p.19光野はもとヴァン・サン・カンの編集者で、その手の女性にはカリスマ的存在らしい。もちろんそんな人だとは知らず、手にとってちょっと読んでみたら面白そうなんで借りてみただけだ。実際読んでみたら、社会人類学者の上野千鶴子に勝るとも劣らないほどの洞察力を感じてしまった。彼女は肉的な女流作家が好きだといっていたが、彼女自身は間違いなく骨的だ。さて、そんな彼女がとあるデザイン事務所のオープニングパーティで知り合ったメークさんが言ったせりふが「作りこんだナチュラル」であった。彼女(実は男なんだけど)は「作りこんだナチュラル」を「しらじらしさ」と評価する。光野は「非ナチュラル」こそが、この停滞した時代にドラマチックを生むと主張する。そう、徹底してナチュラルを作りこんでいくことで逆に、非ナチュラルが生まれるのである。たとえばいまの時代、3DやCGなど、かなりリアルな映像をつくることができる。しかし、作りこめば作りこむほど、なんか「しらじらしさ」がにじみ出てくる。それはぼくは一種、カメラの目で現実を再構築するからだと思っている。すなわち、普段の日常生活ではまったく気にも留めないディテールも、バーチャルな世界では定量的に再現される必要があるからだ。意識に上らないものをブランクとすることができないのだ。だからディテールを作りこめば作りこむほど、そのリアルさはしらじらしくなる。しかし、実際の事象はもちろん、すべて存在する。それを実存にかえるのはコンテクストでありそれに影響された認識だ。都市計画家ケビン・リンチはそれをレジビリティ(legibility)と呼ぶ。そのレジビリティが都市のイメージを構築するというのだ。レジビリティが都市のイメージ、すなわちアイデンティティを構築するのであれば、レジビリティとして「残る」都市構成要素の抽出がアイデンティティを尊重しながら都市を更新していくことを可能にする。レジビリティが主観に帰属するものであれば、情報としての都市構成要素はできるだけたくさんテーブルの上に乗せておいた方がよい。そうした上で、とにかく実践的弁証法ともいえる住民によるワークショップを納得がいくまで行うことができれば、「作りこんだナチュラル」はしらじらしさを越え、サステナビリティを備えたスーパーナチュラルへと昇華していくとぼくは思っている。
2006年03月07日
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佐藤 愛子著 『死ぬための生き方』 1997 (株)集英社 p.16胆石を患った作者がその専門病院へ行ったときのこと、ほかの患者さんが受けている治療がどうしても彼女には耐えられなくなった。看護士の言動、ふるまい、治療の方法。。。どこにも病人、いや人間に対しての優しさが見当たらない。「現代医学は人間を『物』として考える。そう考えることによって進歩した」「しかし人間は『物』ではない以上、千差万別の心を持っている。たいていの人は病気から治りたい一心で『物』にされることを受け容れる。だが中にはいくら叱られても苦しくても『物』になりきることが出来ない人間もいるのだ。人は一人一人、みな違う。この極めて単純な、当たり前のことがいまの医学では無視されている。好むと好まざるとにかかわらず、病院の診察台に横たわった以上は有無をいわさず『十把ひとからげ』の運命を辿らされるのだ。そこにあるものは『人間』ではなく『データー』である。」病は気からとよく言うが、ぼくもその意見には賛成だ。前にも書いたことがあると思うけど、なにもされなくても病院へ言ったという事実だけで元気になることもある。安心する何かがあればいいのだ。ところが佐藤は、逆に病院での接客(?)態度に気分を害す。気分を害してしまったのでは、病気に対して逆効果である。ただ、佐藤の言い分もよくわかる。たしかに一人一人の患者のみになって、それぞれに処方をしてくれるお医者さんって会ったことがない。問診をしていても、せいぜいアレルギーや病歴について聞いてくるくらいで、個人的な食べ物の趣向や体力など、個体に踏み込んだところへの問診はされたことない。言ってみればマニュアルどおりの問診である。それで病状がいい方向へ向かわないのであれば、自分は一般的な治療方法は効かないのではないかと思ってしまう。いや実際、佐藤が言うように、ひとりひとり厳密には違う治療法があるはずなのであろう。これは家作りにも同じことが言えると思う。たとえばハウスメーカーがつくる家は、部屋の機能とか大きさ、配置は家族構成や地型によってある程度変化はするが、基本的にマニュアルどおりだ。ライフスタイルとかにまで踏み込んでは行かない。だが、誰一人として同じ人生を歩む人などいない。そんな人たちが同じ形の家に住むこと自体、本当は不自然なのだ。マニュアルとか紋切り型とか、一定の型があれば思考はひとつとなり、それが前提となるので進化を遂げやすい。しかも、だれでもトレースできるから特殊な能力をさほど必要としない。ひとりひとりに対応して治療や家作りをするのにはm、知識や経験、それにすごいエネルギーが必要だ。実際、お金のことだけ考えていたら、とてもじゃないけど採算が合わない。採算は合わないかもしれないけど、十分暮らしてはいける。それでいいのではないか。でないと、ほんとにみんな、「物」になってしまうよ。
2006年03月06日
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宇野 千代著 『おはん』 1997 (株)新潮社 p.30先日読んだ宇野のエッセイ『しあはせな話』の中で宇野自身が一番力を入れた小説としてこの『おはん』のことを挙げていた。実はこの物語の主人公はとある男で、その男が捨てた女房の名前がおはんである。この男、どうしようもない男で、おかよという新しい女ができ、一度はおはんを捨てたのであるが、そのときおはんのお腹にはこの男の子供が宿っていた。そのときはなんとも思わなかったこの男も、偶然自分の息子と会ってから、なんともいとおしくなり、ついにはおはんとよりを戻してしまうのだ。この時代が男にとってかなり有利な時代であり、そんなことがあってもおかよにはきちんと事情を説明すれば通るという時代であった。それでもこの男、おかよに言い出せぬまま、ついには二重生活をするに至る。そのときの言い訳がこれである。「こななこと思い切っていうてしもうたら、このおかよがどなな顔するか、それが恐ろしうてではござりませぬ。たったいままでこの女に、もう花も実もある男やと思はれていたその甲斐が、一どきにのうなってしまうのや思いますと、それが恐ろしいのでございります。へい、みな、みな、わが身可愛さからでござります。へい、私は何もかも承知しているのでござります。」これは正直な気持ちではなかろうか。一種、観念論に通じるものがあるかもしれないが、どのような自己犠牲的な行動であっても、その動機は突き詰めれば自分が可愛いからということに収束してしまうような気がする。ここで言われているように、たとえば親が怖いからとか、女房が怖いからとか、誰々が怖いから何々をする(あるいはしない)というのは他人のせいにしていながら、実は自分の名誉や自尊心を守るためであったりする。また、ぼくもそうなんだけど、人が喜ぶのを見るとこちらもうれしくなる。だから、他人のために何かをしてあげる。他人を喜ばせたいというよりは、それによって自分が喜びたいだけなのだ。とどのつまり、自分のためになにか行動を起こすとすれば、想定外の反応を返されると時として自分を見失う。相手を喜ばせるためにしたのに相手が無反応だったり、挙句の果てには頼んでもいないのに勝手なことをするなと文句など言われたりした日にゃ、思いっきりむすくれてしまう。とても紳士的な人なら怒りをあらわにしないまでも、心の中では穏やかではないのではなかろうか。もちろん、そんなことないという人には関係のないことだけど、ぼくはそういう気持ちを抑えるのはかえって精神衛生上よくないような気がする。どうすればいいのか。見返りは求めてもいい。ただ、自分が何かしてあげた相手から直接求めるのではなく、なにかいいことがあったときとか、誰かに優しくされたときに、あ、あのときの行為がいまこうして返ってきたなと思ってみてはどうだろうか。実は一気に話は膨らむが、この考え方はグローバリゼーションや、ネットコミュニケーションなどが進み、ますますボーダーレスとなるであろうこれからの社会に生きていくのにも必要な考え方ではなかろうか。地縁、血縁というものは、もちろん大事ではあるけど、その昔、農業を生業としていたためにそれに頼らざるを得なかった時代ほどのプライオリティはもちろんない。むしろその呪縛からいかに上手に逃れていくかが求められる。土地や血筋にがっちりと固められたリジッドなコミュニティだけではなく、そのほかの柔らかなコミュニティに帰属することが自己アイデンティティ確立のために重要な役割を担っているとぼくは思う。カルチャースクールでの集団とか飲み友達といった物理的なコミュニティだけでなく、このブログを含め、ネットの中でのバーチャルなコミュニティもまさにそのひとつだと思う。そういういくつものコミュニティに帰属し、その中でのそれぞれの自分が重なり合い、ようやくひとつの自己アイデンティティを構築していく。そうなったとき、その幾重にも織り成されるいくつもの「自分」をリアルな世界で折り合いをつけていくのかがこれからの時代、大切になってくるのではないのだろうか。
2006年03月05日
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三浦 綾子著 『天の梯子』 1991 (株)集英社 p.136「なさざるの罪」とはなにもしないことによって犯される罪である。「見知らぬ子供が、車の往来の烈しい路上でボール遊びをしているのを、誰一人注意しないという光景に、時々出会うことがある。車の中からでも叱り付けるか、歩行者が注意してもよいはずなのだが、みんな無関心なのだ。」ここで三浦は無関心という表現を使っているが、実際には無関心だけではない。電車に座っていて、目の前にお年寄りが立っているのを知りつつ、恥ずかしくて席を譲らず狸寝入りをしているのだって「なさざるの罪」だ。大きな荷物を持ち、四苦八苦しながら階段を上っている人に、一声かけることができず、しかたなく脇を通り過ぎるのだって「なさざるの罪」だ。実はぼくも昔、大学生のとき下宿にモルモン教の宣教師が布教活動で訪問し、外人だったこともありなんとなく話しこんでしまったのだが、そのときに、この「なさざるの罪」について初めて教えられた。彼に罪というものを犯していないかと聞かれ、胸を張って犯していないと答えたまではよかったが、毎日善いことをしていますかという質問には正直詰まってしまった。さらに、善いことをしないということも罪なんですといわれたときには、かなりどきりとした。自分でシャイというのもなんだけど、知らない人に声をかけるのが非常に苦手で、道を聞くのも億劫になるぼくにとって、赤の他人が困っているのを見たときに、助けてあげたいと思いながら声をかけられず、見て見ぬふりをしてばかりいたからだ。一日一善というが、知らない人への善というのは和を大事にする日本人にとっては難しいことなのではなかろうか。自分のしっている人や身内にはとことん親切なところがあるが、それだけにその輪の外の人には無関心というか手を差し伸べない。ぼくもアメリカで暮らしてからようやく困っている他人に声をかけることができるようになった。そうなのだ。アメリカだとこちらが道に迷ったり、大きな荷物で四苦八苦していたりすると、ほぼ100%、声を掛けてくるのである。まあ、中には自分もわからないくせに地図を見ながら困っている日本人に声を掛けてきてくれる旅行者すらいる。それでいいと思う。困っている人に声を掛けられず後悔の念に苛まれるよりも、たとえ自己満足でしかないにせよ、とにかく困っている人に声をかける。で、自分ができることをしてあげる。ちょっと前まで、そういう困った人を見たときに掛ける言葉は「Can I help you?」であったが、今は「How can I help you?」ともっと積極的に自分ができることはなに?という問いかけになっている。それでいいんだと思う。そういう気運が広がっていき、「なさざる罪」から解放されれば、してあげたことに対しての見返りをその場で求めない、ゆったりとした気持ちで過ごせるようになるのではなかろうか。
2006年03月04日
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佐藤 愛子著 『死ぬための生き方』 1997 (株)集英社 p.94-95まず、作者の佐藤が普段冗談で人を笑わせて人気のある知人をいっしょに新幹線で大阪へいくことになり、そのときずーーっと彼の冗談を聞かされて閉口したことに端を発する。「冗談好きの彼が真に『魅力的』になるには、まず自分の冗談がすべての人を喜ばせているという思い込みを捨てる必要があると私はおもう。彼は冗談上手の自分が気に入っている。人にサービスをしているつもりで、己のサービスに溺れ、笑ってくれている人たちからサービスをしてもらっていることに気がつかないでいる。そんな自分に客観の光を当てることが出来たなら、そのときから彼は場合と相手を選んで適度のサービスをする真に魅力ある人になるのであろう。人に好かれる、嫌われる、といっても時と場合、条件による。相手によるのだ。」自分のギャグが回りに受け続けたときとか、いいアイデアが出続けているときとか、自分は周りの人たちに必要とされていると勘違いしてしまう。いや、実際に必要とされているのかもしれないが、その気持ちがあまりに強くなってくると、自分を中心として地球は回っていると思うようになる。そうなるとここで非難されているように自分は人に尽くしているんだという思い込みにより、他人の気持ちを察することができなくなってしまう。それだけではない。佐藤が指摘するように人の好き嫌いには「時と場合、条件、相手」が大きく影響する。これは自分に当てはめて考えれば物理的因子なので比較的分りやすい。だから普通に考えれば対応することができるのであるが、自分に溺れているとこれらのことも見えなくなる。佐藤は「そんな自分に客観の光を当てることが出来たなら」彼はほんとに魅力的な男性になるといっている。この客観的に自分を見るという行為は、自分の中に他社存在を構築することに他ならない。もしかすると真にプロフェッショナルになるということは、揺らぎない他者を自分の中に構築することと一致するのではないかと近頃思っている。
2006年03月03日
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山本 文緒著 『ブルーもしくはブルー』 1996 (株)角川書店 p.13山本文緒にちょっとはまり気味だ。彼女の文章は何も考えなければそれはそれで面白く読めるし、深読みすることもできる。もちろんぼくは深読みする。このセリフはよく言われるせりふだ。ここでは刺激的な恋を非日常とし、恋と旅を対比している。「恋は旅に似ている。非日常の楽しい毎日。けれど、それはいつか必ず終わる。そしてまた日常が始まるのだ。退屈な日常があるからこそ、刺激的な非日常がある」たしかにそうかもしれない。旅しているときは完全に非日常だ。もちろん仕事なんかで旅慣れている人にとっては、旅も日常かもしれないが、ほとんどの人にとっては旅は非日常である。わくわく、どきどきの連続なのだ。まあそれはいいとして、問題は後半である。「退屈な日常があるからこそ、刺激的な非日常がある」これにはにわかに賛同しがたい。このブログで何度も主張してきたのであるが、ぼくは日常にもどきどきがいっぱい隠れていると思っている。もし、どきどきした時点で、それは非日常だよというのであればそれでもいい。日常は非日常の一部として考えればよいのだ。つまり、いろんな意味を持つ非日常のほんの一部だけを見て理解して、やりすごしているのが日常だからだ。そこにあるのは退屈ではなく、看過である。そこにあるものを見る努力をしないで、退屈のひとことで片付けているような気がしてならない。そういう努力をすればいくらでも日常の中に非日常性を見つけることは可能なのではなかろうか。日常に非日常を見出せず、たとえばテーマパークとかバーチャルな世界へ非日常性を求めているケースがかなり多いような気がする。そこには自分の身体性に基づいた判断基準がないゆえに、時として現実の世界を凌駕する。人間は、それらの外的な刺激としての非日常性を観念で完璧に押さえ込めるほど強くはないとぼくは思う。だとしたら、やっぱり普段の生活の中で、小さなことでもいいからとりあえず感動したり驚いたりしてみることができたらいいなって思うな。
2006年03月02日
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伊集院 静著 『犬が西向きゃ尾は東』 2000 (株)角川書店 p.91この本は競輪・競馬、麻雀にいそしむ作者のギャンブルライフをつづったエッセイである。特に競輪に対しての造詣が深い。ぼくは競輪はまったくわからないのであるが、やっぱり競輪選手によって自転車をこぐフォームが違うそうだ。で、彼がひいきにしていた選手も独特のフォームを持っていたのだが、なぜかきれいなフォームへとまとまってしまい、それを嘆いている。伊集院は王選手の一本足打法を例に挙げているが、確かにハウツー本に書かれているような理想的なフォームをしている人に大選手は少ないような気がする。ぼくも野球が好きなので野球のたとえとなるが、昔のイチローの振り子打法もそうだし、渡辺俊介のサブマリンもかなり独特だ。もちろん、桑田のように理想的なフォームでも大選手はいる。十人十色というように、実は理想的なフォームというのも人の数だけあるのではないかと思う。そもそも身長・体重、それに体型だって筋肉の質だって違う。だから、アブソルートな理想形というのはないのではないだろうか。理想的なフォームとは理に適ったフォームなんだと思う。形にはきちんとした理論・理由が存在する。だからそれを習得することはそれはそれで大事ではある。ただし、その理由をきちんと理解した上での話しだ。理想的なフォームを理解することにより、自分の体や能力にあわせての応用が利く。それではじめて自分の能力を100%生かすことができ、一流の選手になれるのではなかろうか。それは一般的には『理想的』なフォームではないが、その人にとってはまぎれもなく理想的である。これはなにもスポーツに限った話ではない。なにをやるにしても基本が大事で、それの集大成である理想形というものをまずは習得しておきたい。そしてその形の理由を理解した上で、自分の能力や状況にあわせて技術を応用していく。そうすれば誰にも真似のできないその人独特の『型』が出来上がる。その自分なりの『型』を理想形をくずしながり見つけるのに、天才でもない限り、ものすごい努力が必要となってくる。そうして自分なりの『型』を見つけることができた人は、ぼくは一流なんだと思っている。
2006年03月01日
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宮本 美智子 『わたしは英語が大好きだった』 1996 (株)文藝春秋 p.183宮本はニューヨークに住んでいるのであるが、そのせいかジューイッシュの友人が多い。で、ジューイッシュの一般的な評価を説明するためのとある小説の一節を引用している。これがなかなかおかしい。「Jewish Prince(マザコンのユダヤ男)ってどんな男か分る?簡単に分る方法があるのよ。それはね、『Where’s the butter?(バターはどこ?)』なんて物の言い方をする男なの。だって、バターがどこにあるか位知ってるわよね。The butter is in the refrigerator. バターは冷蔵庫の中にあるわけ。ところが、あのマザコンと来たら『バターはどこだ?』なんて言うけど、バターのあり場所を訊いてるわけじゃなくて、要するに『Get the butter』バターを取ってくれ、と言いたいわけ。(中略)つまりはこういった物の言い方がジューイッシュ・プリンスを露呈するひとことなの。ところで、彼ときたらときどきは、「Is there any butter?」とも訊くのよ。巧妙な、ほんとに信じられないほどのズルさで自分の欲しい物を手に入れちゃうんだから。」いやぁ、これにはドキリとさせられてしまった。実はぼくも女房にものを頼むときには同じ手を使う。どちらかといえば「Is there・・・」をよく使う。「お茶ってある?」「テレビの音、大きくない?」いわずもがな、「お茶入れてくれない?」「テレビの音、小さくしてくれない?」の意味で使う。ただ劇的に違うのは「巧妙な、ほんとに信じられないほどのズルさで自分の欲しい物を手に入れちゃうんだから」という部分である。いや、ほんと、自分をかばうわけではないがこれは違う。ぼくの場合、単に女房が怖いだけだ。命令口調でお願いしたらなにを言われるかわからない。まず間違いなく素直に要求を聞いてくれることはないだろう。。まあ、どっちにしてもマザコン的という意味では同じかもしれないな。男らしくないという人も多いと思う。それでもぼくは、このなんとなく気を使ってしまう自分が結構好きだ。よく本気でケンカしたあとにこそ本当の友情が生まれるという。ディベートだって嫌いではない。でもぼくは、できうる限り、にこにこ笑いながら他人を受け入れる努力を続けていきたいと思っている。逆説的だが気を使うことにより意外と本音で語るチャンスが増えるのではなかろうか。相手に気を使い、相手を受け入れることで、はじめて信頼関係が生まれる。相手が信用できれば本音も語りやすい。ケンカにせよ、気を使うにせよ、自分を押し付けるのではなく、相手を思う気持ち、受け入れていくんだという意思、それがやっぱり大事なのではないかとぼくは思う。
2006年02月28日
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宮本 美智子 『わたしは英語が大好きだった』 1996 (株)文藝春秋 p.33この宮本はタイトルどおり、小さいころから英語が大好きで、その勢いで生きてきたような感じがする。昭和20年生まれだけあって、最初に接した英語が進駐軍の英語だというのもなかなかスリリングだ。そんな彼女が大学卒業後、あらためてアメリカの大学に留学し、そこを出てからアメリカで仕事を探すのだが、なかなか見つからない。そんなとき親友に仕事をしたいと打ち明けるが、親友にどんな仕事をしたいのかと尋ねられる。とにかく贅沢など言っていられない立場の宮本は「Any kind!」(どんな仕事でも!)と答えるが、そこで口論となってしまう。たしかに日本人はこのような状況では結構ネガティブになってしまう場合が多い。なんでもいいから仕事をしたい。その根底にはここで言われているような「~ができない、~もできない」という負い目があるように思われる。「人はマイナス要素を気にしていると本当にマイナス点ばかりの人生を歩むものだ」そう親友の彼女は付け加える。ところがアメリカ人はまったく逆だ。とにかく自分のできることを売り込んでいく。ぼくはよくアメリカの映画でできもしないことを平気でできると企業へ売り込むシーンが出てきてすごく不思議に思う。そんなウソはよしんば就職できたとしても仕事をすればすぐにばれてしまう。ばれてもなんだかんだと言い訳する。それでクビになったらまた別の会社へと売り込んでいく。まあ、ここまでの思い込みがあると問題ではあるが、この「自分にはなにができるかを考える」ということはとても大事だと思う。なにができるのかがわかればポジティブに生きていくことができる。もちろん、できることがないというのは困るけど、そうしたら資格をとるなりしてできることを作り出せばよい。いずれにせよ、積極的に行動するようにはなるのではなかろうか。ただ、「なにができるか」と「なにがしたいか」は同じになるとは限らない。行為の動機としては「なにがしたいか」でも十分だ。いやむしろ「なにができるか」よりも積極的になるだろう。それだけに本当は一層の努力が必要となる。「なにがしたいか」を「なにができるか」のレベルにまで引き上げなくてはならないからだ。そうしないかぎり、プロフェッショナルとしてお金をもらう資格はない。それがわからない限り、夢は夢として終わってしまうだろう。追記:実はそういう理由もあり、最近モラトリアム人間の強かさというものに若干関心が出てきている。
2006年02月27日
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山本 文緒著 『プラナリア』 「ネイキッド」 2005 (株)文藝春秋 p.64この物語の主人公は2年前に離婚し、その夫の経営する会社も辞め、慰謝料で働かず暮らしている34歳の女性が、ぬいぐるみ作りであったりHPづくりであったり、そういう「責任の無い衝動に身を任せ」つつ、それまでのしがらみ人生からの解放を楽しみながらも、社会から外れていく自分に疑問を抱いていく。ところがいくら疑問を抱いたところで、何も考えず好きなものを好きとはいえなくなっている社会に、そして自分に苛立ち、どうしようもない無常観のうちに物語が終わってしまう。この本は直木賞を受賞した『プラナリア』はじめ5本の短編から構成されている。そこで描かれているのは日常だ。日常が丁寧に丁寧に描かれている。日常は事象ではない。そこには意思なり思考なりが無限に織り込まれている。それを記号という人もいれば、意味されたものという人もいる。そういうものがすべて織り込まれているのが日常なんだと思う。だからそこには主人公のいたたまれないまでの苦悩が見える。ぼくも基本的にポジティブに人生を楽しむ方だが、ネガティブな人と同じくらいマイナスな部分だって持っている。それを認識してこそ日常をポジティブに生きられると思う。克服なんじゃなくて、共存という考え方。そうでなければ高次のレベルに到達していくことが難しい。でも、それは楽しくて充実してはいるんだけど、体が睡眠を必要とするのと同じように、精神にも休養は必要だと思う。そんなときこの「責任の無い衝動に身を任せる」という、人によってはなんの利益も生み出さない無駄な行為が、ぼくにとってはことのほか心地よいのである。実はこの「責任の無い衝動」というのは利益とか絡まない純粋な好奇心なのではないかと思う。体が疲れたときの睡魔と同じように、精神が疲れたときの好奇心。これはなかなか当てはまっているのではなかろうか。精神的に疲れると集中力が散漫となる。その理由がほかのものへ意識が飛ぶからだ。それは好奇心に他ならないのではなかろうか。ちとだいたんな仮説だけど、これはこれでよしとしようか。
2006年02月26日
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河合隼雄、吉本ばなな著 『なるほどの対話』 2005 (株)新潮社 p.20この言葉を読んで、前に読んだ芥川賞受賞作品で辺見庸の『自動起床装置』で眠りと死とを対峙させていたことを思い出した。たしかに眠るという行為は不思議だと思う。生きているのに自由意志が働かない。その時間、生きてはいるんだろうけど、疲労回復以外の機能が思いつかない。実際、睡眠学習の効果はあるといわれているし、夢を見る以上寝ている間でも思考行為はしているはずだとは思う。夢に深層心理が現れるともされているし、夢と現実がまったく別物というわけでもなさそうだ。そうだとすれば、じっくりと眠るという行為と向き合ってみると、疲労回復以外の効果も見えてくるのかもしれない。ただ、この対談では睡眠はあくまでも起きている時間へ従属する。「眠ることでリセットされることってすばらしいと思うし、それはすごく深いところへ旅をしていることでもあるから。私は、本当に困って困って、『どうしよう』ということがあったら、寝る前に『どうしよう?』って本気で自分に訊いて眠ると、朝起きたとき、必ず答えが出ているんです。夢に出たり、言葉が浮かんだり。」これは吉本ばななのせりふである。なんともうらやましい限りだ。かなり睡眠行為をコントロールしている。ただ、これはリセットとは違うと思う。睡眠行為中に夢というバーチャルな世界でリアルな世界に対して役に立つことができるのであれば、すごく視野が広がるのではなかろうか。そもそも人生という長いスパンで考えると、眠りながらも意図的に思考することができると、その人生の四分の一近くは眠っているわけだから、すごく有効に人生の中の限られた時間を使っていることになる。これはすばらしい。鍛えたら誰でもできるようになるのだろうか?昔学生だったころ、好きなアイドルの夢を見たくて、彼女のビデオをひたすら見て寝たら、ちゃんと夢に出てきたことがあった。ただ、ほんとにそれには時間がかかるし、かなり疲労する。眠って疲労回復はするんだけど、本末転倒である。とにかく従来の眠る楽しみに、寝ている間の楽しみが加わったら、人生の楽しみも倍増するのではなかろうか。
2006年02月25日
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